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家族ってなんだろう? 血のつながりのない母が教えてくれた「安心」【後編】

家族ってなんだろう? 血のつながりのない母が教えてくれた「安心」【前編】はこちら

2020/07/25/Sat
Photo : Taku Katayama Text : Sui Toya
久米 泰代 / Yasuyo Kume

1980年、静岡県生まれ。小学生の頃から、育ての母と2人で暮らしてきた。中学校の家庭科の授業で、建築模型を作ったことをきっかけに、建築に興味を持つようになる。専門学校を経て、15年以上個人住宅の設計に携わり、36歳で独立。現在、建築設計事務所の代表を務めると同時に、LGBT関連の事業を行う会社を新たに立ち上げようとしている。

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INDEX
01 産みの親、育ての親
02 母の想い
03 忘れ物番長
04 初潮がきた日
05 助け合って生きてきた
==================(後編)========================
06 好きってどういう気持ち?
07 憧れの建築士
08 私はXジェンダー
09 建てる人と住まう人
10 助け合って生きていく

06好きってどういう気持ち?

女子からの告白

30代半ばまで、誰と付き合っても、「好き」という感覚がわからなかった。

告白されてOKするものの、相手を愛しいと思う感情が湧いてこない。

「付き合ってる相手を優先するとか、記念日は一緒に過ごすとか、そういうのが面倒なんです」

「頭ではわかるけど、自分の中でうまく処理できないんですよね」

「『ずっと一緒にいたいね』って言われても、『そうかな?』みたいな感じでした(笑)」

中学生のときは男の子と付き合い、高校生のときは女の子の先輩と付き合った。

「先輩から告白されたときは、そういうのもアリなのか、って思いましたね」

「女性同士っておかしくない? とか、そういう迷いはなかったです」

「あまり深く考えずに、まあいっか、と思って告白をOKしました」

恋愛関係は長く続かない

女性同士で付き合っていることは、周りに隠していた。

先輩が、周囲からどう見られるか気にしていたからだ。

「2人きりでいるときも、私は付き合う前と態度が変わらなかったんですよ」

「バレたくないというより、そうすることしかできなかった」

そういう態度が、先輩には冷たく感じられたのかもしれない。

「先輩は、カッコいい男の子と仲良くなって、そっちにフラフラ行っちゃいました」

「でも、何週間か後に戻ってきて、『ごめん』って謝られたんですよね」

別に謝ることじゃないよ。

気持ちが移るのは自然なことじゃない?

そう伝えると、先輩は「・・・・・・そうなの?」と訝しげな顔をしていた。

「親の離婚を目の当たりにして、恋愛関係は長く続かないものだ、って思ってたんですよね」

「先輩とは、そこからだんだん距離ができて、別れました」

将来、誰かを好きになることはあるんだろうか?

