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アルビノもセクシュアルマイノリティもその人を知る入口になるけど、最初の一瞬だけ。【後編】

アルビノもセクシュアルマイノリティもその人を知る入口になるけど、最初の一瞬だけ。【前編】はこちら

2019/12/28/Sat
Photo : Tomoki Suzuki Text : Ryosuke Aritake
神原 由佳 / Yuka Kambara

1993年、兵庫県生まれ。母親の地元・兵庫県で生まれたが、すぐに神奈川県横浜市に移る。先天的にメラニン色素が欠乏する遺伝子疾患の「アルビノ(眼皮膚白皮症)」で、乳児期から肌や髪、目の色素が薄い。高校卒業後は、社会福祉学科のある大学に進み、社会福祉士、精神保健福祉士の資格を取得。現在は、「見た目問題」の当事者を支援するNPOを手伝っている。

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INDEX
01 自由にのびのびと育ててくれた家族
02 白い髪と白い肌が受け入れられる環境
03 周りの友だちと私の違うところ
04 アルビノという病気だった私
==================(後編)========================
05 自分自身で閉ざしてしまった未来
06 ようやく見つけられた将来の希望
07 当事者の親が抱える苦悩や迷い
08 見てほしいのはキャラクターや思考

05自分自身で閉ざしてしまった未来

将来のリスクの話

中学生の頃、定期健診を受けていた病院の医師から、こう言われた。

「アルビノは皮膚がんになりやすくて、早い人だと20歳くらいで出てくるから、気をつけなさい」

近すぎる未来の話に、あらゆるやる気が失われていく。

「がん家系で、闘病中の祖母も見てたから、私にもああいう生活が待っているのかなって」

「20歳で病気になって死ぬかもしれないなら、勉強する気も湧かないな、って思いましたね」

短い未来を想像すると、将来に夢や希望を抱くことができない。

楽しめることといえば、漫画やニコニコ動画を見ることくらいだった。

街で向けられる奇異の目

高校は、私服通学ができる私立校を選んだ。

「中学の制服が、好きなようで嫌いなような感じでした。制服って、どうしても金髪が目立つんですよ」

自由な校風の学校に行けば、より一層 “普通” に近づけるのではないか。

そんな期待を抱き、電車通学で都内の学校に出る選択をする。

「通い始めると、通学中に奇異の目で見られることに気づきました」

他校の学生が、自分を見ながら小声で話していることもあった。

「人の目にさらされることは、想定外でしたね」

「でも、学校を辞めようとは思わなかったし、時間もお金もかかるから髪も染めなかったです」

高校でも吹奏楽部に入り、淡々と学生生活を送る。
幼い頃から変わらず、おとなしくて自己主張をしないタイプ。

「当時は自分に自信がなかったし、気持ちを言語化できなかったんです」

着られないリクルートスーツ

高校生活の間に、「20歳で病気になる」という意識は薄らいでいったが、それでも将来は見通せないまま。

「一般企業で働くのは厳しいかな、って思ったんですよね」

通学の電車内で、リクルートスーツを着た大学生を見かけるたびに、そう思った。

「リクルートスーツを着て、同じ髪型をして、って私にはできないなって・・・・・・」

両親からは「手に職をつけなさい」と、言われていた。

卒業とともに資格が取れる進路を探し、私立大学の社会福祉学科に進む。

「正直に言うと、最初は就職予備校みたいな感覚で大学を選びました(苦笑)」

06ようやく見つけられた将来の希望

多様性に富んだ環境

「大学は実習もあったから忙しかったけど、すごく楽しかったです」

社会福祉学科には、トランスジェンダーに聴覚障害者など、さまざまな学生がいた。

「すごく多様性に富んでいて、受容感も強かったですね」

大学にいる間は、アルビノであることが、そこまで特別ではないように思えた。

ひょんな流れで、バスケットボール部のマネージャーを務めることに。

「付属高校から上がった友だちが『バスケ部に入る』って決めてたので、ついていったんです」

「かわいい女子マネージャーの先輩にちやほやされて、そのまま入部しちゃいました(笑)」

大学時代は、実習と部活が生活の中心となる。

「髪を染められるなら採用できる」

