02 バレエは人生そのもの
03 高身長に対するネガティブな反応
04 母とふたりでイギリスへ
05 「東大」ではなく「東京の大学」
==================(後編)========================
06 動物のための医療と人の医療
07 レインボープライドのエネルギー
08 ジェンダーフリーなバレエイベント
09 自由な性別表現をサポートする
10 「らしさ」に囚われない複数解を
06動物のための医療と人の医療
大きな哺乳類が好き
大学で農学部獣医学課程を選択したのは、授業が面白そうだったから。
「特に、牧場実習が好きでした。動物が好きなんです」
「 父のホームステイ先のおじいちゃんとおばあちゃんが、アルパカを飼っていました。9歳で遊びに行った時、毎日餌やりをさせてもらって、それ以降アルパカが大好きになりました」
「今思うとそれが最初の動物好きのきっかけだったかもしれません」
自然豊かなイギリスでの生活も大きく影響した。
「田舎だったので、その辺の草原に羊がいるんですよ。それからは羊が大好きになっちゃって。滞在していたアパートの窓からリスが見えたりとか」
「東京での生活では考えられないほど、たくさんの動物に触れ合うことができて、ますます動物が好きになりました」
「獣医を目指したのは、羊とか牛とかモフモフした動物が好きだから、単純に楽しそうっていうのが大きな動機でした(笑)」
獣医といえば、ペットが病気や怪我をしたときに行く動物病院がまず思い出されるが、家畜専門の獣医もいれば、空港で検疫を担当する獣医もいる。
動物から人間、人間から動物に伝染する感染症に関わる仕事もある。
社内のダイバーシティ推進を
「就職活動を始めた頃は、動物を相手にする仕事を考えていたんですが、獣医療の業界を見ているうちに、いくつかの課題が目について」
「人のための医療では先進的に行われていることが、動物のためには行わられていなかったりするんです。例えば、電子カルテの普及が遅れていたり」
「そこで、まずは人の医療の業界に進んで、経験や知識を重ねれば、そのあと獣医療の現場で活かせることもあるんじゃないか、って思ったんです」
現在は外資系の製薬会社で、デジタル推進を担当。
医薬品の開発プロセスのデータを分析し、業務効率を改善する役割だ。
さらには、有志として人事部とともに社内のダイバーシティ推進に関わり、 同性婚カップルが異性婚カップルと同様の福利厚生を受けられるように社内規則を変更するなどの成果を出した。
「アライであることを示すステッカーも作ったんですよ」
「私が、 有志の社員とともに、LGBTQの社内研修を企画したり、ダイバーシティについて対話する場を設けたりすることで、社内の意識がますます変わっていくといいなと思ってます」
07レインボープライドのエネルギー
参加者の強い想いを感じて
「東京レインボープライドのことを知ったのは、社内でアナウンスがあったから。2017年に、同僚と一緒に初めて参加してみました」
「それと、大学時代の友だちで、LGBT関連の情報に敏感な子がいて、その子からパレードで演奏するから見にきてって言われたので」
初めて目にしたプライドパレード。その力強さに圧倒された。
「当事者の人もいれば、そうじゃない人もいて。いろんな人がいる、そのパレード全体から発せられるエネルギーの大きさがすごくて」
「パレードに参加している人たちの強い想いを感じたんです」
「その想いには、いろいろあると思うんですね。日本がもっとLGBTフレンドリーになってほしいとか、いま生きづらさを感じているとか、あるいはパートナーと幸せに暮らしています、とか」
そして、その力強さとは裏腹に、性的マイノリティであるがゆえに抑圧されることもあるという事実についても改めて考えた。
その上で、彼らから発せられる大きなエネルギーを、今日のこのパレードだけで終わらせてはいけないと思ったのだ。
マイノリティへの抑圧をなくしたい
「この大きなエネルギーを、抑圧されることなく、普段から発することができたら、世界はもっと面白くなるし、みんなすごく元気になるだろうし、楽しく生きられるようになるのになって」
そこから、LGBTをサポートする活動をしたいと思うようになった。
