INTERVIEW
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自分にかけられた制限を解いていくことで、ずっと男を演じていた舞台を降り、自然体で楽に生きる。【前編】

家族というものが分からなかった。知りたいと思い結婚もしたが、どうしても子どもの頃から抱いていた「男ってどうして存在するの?」という疑問はぬぐえなかった。働きづめ、身体も壊しながら、自分は何者なのか問い続けた結果の、GID診断。ホッとして肩の荷が下りると同時に自然体で生きようと決める。現在、悩みを抱える人たちに向けて自分自身でかけている言葉の呪縛に気づき、それを解いていく方法を伝えている。自身の家族、子どもたちへの思いも含めて語ってもらった。

2017/02/09/Thu
Photo : Taku Katayama  Text : Momoko Yajima
渡辺 光理 / Arimichi Watanabe

1976年、山形県生まれ。日本大学生産工学部卒業。エンジニアとして12年間会社勤めの後、2010年に独立。脳波を整えることで心身の状態を改善する事業を展開している。大学時代に知り合い結婚したパートナーと、2人の子どもがいる。2000年代後半にジェンダークリニックに通い、GIDの診断を受け女性として生活をしている。

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INDEX
01 男の役割って何?
02 団らんのない家族
03 大学進学とパートナーとの出会い
04 馬車馬のように働く
05 クリニックでの診断
==================(後編)========================
06 カムアウト
07 独立
08 家族
09 男女の格差がなくなればいい
10 「家族」への葛藤

01男の役割って何?

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この世に男性が存在することがおかしい

性に対する疑問を持ち始めたのは、保育園の年中から小学校低学年ぐらいの頃だった。

「この世に男がいることが変だな、おかしいなと思ったんです」

女性については子どもを産むという役割があると分かっていたため疑問はなかったが、学校で性教育を受けても、男性がこの世に存在している理由が全然分からない。

男の役目ってなんだ? 男子ってこの世にいらないんじゃないの?

男はただ馬車馬のように働く生き物。生まれた時からひたすら働かされて、ボロボロにされて、ポイッと捨てられる定めの、そんな感じが男だと思っていた。

「この世に男性の役割があるとしたら、戦争してるか仕事してるか。そんな、すごい偏ったイメージだったんです(笑)」

でも、その頃、自分のことを男だという意識がなかったわけではない。かと言って、女であるかといえば、そういう意識もなかった。

好きになるのは基本的には女の子。

「だって私の中では男はこの世ののけ者みたいな存在だったから、いらなかったので(笑)」

身体的なコンプレックス

子どもの頃は、自分の性別への違和感、嫌悪感というより、太っていた体形に対して、「どうして私はこんな身体なの?」そんな疑問を持っていた。

「小学校の頃におデブちゃんだったから、そのコンプレックスの方が大きかったかな」

「クラスに一人ぐらいいるでしょ。運動音痴で、食ってばかりいて、頭がいいわけでもケンカが強いわけでもない、女子にはモテなさそうな太った男子。あれだったんですよ(笑)」

小学校高学年になると徐々に痩せ始めたが、女子に好かれるような男の子ではなかった。

「まぁ、太ってて暑苦しくて、ファッションセンスもなかったら、いまの私でも100%近づかないですね。美意識ゼロ。髪型とか、ダイエットとか頑張って、もうちょっとセンス磨こうよってあの頃の自分に言いたいです(笑)」

中学では、寝ぐせがつくと何をしても取れない頑固な髪の毛に苦戦した。

「寝ぐせって昼とか夜になれば落ち着くものだと思うんですけど、全然落ち着かない(笑)。ドライヤーかけても何やってもダメで、シャキーン! ってすごいクセがついたまま学校に行っていたら、さすがに先生に指摘されましたね(笑)」

中学、高校は吹奏楽部に所属した。運動部は無理だと分かっていたので、じゃあ文化部で、吹奏楽部かな、というノリだった。

部活はとても楽しかった。
土日なく練習に明け暮れた。

02団らんのない家族

教育パパと教育ママ

兄弟は、年子の兄と12歳離れた弟の3人兄弟。

父は教師、母は塾の先生という教育者一家の中で、両親からはいつも「勉強しろ」と言われていた。

「教育パパに教育ママだったかな。しつけは別に厳しいわけじゃなかったと思う。ただ勉強しろって言うだけで、勉強してればいいというか。でも、できる兄に比べて私はバカだったので(笑)」