大学生になってから、アルバイトを始めようと思いつく。

まずは、大手スーパーの品出しの仕事に応募。

「採用面接で『髪を染められるなら採用できるけど』って、言われたんです」

「大学に入った時に、ありのままでいよう、って決めてたので、スーパーはこっちからお断りしました」

「次は、アパレルなら行けるかな、と思って服屋さんを受けたんです」

そこでも「店的には問題ないけど、テナントが入ってるショッピングセンターの規定でダメ」と、言われてしまう。

さらに、個人経営のレストランを受けるも、「ほかの人が決まっちゃったんで」と、遠回しに断れる。

「『生まれつきで』って、説明しても断られることに納得がいかなくて、バイトすること自体を諦めちゃいました」

ますます働くことに、希望を見出せなくなってしまう。

厳しい状態の人と向き合う仕事

「大学は楽しかったけど、福祉の資格が取れたら生活には困らないだろう、って軽く考えてましたね」

その考えが変わるきっかけとなったのが、総合病院での実習。

受け持った入院患者さんは、傷口からばい菌が入ったことで骨が腐り、足を切断しなければいけない状態だった。

「その患者さんは10年前に同じ病気で、片足を切断していたので、この時は両足がなくなることを迫られていたんです」

「でも、その方は手術を拒否していて、どの職員の説得にも聞く耳を持ちませんでした」

その患者さんの病室に通っている間、一度だけ何気なく「あなたも大変でしょう」と、声をかけられた。

「『実習が大変でしょう』なのか『人と違うって大変でしょう』なのか、どっちの意味だったかはわからないです・・・・・・」

「でも、自分の命がかかっている時に、人の心配をするその言葉が、響いたんですよね」

福祉の現場で働くということは、厳しい状況にある人と向き合うことなのだと、実感する。

「大学を就職予備校なんて言っちゃいけないし、ちゃんと勉強しなきゃ、って思わされましたね」

病気や障害を抱えながら生きている人に触れる中で、気づいたこともある。

「自分の当事者性は、福祉の現場で生きてくるんじゃないかな、って思えるようになりました」

07当事者の親が抱える苦悩や迷い

“絶対” にない結婚と出産

働くことへの意欲は出てきたが、プライベート面での将来は、あまり深く考えられないまま。

「アルビノは遺伝疾患なので、遺伝したら嫌だな、って思うと、子どもを作ることは現実的じゃなかったです」

「子どもを作らないなら、結婚しなくていいし、恋愛もしないでいいかなって」

恋愛をして結婚し、家族ができるという将来は、自分の中ではリアルではなかった。

「おつき合いした経験もあるけど、結婚や出産を考えると、恋愛もいまいち楽しめない・・・・・・みたいな」

「私が生きづらさを感じてきたから、生まれてくるかもしれない子どもに、同じ思いをさせたくなかったんです」

もし子どもがアルビノだった時に、同じくアルビノの自分は「想定できたんじゃないの?」と、責められるかもしれない。

「もし、両親のどっちかがアルビノだったら、私は責めちゃいそうだな、って思ったんです」

人の親になること

大学の卒論では、アルビノだけでなく、顔の変形やあざ、傷のあとなど、外見を理由に困難を強いられる人たちの「見た目問題」を取り上げた。

卒論のための研究を通じて知ったことは、親の教育方針が、子どもの将来に影響を与えること。

「もっと福祉のことを勉強したかったので大学院に進んで、当事者の親へのインタビューを始めました」

「外見が人と違う子どもと一緒にいる親も、奇異の目で見られるし、自己肯定感が下がることもあるんじゃないかなって」

インタビューに答えてくれる母親や父親は、苦難を乗り越えてきた人たち。

「今は晴れやかでも、『子どもが生まれた時は絶望した』って、話してくれた方も多かったです」

中には、親族や配偶者から責められる経験をした人もいた。

「それでもめげずに理解者を増やしていくことが、困難を乗り切るカギだと感じましたね」

「『病気の子どもを持ったことで、自分自身も成長できた』って話を聞くと、親になる経験も悪くないのかな、って思えました」

「今は、結婚も出産も絶対にない、って気持ちの “絶対” が取れた感じです」

子どもに委ねる大切さ

父親や母親の話の中から見つけたものは、子どものありのままを受け入れる大切さ。

「親御さんによっては、『見た目の症状があるから、せめて勉強は頑張んなさい』って、子どもを頑張らせちゃう方もいます」

