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天国にいる母に見守られながら、LGBTの若者を支援していく【後編】

天国にいる母に見守られながら、LGBTの若者を支援していく【前編】はこちら

2022/07/02/Sat
Photo : Tomoki Suzuki Text : Hikari Katano
堀 由栗加 / Yurika Hori

1998年、京都府生まれ。幼少期は日本と中国を行き来する生活を送る。小学3年生から日本に定住し、途中、生活保護を受けながら暮らす。現在は大学院生としてLGBTの子どものピアサポートについて研究しながら、大学生を中心としたLGBT団体「Q-Losik」の共同代表として、児童・学生、教職員に講演などを行っている。

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INDEX
01 日本と中国を行き来した幼少期
02 小学3年生で、平仮名から
03 理由のわからないいじめ
04 ありのままでいられた特別支援学校
05 病弱でも強い母
==================(後編)========================
06 高校でのカミングアウトとアウティング
07 大学でのLGBT講義で「衝撃」
08 大好きな母との別れ
09 FTMまでの「回り道」
10 LGBTインカレサークル共同代表として

06高校でのカミングアウトとアウティング

通常の高校に進学

特別支援学校は中学までしかないため、高校に進学するには別の学校を選ぶ必要があった。

「もちろん、普通の学校に行くのは、すごく怖かったです」

進学前、特別支援学校に地域の高校の先生が来て、相談に乗ってくれる機会が何回かあった。

そこで、自分の不安や今までの経験を伝えたうえで、高校側のサポート体制も知ることができた。

「正直、じゃあ大丈夫だ、と完全には思えてなかったですけど、そこに進学することにしました」

思わぬ友人の拒否反応

高校2年生のとき、「女の子が好き」だと友人にカミングアウトした。

「その子から、よく恋愛相談を受けてたんです。そんなに私に恋愛相談するんやったら、私も言うわって」

「同性が好きってことは誰にでも言ってはいけないことかもしれないけど、その友だちは否定しないだろうと思ってました」

「特別支援学校の友だちや先生たちに打ち明けた経験があったから、自信があったんです。今回もきっと大丈夫やろうって」

でも、思いがけないことに、カミングアウトした友人からは否定的な言葉が返ってきたのだ。

「『何それ、気持ちワル』って言われてしまって・・・・・・。うわ、やってしまった、言わなきゃよかった、と思いました」

アウティングで、いじめがよぎる

予想外の事態がさらに起こった。

「女の子が好き」ということを否定されただけでは留まらなかった。

最初のカミングアウトのあと、その友人が別の友人2人にアウティングしたのだ。

「友人にカミングアウトした次の日からは、何もなかったかのように過ごそうって思ってたのに、アウティングされてしまったんです」

「うわさがみんなに広まって、また中学のときみたいにいじめられるようになったらどうしようって、不安でした」

ただ、不幸中の幸いで、アウティングがそれ以上広まることはなかった。

「アウティングを受けた友だちの一人は、私のことを一緒になって否定してきたんですけど、もう一人の子は『そうなんや、女の子が好きなんや。で、だから何?』って、受け入れてくれたんです」

