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自分と付き合う時間が世界を拡げていく【後編】

自分と付き合う時間が世界を拡げていく【前編】はこちら

2015/12/02/Wed
Photo : Mayumi Suzuki Text : Masaki Sugiyama
イシヅカ ユウ / Yu Ishizuka

1991年、静岡県生まれ。服飾関係の専門学校を中退後、アルバイトをしながらモデル活動を始める。当初はフリーのモデルとして、個人的にオーディションを受けながらファッション誌などの仕事をしていたが、今年7月にプロダクションと提携。モデル業のほか芸術誌での執筆など、活動の場を拡げている。

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INDEX
01 何で私は男じゃなきゃいけないの?
02 自分の居場所がない学校生活
03 魂の叫びと、両親の愛情
04 取り戻せた自分の本来の姿
05 認められ、生まれてきた自信
==================(後編)========================
06 ネットはLGBTERの救いになるけれど
07 自分と付き合う時間を大切に
08 セクシュアリティより、目の前の「人」
09 頑固さと、それを受け止める寛容さ
10 セクシュアリティを表現の力に変えて

06ネットはLGBTERの救いになるけれど

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居心地のいいコミュニティ

LGBTERとして積極的に発信していこうと考える一方で、ユウさんには一つ懸念もある。最近の若い世代のLGBTERは、ネットを通じて当事者同士が仲間を見つけて、情報交換することが多い。それによって、以前と較べて当事者が孤独を感じずに済むようになったメリットはある。反面、居心地のいいコミュニティに安住して、可能性を閉ざしてしまうこともあるのではないか、と。

「ネットは物理的な距離に関係なく、どこにいても繋がれるから、多くのセクシュアルマイノリティにとって救いになっているとは思うんです。でも、それはそれとして、そこから“じゃあ自分は個人としてどうするか”という部分を考えていく必要があると思う。ネットに頼り過ぎると、そういう方向に向かわなくなる危険もある気がする」

もう一つの世界という錯覚

人は否応なく社会で生きていかなければならない。しかし、あまりにネットに依存すると、実際に自身が感じたり、考えたり、体験したりする機会を奪われてしまうことにもなる。あたかも、もう一つの世界があるがごとく、そこだけで生きていけるのではと錯覚しかねない。

「ネットは本来、自分の頭の中で考えることだけじゃなく、世の中にはいろんなことがあるんだと知ることができる場所なのに、コミュニティに固まっちゃうことで、ますますそこにしか居場所がなくなっちゃうかもしれない」

また、ネット上でのLGBTERの出会いが多くなった分、情報を精査する目をまだ持ち得ていない若いLGBTERが、事件に巻き込まれたり、傷つくケースも増える危険性もある。ネットの情報を鵜呑みにして、性急な判断や結論を導くのではないかと、ユウさんは憂慮するのだ。

07自分と付き合う時間を大切に

セクシュアリティが関係ない世界

ただ、ユウさんのように、ご両親や周囲の人々に理解が得られるとも限らない。そのままではいけないことが分かっていても、社会と接することが怖くて躊躇している人も多い。性的マイノリティがあたかも存在しないかのような現代において、その不安の大きさや深さは計り知れない。そうした人たちに、ユウさんはどんな言葉をかけてあげられるだろうか。

「セクシュアルとかジェンダーというものだけが、この世界を構成しているわけじゃなくて、いろんな要素で世界は出来ていると思うんです。だからこそ、自分の好きなもの、やってみたいこと、夢中になれるものを早く見つけてほしい。私の場合、それがファッションでした。他にも、例えば昔の映像を見るのも好き。最近も、溝口健二監督の『祇園の姉妹』という映画を観たんだけど、見始めると何も考えずに没頭して見ていられるんです。そこにセクシュアリティなんて関係ない。人と繋がることだけじゃなく、自分だけで完結できる世界もあると思う」

いつも人と繋がらないといけないの?

