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“トランスジェンダー” のまま、戸籍を変えずに生きていい。【前編】

インタビューが始まって、しばらく経ってもカフェオレに口をつけず、すっかり冷めてしまったので、「お話の最中でも、構わず飲んでくださいね」と勧めると、「猫舌なので(笑)」と柔らかく微笑んだ。相手に気を遣わせまいとする、さりげない配慮に人柄が現れる。そんな来野結斗さんは以前、心の性別に合わせて戸籍を変えようと思っていた。しかし今は、そこまでしなくてもいいのかも、と思い始めているという。そんな風に思うようになった理由を、半生を振り返りながら教えてくれた。

2019/05/09/Thu
Photo : Rina Kawabata Text : Kei Yoshida
来野 結斗 / Yuto Raino

1990年、神奈川県生まれ。幼い頃から女性らしくあることに抵抗があり、大学生となった19歳で性同一性障害との診断を受け、20歳からホルモン治療を開始する。大学卒業後は、在学中にアルバイトをしていた高齢者デイサービスに就職。5年間勤務したのちに、障害者グループホームに転職し、施設長を務めている。

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INDEX
01 完全なる “かかあ天下” 家庭
02 みんなと満遍なく仲のいいタイプ
03 ソフトボールと先輩と恋
04 大きくなる胸をガムテープで
05 FTMと自覚し、今後どう生きるか
==================(後編)========================
06 人の悩みを聞いてあげたい
07 母に反対されたホルモン治療
08 福祉の仕事以外は考えなかった
09 男性として生きたいわけじゃない?
10 レールから外れても幸せだよ

