INTERVIEW

21歳、夢は「父親になること」【後編】

21歳、夢は「父親になること」【前編】はこちら

2016/12/20/Tue
Photo : Mayumi Suzuki Text : Mana Kono
味村 優斗 / Yuto Ajimura

自ら「人見知り」だという味村優斗さん。シャイで口数も多くないのだが、どこか優しそうな雰囲気で、不思議と包容力を感じられた。話を紐解いてみると、中高時代から女性にとてもモテて、告白もされてきたという事実が発覚する。味村さんのこれまでと、これから。21歳、若いFTM世代の生き方に迫った。

USERS LOVED LOVE IT! 52
INDEX
01 初恋は幼稚園の先生
02 自分はきっと普通じゃない
03 初めてできた彼女
04 誰にも言えない悩み
05 相談できる場所
==================(後編)========================
06 大切なパートナー
07 ホルモン治療のスタート
08 男性の名前に
09 未来に向かって一歩ずつ
10 これからがはじまり

06大切なパートナー

6

友達から恋人に

高校ではもうひとつ、大きな出会いがあった。

相手は、3年生の時に同じクラスで隣の席だった女の子。母の病気が悪化して、家庭のことで悩んでいた時期に、彼女にいろいろと相談に乗ってもらっていたのだ。

席が近いということもあって、彼女とは毎日のように一緒にすごしていた。

LINEでもやり取りを重ねて、心の距離も徐々に近づいていく。

「ある時、『私のことどう思ってるの?』って、LINEで半ば誘導的に告白させられたんです(笑)」

目に見えたアプローチなどはしていなかったが、彼女のことが気になっていたのは事実。

そんな溢れ出る想いを、相手に見透かされていたのかもしれない。

こうして、彼女との交際がスタートした。

振り返れば、中高と立て続けに仲のいい女子と付き合うことができた。これまで、大きな失恋の経験はない。

「今回は誘導されてでしたが、それまでは自分から告白したこともなかったかもしれないです」

だからといって、相手に告白させようと作戦立てているわけでもない。

「自分から想いを伝えるのは、恥ずかしいんです」

自分から気持ちを伝えられないのは、同性の相手に告白して拒絶されるのが怖かったというのもあったと思う。

「ドン引きされたらどうしようっていう思いもありました」

だけど、そんなことはなかった。悩みも想いも、もっとオープンにしても大丈夫だったのかもしれない。

同棲して3年

高校3年生の頃に付き合った彼女とは、今でも関係が続いている。

「彼女は、気が強くてサバサバした子です」

趣味は全然違うけれど、一緒にいてとても居心地のいい存在。背が低いところも、どこか安心感があって好きだ。

思ったことは、ストレートに口に出す彼女。ケンカすることも多い。

「口ゲンカだと負けますけど・・・・・・」

「彼女のわがままに、嫌とは言えないですね(笑)」

高校を卒業してからは、実家を出て彼女と同棲を始めた。それから、もう3年になる。

「彼女には、『優しいところが好き』ってよく言われています」

味村さんは、照れくさそうにクシャッと笑った。

07ホルモン治療のスタート

「LGBT」を知る

環境に恵まれた高校生活だったが、自分の内面について、はっきり理解していたわけではなかった。

「LGBTというものを、高校卒業してから初めて知ったんです」

高校を卒業してからは、LGBTの人たちをフォローするためのTwitterアカウントを作成した。

「オフ会とかは行ったことはないですけど、ネットで知り合った人と遊んだりはしました」

そこで、いろいろな情報を知ることができた。それまでは、ホルモン注射の存在も全然知らなかった。

