INTERVIEW
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私がレズビアンであることを、受け入れてほしい人がいる。【前編】

可憐な雰囲気をまとい、儚げな印象の山本麻耶さん。しかし、人生を振り返っていく言葉たちからは、明確な芯を持っていると感じられた。10代後半から、女の子に好意を抱き始めた。同性愛者であることを、受け入れてくれると信じていた人に否定された。それでも自分自身を貫いたのは、ニセモノの人生を歩みたくなかったから。今、改めて受け止めてもらう時が来た。

2017/10/21/Sat
Photo : Rina Kawabata Text : Ryosuke Aritake
山本 麻耶 / Maya Yamamoto

1990年、北海道生まれ。小学校高学年からアニメや漫画の世界にハマり、BL作品にも興味を持ち始めた。高校を中退した後、インターネット上で知り合った女性と初めて交際し、自身の性指向を認識する。現在は上京し、交際3年目の女性パートナーと同棲しながら、アルバイトで生計を立てている。将来の夢は、LGBTフレンドリーな飲食店を立ち上げること。

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INDEX
01 人の影に隠れていた子ども
02 無自覚の変化にあふれた学生時代
03 若さと勢いで始まった恋愛関係
04 認めてもらえなかった “彼女”
05 男性との交際が導いたレズビアンという道
==================(後編)========================
06 求める理想とギャップのある現実
07 新たな環境に出ていく決意
08 受け入れてくれた人と受け入れてもらいたい人
09 大好きな人との未来を思い描ける幸せ
10 伝えていきたい自由に生きる意味