セクシュアリティを受け入れてくれた友人とは、今も関係が続いている。

高校では、中国ルーツという点でもいじめられることなく無事に卒業できた。

特別支援学校で先生から支えを受けた経験から、自分も教師になりたいと思い、大学に進学する。

07大学でのLGBT講義で「衝撃」

身近なLGBT当事者とつながる発想がなかった

中学のときからSNSを使うなど、インターネットが身近な世代だ。

「でも当時は、LGBTは『ネットの人』で、身近にいる人だって思ってませんでした」

インターネットは、LGBTの友人や彼女と出会う目的だけで使っていた。

「友だちを作るためにTwitterを使ってましたね」

「ネットでLGBTに関する情報を検索するわけでもなかったので、正確な情報は全然つかめてませんでしたけど」

LGBTのコミュニティがあることも知らなかった。

「その頃、LGBTの人たちが集まる『場』があるなんて、思いつきもしませんでした」

将来への不安も大きかった。

「将来は、男の人と付き合って結婚するしかないって思ってましたね」

「女の子が好きだって伝えたら、否定したりアウティングしたりする人のほうが大半なんだって本気で思ってました」

人権の授業での転機

大学1、2年生のとき、教職課程のために履修していた人権に関する講義で、LGBTが取り上げられた。

その講義で、今まで知らなかったLGBTについての知識を得て、衝撃を受ける。

「LGBTってこんなに肯定的に捉えられるんや! 全然おかしなことじゃないんや! って、目から鱗でした」

自分自身がLGBTに対して誤解や偏見を抱いていたことにも気づいた。

「私、LGBTについて全然知らんやん、って思いました」

その講義では、Xジェンダー当事者の卒業生が登壇し、当事者の話を聞くこともできた。

「LGBT当事者の方のお話を聞いて、本当の自分を受け入れると、こんなにも楽しく生きることができるんやって、初めて思えました」

ほかの学生はいつも通り講義を受けているなか、自分は涙をこらえながらLGBT当事者の話を聞いた。

それが大きな転機となる。

自分と同じようにLGBTを誤解して苦しんでいる人への支援活動をしたいと考えるようになった。

08大好きな母との別れ

余命半年

自分が物心ついたときにはすでに病気がちだった母。でも、母はずっと生き続けてくれるだろうと、心のどこかで思っていた。

「お母さんは、それまでも『もう、もたへんかもしれへん』と何回も言ってました」

「それでも、なんやかんやで生き続けてきてくれてたし、私は正直『まあ、大丈夫やろ』って軽い気持ちでいましたね」

でも、命の「カウントダウン」がとうとう始まった。母に余命半年の宣告が下されたのだ。

「お母さんは、ガンの再発をずっと繰り返してました。先生には、もう身体ももたないし、治療法がないと言われてしまって・・・・・・」

「急にそんなこと言われても、って思いました。気持ちの整理もつかないし、逃げたい気持ちでいっぱいでしたね」

今まで、いじめなどのつらい目に遭っても立ち直れてこられたのは、お母さんのおかげ。そのお母さんが余命半年だという事実を受け入れられない。

母は、自分にとっての生きる希望だった。

「自分のことばっかりだな、って思うんですけど『お母さんが亡くなってしまったら、誰が私を支えてくれるんや』って思ってました」

「お母さんのために頑張ろう、お母さんのために立派な人生を送ろうっていう思いで生きてきたので・・・・・・」

母の教えで教育実習に行っている間に・・・

大学生になってから一人暮らしをしていたが、母に余命宣告が下されたことによって、実家に帰る頻度が増えた。

でも、そんな最中に教育実習に参加しなければならなくなった。

「教員になるっていう夢が変わったので、教職課程を取るのはやめようかなって思ってました」

「でも、お母さんから『何かしら資格を取っておきなさい』って言われたので、正直私は乗り気じゃなかったんですけど、じゃあ教育実習行くかって・・・・・・」

大学4年生だった約1年半前、教育実習の最終日に、母は他界した。
享年55歳。

最期に立ち会うことは叶わなかった。

最期は家で過ごしたいという母の希望で、自宅療養のなかで姉に看取られながら亡くなったのが唯一の救いだ。

09 FTMまでの「回り道」

ほんまのFTM?? 変わっていったセクシュアリティ

現在はトランスジェンダー男性(FTM)だと自認している。でも、FTMに行きつくまでには様々な別のセクシュアリティを自認してきた。

最初は、特別支援学校でバイセクシュアルの子と出会ったことがきっかけで、バイセクシュアル。次に、女の子が好きなので、レズビアン。

高校生の途中からは、女子が好きなXジェンダーだと自認していた。

「高校のときに髪型をショートにしたら、すごく気持ちよかったんです。それで『自分、男っぽい見た目にしたかったんや』と思って、一瞬FTMかなと思ってたんですけど」

「じゃあ身体を変えたいのか、手術や治療をしたいのかと考えると、本当に自分はそこまでしたいのかなって思って。そういう人は ”ほんまのFTM“ じゃないよなって」

そのなかで、TwitterでXジェンダーを知り、”ほんまのFTM“ ではないから、Xジェンダーだと自認してきた。

「でも、大学に進学してXジェンダーの人と出会えば出会うほど、Xジェンダー自認に違和感が出てきて・・・・・・」

当時は知識も浅く、偏った考え方しかできなかった。

