INTERVIEW

ずっと逃げてきた正体不明の違和感と、それに向き合った時に見えた「本当の自分」【後編】

ずっと逃げてきた正体不明の違和感と、それに向き合った時に見えた「本当の自分」【前編】はこちら

2016/12/06/Tue
Photo : Taku Katayama  Text : Momoko Yajima
小西 真冬 / Mafuyu Konishi

1983年、大阪府出身。中学のヤンキー時代を経て、バンド活動で知り合った17歳年上の女性と20歳で結婚。22歳の時に自身が性同一性障害であることに気づき、2015年1月にタイで性別適合手術を受ける。セクシュアリティはMTFのバイセクシュアル。漫画家のアシスタントをしながら、2016年4月より『ヤングエースUP』(角川書店)にて『生まれる性別をまちがえた!』のウェブ連載をスタート。

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INDEX
01 子どもの頃からの夢、漫画家
02 ヤンキーデビューした中学時代
03 バンドでビジュアル系化粧と女装に目覚める
04 妻になる人との出会い
05 母の猛反対を押し切り駆け落ち同然で上京
==================(後編)========================
06 プロの漫画家の厳しさを知る
07 22歳の気づき
08 ホルモン治療で変化する身体
09 家族へのカムアウトと性別適合手術
10 手術後の心の変化

06プロの漫画家の厳しさを知る

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原稿持ち込みと挫折の日々

上京し、アルバイトをしながら漫画を描く日々。21歳で初めて出版社に原稿の持ち込みをした。

「一番初めに持ち込んだのはコメディ漫画で、その時はおもしろいって言われて調子に乗ったんですよ」

しかし次に持ち込んだギャグ漫画は酷評され、それ以降、どんな漫画を描いてもおもしろいと言われなくなってしまった。

「何描いてもダメって言われて、おもしろい漫画っていうのが分からなくなって。それから漫画や映画をたくさん見てストーリーの作り方や、人物キャラの見せ方とか、すごく勉強したんです。それこそ心理学とか姓名判断まで勉強したりして。完全に迷走してましたね(笑)」

編集者からはその度、「うまい、でもおもしろくない」「よくできてるけど硬い」「正解ではあるけど人間味がない」などと言われ、行き詰ってしまった頃に、知人の紹介で漫画家のアシスタントとして入ることになる。

アシスタントで、プロの厳しさに気づく

「描けると思ってたんです、自分では。でもいざプロの職場に行くと全然描けなくて。今まではやっぱりアマチュアだったんだなと思い知りました」

プロの世界を甘く見ていた。打ちのめされた。

28歳でアシスタントを始めてからは、それまでしていたバイトはすべて辞め、アシスタントの仕事1本に絞った。

ひとりの漫画家の元にレギュラーで入りながら、武者修行のつもりでいろんな漫画家のところに手伝いに行った。

「絵の描き方もまったく分かってなかったんだと気がつきました。セリフを使わなくても画面で読者に伝えることができる、これが漫画の強みかって。文字だけで見せるなら小説でもいい。これが硬いと言われていたことか、とか、実践で初めて理解できてくる」

「いろんな先生のところにアシスタントに行かせていただいて、先生のクセや独特の見せ方を学んでいくわけです。それでようやく、自分でも漫画が描けるようになったかな、と思えるようになったのが31歳ぐらいですね」

そしていまの連載につながるのだが、ギャグでもバトルでもストーリー漫画でもない、男性から女性への性別適合手術を受けた自分の経験を描いた内容だ。

自身のセクシュアリティに気づき、手術をして身体の性別を変えるに至るにはどのような経緯があったのだろうか。

07 22歳の気づき

「もう、逃げられない」という思い

東京に出てくるまで、自分の中の「女」の部分を意識しつつも、まだ「心が女性である」という認識にまでは至らなかったが、22歳の時にプレイしたゲームで突如、気づきが怒涛のように押し寄せてきた。

