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同じ職場で18年、コツコツ積み上げてきた自分らしさ【後編】

同じ職場で18年、コツコツ積み上げてきた自分らしさ【前編】はこちら

2017/06/19/Mon
Photo : Taku Katayama Text : Junko Kobayashi
重田 司 / Tsukasa Shigeta

1980年、三重県生まれ。小学生の頃から同性(女の子)が好きなFTM。中学生の時、告白した女子から ”大嫌い” と書かれた手紙をもらい、それが長い間トラウマとなる。高校卒業後、大手調理器具メーカーに就職し、現在まで働き続けている。職場での大失恋を経て、現在のパートナーと出会う。結婚にむけ、身体的治療を開始している。

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INDEX
01 私は女の子だけど、女の子が好き
02 トラウマとなった同級生への告白
03 ヤケになっていた15才の夏
04 何も知らぬまま他界した両親
05 社会から埋没して生きる
==================(後編)========================
06 信じていた彼女の裏切り
07  人生を変える出会い
08 結婚に向けた道
09 「置かれた場所で咲きなさい」
10 情報に惑わされず、自分らしく生きる

06信じていた彼女の裏切り

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まさかの失恋

19才で就職して以来、仕事や職場の人間関係に慣れようと一所懸命だった。

来る日も来る日も会社で働き、女性と付き合っている以外、特別なことはない日々。

「同期の子たちが結婚すると『重田さんはまだなん?』とか聞かれるんです。そーやねー、なかなか、と誤魔化すのが精一杯」

「彼女はいたので、相手はおるんやけど国が認めてくれないだけと心で思っていました」

20代の中頃から、6年間付き合った彼女がいた。

「惰性でいるような感じもありましたが、こんな自分とつき合ってくれるので別れるなんて考えていなかったです」

もちろん、会社でもごく数人にしかつき合っていることを話さなかった。

「ひっそりとですが、結構長くつき合っていたので、このまま彼女と暮らしていくのかなと思っていたんです」

そんな生活が、ある日突然終わりになる。

彼女と自分の家で過ごしていると、何か彼女の様子がおかしい。問いただすと「他に好きな人ができたので、別れて欲しい」といきなり告げられる。

「まさか!という感じです。あなたにフラれるの?と」

何が起きているのかしばらく理解できなかった。

彼女は男性と浮気をしていた。

ショックより、彼女の裏切りに対する怒りが爆発した。

信じていた彼女のまさかの行為、涙が溢れ止まらなかった。

それでも男になろうとは思わない

彼女と別れ話しをした夜は、一晩中泣き明かした。

自分の中でとても大事にしていたもの、素の自分を理解してくれる人や心地よい場所がなくなってしまった。

これからどうなるのか、どう生活して良いかもわからず、食事も喉を通らない。

「でも、仕事を休もうとは思わなかったんです。失恋の翌朝も、目をパンパンに腫らして出勤しました」

職場に行けば、別れる前と変わらず自分の居場所があった。

カミングアウトをしていた友人たちに話しを聞いてもらったり、辛い気持ちを癒やした。

「別れた時、自分は30才を超えていたので、もう誰ともつき合うことはないだろうと思いました」

失恋のことを考える暇がないくらい仕事に没頭した。

「とにかく働こうと、まぁ前向きですよね(笑)」

別れた彼女とは地元が一緒なので、聞きたくもない話しが耳に入ってくる。

「元彼女が、付き合った彼に自分とのこと話したらしいんです。で、その彼と性行為をしている時に『やっぱり男はコレがないと』って言ったらしいんです。本当に最低ですよね」