“自分と付き合うこと”を大切にしている、とユウさんは言う。セクシュアリティに煩わされない世界に一旦身を置き、自分一人きりの世界を見つめなおすことで、あらためて外部との関係性を俯瞰して見られるのかもしれない。

「他人と共有する時間もあれば、自分と語り合う時間もある。それって、すごく大切なことだと思う。今の世の中って、誰かに伝えなければ意味がない、みたいな強迫観念があるじゃないですか。料理を作ったら、誰かに発信しなければとか、人と繋っていないと不安に思ってしまう。でも、自分と付き合うことで、心に余裕が生まれることもあるはず」

何かに夢中になることで、そこでセクシュアリティに囚われない新たな出会いがあったり、新しい自分の姿を発見することもあるのだ。

08セクシュアリティより、目の前の「人」

自分と付き合う時間が世界を拡げていく【後編】,08セクシュアリティより、目の前の「人」,イシヅカ ユウ,トランスジェンダー、MTF

セクシュアリティに縛られない出会い

ネットに救いを求める必要がなかったこともあって、これまでユウさん自身はLGBTコミュニティとは、積極的にコンタクトを取ることはしてこなかった。避けてきたということではないのだが、おぼろげながら一つのポリシーがあったからだ。

「一概には言えませんけど、個人的はセクシュアルを意識し過ぎるのは良くないかなと思っています。もともと性の区分に関係なく生きたい、そんなものは関係ない世の中を望んでいるはずなのに、逆にセクシュアリティに縛られてしまう。私はそれは嫌だから、相手がLGBTかどうかという人との付き合い方をしてこなかったんです」

未知への恐怖がなくなれば

むしろ今は、当事者同士で自分のセクシュアリティの話をするよりは、相手のセクシュアリティに関係なく話をするほうが、逆に気持ち的には楽だという。

「もし、それで受け入れられなくても、『それはそれでいいじゃん』って位の気持ち(笑)。やっぱり人も動物ですからね。“未知なるもの(性的マイノリティ)”が怖いんです。その恐怖が否定や嫌悪感になる。LGBTが身近な存在になれば、その恐怖もなくなると思います」

性自認や性的指向よりも、出会えた「人」、目の前にいる「人」との時間を、そのままに重ねてきたユウさんの姿が見える。

「私は他のセクシュアルマイノリティの人たちと較べたら、すごく恵まれきたのは確かです。違和感を苦痛に思いながら、具体的に整理ができずにいる人がほとんどですから。中学時代という早い時期に、自分のセクシュアリティを明確にできる土壌がなかったら、私も気づかないままだったかもしれない。それができたのは、親を含めて周囲の人のおかげ。その時々に、理解を示して、手を差し伸べてくれる人たちがいたからです」

09頑固さと、それを受け止める寛容さ

自分を認める自分

両親をはじめ、高校や専門学校のクラスメイト、あるいは絵画教室の先生。ユウさんのセクシュアリティをありのままに、温かく迎え入れてくれた人たちの存在は大きい。ただ、ユウさん自身も、人々にそうさせるだけの“何か”を持っていたのではないか。そう尋ねると、「自分が“頑固”だったのがよかったのかも」と笑った。

「極端な例えだけど、私みたいなセクシュアリティの人が死刑になる国で、隠して生きていくか、ひと暴れして殺されるかだったら、私は暴れて殺される人間だと思う(笑)。その意味では、私は小さいときから“自分”を大事にしてきた気がします。周りから『お前は男だ』と言われ続けたら、“男でいなければいけないのかな”と思う人はいるし、そのまま大人になって違和感に悩んだりする。でも、私はそれができない性分だったから」

セクシュアリティの問題とは直接関係ない部分で存在してきた、ユウさんの確固たる「個」。自分を認める自分がいれば、厳しい状況に置かれても最後の砦となり得るのだ。そうした自信を、ユウさんは周囲の助けを借りながら、安定して成長させてきた。

寛容さが大事という意識

「もしかしてウチの子は」と思ったそのとき、親はどう接するべきなのだろう。もちろん正解はないが、ユウさんの経験は一つのヒントにもなるかもしれない。

「一つ言えるのは“寛容になる”ということでしょうか。それはセクシュアルに限った話ではないと思うんです。例えば、親がサッカーファンで、男の子だからサッカーをやらせたいと考える。でも、もし親としてそれだけにこだわると、そうじゃなかったときの親の落胆が、子供にとっては一番辛い。期待通りの姿にならなかったとしても、“我が子”を愛して、受け入れられる気持ちがあったらいいなと思う。だからこそ、両親にはすごく感謝しています」

親が子供に自分の夢を投影するのも、幸せに近づくであろう道を示すのも自然なこと。受験しかり、結婚しかり。一方で、子供にも考えや自我が存在することを、親が理解してあげられるかどうか。わかってはいても、寛容さを持ち続けることは、人にとってなかなか難しいことだ。

