INTERVIEW
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自分からアクションを起こして、さらに次へとつないでいく。【後編】

自分からアクションを起こして、さらに次へとつないでいく。【前編】はこちら

2019/12/21/Sat
Photo : Yoshihisa Miyazawa Text : Kei Yoshida
井浦 友空 / Toa Iura

1986年、東京都生まれ。親戚が集まって住んでいる都内の下町で、井浦家の次女として育つ。幼少期より自分のことを男の子だと思っており、体に違和感をもっていた。中学校卒業後は病気の母と家計を支えるために、働きながら定時制高校に通う。19歳からホルモン治療を始め、27歳で性別適合手術を受け、戸籍を男性に変更。29歳のときに出会った女性と、同棲を経て結婚。現在は造園業に従事しつつ、FTM用のアンダーウェア「SOLUNA ESPERANZA」のプロデュースを行っている。

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INDEX
01 生まれも育ちも “井浦家横丁”
02 学童野球で全国大会出場
03 自分に負けんな!
04 父の借金と母の病気と
05 性同一性障害だと自認しても
==================(後編)========================
06 カミングアウトと両親の言葉
07 母とお別れをする覚悟
08 植木職人になりたい
09 妻への気遣いを忘れずに
10 誰もが自信を培える場づくりを

06カミングアウトと両親の言葉

男の子と女の子の双子を

定時制高校卒業間近の19歳のとき、ホルモン治療をしようと決心した。

「でも、婦人科に片っ端から電話しても、うまくいかなくて」

「それで、以前からカミングアウトしていた保健室の先生に相談してみたんです」

「そしたら、先生が知り合いを通じて、ホルモン治療ができる病院を見つけてくれました」

いよいよ、自分の体を取り戻せる。

でも、その前にやることがあった。

ホルモン治療を始めたら、確実に体は変わる。
見た目だけでなく、声も変わる。

変わってしまったら、もとには戻せない。

だからこそ、両親の許可を得たかった。

「ふたりに説明するために、性同一性障害とは、ホルモン治療とは、オペとは・・・・・・って、資料をまとめました」

ある日、兄弟が寝たあと、「話があるんだけど」と切り出した。

「つくった資料を手渡して、『俺はこういう人間なんだ。ホルモン治療を考えているから、許可をください』というようなことを言いました」

母は「知ってるよ」と言った。

「私は男の子と女の子の双子を産んだんだ、と思ってたよ」とも。

治療できる日を、待ちすぎるほど待った

父は黙っていた。

「たぶん、受け入れられていなかったんだと思います。でも、その後、母が父を説得してくれたみたいで」

「父は『お前のことは次男だと思うことにした』と言ってました」

しかし、治療については、両親ともに賛成ではなかった。

治療や手術によって、体に入っていく薬が、のちのちどんな影響があるのか分からないから心配だ、と。

「特に母は、自分自身が癌の闘病中だったので・・・・・・」

「余計に、僕の体のことを心配してくれたんだと思います」

「もっと慎重に考えた方がいい」
「もう少し待って」
と、両親は言った。

でも、自分は、慎重すぎるほど考えて、待ちすぎるほど待った。

「俺からしたら、カミングアウトも治療も、急な思いつきじゃない」
「いっぱい考えて、悩んで、やっとここまで来たんだよ」

その言葉に、両親も「そっか、分かった。サポートしていくよ」と答えてくれた。

そして、保健室の先生から紹介された病院でホルモン治療をスタートした。

07母とお別れをする覚悟

家事も看護も、家のことは全部

家計が火の車だったとき、人一倍働いて家族を支えていた母。
「自分に負けるな」という言葉で奮い立たせてくれた母。
「双子を産んだ」と、男である自分を受け入れてくれた母。