01完全なる “かかあ天下” 家庭

父が一方的に叱られて

「自分のことを『真面目で頭が良い子』って、母が言うのが嫌でした」

「真面目でなければ、頭が良くなければ、ダメな子ってことなのかな、と」

そう思うと、勉強するのも嫌になった。

それは母に対する小さな反発だったのかもしれない。

両親と、“ひとり娘” である自分の3人家族。子育てをしながら看護師として救急病院に勤めている母は、家族の誰よりも強かった。

「父は優しくて、母は厳しい。完全な “かかあ天下” 家庭ですよ(笑)」

「父は部屋の電気を消し忘れたり、家電のコンセントを抜き忘れたりして、よく母に叱られていました」

「夫婦喧嘩のような口論にはなりません。いつも父が一方的に叱られている感じだったので」

「父が反論することはなかったですね。反論なんかしたら、さらに本気で母が怒り出しちゃうから(笑)」

父は自分を「目に入れても痛くない」ほどかわいがってくれ、肩車をして、いろんなところへ連れて行ってくれた。

母は厳しかったが、激しく叱咤された記憶はない。

ただ、勉強に関しては口うるさく言われた。

「テストの点が悪かったりすると、もっと勉強しなさい、もっとがんばりさなさいって、かなり言われましたね」

国語や社会は得意だったが、どうしても数学が好きになれなかった。

「母から叱られる原因でもあったので、勉強は嫌でしたね。なんで勉強しなきゃいけないんだろうって、いつも思ってました(笑)」

みんなで追いかけっこや缶蹴りを

それでも、家族の仲は良かった。

年に一度、母の実家である鹿児島県へ、祖母に会いに行くのが家族の恒例行事。

一度だけ、神奈川から鹿児島まで、車で往復したこともある。

「ペーパードライバーの父ではなく、母が運転しました(笑)」

共働き家庭だったので、家族が揃って食事をすることは少なかった。

学校から帰ると、母が仕事に出かける前に用意してくれたごはんが置いてあるときもあれば、帰宅した父がつくってくれるときもあった。

でも、不思議と「寂しくてたまらなかった」ということはない。
近所にも学校にも、友だちはたくさんいたから。

小学校では、いつも友だちと校庭を走り回っていた。

男子も女子も関係なく、みんなで追いかけっこや缶蹴りをした。

「ままごとに付き合わされることもありました」

「その頃は “ボーイッシュな女の子” って感じだったので、お父さん役とかお兄ちゃん役とか・・・・・・たまに犬役をやったり(笑)」

「おままごとは嫌ではなかったけど、家の中で遊ぶよりも、外で走り回っているほうが好きでしたね」

02みんなと満遍なく仲のいいタイプ

女の子が好きだけど・・・・・・

家でも外でも変わらず、穏やかでマイペースなキャラクター。

学校では、クラスの中心となるような目立つタイプでも、いつもひとりでいるような大人しすぎるタイプでもなかった。

「小学校では、みんなが仲よかったですね」

「文化祭の出し物でやったお化け屋敷とか、運動会の騎馬戦とか。先生たちも一緒に盛り上がって、みんなで取り組むのが楽しかったです」

好きな子もできた。隣のクラスの、かわいい女の子。
ふたりで遊ぶこともあったが、恋心を口にすることはなかった。

周りの子は男子のことが好きみたいだけど、自分は女子が好き。

自分は周りの子とは違うと感じてはいたけれど、誰にも言えなかった。

「面倒なので、友だちが好きな子の話をしているときは、話の輪に入らないようにしてました」

「どうしても輪に入らなきゃいけなくて、好きな子の名前を聞かれたときは、適当な男子の名前を言ってましたね」

中学校になってもキャラクターは変わらず、ボーイッシュな女子のまま。

男子とも女性とも一緒に遊んでいた。

スカートははきたくない

「よく男子に誘われて、校庭でサッカーをしてました」

「人数足りないから、お前も来い、って感じで呼ばれて。ジャージをはいて、走り回ってました(笑)」

ジャージは、男子とサッカーをしたり、部活でソフトボールをするとき以外も、常にスカートの下にはいていた。

なぜなら、スカートが嫌だったから。

小学校では私服。スカートははきたくないと母に伝えて、常にパンツをはいていた。

しかし、中学校の制服はスカートだ。はきたくないが、はかなければならない。

「当時は、なんでスカートが嫌なのか、理由は分かってなかったと思う」

「とにかく女性らしくするのがすごく嫌で、周りから女性として見られるのも嫌だったんです」

「友だちに『スカート似合わないよね』って言われて、うれしかったくらい」

ソフトボール部に入ったのも、それまで母の好みで長く伸ばしていた髪を、やっと切れると思ったから。

髪を短く切れば、ボーイッシュな格好もしやすくなる。

それに、運動部ならば、スカートの下にジャージをはいていても違和感がない。

実際に、他の女子もはいていた。

髪が短くて、ボーイッシュで、スカートの下にジャージをはいていても、学校で浮いた存在になるようなことはなかった。

「でも自分に対する違和感はありました」

「自分のように、女子だけど女子が好きって人、他にもいるんじゃないかなって思いながら、やっぱり誰にも言えなくて」

クラスの友だちにも、部活の仲間にも、伝えることはなかった。

03ソフトボールと先輩と恋

優しい先輩に片思いして

自分に対する違和感は、誰にも言えないままだったが、誰かを好きになる気持ちは止められない。

「片想いだけは、たくさんしました(笑)」

「好きになるのは、いつも先輩。優しくしてくれた先輩を好きになって、その先輩が卒業しちゃたら、別の先輩を好きになる・・・って感じで」

先輩が好きだということは誰にも言わなかったが、視線や言動で周りにバレてしまうこともあった。

「友だちに『あんたの好きな先輩いるよ』って言われたりすることも」

しかし、それは “恋” ではなく、“憧れ” であると、周りには理解されていたようだった。

そのため、特に誰かに必要以上に、その “憧れ” についてしつこく聞かれることもなかった。

「ソフトボールは楽しかったですね。顧問が厳しくて、やたらランニングをやらされたりとかして、つらかったんですけど(笑)」

つらかったことは、他にもあった。

ソフトボール部に入部した当時、1年生の部員は7名だった。

ストレッチをするにも、キャッチボールをするにも、2人で行う基礎練習が多いため、奇数の場合、誰かが1人になってしまう。

その誰かが、自分になってしまっていたのだ。

生理があることを認めたくない

しかし、1人になってしまったときには先輩が声をかけてくれた。