家族団らんというものは記憶がない。

食事は一緒にとっても、みな喋らず、とりあえず出されたものを食べる。

「ごはんっていうか食料ですよね(笑)」

食べ終えたら片付けて、あとはおのおの自分の部屋に戻り、個人の時間を過ごす。そんな家庭だった。

「ごはんを一緒に食べても食べなくても、そこに楽しいとか、そういう感情はあんまりないんです。ただそこにいればいいでしょ、みたいな世界。 “あ、いるんだ。それでもう十分” みたいな感じだったんですよね」

「男」と言われて傷ついた高校時代

高校は地元の学校に進学した。

中学までの反省もあり、高校では身ぎれいにする努力をした。髪の毛も小ざっぱりさせ、どうにかセットし、中学までと比べればだいぶ見た目に変化があったと思う。

制服は学ラン。あまり好きではないけれど、まあ制服だし仕方がないかという思いで着ていた。

高校時代、覚えているエピソードがある。

「英語の先生に、『お前、男なんだろう?』って言われて、すごく傷ついたんです。男の格好してるから当たり前なんだけど、でも、男なんだろって言われたことで、傷ついたんですよ」

「単純に私が、サボってたというか、あんまり勉強しなくて英語の成績がすごい悪かったので、しっかりしろよ、という意味だったんでしょうけど」

その先生も悪気があって言ったわけではなく、事実を述べただけなのだと思う。先生にとってみれば叱咤激励のつもりだったのだろう。

「だから別に、その時代だし、それが悪いとは思っていないんですけど、私の中では、あれー? みたいな」

「高校1年生の頃だったと思うから、もうその頃にはすでに、自分が男であることはおかしい、やっぱり私は男じゃない、と感じていたんでしょうね」

03大学進学とパートナーとの出会い

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「お金は大事!」バイトに明け暮れた大学生活

高校は大学の付属校だったので、そのまま大学に進んだ。理系科目が得意分野だったので「行ければいいや」と理系の学部に進む。

親が変に厳しかったので、さっさと家を出たかったという気持ちも強かった。大学に入り、学部のある千葉県で一人暮らしを始めた。

大学ではスキー部に入る。

「運動は好きではないけど、スキーは好きでした。結構ガチにスキーはやってましたね。夏場はずっと体力作りだし、おかげで体力がつきました」

アルバイトにも精を出した。

「警備員と、宅配便の仕分けと、カラオケボックスとか。宅配便の仕分けと警備員は夜の時間帯だったので時給がよかったんですよ。バイトはとにかく “時給が高い” という視点で選びました」

お金へのこだわり、お金が大切という思いはいまでも強い。きっかけとしてこんなエピソードを思い出す。

「小学生の時に家出を考えたんです。親が厳しくて、家にいるのが嫌だったから。それで、ひとりで暮すためにはお金をどういう風にやりくりしていけば生きていけるか計算したんですけど、生活費とかいろいろ考えたら、現実的に、無理じゃん!って分かってしまって・・・・・・」

「結局、家出はしなかったんですけど、ただ、家出をするにはお金が必要ということを痛感しました」

以来、 “お金は大事” という考えはずっと頭の中にある。

「お金、お金って言い過ぎて、大学生の時にとうとう親に言われましたね。『お金より大切なものがあるだろ!』って(笑)。この世は金次第だ、お金がありゃなんとかなるんだ!って言ってたからね(笑)」

生きていくのにどうしても必要だし、お金があることで送れる豊かな楽しい人生があるとは、いまでも思っている。

パートナーとの出会いと結婚

大学時代に出会った人から、「人生で一番若いのは、今この瞬間。あとは歳を取るだけだから、今やろう」と、かけられた言葉が腑に落ち、多言語の国際交流コミュニティに入ってホームステイをしたり、チャレンジを始める。

そこで社会人として参加していた7歳年上の女性と知り合い、大学を出て23歳で結婚した。

「でも実はね、恋愛というものは未だによく分からないんです。単なる幻想じゃないの? とも思っちゃう」

「女の子が好きというのも、それが憧れなのか、恋愛としての好き、なのか・・・・・・。高校生の頃から、女の子の方が一緒にいて気楽だったのはあるんですけどね」

付き合う時も結婚も、パートナーの方からのプッシュだった。

「悪い気は全然しなかったし、言われて単純に、『私でいいの~?』とか、そんな感じでした(笑)」

24歳の時に長女が生まれ、現在は思春期の女の子2人の親である。

04馬車馬のように働く

自分って何?

