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最愛の母を泣かせたカミングアウト。その償いは後悔しないこと【後編】

最愛の母を泣かせたカミングアウト。その償いは後悔しないこと【前編】はこちら

2018/09/06/Thu
Photo : Taku Katayama Text : Shintaro Makino
岡部 悠介 / Yusuke Okabe

1987年、東京都生まれ。三人姉妹の三女として生まれ、スポーツ好きの両親に育てられる。特に母親の影響が強く、自称マザコン。大学4年生で家族にカミングアウトし、改名、SRSを経験する。現在は福祉施設で障がいを持つ子どもたちの支援をするとともに、自己承認コンサルタント協会認定講師として活動している。

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INDEX
01 レズビアンと思われたくない
02 女の子になるための恋愛願望
03 頭をもたげたセクシュアリティの疑問
04 女の子の一言で気持ちが楽になった
05 受け入れてもらえなかった、涙のカミングアウト
==================(後編)========================
06 改名、治療、そして就職
07 性別適合手術を受け、男として社会の一員に
08 家庭を持つことの難しさと新たな希望
09 当事者だからできるLGBT支援の発信
10 少しずつ夢が実現してきた

06改名、治療、そして就職

悠(のどか)から悠介へ

時間が経つにつれ、誰もが強いショックから醒め、家族も次第に受け入れる方向に変化した。

「次女から、『理解をしてくれと言われても、そんな経験もないし、思ったことがないから無理。でも、家族だから受け入れる努力はするよ』と言ってもらいました」

早いうちに独立した長女は、すでに社会のいろいろな面を見ていた。

「逆パターンの知り合いもいたようで、私の話も『ふ〜ん、そうなの』と、軽く受け流したそうです。もっと、興味を持ってよ、と言いたい気持ちでした(笑)」

名前を変えるときには、両親に相談した。

「元の名前は悠と書いて、『のどか』でした。悠の字は、私の名前をつけるときに父親がこだわったことは聞いていました」

「父親は、漢字を変えずに『ゆう』でもいいだろう、と言いましたが、それも中途半端だな、と思って」

読み方を変えるだけなら、区役所の手続きだけで済むことは父親も知っていた。

「もう一度、新しい名前をつけて下さい、と頼みましたが、『嫌だ』と拒絶されました(笑)」

「二十歳を過ぎているんだから、自分が納得のいく名前を付けて、それに責任を持て」と言われ、自分で「悠介」を選んだ。

「少なからず罪悪感もあったので、私も『悠』の字を残したいという気持ちは強かったですね」

5月に乳腺摘出の手術が済んだころには、家族との関係も落ち着いた。

「そのころは、もうネタですね。胸を触らせてよ、とか、胸を取るなら私にちょうだい、とか(笑)」

しかし、一番近かった母親との関係は、すぐに元の状態には戻ったわけではない。

「尊敬していることは今も変わりません。でも、関係は以前とは別の角度になった感じです」

「『かわいい女の子だったのにねぇ』って皮肉を言われます。きっと、生涯、言われ続けるでしょうね」

「今でも私のことを、『のどか』と呼びますからね。公衆の場では、いい加減やめてよ、と思いますよ。お父さんは、『悠介君』とか『ぼく』です。これも、嫌ですけど(苦笑)」

ハラスメントを受けて退職

家族へのカミングアウトが済み、カウンセリングと治療がスタートした。

性別適合手術はまだだったが、男として就職をする段取りとなった。

「あえて東京から離れた埼玉の会社を選んで、面接で自分のことを告げました。会社でもそれを了承してもらい、入社した最初の挨拶でみんなにカミングアウトしました」

「職場が環境を整えてくれて、改名手続きや胸を取る手術をスムーズに進められました。ありがたかったですね」

理解のある職場で順調に社会人としての一歩を踏み出したかに思えたが・・・・・・。

「ある男の先輩がかわいがってくれたんですが、だんだん様子がおかしくなってきたんです。私の太腿を触ったり、『部屋に遊びにいっていい?』とか、聞いてきたり」

明らかなセクシュアルハラスメントだった。

「なんとか好意のスキンシップだと納得して耐えていたんですが、『元は女だろう』と言われて、怒りとむなしさのほうが大きくなってしまいました」

不本意ながら、退職を決断。
福祉関係の仕事を探し始める。

07性別適合手術を受け、男として社会の一員に

男性職員としての仕事を得る

しばらく転職先を探して、社会福祉法人武蔵野会に巡り会った。

法人の理念は「自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ」。

「その言葉を読んだときに、私は自分のことを本当に愛しているのか、と考えさせられました。まず、自分のことを好きにならないと、周りの人を本当に好きになれないのではないか、って」

