02 女性に分類されることへの違和感
03 フィールドワーク部という居場所
04 妹が教えてくれた「性同一性障害」
05 沖縄に来たことが人生の転機
==================(後編)========================
06 ウツワに生き物を描く
07 自己表現のひとつとしての陶芸
08 FTMでありゲイなのか?
09 将来は子どもを授かることも
10 閉じていた思春期を振り返って
06ウツワに生き物を描く

生き物の姿かたちを表現すること
琉球大学を卒業したあとは、研究者になる決意を固め、大学院に進学。
東京でひとり暮らしを始めることになった。
「でも3カ月くらいで、ほんと精神が崩壊してしまって(苦笑)」
「研究者を目指している周りの人と自分を比べて、自分に研究者は向いてないと考えてしまったり・・・・・・。あと、単純に沖縄に帰りたくて」
このまま大学院で研究者を目指すか、どうするか。
生き物への愛情と自分の夢と沖縄への恋しさと・・・・・・さまざまな感情が巻き起こり、悩みの渦の中にいた。
「どうしよう・・・・・・と思いながら歩いてたら、骨董屋さんがあって、そこに山椒魚の陶器の置物が置いてあったんです」
「それを見た瞬間に、あ、これや、これやろう、と思って、すぐに沖縄の陶芸の工房を調べて、弟子入りさせてほしいと連絡しました」
「そしたら『人手が足りてないから、いつでも来い』って言ってくれた窯元さんがあったので、休学して、また沖縄に戻りました」
窯元での仕事が終わったあとは、ほかの弟子たちが一生懸命にろくろを回す練習をしているのを横目に、大好きなカエルの焼物をひたすら作った。
作っていくほどに、土という自然の素材を使って、生き物の姿かたちを表現するということが、自分の考えと共鳴していると感じる。
「研究者として、論文とかで生き物の素晴らしさを伝えていくのもいいけど、焼物を通して伝えていくこともできる、って実感しました」
「ずっと研究者になることしか考えてなかったのに・・・・・・我ながら適当すぎるんですけど(笑)」
沖縄の伝統文化に惹かれて
大学を辞め、本格的に窯元に弟子入りする。
ろくろを含む、さまざまな陶芸の技術を学んだ。
「沖縄の焼物って特殊なんですよ。釉薬の原料となる岩石がなかったら、珊瑚を砕いて、その粉を使ったりとか。それがすごくおもしろくて」
「学んでいくうちに沖縄の伝統文化に惹かれていって、琉球古典焼という焼物にたどり着いたんですが、この技法であれば生き物を描きやすいので、沖縄の伝統文化と自分が描きたいものがミックスできると思いました」
沖縄の赤土をこねて成形し、表面に白い泥をかけ、彫刻のように模様を削り出す。そして、釉薬をのせて焼くというのが基本的な工法だ。
「使う釉薬は茶色と青と緑だけ。最初見たときは地味やな〜って思って、なにがいいのか全然わかんなかったんですけど、だんだんと興味が出てきて」
「本来は、魚を描くのが主流なんですけど、僕は魚にはあんまり興味がないので、沖縄の生き物全般を描いてます」
「そんなふうに、沖縄の伝統文化を大事にしながら、自分の表現したいものを焼物として表現していきたいと思ってます」
07自己表現のひとつとしての陶芸
お尻の穴までリアルに
焼物作りで一番楽しいのは、やはり生き物を描く工程。
「ろくろも好きです。僕は蹴りろくろっていう、足で回すろくろを使っているんですが、回しながら土と会話しているような感覚があって楽しいです」
「どの工程も楽しいんですが、作品を梱包するのとかは大嫌いです(笑)」
実用食器を作るのも楽しいが、焼物で絵画やオブジェを作るのも好きだ。
「大きなカエルを作ったりもしてます。生き物の体については、よくわかってるので、お尻の穴までリアルに作ったり(笑)」
「ウツワに生き物を描くにしても、沖縄の伝統的な焼物では、魚とか、描く生き物は決まってるんですが、僕は、そのなかでも描かれない生き物・・・・・・たとえばムカデとかトカゲとか、カエルとかを描くことが多いです」
「もちろん、沖縄の生き物の代表として、ヤンバルクイナも描きますよ。でも、やっぱりカエルを描くのが一番楽しいですね(笑)」
未来に受け継がれる表現を目指して