「私自身、自分が社会的マイノリティだと認識していて、マジョリティからからかわれたり、一線を引かれたりした経験があったので、性的マイノリティの気持ちがわかるように思えたんです」
「もちろん、完全に理解することはできないんですが」
「マイノリティがマジョリティに抑圧されることは自分としてもなくなってほしいし、自ら行動を起こして、なくしていきたいんです」
まず起こした行動は、バレエイベントを開催することだった。
「バレエって、男性の踊りと女性の踊りがはっきりと区別されているので、例えばトランスジェンダー女性が、女性の踊りをしたくても難しいんです」
「私が通っているバレエスタジオでも、毎回いろんな人が参加して、いろんな先生が指導するんですが、レッスンの最後には男女に分かれて踊るんです。見た目で、『あなたは男性の踊り、あなたは女性』って」
「そういった見た目の性別で踊りを区別することに違和感を覚えてたんです。みんな好きな方で踊ればいいんじゃんって」
「だから、好きな方で踊れる場所を作りたいと思ったんです」
08ジェンダーフリーなバレエイベント
MTFの参加者多数
バレエは自分にとって人生そのもの。
ずっと踊っていきたいし、踊るだけでないバレエとの関わりも探していた。
そんな想いから始めたのが、男性でも女性の踊りが、女性でも男性の踊りが踊れる、ジェンダーフリーなバレエイベント。
活動母体となる「irOdori(イロドリ)」を立ち上げた。
「イベントでは、毎回テーマを変えているんですが、最初は振り付けをやってとりあえず踊ってみることを目指しました」
「基礎から少しずつ発展していく方が進め方としては一般的なんですが、そうすると楽しく踊れるまでに時間がかかってしまうし、体が硬いから無理だとか、バレエの本当の魅力にたどり着く前に、途中で挫折してしまう人もいるだろうなって」
「だから、なるべく簡単な振り付けにして、まずはとにかく踊る楽しさを知ってもらおうと思っています」
参加者はトランスジェンダー当事者を想定してはいるが、当事者向けのイベントとして参加者を限定するつもりはない。
LGBT当事者と非当事者が触れ合うことにこそ、意味があると思っているからだ。
「実際にはMTFの方の参加が多いですね」
「女装家の方やノンバイナリーの方なども参加され、年齢も20代から60代まで幅広く参加してくださっています」
「誰がアライで、誰がトランスジェンダー、ということは参加者には伝えないので、純粋に踊りを楽しんでくださっている方も多いです」
性別問わずバレエを楽しめるように
イベントを通して、新たな課題も見えてきた。
「子どもの頃に習いたかったけど、バレエは女子が習うものだと思っていたから習えなかった、という男性もいて」
「実際に、女性限定のバレエ教室も多いようなんです。そういった、バレエは女性だけのものというイメージも払拭したいなと」
irOdori(イロドリ)が主催するイベントはジェンダーフリーであるため、シスジェンダー男性の参加も多い。参加者のなかには、「男性でも参加できるから」という理由でやってくる人もいるのだ。
「実は、バレエ教室探しのサポートも少しずつ始めているんです」
「例えばトランスジェンダーをオープンにしたい方がバレエ教室を探している場合、ご自身でジェンダーやセクシュアリティのことを説明するのに、抵抗がある人もいると思うんですよね。そういったとき、私が代わりに交渉するんです」
トランスジェンダーに理解のある教室が増えていけば、 irOdori (イロドリ)のイベント以外にもバレエを楽しめる場所が見つかるようになる。
そうやってバレエ業界が変わっていくことを願っている。
09自由な性別表現をサポートする
トランス女性の買い物に同行
もうひとつ、バレエイベントがきっかけとなって始めた活動がある。
「女性としてバレエを始めたいというトランスジェンダー女性から、レオタードがほしいけれど、ひとりで買いに行くのは不安、と相談されて」
「私は、女性だし、バレエダンサーだし、バレエショップで女性用のものを選ぶのであればアドバイスもできるし、一緒に買いに行ったんです」
男性なのに女性用のものを買っている、と思われるのがイヤだ。
声が低くて、話すと男性だと思われるので、店員と話したくない。