自分が結婚して、他人と一緒に生活する姿なんて、想像できなかった。

「漠然とした不安はあったけど、深く悩むほどじゃありませんでした」

「建築士になるっていう夢があったから、とりあえずそこを目指そうと思ってたんです」

07憧れの建築士

自分が設計した家を建ててみたい

高校卒業後は、建築デザインを学べる専門学校に入学。
20歳のとき、地元の建築設計事務所に就職した。

「就職したての頃は、とにかく自分が設計した家を建ててみたいっていう気持ちが強かったですね」

「自分の欲望を満たすために、がむしゃらに仕事をしてた気がします」

お客様に要望を聞き、それを設計プランに落とし込んでいく。

施工軒数が増えるほど、建築士としての経験値も上がっていくと思っていた。

仕事に追われる中で、ふと疑問を抱き始めたのは、30歳を過ぎた頃。

「忙しい日は、3軒分の設計プランを考えることもありました」

「冷静に考えたら、人が一生住む家を、1日で3つも考えられるわけがないんですよ」

「このまま同じ仕事を続けてちゃいけないな、ってジワジワ思い始めました」

安心できる家

「いい家って何だろう?」

そう考えたときに、初めて、自己満足で仕事をしてはいけないと気づいた。

「建築を通して、自分は何ができる?」

独立を視野に入れ、建築士としての心構えについて考え始めた。
同業者の書いた本を読み漁り、建築関係の講演会にも足を運ぶ。

思考を深める中で、ようやくたどり着いたのが、「安心できる家でなければ、穏やかに暮らすことはできない」という考え方だった。

「母親が、寒いキッチンで黙々と料理を作っていれば、『私ばっかり・・・・・・』って虚しくなるのは当然ですよね」

「子どもの気持ちを尊重せず、隅に追いやれば、その子は部屋に引きこもって顔を見せなくなるかもしれません」

「私にできるのは、できるだけ嫌な思いをせずに、安心して暮らせる家を建ててあげることです」

何を安心と感じるかは、一人ひとり違う。その価値観は、家族の関係性の中で育まれていくものだろう。

「人によって、安心できる場所や条件って違いますよね」

「隣の部屋の音が聞こえるほうが安心という人もいれば、無音のほうが落ち着くという人もいます」

「家族の形や考えに合った住まいを提供できるのが、建築士としての理想です」

08私はXジェンダー

LGBTの講演会

30代半ばを過ぎた頃、近所で「LGBTと家族」というテーマの市民講座が開かれることを知った。

「LGBTっていう言葉は知ってたけど、『家族って何だろう?』って引っ掛かったんです」

「LGBTは個人の話だと思ってたから、家族っていう言葉とのかけ算が不思議だったんですよね」

市民講座のメインディッシュは、LGBT当事者による講演会。

しかし、講演会に入る前の基礎講座で、思わぬ衝撃を受けることになる。

「いまはLGBTではなく、LGBTQと言います。Qの中には、Xジェンダーも含まれます」

初めて聞く、Xジェンダーという言葉。

しかし、説明を聞いているうちに、「これは自分のことじゃないか?」と思うようになる。

「講演会が終わった後、いてもたってもいられず、登壇されていた方に話しかけたんです」

それはXジェンダーの考え方だよ

男みたいって言われるのも、女らしくしなさいって言われるのも嫌だ。
どちらか一方に位置づけられることなく、ただ自分として見てほしい。

そう一気に話すと、「それはXジェンダーの考え方だよ」と言われた。

「Xジェンダーの中には、気分によって、男性っぽくなったり、女性っぽくなったりする人がいる」

「男女どちらにも偏らず、中立でいたいっていう人もいる」

「あなたは、後者のパターンの人じゃない?」

そう言われ、長年はまらなかったパズルのピースが、カチッとはまった気がした。

「もっと話を聞きたかったから、その人と連絡先を交換して、ご飯を一緒に食べに行ったんです」

「話せば話すほど、自分はXジェンダーなんだな、ってしっくりきました」

それまで、自分と同じ感じ方をする人には、出会ったことがなかった。

しかし、Xジェンダーというくくりがあるということは、同じセクシュアリティの人がたくさんいるということ。

「困っていたところに、救いの手を差し伸べてもらった感じでした」

「自分と同じような人が他にもいるんだ、って安心しましたね」

09建てる人と住まう人

地味な部分は見せない