現在は、廃校になった小学校の教室のひとつを工房として借りているが、いつかは電気窯でなく薪で焼けるように、工房を構えたい。
そのためにはセルフプロデュースも大切だと考え、SNSなどで積極的に自分の作品について発信し、販売につなげている。
「陶芸家って、本当に星の数ほどいろんな人がいるので、いまは自分がどのスタンスでいくのかを考えているところで」
「なんかもう、自分には自己表現のひとつとして、いま陶芸があるってだけで・・・・・・陶芸家だと思わないようにして、自由に表現していきたいな、とも思うんです」
いまは焼物を通して表現をしているが、ときにはウクレレを弾いて表現することもあれば、今後もなにか新たな表現方法が見つかるかも知れない。
「焼物にしても音楽にしても、いままで受け継がれているものには、現代に共通する美意識のようなものがあると思うんです」
「そこまで到達できる表現ができたら、この先も百年・・・・・・千年と残っていくものを作れるんじゃないかなって」
「いまは焼物として、沖縄の、この伸び伸びとした力あふれる自然全体を描けるように、模索しているところです」
08 FTMでありゲイなのか?

ゲイだと自分自身で認められず
「中学高校の頃は、性自認がグラグラだったんで、恋愛どころじゃなくて・・・・・・性的指向についてはわかってませんでした」
「むしろ、殻に閉じこもっていたので、同性でも異性でも関わることを拒絶していたように思います」
沖縄に来て、性同一性障害(性別違和/性別不合)の治療を開始し、男性として生活するようになって、ようやく恋愛を意識することができた。
「女性とも男性ともお付き合いする機会があったんですけど、女性と一緒にいるときは、男性としての役割を果たさなきゃいけないって気負いみたいなのがあって、疲れてしまったというか・・・・・・」
「男性とお付き合いするときは、自分の体はやっぱり女性なんだ、って再確認してしまって、つらくなってしまったり・・・・・・」
「でも、男性とお付き合いしていたときのほうが素でいられたと思います」
恋愛対象が男性のFTM(トランスジェンダー男性)。
つまりゲイであるということを、自分自身がなかなか認められないでいた。
「当時、男性が好きな自分は、結局女性じゃないかって思ってしまって」
男7:女3の自分
ネットなどでFTMに関する情報を集めても、多くの当事者が、戸籍の性別を男性に変更して、女性と結婚することを目指しているように思えた。
女性との結婚を目指すのがFTMだとしたら、男性との恋愛を望む自分はなんだろう?
FTM同士であっても、恋愛対象が男性であることについては、いままで共感を得られたことはない。
「なんでわざわざ」「女性のまま男性と恋愛すればいいじゃん」という言葉が聞こえてくるような気がした・・・・・・。
「女性のままでいいじゃん、って言われても、そうじゃないんだ、って言いたい。僕は、男性として生活して、男性とお付き合いしたいんだ、って」
不安になって、「FTM」「男が好き」とネット検索してみたこともあった。
「自分のように、FTMのゲイがいるらしいってことはわかったんですけど、それでもなかなか自分で自分を認められなくて」
「しかもFTMって言っていいのか、と思うことも・・・・・・。自分のなかで、男性7割、女性3割くらいの感覚があって、完全に男性だとも言えないので・・・・・・でも、やっぱり、男性だよな、ゲイだよなって」
「男子と付き合ったり、女性と付き合ったりしていくうちに、だんだん自分のなかで解決していった感じです」
それでもやっぱり、FTMでゲイであるとは言いづらい。
トランスジェンダーのなかでもマイノリティであると感じている。
09将来は子どもを授かることも
気持ちと体の釣り合いがとれて
「いまは、パートナーはいません。次に付き合うとしたら男性ですね」
いまのところ、性別適合手術を受けることも、戸籍の性別を女性から男性へ変更するつもりもない。
「自分の体が、やっと、ちょうどいい状態になったなって思っていて。なんというか、気持ちと体との釣り合いがとれたというか」
もしも今後、男性と縁があれば、戸籍上問題なく結婚することができる。
