INTERVIEW
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この広い世界で見つけた、自分の座標。【後編】

この広い世界で見つけた、自分の座標。【前編】はこちら

2017/09/20/Wed
Photo : Tomoki Suzuki  Text : Kei Yoshida
村上 裕 / Yutaka Murakami

1982年、福島県生まれ。高校で情報・会計を学び、千葉商科大学にて経営・商学を学んだのち、マイクロカウンセリング理論、来談者中心療法、動物介在療法、芸術療法などを学ぶ。ゲイの心理カウンセラーとして、2007年に「カウンセリングルームP・M・R」を開設。現在、当事者や家族、異性配偶者、友人から、そして職場の人間関係について相談を受けている。著書に『孤独な世界の歩き方』(イースト・プレス)がある。

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INDEX
01 自分を殴る人か、殴らない人か
02 感情を殺さないと生きられない
03 世界に色がついた瞬間
04 ドアノブを回せない
05 死なないための心理学
==================(後編)========================
06 得体の知れない自分が怖い
07 足りないピースを探して
08 パートナー2人と暮らすということ
09 これからの“家族”のかたち
10 あなたが幸せなら、それでいい

06得体の知れない自分が怖い

差別は相手を理解するための一形態

自分が何者であるか。

自分の正体が分からないと、自分自身を差別する気持ちが生まれる。

「差別は、相手を理解するための一形態です。差別という言葉のもつネガティブイメージから、私を差別する人たちを遠ざけていたのは自分でした」

家族も友達も、仕事の人たちも。もしかしたら仲良くなれたかもしれないのに。当時の自分には、自分を差別する気持ちがあったんだと思う。

「人間は、初めて出会ったものが自分にとって安全かどうかを自動的に判断しようとします。過去に得た情報から、似たようなものを見つけて、正体を特定しようとするんです」

「しかし、似たようなものがなかった場合、必ずしも正確ではないイメージで輪郭を埋めようとする。それが、偏見です」

「ゲイとかレズビアンとかにかかわらず、得体の知れないものは怖い」

誰でも、正体が分からないものは怖い。自分自身に対してもそう。自分自身への差別が生まれる。

「そして、怖いから攻撃する」

「リストカットは、時に自分に対する攻撃です。私は、自分の正体が分からないから自分自身を攻撃していたんだと思います」

自分への恐怖、そして攻撃

自分自身に対する恐怖。それは、自分の正体が分からない限り消えることはない。

心理学を学ぶことは、自分の正体を知ることでもあった。

「異常でも正常でも何でもいいから、自分という人間を定義づける輪郭がほしかったんです」

「心理学を学ぶ過程で、LGBTという属性や性質が見えてきて、自分という人間のピースが1つずつはまっていくような感じでした」

しかし、どれだけ心理学を勉強しても、どうしても見つからず、欠落したままのピースがあった。

それは、自分という存在がどこから来たのかを示すもの。

自分のルーツだった。

07足りないピースを探して

自分は望まれて生まれてきたのか

「ゲイであるということは、自分にとってはたったひとつのピース。それはOK。生き物のバリエーションのなかで、ちょっとレアってだけのこと」

「じゃあ、自分という生き物がみんなと同じように父と母からつくられたのだとしたら、父のことを知らない私は、ルーツの半分が分からなかった」

父親こそが足りないピースだった。

「父のことを訊いたら死ぬ」という呪いに支配され続け、ルーツを知ることができないまま、自分の正体が分からないまま、ずっと苦しんできた。

そして、やっと昨年、その呪いを解くことができた。

「もう、母に捨てられたら死んでしまうような、小さな子どもじゃない。自活しているし、パートナーもいる」

「もう大丈夫だと思い、母に電話して、父について訊けない自分に起きている精神障害のこと、そのせいで生きづらさを感じていることを話しました」

「一番確かめたかったのは、自分が望まれて生まれてきたのかどうかということ」