「もうちょい早く知っていればよかったなって思いました。注射とかも、高校とかで始められていればよかったなって」 

これまで感じていたモヤモヤも、ようやく解消されてきた。

ぽっかり空いていた穴が、やっと埋められたように感じられた。

「ようやく自分を受け入れられて、すっきりしました」

母へのカミングアウト

自分の内面について理解を深めることができたものの、卒業後の進路は何も決めていなかった。

そうしたこともあって、親とケンカをしてしまう。

「そこで、自分のことも全部言ったんです」

小さい時から女の子が好きだったこと。性同一性障害かもしれない、ということ。

ところが、母は思っていたよりも自然に受け入れてくれた。

「前から感づいてたみたいで、『やっぱりそうだったんだ』って言われました」

「妹には直接は伝えてなかったんですけど、同じく感づいてたみたいです。彼女がいることも知ってたので」

昔から、ずっと自分の心の中に秘めていた想い。

こんなことならもっと早くにカミングアウトしていればよかったと、今では思う。

その後、親の紹介で精神科へ足を運ぶこととなる。

「親も精神科の病院に行ってたんで、じゃあ一緒に行こうってなりました」

一般的な精神科だったため、そこでは「GID専門の病院に行った方がいい」と言われた。そこで、GIDの先輩に紹介してもらった専門のクリニックに行くことに。

そして、結果が出たのは、ちょうど20歳になる前のことだった。

「その時は、やっと治療できるっていう前向きな気持ちになりました」

とにかく、「治療を早く受けたい」という気持ちが強かったので、すぐにホルモン注射を開始した。

「ホルモン注射は、副作用がキツかったです。これまではニキビがひとつもなかったんですけど、注射した翌日から顔が真っ赤になって、すごい出るようになってしまって」

また、彼女には「短気になった」と言われることも多い。これも男性ホルモンの影響なのか。

「でも、声が低くなってすごいうれしかったです。あとは、筋肉がつきやすくなったのもうれしいですね」

治療のことは彼女にも相談済みで、一緒に病院に行くこともあった。

「彼女は見守ってくれている感じです」

「『治療を早くしてほしい』とは直接的には言われてないですけど、『早く結婚したい』とは言われてます。結構急かされてる感はあるんです(笑)」

08男性の名前に

8

感づいていた父

実は、母へのカミングアウトよりも前に、離婚した父から自分の性指向を尋ねられたことがある。

「父は近くに住んでいるので、結構頻繁に顔を合わせています。特に確執もなく、母親ともいまだに良い人間関係なのだと思います」

そんな父に、高校を卒業した時に、「男になりたいのか?」と突然聞かれたのだ。

「びっくりしました。やっぱり感づいてたのかなって思いました」

「GIDの診断結果もまだ出ていなかったので、その時は『そうかもしれない』とだけ答えました」

父からは、「男になることは大変だ」とアドバイスを受けた。

「男は、家庭を引っ張っていく存在にならないといけない」と。

離婚を経験した父だからこそ、一家の大黒柱になることの大変さを、我が子に伝えておきたかったのだろう。

だけど、その時は父の言葉の意味をあまり深くは受け止めていなかった。

今でも、男性一般がどうであれ、「自分は自分」だと思っている。

新しい名前に

GIDの診断が下りてから、すぐに改名した。

「華菜」から「優斗」へ。新しい名前を決めるのに、迷いはなかった。

「生まれた時にもらった名前は『華菜』。優しくのびのび育つように、という願いが込められていると聞いていました。なので、新しい名前は優しく逞しく生きていけるよう、『優斗』にしました」

「小学校くらいの時からこの名前になりたかったんです。はっきりとは覚えていなくて、多分漫画とかの影響だと思うんですけど、かっこいい名前だなと思っていたことも、決めた理由の一つです。」