20 歳のとき、その母は、自宅で癌と闘っていた。

「しばらく入院していたんですが、最期は家がいいって言ったので」

「どこへ行くにも、僕が付きっきりでした」

「固形物が食べられないから、ジューサーでドロドロにしたものを食べさせて、座薬も入れてあげて、痛いときにはマッサージして・・・・・・」

自分が17歳のとき、大腸癌であることが発覚した母。

手術したのだが、癌細胞が体内に残ったままだった。

子宮を取るか、人工肛門にするか。
どちらを選んでも、助かるか分からないという状態だった。

母は、どちらの方法も選ばなかった。

助かる見込みが少ないと分かっていながら、これ以上、体にメスを入れることを良しとはしなかった。

「家のことは全部、僕がやっていました」

「母の看護だけでなく、洗濯や掃除、食事の用意、弟と父の弁当も」

成人式。
母は、祖父の手でつくられた袴を着付けてくれた。

その3ヶ月後のこと。

「みんなが出かけたあと、母とふたりきりのときに、母が急に『痛い!』って暴れだしてしまって・・・・・・」

これまでにも痛がることはあったが、こんなにひどい状態はなかった。

自分が母を殺してしまったのでは

「これは、やばい」
手が震えた。

「訪問看護の先生に連絡したら、すぐにきてくれて、先生は僕に、玄関で『覚悟はできてる?』とききました」

注射器を渡されていた。

母が安らかに最期を迎えるための薬だった。

「モルヒネで少し落ち着いたところで、点滴の管に注射器をセットして、僕が薬を入れました」

「怖かったです」

「母が動かなくなってしまって・・・・・・」

家族全員に連絡をした。

叔母が来て、姉が来て、兄と弟が来て、最後に父が来た。

そして、母は、息を引き取った。

「それから数年は、ずっと後悔していました」

「ほかに方法があったんじゃないか、俺が母を殺しちゃったんじゃないかって」

「でも、どれだけ尽くしても、きっと後悔していた・・・・・・。そう思うと、最後に、そばにいられてよかったと思えました」

「誰よりも長い間、母と一緒にいられたから」

一緒にいた時間で、たくさんの言葉をもらった。

病院にいたときは、周りの人に自分を次男だと紹介してくれた。
「彼女を連れて来なさいよ」と言ってくれた。

「俺、今、笑ってるよ」

「母には、一番そう言いたいです」

08植木職人になりたい

庭を見た母の、満面の笑み

母の闘病生活のなかで、思い出深い出来事があった。

「痛くて痛くて、いつも苦しんでばかりの母だったんですが、本当にひさしぶりに笑顔を見ることができた日があったんです」

「それは、亡くなった祖父が大切にしていた庭を、植木職人の方がきれいに整えてくれた日でした」

「母は祖父が大好きだったので、祖父の庭を守ることができてうれしかったんでしょうね」

「もう、満面の笑みで・・・・・・」

「そうだった、母は、こんな顔で笑う人だったなぁって、その笑顔を見て思い出して、僕もすごくうれしかったんです」

植木職人って、なんてすばらしい仕事なんだろう。
いつか、自分にもできるだろうか。

それからも、広告代理店や工場などで働いたが、どうにもやりがいを見出すことができず、長続きしない。

ならば憧れの植木職人を目指そうか、と思っても、なかなか一歩を踏み出せない。

「憧れが強すぎて、やってみて『こんなはずじゃなかった』って後悔したくなくて、なかなか勇気が出なかったんです」

やった後悔は教訓に

しかし、そんなとき、母の言葉を思い出した。

「やった後悔は教訓になるけど、やらなかった後悔は一生残るよ」

そうか、やってみないと、教訓になるか後悔として残るかさえも分からない。

母の言葉に、ようやく一歩を踏み出した。

「で、造園業の会社に就職してみたら・・・・・・すげー、楽しかった!」

「最初は、先輩の剪定をひたすら見て、ひたすら掃除」

「でも、僕は体を動かして働くのが性に合ってるのかもしれない」

「あと、剪定したあとの変化が楽しいし、やっぱり、お客さんが喜んでくださるのがなによりもうれしいですね」

今、充実した毎日を送ることができている。
それは母のおかげだと思うこともある。

「母からもらったいろんな言葉が、自分のなかに残ってますね」

「自分は、スーーーーーーゴイ恵まれていると思います」