就職氷河期の厳しい就職事情も経験し、大学卒業後は輸送機器メーカーに就職。

機械エンジニアとして一度転職をする。会社勤めは合計12年間続いた。

その間も、「自分は何者なんだろう」という思いが度々頭をかすめる。

「自分はなんなの? 普通の人とちょっと違うんじゃねえの? って、そんな感じでしたね」

周囲の男性を見回しても、どうして男性はあんなに “男っぽい” ことをするのか理解できなかった。

ここでも、子どもの頃からの疑問である「男性の存在意義」という問いに戻る。お金を稼ぐためにも、仕事は一生懸命にやった。いや、仕事ばかりだったかもしれない。

それでもどこかで「ボロ雑巾のように使い古されてポイっというのは嫌」という思いもあった。

「逆に女性らしくしたい、という欲求はずっと昔からありました。見た目も含めね。憧れでもあったのかもしれないですねぇ」

それでも、「 ”男” をもうちょっと頑張ろうかな」と思った時期もある。

「MTFにはよくいるんですけど、たとえば “自衛隊に入って身体を鍛えまくる!” とかね。実は腹筋割れてる人とか結構いるんですよ(笑)」

「なんか自分はちょっとおかしいのかもと思った時に、『鍛えれば治るかも!』みたいに思って筋トレするとかね(笑)」

必死に身体を鍛えて、ご飯を食べて。「それが男というものなんだろう」と思っていた。だから心の中でぼんやり芽生えた気づきを誰かに話すこともなく、現実逃避をするようによく食べた。

「そんな “男像” を自分に当てはめようと頑張ったこともあるけど、まあやっぱりできなくて(笑)。そういうことを一通り試していって、諦めた、という感じですね。やっぱ無理だよねぇって」

胃腸炎で入退院繰り返す

働き始めてからは毎年のように胃腸炎に悩まされ、入退院を繰り返した。

「一番最初の会社で4,5年目くらいだったと思う。辞めるまで毎年入院してました。体調が悪くて、食べられなくなっちゃうんですよ。もう、毎年これで有給消化(笑)」

もともと昔からそんなに身体は丈夫ではなく、体調が悪くて寝込むことはあった。

「なんかね、気づいてほしいって身体が思ってたんだろうなって。いまは勉強したからいろいろ分かるんだけど、正直、独立して自分で仕事をするまでは、もう、身体なんかどうでもいいでしょ、心もとりあえず置いといていいでしょってところがあった」

「ただひたすら働いて、ボロ雑巾になるぞって(笑)。自分の内面とかあまり見てこなかったんですね」

05クリニックでの診断

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MTFなら男が好き?

性同一性障害について知ったのは、2003年にGID特例法ができた後に性同一性障害をカミングアウトした医師の記事を新聞で読んだことがきっかけだったと記憶している。

これまで自分が男を頑張ろうとしてきて無理があったことや、子どもの頃から抱えてきた疑問なども積み重なり、「もしかしたら・・・・・・」という思いがあった。

ただ、そもそもトランスジェンダーのMTFなら心が女性のはずなのだから、普通の男女の恋愛に照らし合わせて、好きになる性は男性のはずだ。

テレビなどの情報を見てもそう伝えているところがほとんどだった。

「だから、女の子が好きな自分は違うだろうと思っていたんです。それもあって、ずっと自分のセクシュアリティが分からなかったというか、気にならなかったんですね」

「それに、中学校ぐらいから、性別を適合させる方法があることは知っていたんですけど、でもそういう人は女装したり男が好きなんでしょ、と思っていたから、自分とは違うものだとずっと思っていたんです」

性同一性障害の診断が出て

自分とは違うものだと思いつつも、気になってインターネットで調べてみた。

するとジェンダー専門のクリニックが地元にあるということを知り、勢いで行ってみることにした。

「最初に行ったのは、2008年か2009年ぐらいだったと思います。一年ぐらい通って、自分の過去をずっと遡って話していくんですけど、それは正直大変でしたね。思い出すのも大変だし、いろいろつっこまれるのも嫌だし」

「でもそのカウンセリングを通して、やっぱり自分はGIDなんだと妙に納得しましたね」

性同一性障害の診断がくだった。

正直、安心した。

「やっぱりそうだったんだ、みたいな。なんか肩の荷が下りたっていうか」

「『もしかしたら』と気づいている人や、自分がどれに当てはまるのか分からない人もいるけど、ずっと背負ってきてしまった肩の荷を下ろすって、大変。きちんと診てもらえてよかったと思います」

クリニックに通い始めてからは、性自認と性指向が違うということも知った。

「性自認と性指向が違うことはあり得ると。それを知ったのが、たまたまイベントか何かで、同じMTFで女性が好きという人に会ったこと」

「そういうのもありなんだと分かって、こういう人たちがいてもいいんだと思ったら、それからはぶっちゃけ男でも女もどっちでもいいじゃないって思うようになっちゃって(笑)」

 

<<<後編 2017/02/11/Sat>>>
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06 カムアウト
07 独立
08 家族
09 男女の格差がなくなればいい
10 「家族」への葛藤

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