「今、彼女には優ちゃんって呼ばれてます」

ホルモン注射を始めてからは、およそ1年が経つ。来年の早いうちに、タイでの性別適合手術をと考えている。

「注射はすぐにやりたいという気持ちでしたが、手術を受けるのはちょっと怖かったです」

「体にメスを入れるわけじゃないですか?今でも、結構躊躇している部分はあります」

もし麻酔が効かなかったら・・・・・・もし後遺症が残ってしまったら・・・・・・。

期待している反面、どうしても不安も頭から離れないのだ。

09未来に向かって一歩ずつ

正社員として働く

現在は、自販機オペレーターの仕事に就いている。

高校卒業後、しばらくはフリーターを続けていたため、これが初めての正社員登用だ。

ホルモン治療後だったこともあり、職場では面接の時点で性同一性障害であることをカミングアウトしていた。

「就活中は、飲食、営業、職人系など、幅広くエントリーしていました」

「20社くらい受けて、全部の会社でGIDについて言っていたんですけど、断られる会社も多かったです」

書類で落とされることも多かったため、性同一性障害が直接の原因になっていたかどうかはわからない。

今の会社では、上司のほか、職場の同僚たちもGIDだと知った上で接してくれている。

「今の会社に入って、本当に良かったなって思います。入社する前に性同一性障害の事を色々調べてもらったり、今後の治療についても理解してもらっているんです」

「社員の方達も優しい人ばかりで、楽しい会社です」

いつか家庭を築きたい

将来の夢は、結婚して家庭を持つこと。

「彼女と結婚して、子どものいる家庭を築きたいです」

両親が離婚していたこともあり、自分自身は、小さい頃に父と触れ合う時間が多くはなかった。

「子どもと一緒に遊んで、笑ったり泣いたり。自分が父親とできなかったことをしてあげられたらなと思います」

「いわゆる一般的な父親像とは違うかもしれないですけど、自分は自分らしく、円満な家庭を築きたいです」

シングルマザーとなって、1日中仕事をしながらも、学校行事には欠かさず来てくれた母に対する感謝の気持ちも尽きない。

「母に、まず先に伝えたいことは『ありがとう』です。ここまで育ててくれてありがとう。迷惑かけたぶん、これからはたくさん親孝行していきたいです」

しかしながら、LGBTカップルにおいて問題となるのは、子どもをどうやって授かるか、ということだ。

「子どもについては、彼女がいろいろと調べてくれています」

「自分に弟がいるので、弟に協力してもらうことなども視野に入れています」

弟は、現在高校1年生。まだ若く、具体的なことを相談しているわけではないが、これから時間をかけて考えていきたいと思う。

10これからがはじまり

_mg_1221

先のことはわからない

家庭を持ちたいという夢はあるけれど、仕事を含め、現実的な未来については、まだ検討中だ。

「心配っちゃ心配ですけど、あんま先のことは考えてないですね(笑)」

それもそのはず、幼い頃から悩み続けていた自分の性を、最近になってようやく取り戻したばかりなのだから。

思い描いていた自分になれたことで、満足感を抱いている部分が大きいのだ。

手術に対する不安もあるが、もちろん期待もしている。

「手術が終わったら、海パン履いて海に行ってみたいですね(笑)」

堂々と温泉にも入ってみたい。

まずは男性の体を手に入れて、それからゆっくり先のことを考える。

それでも、別にいいんじゃないだろうか。

FTMの存在も知ってほしい

21年間生きてきて、社会に対して思うことがある。

「昔と比べたら、LGBTだということで差別とかされなくなっているじゃないですか?テレビでの特集も多いですし、LGBTの存在が知られているというか」

事実、自分のまわりにもLGBTについて知識がある人も多く、ある程度受け入れるための土壌ができていたように思う。

「なので、今後は理解者がもっと増えていけばいいと思います」

そうはいっても、テレビに出ているのはMTFやゲイが多い。自分と同じFTMは、あまり見かけない印象だ。

「だから、テレビなどでも、FTMの当事者をもっと取り上げてもらえたらいいなとも思います」

そうしてLGBTへの理解が深まれば、当事者が周囲にカミングアウトしやすくなるのではないだろうか。

「誰かに相談できるってことは、かなり大事だと思います」

「悩みを溜め込んじゃう人もいると思うんですけど、身近に相談できる人って意外といると思うんで、怖がらずに言ってみるといいと思います」

そうした当事者たちに、自分からも何か働きかけたいとは思うけれど、どこからやっていけばいいかはまだわからない。

「普段はあまり自分のことを話すこともないので、この取材に対しては恥ずかしい気持ちもありました。でも、これが何かのきっかけになったらいいです」

21歳、これからがスタートだ。一歩ずつゆっくり歩いていこう。

あとがき
忙しかった母親への「お母さん、聞いて」の気持ちは、いつからか「お母さん、僕が見守っているからね」に変わったように思えた■そんな優斗さんのメッセージ。「心配ばかりかけて、それでも見放さずに母親でいてくれてありがとう。男かもしれないと言った時、驚かずに受け止めてくれてありがとう。色々ありすぎて言えないけれど、感謝しています」■もうすぐたどり着く優斗さんのゴールは、一つの通過点となってその先を目指す。きっとこれから、守りたい人が増えていくに違いない。(編集部)