「『北へ~Diamond Dust〜』というゲームで、主人公の男の子が行く先々で恋に落ちていくようなやつなんですけど、そこに隠しキャラで高校生の時の親友が出てくるんです。親友は実は性同一性障害で、札幌で女装して夜の仕事をしているんだけど、主人公はそれが親友とは気づかずに話が進んでいくんです」

ストーリーを進めていくうちに、その親友と自分を重ねるようになる。正直、重かった。

つらかった。

「結婚したということもあって、今までのことは気の迷いだろう、男として生きていこうという気持ちがあったんですね。中性的な男ということでいいや、って。だけどそのゲームをやった時には、もうダメでした。現実を突きつけられて」

ゲームの中では親友の葛藤も丁寧に描かれていた。

「母親とケンカするシーンで『ちゃんと病院に行きなさい』と言われて、『分かってるよ、でもどうしようもないんだ。おれだってどうにかしたいんだ!』って言うんですけど、本当に自分ではどうしようもない、内側から上がってくる感情というのがあるんです」

「男子として大学にも通っているし、男として主人公にも接している。でもどうしようもない自分の中の女の部分があって、その部分を夜の仕事にしている。ずっと、男性でいることを自分に押し付けていたけど、夜の仕事で初めて解放されて、これが本当の自分だと気づいた、というような表現があったんです」

これまでの自分がフラッシュバック

自分ももしかしたら男の部分を押し付けているだけで、同じようなことがあるのかもしれない。

バンドを組んで女装した時、すごく嬉しかったし、楽しかった。

笑われることがあっても、今まで女扱いされて嫌だと思ったことが一度もない、むしろ喜びすら感じた。

あんなに嬉しかったのはなぜだろう。幼なじみの女の子と遊んでバカにされて何が嫌だったのだろう。ぬいぐるみばかり連れていたのはなぜなんだろう・・・・・・。

自分に当てはめて考え始めると、すべてがなぜ? という問いになり、その度に符号が一致していく。

「もしかしたらこいつと同じなんじゃないのか、と思い始めたら胸が締め付けられて。もし自分がニューハーフの店で働いたら、きっとすごく嬉々として仕事するだろうと思っちゃった時に、ああ、もうダメだな、これはたぶんそういうことなんだろうと」

「もう逃げられないと思ったんです、現実から。よくよく考えてみたら今までも全部自分から逃げてたんです。やけくそになったりして自分とちゃんと向き合わなかった、そのツケが来たんだなと思って」

悩んで、自分に正直に生きているゲームの中の子がうらやましかった。

同時に、正直になれなかった自分が、すごく悔しかった。

もしも自分も最初から素直に生きられていたら、こんなにこじらせなかったし、中学もグレていなかったと思う。

でもその代りにバンドもやらなかっただろうから、妻と出会うこともなかったかもしれない。

後悔はあるが、今までのことを全部考えた上で、初めて、「女として生きる」という道もあるのかもしれないと考えるようになる。

08ホルモン治療で変化する身体

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妻の気持ち

この気づき以降は、男性として見られることが本当に苦痛となり、ファッションも今までより一歩進んだレディースを着るように。

そして女性ホルモンの投与も始める。

「奥さんには、『男として歳を取りたくない。だから女性ホルモンを使う。今後、子どもはできなくなるかもしれない』ということを伝えました」

「奥さんからは、おっさんになるよりはビジュアル系のHAKUEIやhydeみたいなキレイな歳の取り方をしてくれた方がいいと言われました(笑)」

妻はホルモン治療に一切反対しなかった。ひげも薄くなるしいいと思っていたらしい。妻の中ではあくまで「中性的な男性」の延長だった。

ホルモン投与を始めてしばらくはバイト先の居酒屋でも「にいちゃん、にいちゃん」と呼ばれたが、髪も伸ばし、ホルモンを続けていくと、次第に「ねえちゃん」と呼ばれることも増えるようになる。そうすると、今度、困るのはトイレや更衣室だ。