01人の影に隠れていた子ども

人前には立てないタイプ

人見知りが激しく、引っ込み思案な子どもだった。

母からは、よく「知っている人がいたら挨拶しなさい」と叱られていた。

授業中に教師に当てられても、声を発することができなかった。

学芸会の配役を決める日、母からは「かわいいうさぎの役をやってほしい」と言われた。

「お母さんに言われた通り、うさぎ役に立候補はしました」

「人気な役だったので、簡単なオーディションが開かれたんです」

「緊張しちゃって台詞が言えなくて、落選しました」

表には立てないタイプの子どもだった。

「小学生の時、別のクラスに親友がいたんですけど、話せるのはその子くらいでしたね」

「4年生くらいまでは、ずっと引っ込み思案な子でした」

2人の父親

小学2年生の時、両親が離婚した。

ある朝、両親が緑色の紙に何か書いているところを見た記憶がある。

「その時は離婚届なんて知らなかったので、いつの間にかお父さんがいなくなった感じでした」

それから小学校高学年になるまでは、母と2人きりの生活だった。

いつからか、家の前に停まった車の中で、母と知らない男性が話しているのを見かけるようになった。

「子どもだった私の気持ちを考えて、すぐに会わせるのは遠慮したのかもしれません」

「その男の人が、5年生ぐらいの頃に新しいお父さんになったんです」

「すごくやさしい人なので、私もすぐに受け入れました」

11歳の時、年の離れた弟が生まれた。

中学生の頃、二人目の父が謎の失踪を遂げ、母は再び離婚することになった。

「離婚してからは、お父さんとは別々の家に住んでいます」

「週末だけお父さんと一緒にご飯を食べる関係が、私が23歳で上京するまで続きました」

心配性でやさしい母

母は、やさしく何事も受け入れてくれる人だった。

幼い頃から、「一人で何でもできるようになりなさい」と言われていた。

「挨拶もそうですけど、洗濯や掃除も教えてもらっていました」

「ただ、私が何をしても失敗するので、『もう台所に立たなくていい』って言われたり(苦笑)」

母は、小学生の頃に自身の母親を亡くし、父親と兄に囲まれて育った人だった。

その経験があったからか、娘も何かあった時のために、自立できるようにさせたかったのかもしれない。

「お母さんは心配性なのもあって、すごくやさしかったです」

「今でも関東で地震が起こると、すぐに『大丈夫?』って連絡をくれます」

02無自覚の変化にあふれた学生時代

初めてできた趣味

小学5年生の頃、アニメ『犬夜叉』を見て、アニメや漫画の世界にハマった。

もともと無口だった自分が、好きなものを外に発信するようになっていった。

「熱中するものができて、人と話せるようになったんです」

小学6年生になり、好きな漫画や雑誌を買うようになった頃、間違って目当てではない本を購入してしまった。

「まったく内容を知らずに買った本が、BL(ボーイズラブ)作品が載っているものだったんです」

男性同士の同性愛を描いた漫画が、載っている本だった。

「最初は『なんだこれ!?』って思ったんですけど、特に気持ち悪いとは感じなかったです」

「むしろ全然抵抗がなくて、面白いなって思いました」

アニメ好きの友だちにBL作品を薦め、同じ趣味を持つ仲間を増やしていった。

馴染めなかった高校

高校は、2年の途中で辞めた。

「偏差値が低い学校で、やんちゃな人が多い雰囲気に馴染めなかったんです」

1年生のクラスには仲良しの友だちがいたが、2年でクラスが離れてしまい、話せる相手がいなくなってしまった。

当時はビジュアル系バンドに憧れ、ボーイッシュな格好をしていた。

その姿を見た同級生から、「男みたい」と言われたことも、すごく嫌だった。

「せっかく話せるようになったのに、高2で人見知りが復活しちゃったんですよね」

母は、高校を辞めることを認めてくれた。

「当時すでにアルバイトをしていたので、『働いている方が楽しいから』って話したら受け入れてくれました」

「ただ、『学校に馴染めない』っていう本当の理由は、お母さんには言いづらかったです」

「心配かけけたくなかったし、お母さんも高校を中退しているので、できれば私には卒業してほしかったと思います」

好意を抱く対象

高校1年の時、一度だけ同級生の男子に好意を抱いたことがあった。

初めて告白をして、つき合うことになった。

「ただ、いざ告白をすると、何かが違う気がしたんです」

「特に理由はなかったんですけど、1日で別れました」

高校を中退してからは、アニメのキャラクターや実在するバンドメンバーに扮して書き込みを行う「なりきり掲示板」に熱中した。

掲示板上で会話していた女性に対して、好意にも近い感情を抱いた。

「中性的な雰囲気の女性だったんです」

「好きなのかな、と思ったんですけど、確信が持てませんでした」

「もともとBLが好きだったので、そんな自分に対して気持ち悪いとは思わなかったです」

03若さと勢いで始まった恋愛関係

ネットで知り合った恋人

17歳の時、「なりきり掲示板」を通じて2歳上の女子大生と知り合った。

彼女は、自分が好きだったキャラクターに扮して書き込みしていたため、最初はそのキャラに好意を抱いた。

ネット上で会話しているうちに、彼女自身にも興味が湧いた。

「徐々に電話するようになって、会ったことがないのに好きになっていましたね」

「彼女は東京に住んでいたので、『いつか遊びに行く』って話していました」

どちらかが告白したわけではないが、なんとなく恋人のような関係に。

お互いに「女同士だからおかしい」という抵抗感は、抱いていなかった。

「『女だけど大丈夫?』みたいな確認も、特になかったです」

自分自身をレズビアンと認識したというより、「私は女の子ともつき合えるのかも」という感覚だった。

勢いだけで決めた東京行き

彼女への思いが抑えきれず、勢いで地元の北海道から東京に飛び立った。

家族には、「友だちに会いに東京に行く」という書き置きだけを残した。

「若気の至りじゃないですけど、唐突に行こう、って思っちゃって(笑)」

「その時はずっと東京にいよう、って思っていました」

彼女は、大学の寮に住んでいた。

本当は他人を泊めてはいけない寮だったが、彼女の助けによってこっそり潜入。

寮からは一切外に出ない、同棲のような生活がスタートした。

「ずっと会いたかったから、楽しい時間でしたね」

「ただ、1カ月も経つとお金がなくなって、どうしようか迷い始めました」

そのタイミングで、父から「飛行機代とか振り込むから、帰っておいで」というメールが届いた。

父の力を借りて、実家に戻ることにした。

空港まで迎えに来てくれた父からは、東京に行った理由を聞かれることはなかった。

思いがけない母の行動

北海道に戻ってきてから、やさしかった母が厳しくなった。

友だちの家に遊びに行こうとするだけで、「相手は誰なの?」と問い詰められた。

「後から聞いた話しなんですけど、母が東京にいる彼女に連絡していたらしいんです」

母は、彼女に「娘とは関わらないでほしい」と話していたようだ。

それ以来、彼女からの連絡はパタリと来なくなってしまった。

04認めてもらえなかった “彼女”