さっそく面接に行くが、職場全体にカミングアウトする気持ちは失せていた。

「最初の会社でカミングアウトをしたから、ああいう嫌なことになったんじゃないかと思ってしまったんです」

「上司以外には知られたくない、と話すと、『初めてそういう人を採用するので、こちらもよく分からない。苦しいことがあったら言ってほしい』と受け入れてくれました」
2008年10月から、男性職員としての勤務が始まった。

「職場では誰が私のセクシュアリティのことを知っているのか、分からない不安な状態でした。でも、仕事が楽しかったので集中することができました」

忙しい業務をこなすうちに自信も沸いてきた。

そして、2008年12月にSRSを受け、戸籍も変更した。

「職場で知り合った女性と結婚をすることになり、きちんと両家が出席して結婚式も挙げました」

出戻りで児童部門の責任者に

4年半働き、キャリアを積んで退職。

運営側に回りたいという目標を持って、次のステップを目指した。

「ところが、次に就職した先が明らかな不正をしていたんです」

「しかも、同じことをしろと強要されて、ビビってしまいました。福祉関係は不正なんて当たり前だ、とまで言われて」

お金の操作ばかりうるさく要求されて、3カ月で限界に。
逃げるように退職した。

「家も買ったばかりで、この先、どうしよう、と。上の姉に相談をすると、『前の会社の上司は、あんたが辞める時、何て言ってたの? 上司は親と同じだよ』とアドバイスをしてくれました」

「そのときに、前の施設長が『何かあったら連絡しろ』と、退職するときに送り出してくれたのを思い出しました」

カッコ悪いと思ったが、相談をするつもりで電話をした。

「『すぐに戻ってこい』と即答してくれたんです。うれしくて、電話口で泣き崩れてしまいました」

「その晩、初めて差しでお酒を飲みました。激怒されましたが、ありがたかったですね」

「覚悟を決めて、もう一度、お世話になることにしました」

ちょうど、新しい障害者支援施設立ち上げの準備をしているときだった。

新しい施設の児童部門のリーダーとして迎えられた。

08家庭を持つことの難しさと新たな希望

不妊治療から離婚へ

仕事はいい方向に進んだが、一方で私生活は曲がり角を迎えた。

「最初は養子をもらって二人で育てようと考えていたんです。でも、嫁さんは妊娠をして子どもを生みたいという夢を捨てられない、と」

「その希望を叶えたくて、第三者から精子の提供を受けて不妊治療にチャレンジしました。ようやく一度は授かったのですが、流れてしまって」

お互いに苦しくなり、治療を中断することになった。

悲しい出来事だったが、子どもを諦めたことで肩から荷を下ろした自分もいた。

「そのあたりが、歯車が狂い始めたきっかけですね。嫁さんの実家との関係も怪しくなって」

子どもが持てない現実が夫婦の信頼を揺るがした。

そして、新たな心の問題にも突き当たる。

「・・・・・・そうか。私は自分の手で自分の子孫を残せないようにしてしまったんだ、と今さらのように後悔し始めたんです」

遺伝子を受け継ぐ子どもを持てない。その悩みは両者をさいなんだ。

慰め合うことのできない結婚生活は、4年で解消することになった。

転機をくれた人とめぐり会う

その後、同じ福祉の世界で尊敬できる人に出会った。

「福祉のプロで、本当に仕事が好きな人ですね。彼女に出会ったから、福祉の世界で働いていこう! と心を決めることができました」

男になったことで気持ちや体に変化があった。

「強気な感じとか、オラオラ系の強い男に憧れた時期はありましたね。でも、男っぽい口調で話している自分を客観的に見ると、無理をしているような気もして」

あるとき、利用者さんの行動に、思わず「素敵だね』と口にした。

「そうしたら、スタッフから意外だという目で見られて。よく考えたら、男性は『素敵だね』とは言いませんよね。でも、そのとき利用者さんが満面の笑みで喜んでくれたので、自分も自然でいることにしたんです」

それ以来、男っぽい振る舞いを意識することもなくなった。

「逆に今では利用者さんの中には思春期の女の子もいるので、彼女たちの気持ちが分かるのは強みですね。生理で気持ちの波が来る子もいて、その辛さも受け止めることができます」