そんなふうに未来を思い描くことができるようになったのも、気持ちと体の釣り合いがとれて、足元が固まったからだろう。
「いつかは子どもを産んでもいいなって思っていて」
「やっと最近、そう思えるようになったんです。男性のパートナーができて、お互いが望むなら、せっかく体が女性のままなんだから、産んでもいいなと」
「それくらい柔軟に考えられるようになったんです。腑に落ちているというか、納得できているというか・・・・・・。心地いい状態まで来れました」
とはいえ、現在住んでいるのは沖縄のなかでもかなりの僻地。
出会いの機会はほとんどない。
同じ集落にレズビアンのカップルが
「出会いを求めてアプリをやってるんですけど、開くたび、いっつも同じメンバーなんですよ(笑)」
「しかも、近いと思って連絡してみたら、沖縄じゃなくて鹿児島の離島の人だったり。それくらい、周りには出会える人がいなくて(笑)」
「だから今日、東京に来て、アプリを開いてみてびっっっくりしました! 数十メートル以内にいっぱいいたんで。いや、もう、すぐそこ、もしかしたら、もう顔が見えてるくらいやん! って(笑)」
未来を思い描きつつも、不安はある。
田舎のほうがマイノリティに対する偏見は強いのでは・・・・・・。
「でも、すごい希望をもてる話があるんです!」
「同じ集落にレズビアンのカップルさんがいて、お子さんもいらっしゃるんです。そういう方々が、お年寄りの多い過疎地域で暮らしてらっしゃるのを見ると、僕も大丈夫かもしれないって思えました」
「もしも、僕が子どもを出産することになって、見た目がゲイカップルであっても・・・・・・そもそも僕がこんな・・・・・・見た目が男で出産しても、たぶん生きていけるだろうなって思えたので、なんか本当にありがたいというか・・・・・・」
「まぁ、まずパートナーと出会わなきゃですが(笑)」
不安もあれば、安心もある。
そうしてこれからも釣り合いをとっていく。
10閉じていた思春期を振り返って

自分にとっては必要な時期
女性だと思われることが本当に苦痛だった。
声を出せば女性だと思われてしまうから、話すこともできなかった。
「キツかったですねーーー。コンビニで店員さんに『袋いりますか?』ってきかれて、答えられなくて、目も合わせられなくて、うつむいちゃったり」
「そういう自分が本当にイヤで」
人の視線を気にしすぎていたのかもしれないと、いまになって思う。
「でも、その頃って、そういうことに関して敏感だったので、仕方なかったとも思います。気にしすぎて、自分のすべてを表現できなくなったり」
「中学高校の、一番つらかった時期、閉じ込めていたものをいま放出している感じなので、あの時期も自分にとっては必要だったのかなって思います」
あの時期、ひとつの救いとなったものなかにRYOJI(編)、砂川秀樹(編)『カミングアウト・レターズ』(太郎次郎社エディタス)という書籍がある。
ゲイやレズビアンの当事者と、親や教師との手紙のやりとりを収めた本だ。
「読んだとき、あ、実在してるんだ、って思ったんです」
「いちむし」とは虫ケラのこと
ネット上には、本当か嘘か、判断がつきにくい情報があふれている。
しかし、『カミングアウト・レターズ』に書かれている言葉は、紛れもなく “本当の当事者の声” だと思うことができ、その存在を確認できた気がした。
「だから僕も、誰かに手紙を書くような気持ちで、LGBTERを通して、自分のセクシュアリティについて伝えられて、それが誰かの支えになったらうれしいなと思って、インタビューを受けることにしたんです」
そして、屋号である「いちむし堂」の由来。
「いちむしって、沖縄の方言で “生き物” を意味するんですけど、生き物っていっても、虫ケラみたいなニュアンスの言葉なんですよ」
「おばあが『イヤないちむしだ!』って言ってムカデを退治する、みたいな」
「僕は、そんなカエルとかヘビとか、ちょっとイヤがられてしまうような生き物も大事にしたい。いちむしがいるから、ヤンバルクイナとか、それこそ人間だって生きていけるんだよ、って伝えたい。みんな自然のなかでつながってるんだよって」
自然に生きる、小さな命の価値も見落とさず、伝えていきたい。