聞いた時は本気で落ち込んだ。

GIDのタレントをテレビで見る機会も増えたので、身体的治療ができることは知っていた。

しかし、男性になりたいとは思わなかった。

「手術なんて自分とは遠いというか、現実味がなかったですね」

選択肢がないと思えば、どうしようもないことと諦めがつく。

07人生を変える出会い

入社時から気になっていた美人さん

今、笑いながら失恋話ができるのも、結婚を前提にお付き合いしている彼女と出会えたから。

「めちゃくちゃラッキーですよ。失恋して3週間で今の彼女とつき合うことができたんですから」

彼女との出会いは2012年。新卒社員として同じ会社に入社してきた。

「見た瞬間、めっちゃ可愛いやんかーって心の中で叫びました(笑)」

当時は付き合っていた彼女がいたので、女性の先輩後輩として接していた。

その関係が崩れるきっかけになったのが、失恋。

目を腫らして出勤していた自分を見て「どうしたんですか?」と声をかけてきた。

失恋後ひたすら考え、もう隠すような生き方はやめようと思っていた頃だった。

「彼女は『えっ?ええっ??』と驚いたんですけど、実は性同一性障害というのがあってねと説明したら『へーっ!?』って、面白いリアクションをしてくれたんです(笑)」

その時はそんな話しをしただけだったが、チャンスは同じ日にやってきた。

「仕事が終わり、帰る時に『重田さん、メルアド教えて下さい』って言ってきたんです。これは、いけるんじゃね!って思うでしょ(笑)」

彼女の母親の応援

失恋から3週間。

まだ傷が癒えない時期だったが、気になっていた後輩の彼女にアドレスを聞かれて、スイッチが切り替わった。

脇目も振らず、猛アタックを開始する。

「目の前にこんな美人さんがおるのに、失恋を引きずり腐っていたのではアホらしいでしょ」

必死にくどき、それから1ヶ月も経たずにお付き合いすることになる。

「まさに、夢のような出来事です!」

つき合ってすぐ、彼女は両親に恋人ができたと報告する。

過去つき合った彼女の中に、自分のことを両親に話してくれた人はいなかった。

経験のないことで、驚いた。

「びっくりしましたね。親に言うんだそこ!みたいに。いきなり表舞台に立たされたみたいで、どう反応したら良いかわからないんです」

「どうしよう、ヤバイ、アカンという感じです」

彼女の母親もまた同じ職場で働いていたから、自分の仕事ぶりを評価してくれているのは知っている。

でも、娘の恋人となると話しは別だろう。

そして、3人兄弟の末っ子の彼女を、誰よりも可愛がっている父親のリアクションが一番気になる。

「彼女が家に遊びに来いというから、行ったんです。両親に紹介されるなんて初めてで・・・・・・・。いままでのつき合いとは全然違うんですよ」

周りの目を気にせず、堂々と振る舞う彼女との出会いが運命を変えた。

「結婚なんて自分とは無縁と思っていたんですけど、急に目の前に迫ってきたんです。自分にとっては向かい風でもあり、追い風でもありますね」

08結婚に向けた道

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父親から出された結婚の条件

彼女の父親からは、何度も厳しい話しがあった。

「・・・・・・別れようと思ったこともありました」

「でも彼女を手放すなんて絶対にしたくないです。それとお母さんが、応援してくれるんですよ。それがお父さんには面白くないのかもしれないんですけどね」

彼女とのつき合いは3年目を迎えた。

母親は「重田さんならば」と認めてくれるが、父親は、許してくれない。

「お父さんは、彼女がそのうち目を覚ますだろう。いつか別れると思っていたみたいです」

ところが2人の気持ちは変わらず、互いに結婚を望むようになってきた。

「事あるごとに反対するお父さんに『自分たちは別れることはできません』と伝えに行ったんです」

父親もいい加減、認めざるを得なくなったのだろう。2人の熱意に押され「戸籍が男になれば、結婚を認めてやる」と言ってくれた。

「やっとここまできた、という気持ちです。あとは前に進むのみです」

すぐにジェンダークリニックを受診し、2016年4月にGIDの診断が下る。

もともとホルモン注射と胸の手術には興味があったが、踏み切れぬままズルズルと36才まできてしまった。

「心にある、やりたい気持ちを隠してきたのかもしれません。彼女から結婚したいと言われたら頑張るしかないですよ!」

身体的治療の開始

GIDの診断がおりた月に、乳腺全摘・乳房縮小手術を受ける。

結婚に向けて手術をすることを姉に伝えた。

「元彼女から自分がFTMということを聞いていたみたいで、話した時も『あぁ、そうなん、やっぱりな』とだけ。手術についても『ええんちゃう』です(笑)」

実際に手術をするとなると、リスクについても考えてしまった。

「健康な身体にメスを入れるわけですから、不安になりましたよ・・・・・・」

手術のために会社を休むのも気が引ける。手術後は、ゆっくり静養もせずに職場に復帰した。

「職場は力を使う部署なので、術後はしばらくきつかったですね」

手術をした1週間後から、ホルモン注射も開始する。

「初めてのホルモン注射は、くっそ痛かったです。これをずっとやるのかと思うと、今でも憂鬱になりますが、自分の道を進んでいるという満足感もあります」

定期的なホルモン注射の効果で、身体の変化を感じるようになった。

「今までは彼女の友だちに会っても、女性の声なのであまり話すことができなかったんですけど、声が低くなってきたので堂々と話せるようになりました」