「自分でも母性が強いほうだと思っていて、子どもたちが甘えてくるのもそのせいかな、と感じています」

男になりきれない部分もある。

「困ることもありませんが、男性スタッフが連発する下ネタにはついていけませんね」

「私には経験がないから、理解ができませんよ(笑)」

09当事者だからできるLGBT支援の発信

児童部門の責任者

現在働いている施設は、児童から高齢者までの幅広い利用者を迎える多機能事業所だ。

「これまでの経験を生かして一生懸命取り組んでいます。施設に来てくれる子どもたちが、かわいくて仕方ありません。仕事はやりがいもあって、とても楽しいですね」

通ってくるのは、知的障害や発達障害を持つ子どもたち。純粋で素直な子どもたちばかりだ。

「『先生はオカマなの?』なんていう質問は、しょっちゅうですよ。そんなときは、『おしい!逆だよ!』とふざけて答えるんですが(笑)」

毎日20名の中学生高校生が施設に通所する。

「障害と向き合っている子どもたちから、私も力をもらっています。一緒に悩みながら、一緒に克服していく毎日です」

20代から60代までを部下に持つ。

「年配のスタッフには気を使うこともありますけど、新しい世界に入ってきた人も多いので助け合いながらやっています」

LGBTで悩んでいる人へ発信したい

通常の仕事のほかに、「自己承認コンサルタント協会認定講師」の名刺を持っている。

「自己承認というのは、自分で自分のことを認めることなんです。そうすると、相手のことも認めることができるわけです」

自分に自信が持てない、自己承認できないという人は意外と多いもの。

人材育成において、自己承認力は非常に大切な要素だ。責任者として働く自分にも求められる力とも言える。

「最初は自分の勉強の意味で学び始めたんですけど、その後、認定講師の資格が取れると知って」

「招かれてレクチャーをしたり、自分でワークショップを開くこともできます。今はスタートしたばかりですけど、これから広げていきたいなと思っています」

認定講師の名刺の裏側には、「LGBT」の文字も載せた。

「当事者としての語りをしたい、発信者になりたいと思ってます」

自己承認の講義を受けているなかで、新しい世界が広がっている。

「講座に参加する人たちには、企業の経営者の人たちもたくさんいます。そこで自己紹介をするときに、自分が元女性だったこともオープンにしていますよ」

10少しずつ夢が実現してきた

いろいろな人に恩返しをしたい

「高校時代のソフトボール部の顧問に会ったとき、先生から『自分の人生を後悔するな。後悔すると周りの人をも傷つける』と言われました。その通りだな、と思って」

「自分の過去を否定することは、しないようにしています」

振り返ってみれば、いろいろな人を振り回してきた。

「私が生きるのが嫌だ、と言い出したら、両親や職場の人たちが傷つくだけですからね」

宝物のように育ててくれた母親。

一時、険しくなった関係も、今は「笑って生きてくれればいい」と理解を示してくれるようになった。

仕事をバリバリとこなし、いいパートナーを見つけて幸せになる。

それが償いであり、恩返しだ。

「もう人を泣かせたくないですね」

悩んでいる人はコンタクトして

「子どもたちを見ていると、私よりも困難を乗り越えているな、と感心することがあります」

「LGBTとしての悩みは、たくさんある悩みのうちのひとつにすぎないんです」

自分なりにいろいろな経験を積み、涙を流してきた。

「自分が悩んできたことを仕事に生かしたいですね」

責任を持つ立場で、子どもたちの命を預かっている。
悩みを乗り越えた先に明るいものがあることを伝えたい。

職場が掲げる「絆社会の実現」というミッションの中の一つ、「共に生きる」というスローガンが好きだ。

「もし、何かに悩んでいる人がいたら、一緒に働きましょう、とメッセージを送りたいですね。性別、年齢、障害にかかわらず、受け入れる環境は用意されています」

さまざまな働き方が重視される社会だが、就職にはまだ差別や困難が存在するのも現実だ。

「LGBTはじめ、勇気を出せずに苦しんでいるのなら、ぜひ話してください。何か力になれることがあるかもしれない」

気がつくと4年前に目標にしたことを徐々に実現しつつある。

「事業所のリーダーになり、自ら発信する足場も整いました。そして、今日、LGBTERの取材を受けるという目標も達成しました(笑)。まだ実現できないのは、幸せな家庭だけかな」

あとがき
「理解はできないけど、受け入れることはできる。家族だから・・・」。お姉さんは言った。発した言葉以外の気持ちはわからない。自然に出たのかもしれないし、途方に暮れた瞬間だったのかもしれない■悠介さんが語る登場人物は、みな個性が際立つ。それは、悠介さんのしあわせを願うおもいの強さゆえだと感じた。その証拠に、悠介さんは明るくいられる。明るさは、広がる。障がいとか、違いとか、[多い][少ない]なんて関係がない。(編集部)

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