そういったさまざまなハードルが、自分と一緒なら簡単に飛び越えられる。
「すごく喜んでくださったんです! こんなに感謝されることがあるんだって、感動しました」
「ファッションの専門家でもない、ただの女性である私が、誰かの不安とか恐怖を飛び越えるための手助けができるなんて」
心躍るような体験をしてほしい
そこから、バレエ関連の買い物に限らず、トランスジェンダー女性のために女性用の服やコスメ、下着などの買い物同行を始めた。
「irOdoriのひとつのサービスとして行っています。バレエイベントから始まったので『踊り』という言葉が入っていますが、バレエだけでなく、私が提供するもので、心が踊るような体験をしてほしいし、カラフルな人生を送ってほしい、そんな想いで活動しています」
「自由にそれぞれのカラフルな人生を楽しめる人が増えたら、きっと彩り豊かな社会になっていくと思うから」
自分の名前にもある「彩」の文字。
柔らかい響きの名前にしたい、と両親が名付けてくれた「彩夏」という名前。「夏」を入れたのは、夏生まれだからだ。
「外国人に名前の意味を説明するときには、カラフルサマーって言ってるんですよ。そのまんまの直訳。でも、はい、気に入ってます(笑)」
夏の力強い太陽の光に照らされ、あらゆる生命がキラキラと輝くような、眩しく愛おしい未来を想像させる名前。
まるで、これから進むべき道を、とるべき行動を指し示しているようにも思える。
10 「らしさ」 に囚われない複数解を
ジェンダー平等を目指す
アライとしてLGBTをサポートする活動を進めていく先に見据えているのは、ジェンダーやセクシュアリティによって分裂しない社会。
「最近ではLGBTに関する話題も増えてきて、少しずつ理解が広まっているのはいいことだなって思います。でも、一方でLGBTに対する反感の声を強める人たちもいて・・・・・・」
「例えば、ビジネスシーンで女性として評価されているトランス女性を、シス女性が非難している投稿をSNSで見かけました」
「出産や育児という女性ならではの足かせもなく、男性として下駄を履いた状態で昇進して、なぜ評価されるのか、という怒りの投稿でした」
「そのシス女性の気持ちは、わからなくもないんです。私も、女性だから高学歴や高身長がデメリットになったりとか、ジェンダーの枠に囚われてしまってイヤな想いをした経験があるので」
そこには、日本が抱えるジェンダーギャップの問題がある。
政治にも経済にも家庭にも、その問題は散見されるが、例えば女性だけが出産を経て育児をしなければならない、という考え方が残るせいで、女性の昇進がある程度妨げられてしまうという事実があるのは確かだ。
「出産や育児に関しても、パートナー間で平等に協力しあえるようになって、女性も男性と同様に社会進出できる社会になれば、先ほどのシス女性からのような、トランス女性に対する非難もなくなると思うんです」
「トランスの方をサポートすることは、女性を含む、すべてのジェンダーの平等を目指すことになると信じています」
“女性らしさ” も多様
活動を進めていくなかで、何度も考える。
「らしさ」ってなんだろう。
「私自身は、高身長で高学歴のせいで “女性らしく” なれないから、いっそ『らしさ』から解放されたいってもがいていたのに、そんな私がいま、MTFの方が “女性らしく” なるための手伝いをしています」
その矛盾に、何度もぶつかった。
繰り返し考えた。
そして気づいた。
“女性らしさ” も多様であると。
らしくないシス女性がいれば、
らしくありたいトランスジェンダー女性もいる。
「いろんな女性が、当たり前に暮らす社会になれば、女性らしさの概念も変わっていくんじゃないかなって思っていて。そうすれば、どの女性もジェンダーの枠に囚われることの苦しみから解放されるんじゃないかなって」
そういう “女性らしさ” もあるけど、こういう “女性らしさ” もあるよね、とどんな自分になりたいのか、選択肢は多様にあるのがいい。
“男性らしさ” もまた同様だ。
「考えが違うことで分裂したりしない社会が、いろんな考えを認め合える社会になるのがいいなと思っています」
「これからLGBTの方たちをサポートしていく上でも、枠に囚われず、こういう選択肢があるよ、と複数解を提示していきたいです」