長く勤めた会社を辞め、建築設計事務所を立ち上げたのは、36歳のとき。

最近は、設計やデザインより、こまごました書類申請のサポートをすることのほうが多い。

「住宅に関わる法律って、たくさんあるんです」

「建築基準法や都市計画法だけじゃなくて、ガスや水道、消防とかも絡んでくるから、すごくややこしい」

「そういうことを、市役所に聞きに行ったり、電話で聞いたりして、解決していくんです」

「頻繁に法改正されるから、知識をアップデートするのも仕事のうちですね」

建築関係の仕事をしていると話すと、「カッコいい」「華やか」と言われることが多い。

しかし、大半の仕事は、地味で見栄えがしない。

「お客様には、楽しい部分しか見せません。陰で地味な作業をコツコツ進めるのも、建築士の仕事です」

書類関係の仕事に加え、オファーがあれば、設計プランを考えることもある。

「昨年末、友だちから、カフェを作りたいって相談を受けたんです」

「1日で3プラン考えていたときとは違い、どんなカフェにしたいか、打ち合わせを重ねました」

「今は基礎を建てている途中ですね」

関係はずっと続く

建築は、その建物から人がいなくなるまで、住まう人との関係がずっと続く仕事だ。

「話せば話すほど、お客様との距離は、どんどん近くなっていきます」

「お客様の人となり、趣味や好みの傾向がわかってくると、1人の人間として好きになっちゃうんですよ」

多くのお客様は、建築物に対して、漠然としたイメージしか持っていない。

「こういうタイルを使いたいとか、アイアンを使いたいとか、ざっくりしたイメージは頭の中にあるんです」

「だけど、専門家でないお客様がイメージすべてを言語化して伝えるのは難しいですよね」

「壁の素材がアイアンに合わないとか、不都合が出てくることもあります」

お客様の要望を汲み取り、「こういう雰囲気ですか?」と写真を見せる。

イメージを共有し、「まさにこれ! こういうことをやりたい!」と言われたときほど、喜びを感じる瞬間はない。

「家は、高い買い物です。修理したり、リフォームしたりするときも、それなりの金額がかかります」

「困ったときに、『あの人に相談してみよう』って、頼れる人がいるだけでも安心ですよね」

「施主さんが困ったとき、そうやってすぐに思いついてもらえる人でありたいなと思います」

新しい事業を始めたい

今年に入ってから、建築の仕事とは別に、LGBTの事業を立ち上げたいと考えるようになった。

「最初は、LGBT当事者の住宅サポートとか、本業に絡むことをやろうと思ったんです」

「でも、それ以前に小さな困りごとがいっぱいあるなと思って・・・・・・」

「今は、困りごとの解決に協力してくれる人や会社を探して、仲介するような事業をしたいと考えてます」

「例えば、結婚式をしたいカップルを、アライのウエディングプランナーに引き合わせるとか」

同性カップルが、LGBTの知識がないウエディングプランナーに、いきなりカミングアウトするのはハードルが高い。

はじめからアライとわかっていれば、何の不安もなく相談できるだろう。

また、同性カップルの場合、保険や相続、遺言など、いざというときに知識がなく、トラブルに発展することが多々ある。

そういうときに、行政書士や弁護士などアライの専門家につなげるような窓口として機能したい。

友だちのLGBT当事者から、浜松にはクローズの人がたくさんいると聞いた。

「確かにLGBT関連の講演会には、けっこうな人数が来るんですよ」

「ただ興味や関心があって来る人もいるけど、LGBT当事者だなってわかる人もいます」

「そういう人たちにとって、住みやすい浜松を作っていきたいんです」

今はまだ事業を構想している段階。

専門的な知識を持つLGBT当事者や、アライの人を探して、お互いに協力できるチームを作っていきたい。

「結婚とか相続とか、複雑な手続きが必要なこと以外にも、小さな困りごとってたくさんありますよね」

「自分1人では何もできないけど、チームで助け合えば、できることは広がるはずです」

「あなたができないことは私がやる、私ができないことは助けてね。そんなノリで、共助していけたらいいなって思いますね」

10助け合って生きていく

母の怒り

Xジェンダーを自認した後、母にカミングアウトをした。

「・・・・・・信じられない。気持ち悪い」

すんなり受け入れてもらえるとは思っていなかったが、母が発したのは、予想以上に厳しい言葉だった。