2〜3年のうちに性別適合手術を受けたいと思っている。

治療は辛いことも多いが、彼女がいるから乗り切れる。

そして、彼女の父親になんとしても認めてもらいたい。

そんな気持ちが自分を奮い立たせてくれる。

09「置かれた場所で咲きなさい」

何があろうと働き続ける

気づけば、入社してから18年が経とうとしている。

職場の人にも恵まれ、責任あるポジションにつくようになってきた。自分にとって職場は大事な場所なだけに、カミングアウトは慎重に人を選びながらだった。

「話してみると気づいていなかった人も多くて『あーだから、なるほどね』って、その人の中であれっと思っていたことが、つながるみたいです(笑)」

自分がいる環境で、カミングアウトできるならその方が良いと思う。

「今までは、下手なことしてぐちゃぐちゃになるのが怖かったし、頼むからそっとしておいて下さいという感じでした」

カミングアウトすることも、ましてや男性になることも想定外。

直属の上司から「工場長もお前のことを買っているんだぞ」と言ってもらえ、嬉しくなった。

「工場長も自分がFTMである事は知っているので、色々な意味で期待してくれているのかもしれないですね」

そんな上司の思いを知ると、男性として働くことの厳しさも考えてしまう。

女性だから許されることもあったと思うし、性別を変えることで今までの環境がどう変化するかわからない不安がある。

「でも、『置かれた場所で咲きなさい』ってあるじゃないですか。転職する人も多いですけど、この会社でやっていこうと腹をくくったんです。もうどうにもなれです(笑)」

会社も少しずつ動きだした

ある日、本社から人事部の人が来て、話しを聞きたいと呼ばれた。

「何か困ったことがあれば、言って欲しい。LGBTの人たちにも、性別に関係なく働ける職場を目指しているから」と、好意的に話しを聞いてもらえた。

「会社には迷惑がかからないようにと、ずっと隠していたんですけど、そんな事を言ってもらえるなんて、ありがたいですよね」

本社の人事がやってきたと聞き、彼女の母親が驚いてしまう。

「お母さんが『何の話やったん?』って凄い心配してくれたんです。『何か文句あるなら、私に言うてこい。法律に従ってやっている事だから、何の問題もない。誰にも文句を言わさんよ』って」

「人事の人に、に厳しいことを言われたと思ってくれたんでしょうね。嬉しかったですよ」

とは言え、具体的なことは全てこれから。

まだ戸籍を変えていないので、職場では女性名を使っているし、トイレや更衣室、名札など、一つずつクリアしていかなくてはならない。

18年間もいる職場で、名前や性別を変えるのは勇気がいる。

LGBTを理解している人ばかりではないので、その都度理由を説明しなくてはいけない。

投げ出したくなることもあるが、あきらめずに1歩1歩進むしかない。

10情報に惑わされず、自分らしく生きる

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選択的未治療という道

今も、カミングアウトや身体的治療が必ずしも良いとは思っていない。

ホルモン治療や手術によるリスクもあるし、「手術を終える=100%幸せになれる」わけではない。

「隠してばかりは辛いし、カミングアウトをしたら道が開けるのも事実だが、誰にでも言えば良いというのも違う。自分の場合は、カミングアウトの範囲を少しつづ広げたら、生きやすくなりました」

「傷つくこともありましたが、結果オーライです。この人はと思う人がいたら、行動したら良いと思います」

前に出るのが全てではない

カミングアウトのタイミングで転職したり、引っ越す人もいるが、地元に住み続け職場も変えていない。

「仕事については、ここでしか働けないという気持ちで望んでいます。転職しても通用するか、自分に対して厳しい目を持つのが大事じゃないかな」

今、自分らしく生きることができる理由をこう考える。

「いろいろ話せる人ができて、素の自分の居場所を作れたんです。あと、仕事を誠実にこなし、人間関係を築き上げてきたのが良かったのかな」

会社員として信頼される大前提は、セクシュアリティよりもまずは人間性だと言い切れる。

「普通に、毎日コツコツですよ。あー今日も終わったと、地味な日々の繰り返しです」
頑張らなくてはいけないとか、変わらなくてはいけないとか、肩肘を張るのとは違う。

日々の生活を誠実に生きることで、周りの人は認めてくれる。

「こうじゃないとFTMとは言えないとか、マイノリティの中のマジョリティであろうとするでしょ(笑)そんなことしなくていいんです。自分がいる場所で、一生懸命に生きればいいんです」

彼女と出会わなかったら、考えなかったこともある。辛い経験もしたが、だからこそ掴んだ幸せもある。投げ出さずコツコツと続けてきたものが、今開花しようとしている。

あとがき
LGBTERの公開案内に「待ってました!素敵な機会をありがとうございます」とのお返事。司さんのメールは、ミニマムでいつも感謝と笑顔 (^^♪ がのっている■自分のセクシュアリティを積極的に表明しなくても「隠さずにいられるなら、そっちの方がいい」と、少しずつ周囲へ伝えた司さん■昭和風の脅迫状めいた手紙も、フラれたことも・・・。人に否定されるようなおもいを重ねて、司さんは新しくなっていった。この世の果ては知らないまま、体験する不成功なら、それも悪くはない。(編集部)

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