「もしかして要らない人間なのではないかという不安。そこに、私の対人不安の根源があった」

自分のすべてを愛する許可

母は答えた。

「生まれたときには喜んだし、とっても愛していたよ」

その言葉を聞いたとき、やっと、ピースが埋まった。

「ぐらついていた足元が安定した感じでした」

それは、自分の座標を見つけた瞬間だった。

「この広い世界のなかで、ここが自分の座標なんだと分かると安心しました。たとえ多くの苦難が解消されなくとも」

「私をつくった人たちが、私を望んでいたならば、自分は自分を愛してもいいんだと思いました」

「自分を愛する許可がおりたというか」

「愛情は、人からもらう愛情が半分で、もう半分は自分で自分に注ぐもの。両方が必要だと思うんです」

「人からの愛情はパートナーが満たしてくれていたけれど、それまでは自分に注ぐ愛情は足りていなかった」

「やっと、自分のすべてを愛してもいいんだと思えるようになりました」

08パートナー2人と暮らすということ

モノガミーとポリガミー

自分への愛情を満たしてくれるパートナーは現在2人いる。

SNSを通じて知り合ってから12年来の付き合いになるパンダさん。

そして、2年前からパートナーとなったマイティさんだ。

「多くの方々の心理相談をお引き受けするなかで、人間にはさまざまな生き方があることを教えていただきました」

「なかでも、私の人生に強く影響を与えたのは、モノガミーとポリガミーという考え方でした」

モノガミーとは一対一のパートナーシップ、ポリガミーとは一対多数や多数対多数のパートナーシップを指す。

「それらを知らなかった頃は、ひとりの人だけを愛せない自分を異常だと思っていました」

「パンダさんに深い愛情を感じる一方で、亡くなったあとも変わらない、初恋の彼への愛情、そして時々起こる、誰かへの愛情・・・・・・」

「それは、私が父親を知らない母子家庭で育った虐待サバイバーであり、異性愛ではないゲイだからなのではないか、という疑念がありました」

「でも、モノガミーは多数派であり、異性愛、同性愛、両性愛のそれぞれにいて、同様にポリガミーもそれぞれにいたのです」

「ひとりの人だけを愛すのが普通で、それ以外は異常だと、差別と偏見に囚われていたのは私自身でした」

そして現在は、3人で一緒に暮らしている。

自立した人間の相互依存

「3人だと合意形成が必要なので、誰かの独りよがりになることがないんです」

「例えば晩御飯をどうしようってときに、私はマイティさんのご飯が食べたい、マイティさんはつくりたくない、パンダさんは何でもいい、じゃあどうする、ってなったとします」

「じゃ、ラーメンはどう? というふうに、誰かが我慢するわけでも、誰かの意見だけを採用するのでもなく、3人が合意できるところってどこだろうって探るんです」

「2人だと、AとBどっち? となるところ、3人なら、AとBとCだけど、Dはどうだろう、という感じです」

バランスのとれた相互依存の関係。

自分にできないことがパンダさんにはできて、パンダさんにできないことがマイティさんはできて、マイティさんができないことは自分ができる。

自立した人間がお互いに補い合って共生していく関係だ。

「私と彼らはパートナーですが、彼らの関係を指す言葉は分かりません。ただ、この関係が築けたのは、2人が仲良くなろうと努力してくれたから」

「本当に感謝しています」

09これからの “家族” のかたち

異性愛でもポリガミーは増えていく

「パートナーが2人いて、それぞれからやきもちを焼かれたりはしないのか、と訊かれることがありますが、全くありません」

「もうこれ以上増やさないでね、とは言われますけど(笑)」

「ポリガミーは、何も同性愛に限ったことではありません」

「異性愛の関係性においても、浮気の問題とか、愛情の証明とかで、注目する人が増えてきているんです」

「ポリガミーを知ることで、人との関わり方について自由な考え方ができるようになって、ラクになる人も多いのでは」

LGBT、特にゲイとレズビアンの世界には、血のつながりのない家族の概念 “ハウス” がある。

もとはアメリカで生まれたもので、異性愛者ではないため両親から縁を切られたり、地域から放逐されたりした人たちが寄り集まってつくる共同体のことだ。

ハウスにはマザーもしくはファーザーと呼ばれる人がいて、社会のルールやマナーを教え、集まったみんなが生きていけるように支えていく。

血縁ではなくとも “家族”