「泰代は昔から運動ができて、近所ではカッコいいって言われることが多かったから、そういうところを自慢に思ってた」

母はそう言って、うつむいてしまった。

「拒否されたことはつらいけど、理解できない気持ちもわかるんです」

「『あんたどうしちゃったの?』って言われました」

「『私の知らないうちに、娘が変わっちゃった』って、ショックを受けたんでしょうね」

LGBTの講演会にも誘ってみたが、「行く訳ないじゃん」と言われてしまった。

それ以来、母にセクシュアリティの話をすることは極力控えている。

そのワードを出したとたんに、怒り始めてしまうからだ。

「母は、“普通” じゃないっていうことに怒ってるんです」

「昔から、常識とか作法に厳しい人だったから、“普通” から外れるっていうことが許せないみたいですね」

親子とは違う絆

母に対する自分の感情は、一般的な親への愛情とは、おそらく違う。

「助けてくれた人、子どもの頃から育ててくれている人、っていう意識がずっと頭の隅にあるんですよ」

「親の愛は無償、なんて絶対に言えないなって・・・・・・」

「感謝する一方で、申し訳ないっていう気持ちが常にありますね」

母にとっても、自分の存在は、子どもというより、同士と呼ぶほうが近いのかもしれない。

「これから先、結婚することはないと思っていたから、数年前に実家を建て替えたんです」

「自分で設計して、ローンを組んで、母と2人でずっと暮らそうと思ってました」

「母は喜んでましたね」

セクシュアリティについては拒絶されたが、母との関係すべてがギクシャクしたわけではない。

「建築の仕事については、すごく応援してくれるんです」

「LGBTの事業を始めることは言えないですけど、今のままで十分ありがたいなって思いますね」

困っている人をゼロに

10代の頃から今まで、セクシュアリティに関して、深く思い悩んだことはない。

「私は運が良かったのかもしれません」

「困ると助けてくれる人が現れるし、『なんだこいつ』って不愉快に思う相手と出会ったこともない」

「39歳になるまで、運と人に恵まれて生きてこられたなって思います」

Xジェンダー自認後、友だちにもカミングアウトをした。

拒絶する友だちは1人もいなかった。

「不思議じゃないね」
「確信してたわけじゃないけど、わかってたよ」
「まあでも、久米は久米だよね」

そう言って、すんなり受け入れてもらえた。

「どんなセクシュアリティであろうと、あなたはあなたでしょ?」というスタンスで受け入れてくれたことが、本当にうれしかった。

浜松市では、今年、2020年4月1日からパートナーシップ宣誓制度が始まった。

LGBTの事業を始めようと思ったのは、それもきっかけの一つだ。

「制度が整っても、困ることは絶対に出てくると思うんです」

「アライやフレンドリーの人を頼っても、ちゃんとサポートしてもらえないことが、今は問題になってきています」

「知識やスキルのある人を仲間に引き入れて、できることから進めていきたいですね」

最終的には、LGBTというカテゴリーがなくなり、困る人がいなくなることが理想だ。

「自分が事業として始めようと思っている分野がなくなっちゃうっていうことだから、なんか矛盾した話ですけど・・・・・・」

「でも、困る人がいなくなるのが、やっぱり一番いいなって思います」

誰かを一方的に助けたいのではなく、お互いに助け合いたい。
自分が困ったときは、誰かに助けてほしい。

「血のつながりがない他人同士でも、強い絆を結ぶことはできます。それは、母が長い時間をかけて教えてくれたことです」

人と絆を結び、助け合って生きていきたい。
その結び目が、どんどんつながっていけばいい。

あとがき
泰代さんは、おおらかで少しシャイ。「ワクワクすることが好き」。その笑顔には、宿題忘れの罰・廊下30往復の面影がちらりと見えた。動き出すときのきっかけなのかな? ワクワクの予感が行動に移すスイッチなのかもしれない■伝統的な価値観でも理屈でもない[絆]を、あらためて考えさせてくれた泰代さん。ちょうど泰代さんの取材後、世界は一変した。新しい生活様式が求められている今、人との距離はあくばかりーーー。離れながらつながろう。つながっていよう。(編集部)

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