そんなときこそ、先輩への恋が加速する瞬間だ。

「先輩は優しかったし、ソフトボールも上手だったので、一緒に練習することは自分にとっても、すごくプラスになったと思います」

「それに、部活が終わってからも1人で残って、壁を相手にピッチング練習をしたりしました」

「いつも1人になってしまうことが悔しかった」

「でも、そのおかげで、みんなより上達したと思いますよ(笑)」

ソフトボールに熱中していた中学生の3年間は、それなりに充実していたが、心の中にある違和感は少しずつ大きくなっていく。

「小学校5年生くらいで生理がきたときは、自分にくるとは思っていなかったので、最初は病気になったのかと思って親に報告しました」

「そしたら、親が喜んじゃって」

「自分は、うわー・・・・・・、これが生理か〜〜、嫌だ〜〜〜〜って感じでした」

母が買ってきてくれた生理用品を、使ったとバレないようにこっそりと使った。

中学校で、生理中の友だちから「持ってる?」と聞かれたときは、たとえ持っていたとしても「持ってない」と答えた。

自分に生理があることを認めたくなかった。

04大きくなる胸をガムテープで

皮膚はただれ、出血も

中学生の頃は、成長するにつれ、体つきが男女で異なってくる。

女性であれば、胸が膨らんでくる。

「母がかわいい下着を買ってきてくれるんですよ・・・・・・。でも、それは絶対つけたくなくて」

「ソフトボールやってるし、透けたりして目立たないのがいいな、って母に言って、スポーツブラを買ってもらってました」

「でも、大きくなってきた胸は、どうしても目立っちゃうので・・・・・・、ガムテープを貼って胸を押さえてました」

しっかりと胸を押さえつけるために、肌に直接ガムテープを貼っていた。

毎朝、起きたらガムテープを貼って、毎晩、お風呂に入る前に剥がしていた。

皮膚はただれ、ガムテープには血がついた。

「痛かったけれど、親に言いたくないし、病院にも行きませんでした」

「胸の膨らみが少しでも周りに分かってしまうのが嫌だったんです」

修学旅行の入浴も、なんとか理由をつけて、みんなとは違う時間に変えてもらい、裸を見られないようにした。

もちろん、旅行先にもガムテープを持参した。

自分はトランスジェンダーかも

「なんで、そこまで胸の膨らみや生理が嫌なのか、自分でも分からなかった・・・・・・」

「ガムテープを貼っていた頃は、とにかく胸をなんとかしなきゃと思っていただけで、その先のことはあまり考えていなかったと思います」

「いつか、気が変わって周りの女の子と同じように生きていけるようになるかもしれない、かわいい下着をつけるようになるかもしれない、とも思っていました」

「ソフトボールに熱中していたから、自分のなかの違和感に向き合うこともなかったのかも」

「あの頃の自分に、ソフトボールがあって良かったです(笑)」

ガムテープが、さらしに変わったのは高校1年生のとき。

友だちが「この本、面白いよ」と貸してくれたのが、トランスジェンダーに関する本だった。

本を読んで、「自分は、これだ」と思った。

「さらしで胸を押さえることも、本に書いてあったような気がします」

「本を貸してくれた友だちに、『自分は、トランスジェンダーかもしれない』と伝えたら、『あー、そうなんだ』と驚かなくて」

「本を貸してくれたのは、たまたまだったらしいんですが、そんな本を読んでいて、しかも貸してくれるくらいの子だったので驚かなかったのかな」

「あと、女子校だったことも、驚かなかった理由かも」

そのあとは、図書館でセクシュアリティに関する本を読み漁った。

知識を得るうちに、自分のなかの違和感の正体が見えてきた。

05 FTMと自覚し、今後どう生きるか

トランスジェンダーとしての悩み

「女子校には、本当は行きたくなかったんですが、結果として行って良かったと思っています」

「レズビアンの子もいたりしたので、自分がトランスジェンダーだってことも理解してくれる子が多くて、すごく過ごしやすかったんです」

「それに、女子校ではボーイッシュな子ってモテるんですよね(笑)」

「軽音部でドラムをやってるときは、キャーキャー言われることもありました」

「あと、友チョコが流行ってたこともあるんですが、バレンタインはいろいろもらいました(笑)」

友だちが貸してくれた本から、自分はトランスジェンダーだという確信がもてたことは、大きな収穫だった。

しかし、それがまた新たな悩みにもなった。

これから、どうやって生きていこう。

心と体の性が一致しないトランスジェンダーであり、FTMであることは自覚した。

自覚はしたが、それだけで体が心の性に近づくわけではない。

「自分は生まれたままの体で生きていくのが難しいんだと気付いちゃったので、じゃあ、この先どうしようっていうことで悩みはじめました」

どう生きるのか、自分で決めなければならない。

「性別適合手術について書いている方のブログを読んだりして、その方法について学びました」

手術して、戸籍を変えて、結婚する

方法は知ったが、手術はどこまで進めるのか、戸籍は変えるのか、具体的な “自分の生き方” はなかなか見えなかった。

見えてきたのは、高校1年の冬。
恋人ができて、将来を考えるようになってから。

「同じクラスに、明るくて、クラスのまとめ役って感じの子がいて。自分から『付き合おうよ』と告白しました」

「その頃には、聞かれたらカミングアウトしていたので、彼女ももちろん自分のことを理解してくれていて、『いいよ』って言ってくれました」

「付き合っていることは、本当に親しい友だちにしか言ってませんでしたけど、他にもたくさんカップルはいたので、誰もあまり気にしなかったと思います」

「なので、周りから女性同士の恋人はおかしいとか、気持ち悪いとかって言われることもなかったです」

動物園に行ったり、水族園に行ったり、ファミレスや公園で話したり。

彼女となら、何をするのも楽しかった。

「彼女は、自分を男性として付き合ってくれていました」

「だから、その頃は、将来は性別適合手術もして、戸籍も変えて、彼女と結婚するんだって思っていました」

しかし、高校を卒業してから彼女とは別れてしまった。


<<<後編 2019/05/11/Sat>>>
INDEX

06 人の悩みを聞いてあげたい
07 母に反対されたホルモン治療
08 福祉の仕事以外は考えなかった
09 男性として生きたいわけじゃない?
10 レールから外れても幸せだよ

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