「これからは、そんなハウスが増えていくと思います」

「趣味なのか、スキルなのか、業界なのか、セクシュアリティなのか、結びつけるものが何かは分かりませんが、互助的に共生する関係性は増えるはず」

「そもそも、親と子は血縁関係だけど夫婦は他人です」

「なのに、なぜ夫婦は家族だと認められて、婚姻関係でないと家族じゃないのでしょうか」

「人と人との親密な関係性を家族と呼ぶ。それは、きっと誰もが知っていること」

「そう思ったとき、パンダさんもマイティさんも血縁関係ではないけど、私にとっては家族だ、と思ったんです」

例えば、父親のいない子どもとその母親、そして子育てを支援したい人たちがいて、縁があって一緒に暮らしていくことになったら、彼らは家族になっていくのだろう。

そうして家族は、それぞれにとって居心地のいいかたちへと自由に姿を変えていくはずだ。

10あなたが幸せなら、それでいい

“私たち” から “私とあなた”へ

「母も、3人で暮らしていることは知っています。私がゲイであることも」

母親にカミングアウトしたのは高校3年生のときだった。

「伝えたあと、母は私に対して攻撃的になりました。差別と偏見と悪意に満ちていましたね・・・・・・」

「そして母は『いつか子どもさえできたら、ゲイでも許す』と」

「いやいや、なぜ許されなければならないんだろう、と思いながらも、そのときは『分かりました』と頷くしかありませんでした」

「そのうち、『仕事さえしてくれていたら』になり、『ひとりじゃないならそれでいい』になったんです」

そして昨年、抜け落ちていた父親というピースがはまり、自分の座標が見つかったとき、母の生き方に従って生きている自分に気づいた。

「母に、その価値観は健全ではないからやめよう、と伝えました」

「あなたが幸せかどうかはあなたの責任だから、幸せである条件を私に求めないでください、と」

「母はパニックになって泣いていました。それでも私は言いました。自立して生きるか、縁を切るか、選んでほしいと」

「そして、母は頑張って自立すると言ってくれました」

「“私たち” という感覚から、“私とあなた” になった。母のなかで、やっと私を分離して考えることができるようになったんです」

それぞれの座標に立って

最近になって、母は私に訊いた。

「幸せなの?」
「どう見える?」

「幸せそうに見える」
「じゃあ、そうなんじゃない?」

「幸せなら、それでいいわ」

私は母に訊いた。

「あなたは最近どうなの?」
「気になる人がいるんだよね」

「母は、母自身の人生を歩み始めたみたいです(笑)」

「今はもう、ゲイであることも、パートナーが1人でないことも含めて、私という人間に対して、母は自分が思っていることを話してくれます」

「やっと、健全な母と子の関係になってきたと思います」

母もまた、自分の座標を見つけた。

生きていれば誰もが問題にぶつかり、不安に思うこともある。それでも、いや、だからこそ、それぞれの座標に立ち、自分が思う方を目指して、少しずつ前へと歩を進めていくのだ。

あとがき
“今、この言葉を書きつけたい”と、何度も思った裕さんの取材。初対面の日は緊張した。それは、深い受容に最近不慣れな自分の鎧のようなものだと後から知る■裕さんは、とても沢山の言葉と知識を備えた人。それでも、ずっと謙虚だった。原稿完成までの見えにくいプロセスへ信頼をおき、修正はほんのわずか「相談調」だった■毎日の暮らしにまみれると、自分の気持をつい雑に扱ってしまう。ひっかかりはどこかで向き合わないと、と思えたひとときになった。(編集部)

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