「自分もちゃんとできているわけじゃありませんから(笑)。でも、それが大事だと意識するだけでも違うんじゃないかな」

10セクシュアリティを表現の力に変えて

自分と付き合う時間が世界を拡げていく【後編】,10セクシュアリティを表現の力に変えて,イシヅカ ユウ,トランスジェンダー、MTF

元を取ってやろう

「いつか母、祖母、自分の3人で温泉に入りたい」、「死ぬときはおばあちゃんとして死にたい」と語るユウさん。だが、今のところ性適合手術を受ける予定はないという。現在の身体のままでは、恋愛も躊躇せざるを得ないなど悩みがないわけではないが、その考えを改めるつもりはない。

「普通に女性として生まれていたらなかったはずの、嫌なことの記憶はこれからも消えない。それを抱えたまま女性になっても心の傷ついた部分は何も変わらないと思うんです。それなら、今の自分の姿のままで“いい時期”があったら、「元が取れた」と思えるんじゃないかな、と。私のセクシュアリティでモデルをしているからこそ、面白いといって声が掛かることもあるわけで。もし、女性の身体になってしまったら、ユニセックス的なモデルの活動はできなくなる。それって他の女性にはできないことだから、もったいないでしょう。そういういいこともあって、辛かったことや嫌だったことが、初めて私の中で昇華できる。悪いことがあった分、これからは「この身体でよかったな」と思えるように生きたい。そして、私がその姿を発信することで、私の中学時代と同じ気持ちでいる人たちが、“ちゃんと生きることができるんだ”、“他にない存在なんだ”と自信を持てるようになれればいいな」

表現を通じて人生を楽しむ

そんなユウさんは今、モデルとしてのさらなるステップアップを目指していて、来年には海外での活動も考えている。身長170㎝。モデルとしてはかなり小柄なだけに、ヨーロッパのエージェンシーからは相手にされない可能性が高いという。それでも、現地でデザイナーとのコネクションを見つけて直接交渉するなど、可能性を探るつもりだ。

「今はモデルの仕事をしているときが一番楽しい。モデルというのは、着ている服をどう相手に伝えるか。一つの表現する仕事だと思っているんだけど、年齢がネックになって、ずっと続けられる仕事じゃないのかもしれない。でも、モデルじゃなくても表現することは続けたいと思ってます。それが具体的に何なのかはまだわからない。でも、もし仕事としてできなくてもずっと続けたい」

時折、美術誌に文章を寄稿したり、時間が空けば絵を描いたりコラージュをしたりと、そのアーティスティックな表現活動は多彩だ。さらには、コントやシチュエーションコメディを演じる事にも興味があるそう。

「『やっぱり猫が好き』とか、映画の『ヘアスプレー』とか大好き。いつか、ちょい役でもいいからやってみたい。おばあちゃん役とか胡散臭い外人役とか」

高校時代に自分の性を取り戻し、女性として評価され、現在はユニセックスであることに一種のプライドを見出す。普通の人がマネできない体験をする中で、様々なことに興味を持ち、どんどん自分の枠を拡げてきた。ユウさんは、これからもその時々の体験を丸ごと自分のものにして、思い切り楽しんでやろうとしている。

――自分の家族を持ちたいという気持ちはある?
できればくらいで、絶対欲しいとかはないですね、今のところは。
ただ、今まではいらないと思ってたのに、甥が生まれて妹家族がちょっと羨ましく思ったりします。甥っ子が可愛くてかわいくてしょうがないんですよ。会うために実家に帰る機会が増えたほどで(笑)。

歳を重ねたり、これからのライフステージで考え方は変化するのかもしれない。この先、愛する人が現れて、結婚、出産といった“現実の壁”にぶつかることもあるだろう。でも、ユウさんはまだ24歳。いまはただ、人生を存分に楽しめるはずだ。いざとなれば、壁に向かって踏み出す勇気と行動力は、すでに身につけているのだから。

あとがき
どんなエピソードにも、あかりが灯る。塞がりそうな気持ちで過ごした中学時代もそう。ユウさんのそばには、差し伸べられる温かさがいつもあった■インタビュー中、何度も口にした言葉「私は、恵まれている」。“たまたまの幸せ” がこの世にあるとすれば、それを引き寄せるものをユウさんは備えている気がした■沢山のやってみたいことを慎ましく、楽しそうに話す。偶然を超えて、きっと掴む道に、私たちのココロも踊り出した。(編集部)

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