女らしくなっていく見た目と生活への支障

「27歳ぐらいの時、プールで奥さんが、お前はどっちの更衣室に行くんだ?と訊くんです。『女の方に入ってもいいかもしれないが、バレたら逮捕。男の方はバレても騒ぎにはなるが逮捕はされない。さあ、どっち?』って。それは男の方に行けってことでしょう」

案の定、騒ぎが起きる。

仕方なく、「ぼく、ニューハーフなんです。上もあるけど、下もあるんです」と説明をする。

その説明をするのは心底嫌だった。

「それを見て奥さん、『なんか言われてたやろ』って半笑いしてるんですよ。くっそー、腹立つなあって言いましたよ」

それ以降は更衣室もトイレも女性用を使うようになった。

トイレも、居酒屋で男性用に入って痴女騒ぎを起こしたことがある。その時もニューハーフだと説明して事なきを得たが、本来、自分は「ニューハーフ」という、男性から女性に変わったことを明らかにしてショーなどを仕事にしているプロの人とは違うという思いもあり、複雑だ。

09家族へのカムアウトと性別適合手術

両親へのカミングアウト

見た目がどんどん女性化していく中で、温泉に行けない、役所や病院といった公的機関でいちいち説明を求められるなど、私生活に支障が出てくるようになる。

「これはもう、どっちかにせなアカンなって。もうここまできたらやるか、みたいな。それで性別適合手術を受けることに決めたんです」

妻に話すと、「あ、そこまでやる気だったんだ」という反応だったが、すぐに「まあ好きにすれば」と言ってくれた。

「たぶん、ここまで見た目が変わってたらもうどこまで変わろうとも同じだろうと。それに形はどんどん変わっていくけど中身はこれまで何ひとつ変わってないので、手術を受けたところで何も変わらないだろうと、奥さんも思ってるんじゃないかと」

31歳で性同一性障害の診断書を出してもらい、性別適合手術を受けるにあたって両親にカミングアウト。

母とは丸一日話し合った。

「母親に言われて記憶に残っているのが、『どうしてうちの子なの』という言葉。やっぱり、母もいろいろと思いがあったのだと思います。孫も見せられず、真っ当に生きられなくて・・・・・・という言い方はおかしいんだけど」

「母には今でも本当に申し訳ないと思ってます」

それでも母は認めてくれた。

しかし父は、身体にメスを入れること、そして妻がいることを理由に反対した。

「一番父が引っかかっていたのは、結婚してるのにどうすんねん、ということでした。奥さんがいる立場で責任はどうするって」

最終的には妻が父を説得してくれた。父も「まあ奥さんがええって言うんやったら、ワシはなんも言わん」と、最終的には認めてくれた。

「親からもらった身体にメスを入れるのを心配するのは、親なら当たり前のこと。だけど、私のセクシュアリティのこと、つまりトランスジェンダーという面で否定されることはありませんでした」

いざ性別適合手術へ

2015年1月、単身タイに渡航し、手術を受けた。

術後の自力排せつがままならない状況や、作った膣を保つためのダイレーションという処置での激痛と闘いながら、描いていた「女性になる」という理想と現実の違いに苦しんだ。

「こんなに痛い思いをしなければ女になれない。いや、どんなに頑張っても女にはなれない。女のような何かになるだけ――」

不安を支えてくれる人は誰もおらず、孤独に押しつぶされそうだった。

そんな中、同じ病院で手術を受けた同志となる女性たちや、病院やアテンド会社のスタッフたちの存在は救いだった。

術後、帰国してからも妻との関係性は変わらない。

もともとサバサバした人であるし、自分の女になりたいという願望のも初めから受け入れて付き合ってくれた人だ。

人間として好きであるし、妻に対しては男の部分で愛している。

「ずっと一緒にいたい人なので、奥さんから三行半を突き付けられる以外は自分から離婚しようとは思いません。まあ、せっかく女性の身体になったから遊びたいという気持ちもありますけど(笑)、奥さんがいるのでおイタはいたしません」