「でも、子どもが本当にしたいことにも、目を向けてあげてほしいです」

インタビューをしたある母親の話。

勉強が苦手で、イラストを描くことが好きだった子どもを、デザイン科のある高校に進ませた。

子どもは、デザイン画を描いているうちに、楽しそうに学校に通えるようになったという。

「その姿を見て、好きなことをさせることが正解だったんだ、って感じたそうです」

「子どもは自分の意思で動くことで自己肯定感が上がるし、親もその姿が見られてハッピーだと思うんですよね」

自分の両親も、抑えつけず、自由に好きなことをさせてくれた。

だから、私は晴れやかに笑っていられるのかもしれない。

08見てほしいのはキャラクターや思考

初めての取材

大学院に進んでから、見た目問題当事者を支援する「NPO法人マイフェイス・マイスタイル」と、アルビノのセルフヘルプグループ「日本アルビニズムネットワーク(JAN)」の活動を手伝っている。

「JANには、当事者コミュニティに入りたかったことと、社会学者の方に修論の相談をしたかったことがきっかけで参加しました」

2017年末、その団体を通じて、「取材をさせてほしい」と、依頼された。

「NHKの『ハートネットTV』で、見た目問題の当事者の特集を組みたかったそうです」

「NHKのディレクターの方に合う機会なんて、そうそうないから、参加してみました(笑)」

しかし、初めての取材では、自分の思いを言語化できない。

「『人から見られるのが嫌』という感情の理由を、話せなかったんです」

「今だったら、『嫌って感情に上も下もない』って、答えると思いますね」

思いを言語化する能力

『ハートネットTV』に出演したことがきっかけで、さまざまなメディアから声がかかるようになる。

「私の感じていた生きづらさは、漠然としていて、表現方法がわからなかったんですよね」

「でも、何度も何度も取材の場で話すうちに、思いを言語化できるようになってきました」

アルビノやLGBTのように、マイノリティ側にいて、悩んでいる人は多い。

「だからこそ、言語化できるって強みになるだろうな、って思います」

抱えている思いを言葉にできれば、話を聞いて理解しようとしてくれる人に出会えるから。

「言葉にするって難しいし、根気がいると思うけど、モヤモヤを振り返ってみてほしいです」

「私は、その言葉を一緒に見つけていける人になれたらいいな、って思ってます」

何気ない日々を発信する意味

『ハートネットTV』以来、メディア出演を続ける理由は、ロールモデルになるため。

「私が幼い頃は、アルビノのロールモデルになるような人がいませんでした」

「だから、自分が大人になる姿が、想像できなかったんです」

今、アルビノで悩んでいる人、マイノリティ性に苦しんでいる人のヒントになれるよう、赤裸々にさらけ出していきたい。

「アルビノに関しては、医療関連とか日焼け対策の情報は、充実してきていると思います」

「でも、実際に当事者が知りたいのは、普段のメイクのこととかなんですよね」

「アイシャドーの暗めの色は使えない」「化粧品売り場の販売員さんは、気さくに相談に乗ってくれる」など、日常のことを発信したい。

「キレイな話だけで終わっちゃうと、成功体験記で終わっちゃうから、ダメダメなところも出していきたいと思ってます(笑)」

ここ数年、「ヒューマンライブラリー」の取り組みに参加し、さまざまな人とも触れ合ってきた。

「セクシュアルマイノリティの方々って、すごく個性的で、大好きなんです!」

「マイノリティ性って、その人を知る入口になるけど、最初の一瞬だけですよね」

「その後は、その人自身のキャラクターとか思考とか、全体で見るようになっていくはずですよね」

マイノリティの部分ばかりに目を向けず、その奥まで見てほしい。

そんな世界になっていけば、きっとたくさんの人がもっと笑顔になれるから。

あとがき
「先を見通せない時期があった・・・」。澄んだ空にぬけるような笑顔との[あいだ ]を埋めるようにインタビューは始まった。なにかの “代表” としてでも、取り繕うこともない。言葉にはなっていない気持ちが、まだあることもまっすぐに伝わる■世の中の割合としては[少数]となる、いろいろな視線を体験してきた由佳さんの肌や髪色。夕日に照らされて、美しかった。「美しい」と口にしていいものか迷った。でも、伝えてよかった。(編集部)

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