LGBTについて調べるようになって、最近になってFTMだと自認するに至った。将来的にはホルモン治療を受けたいと考えている。

大学院に進学。周りと違うから、いい

現在は、悩んでいるLGBT当事者の子どもを助けたいという新たな夢に向かって突き進んでいる最中だ。

大学院に進学し、ジェンダー・セクシュアリティについて研究している。

「LGBT当事者の子どもたちの居場所づくり、ピアサポートについて、日本での状況を整理したりするような研究をやりたいなと思ってますね」

長い間、中国ルーツやセクシュアリティ、生活保護費の受給など、「周りの人と違うこと」にコンプレックスを抱いてきた。

でも、今はそれをプラスに考えられるようになった。

「みんなそれぞれ違いを持ってると知って、そのうえで相手の話を聞いてほしいなと思うんです」

「相手と自分の違いをマイナスに捉えるんじゃなくて、プラスに捉えてほしいなと思います。みんなが相手と自分の違いを楽しめるといいんじゃないかな」

10 LGBTインカレサークル共同代表として

LGBTインカレサークルの立ち上げ

大学院での研究と並行して積極的に行っていることが、LGBTインカレサークル「Q-Losik(キューロジック)」の共同代表としての活動だ。

「大学のLGBTサークルって、継続させるのが難しいんですよ」

「たとえば代表が、自分が在籍している間にめちゃくちゃ活動を頑張っても、引き継ぎがうまくいかなくて、代表が引退したらそのままサークルも消滅しちゃうとか・・・・・・」

LGBTインカレサークル立ち上げのきっかけは、大学4年生のときに個人で実行委員として参加した「セクシュアルマイノリティと医療・福祉・教育を考える全国大会(セクマイ大会)」。

LGBTについて様々な分科会が立ち上げられ、参加者が勉強する場だった。

セクマイ大会で集まった各大学のLGBTサークルに所属する学生と、LGBTサークル運営の難しさを共有できた。

「自分の大学だけじゃなくて、いろんな大学のLGBTサークルも継続が難しいんだって知ったんです」

「LGBTについての活動をやりたい気持ちがあっても、一人でやるのは難しいからあきらめるしかない、ってもったいないと思いました。じゃあ、やる気のある人を集めてインカレサークルを立ち上げようと」

LGBTインカレサークル「Q-Losik」を2021年4月に発足、同年6月から活動を開始。

現在、サークルメンバー10名で活動中だ。

「意外と」興味を持ってくれる教員たち

サークルでは、小中高の児童・学生やその教員に向けた勉強会、講演活動を中心に行っている。

「授業を行うようになったきっかけは、セクマイ大会に関わってる方から『授業をしてくれへん?』って依頼を受けて」

実際に授業をしてみて、感じていることがある。

「実際のところ、授業をする前は、LGBTにあんまり興味ない先生方が多いんじゃないかって思ってたんですけど、悩んでる子ども達を助けたいって、本気で思ってらっしゃる先生も多くて」

「そういう熱心な先生と出会うことが、サークルとしてもすごくいい刺激になってます」

授業の回数を重ねるにつれて、授業の質をより高めるべく、様々なことにも気を配れるようになってきている。

「当事者の体験談のコーナーで、セクシュアリティに偏りが出ないようにしようと意識してます」

「『性的指向についてはたくさん盛り込まれてるけど、性自認についてはあんまり触れてないよね』とか、そういった情報の偏りがないように、特に気をつけてます」

真剣だから、衝突する

本気で活動しているからこそ、サークルのメンバーとは、意見の違いで激しく議論することもある。

特に、共同代表である自分ともう一人のメンバーは、みんなの前で意見を闘わせることもある。

「ぶつかることで気まずい空気が流れることもあるんですけど、みんな切り替えができる人たちなので、次の日にはその雰囲気を持ち越さないですね」

忌憚のない意見をぶつけ合うのは、サークルの継続的な運営のためでもある。

「共同代表同士が意見を言い合ってるのを他のメンバーが見ることで、『自分の意見を言っていいんや』って思ってくれるかなって。多様な意見を出せるような環境づくりに気を配ってます」

「ほかの学生団体って、代表に気を遣ったり、周りの人を気にしたりして、自分の意見が言えないことが多いみたいなんです。でも、ウチはそういうことをなくしていきたいと思ってます」

「せっかくQ-Losikに入ってやりたいことやろうって思ってたのに、周りを気にして自分の気持ちが言えないのは、本末転倒だから」

夢に向かってまっしぐらに突き進む多忙な毎日だ。

周りとの違いに苦しんだこともあったけれど、人と違うからいい。
最愛の母を胸の中に感じながら、今はこの人生でよかったと言える。

 

あとがき
お母さんの話しでは、ひときわ涙が頬をつたった。笑顔でない表情もまた、私たちには親しみ深く感じたインタビュー。生きてきた人生を俯瞰してみる機会だったかもしれない■心のやわらかさは、今日まで生きてきた体験から備えた。今日の“わたし” は、過去の積み重ね。堀さんがつけた足跡は、たしかだ■堀さん、これから道に迷うことがあっても大丈夫。夏の夜空にも、あなたの座標を見付けられるから。空にいるお母さんもずっと優しく導いてくれるから。(編集部)

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