10手術後の心の変化

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メンタル面の変化

自分の変化といえば、やはり男性ホルモンが作られなくなったせいか、メンタル面で女性の部分が強くなったと感じる。

「おかしいぞ、こんなにメンヘラじゃなかったぞって(笑)。男目線で見ると正直、めんどくさい部分ではありますね。いまは、自分の中の男女比は、”男2:女8” という感じです」

性別適合手術とその後をつづったブログも人気となり、悩んでいる人から相談を受けることも多い。

「よく若い人から、『若いうちに手術した方がいいですか』と聞かれるんですけど、個人的にはベストな年齢って25歳ぐらいじゃないかと思うんです」

「そこそこ社会のことも知って、まだまだ受け入れてもらえない社会の状況を感じたり、自分らしく生きられない理由を探ったり悩んだりして、挫折を知った上で、手術して戸籍も変えて新しく就職するなりして再スタートを切るのもいいのではないかと」

若過ぎるうちに手術して、身体も戸籍も変えたのに社会は何もしてくれないと、こんなはずじゃなかったと嘆いてもどうしようもないのだ。

悩んで、努力して、人間的に深みができて、きちんと自分の人生のベースを作ってから手術したっていい。

知って、そして考えてもらいたい

「ニューハーフ」の女性たちがテレビに出て活躍したことで、セクシュアルマイノリティの存在が世間に認知され、以前に比べてカミングアウトもしやすい空気ができたと思う。

しかし同時に視聴者に “笑っていい存在” という誤解も植え付けたのではないかと思っている。

だからこそ、「笑われることを職業にしている人もいるけれど、そういう人たちだけではない」ということを伝えていきたい。

それなりの苦しみを持って、それなりの人生を歩んできて、いまに至っている人もいるのだと知ってほしい。

「友人がSNSでブラック企業についてツイートしたらあっという間に3万リツイートされる。でも私が性同一性障害について真面目なツイートをしてもせいぜい200リツイートで止まるんです。それだけまだLGBTについて、世間の関心は薄いんです」

だから、いま動かないと、と思う。

自分の意見を押し付けることはできないし、認めてくれ!と言うのもおこがましさがある。

だから漫画でもブログでも、手段は何でもいいから、まずは知ってもらい、その次によかったら考えてもらい、その人自身が出した答えを持ってもらいたい。

どうしてもLGBTを認められないのであればそれはそれで仕方がない。でも、とにかく考えてほしいのだ。

「あなたにとってどこからが女ですか? 女と判断する基準はなんですか? って、男と女の違いを考えてもらった時、答えは人それぞれかもしれません」

「もし考えても答えが出ないというのであれば、それだけ違いがないということかもしれないし、違いがないことに気づけば、今まで自分がこだわってきたことなんて大したことじゃないんだってなるじゃないですか。実際、男と女の違いなんてそんなにないんですよ、内臓も器官も数は全部同じだし」

そうやって、自分自身が出した答えをもとに考えを改めてくれる人が増えればと思う。

まずは知ってもらわないと何も始まらないから。

そのために自分ができることは漫画でもブログでもなんでもやろうと思う。

“自分を認めないつらさ” を経験しているからこそ、いま、小西さんはとても自分に正直に生きている。不安なこともあるし、まだあがきながら、もがきながらの日々だ。だけど共に生きる大切な人がそばにいて、見守ってくれているから、弱さも含めて本当の自分を認めようと思う。22歳で、ゲーム画面の向こう側に見た風景が、いまも小西さんの軸を支えている。

あとがき
真冬さんの話しは、気取りがない。ストレートに伝わる。高校時代のあだな話しは、シモネタが飛び出して大爆笑。可愛らしいカフェで、真冬さんの通る声と私たちの笑い声が響いた■インタビューの後半「自分に正直に生きていなかった時期が長くて・・・・・・こんなに、こじらせなかったのに」と、見つめる先が遠くなった。でも取材の感想は違う。アシスタント時代、最愛の人とのこと、性のこともーーー難題から降りることはなかった真冬さんなのだ、そう思った。(編集部)