両親に知られた交際

18歳の時、2人目の彼女ができた。

「なりきり掲示板」で出会った大阪の子だった。

同い年で、互いに高校を中退しているという共通点があり、話が合った。

彼女が北海道に遊びに来て、家に泊めたことがあった。

「親には、友だちとして紹介していました」

「でも、部屋で彼女と2人っきりで『好きだよ』とか言っていたのが、聞こえていたみたいです」

彼女が大阪に帰ってから、父に『カップルみたいな会話が聞こえたんだけど・・・・・・』と言われた。

「その時は、私が男女関係なく好きになることを、受け入れてもらえると思っていました」

「だから、考えなしに『そうだよ』って肯定したんです」

ショッキングな家族会議

「大阪の彼女とつき合っている」と両親に告げてから、約2カ月後。

彼女が、再び北海道を訪れる機会があった。

両親と彼女と自分の4人で、話し合いの場が持たれた。

「お父さんはやさしく話してくれたんですけど、お母さんの言葉がキツかったです」

「彼女との関係を、『気持ち悪い』『ありえない』って言われて・・・・・・」

「強い言葉でまくしたてられて、彼女と2人で泣いたことを覚えていますね」

彼女との関係を貫こうと、反発した記憶もある。

しかし、それ以上に、母の口から出た衝撃的な言葉の記憶の方が強く残った。

母への抵抗で決めた大阪行き

話し合いが終わっても、彼女と別れるという話にはならなかった。

「お母さんの考えを汲み取るのではなく、単純に嫌だと思ってしまったんです」

「親に黙って、1週間くらい大阪に行ったこともありました」

一方、つき合っていた彼女の母親は、2人がつき合っていることを認めてくれていた。

大阪にいる間、相談にも乗ってくれた。

「その間に、私のお母さんからは『好きにしなさい』ってメールが届きました」

母に突き放されたように感じた。

数日後、母から「自分でけじめをつけなさい」という内容のメールが届いた。

「きっと『別れなさい』ってことだったのかな」

「彼女とはずっと一緒にいたくて頑張ったんですけど、結局別れることになりました」

05男性との交際が導いたレズビアンという道

初めてつき合った男性

19歳になった頃、アルバイト先の5歳上の男性に、ほのかな恋心を抱いた。

「いいなと思っていたら、相手も好意を持ってくれていて、つき合うことになりました」

初めて男性とつき合った。

「つきあい始めた時、お母さんには『男の人? 女の人?』って聞かれましたね」

彼にとっても、初めての彼女が自分だった。

お互いに初めてだったため、どこかぎこちない交際だった。

関係が続いていくと、「なんか違う」と思うようになっていった。

「性行為の方法が互いによくわからなかったのもあるんですけど、ちょっと苦手だったんです」

「回数を重ねるごとに、女の子の方がいいな、って思ったんです」

2人目の彼女とはセックスの経験があったため、自然と比較してしまった。

「男の人って行為が終わると『はい、おしまい』って感じで、あっさりしているんですよね」

「でも、女の人は終わった後もじゃれ合えて、お互いに好きなんだな、って感じられたんです」

性欲が強い彼に、たびたび性行為を求められることも嫌になっていった。

レズビアンという認識

つき合い始めて1年が経つ頃、彼は北海道の大学を卒業し、就職で埼玉に行くことになった。

彼から、「一度距離を置こう」と切り出された。

「そのタイミングで別れることを決めました」

「この人と一緒にいたらお母さんは安心するかな、って気持ちもあったけど、自分の感情を優先しました」

「彼から『別れても肉体関係は続けたい』って言われて、ドン引きしました(苦笑)」

彼と別れてからは、男性を恋愛対象と捉えることはなくなった。

「10代の頃は男女どっちも大丈夫って思っていたんですけど、彼と別れてからはダメですね」

「男の人からご飯に誘われても、下心が見えてしまってちょっと嫌だなって」

「男性芸能人を見てかっこいいと思いますけど、つき合いたいとは思わないです」

「20代に入ってからおつき合いしたのも、女の人だけですね」

セックスが嫌いになったわけではない。

ただ、男性と関係を持つことは考えられない。

彼とつき合ったことで、自分がレズビアンであるという認識を持つようになった。

 

<<<後編 2017/10/23/Mon>>>
INDEX

06 求める理想とギャップのある現実
07 新たな環境に出ていく決意
08 受け入れてくれた人と受け入れてもらいたい人
09 大好きな人との未来を思い描ける幸せ
10 伝えていきたい自由に生きる意味

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