「友だちもみんな、困ったときは背中を押してくれる、家族みたいな人たちばっかり」

「たくさんの人に、いろんなものをもらいました」

人から与えてもらったように、自分も今、誰かに与えられる人間になっているのだと信じたい。

09妻への気遣いを忘れずに

結婚の報告に父は大喜び

妻との出会いは3年前、自分が主催していたLGBT当事者向けの新年会で。
中学生の頃からの友だちの、高校時代の同級生だった。

「僕らが出会う前、友だちが女子会中に僕の写真を奥さんに見せたらしいんですよ」

「ありがたいことに、僕の顔が奥さんの好みの、どストレートど真ん中だったらしくて『絶対会いたい』と言ってくれて、友だちが新年会に連れてきてくれました」

「写真を見せたときに、友だちは僕がFTMだってことも話したらしいんですけど、奥さんは全然覚えてなかったらしい・・・・・・(笑)」

新年会当日は忙しくて、話す時間が取れなかったので、後日3人で会った。

話すうち、彼女のハートの熱さに惹かれる。

「なんか、うちの母が言ってたようなことを言ったりするんですよ」

「例えば『やるかやらないかは自分次第、結局は自分の心に勝つか負けるかだよ』っていうようなことを言うんです」

付き合って半年経って、結婚することを決めた。

「僕の父は、めちゃくちゃ喜んでました」

しかし、妻が自身の両親に結婚したいという意志を伝え、相手のことを説明したときは、理解を得るまで、それほど簡単ではなかった。

やってくれることを “当たり前” にしない

「奥さんのお父さんは『娘が幸せならいい』って言ってくれたらしいんですが、お母さんは『ちょっと分からない』という反応だったそうです」

トランスジェンダーとはどういう人なのか理解してもらって、FTMと結婚することを認めてもらうにはどうしたらいいか、妻は悩んだ。

「奥さんは三姉妹の長女で、しっかり者で、慎重なタイプ」

「両親を説得する方法を妹たちに相談するなかで、末っ子ちゃんに『そうやって、FTMと結婚することを特別なように考えること自体が偏見なんじゃないの?』と言われて、ハッとしたそうです」

「妹たちも『お姉ちゃんがしたいようにすればいいよ』と協力してくれて」

「お母さんも、『ふたりのことを理解できない』というよりも『性同一性障害のことが分からない』という感じだったみたいで」

「ご挨拶に行ったときは、和やかな雰囲気で迎えてもらえました」

その後、結婚を前提とした同棲をスタートし、3ヶ月で籍を入れた。

現在、結婚3年目を迎え、思うことがある。

「僕は、一家の大黒柱として、当たり前のことをやっているだけ。奥さんが、僕をちゃんと立ててくれて、旦那さんにしてくれているって感じがある(笑)」

「料理も、何から何まで手づくりだし・・・・・・本当にありがたい」

「洗濯物とか、やれることは僕もやってますよ」

喧嘩をすることもあるが、謝ってくれるのは、いつも妻から。

「ほんと、奥さんのおかげです」

「やってくれていることを当たり前にしないで、ちゃんと気づいてあげなきゃいけないって思っています」

「奥さんの気遣いとか・・・・・・髪の毛を切ったこととか(笑)」

「どんな小さなことでも、目に見えないことでも、ありがとうねって、気づいて感謝の気持ちを伝えるようにしようと思ってます」

10誰もが自信を培える場づくりを

LGBT当事者が気兼ねなく働ける環境

造園業に従事しながら、FTM用のアンダーウェア「SOLUNA ESPERANZA」のプロデュースを行っている。

「ゆくゆくは、トランスジェンダー当事者向けの仕事の方を大きくしていきたいと思っています」

「どうしても、僕らみたいなトランスジェンダーって、働きづらさがあって、仕事が長続きしないことが多いと思うんです」

100%の気持ちで仕事をしたいと思っていても、セクシュアリティにおける偏見など、障壁は大なり小なり存在している。

「僕が、この仕事を大きくして、人を雇えるようになったら、当事者が気兼ねなく働ける環境をつくりたい」

「例えば、性別適合手術を受けるときにも、当事者同士なら周りに理解を得られやすいですよね」

「そうやって、ここで働く自信を身につけて、別のところで働くときに活かしてもらえたらいいなと思っています」

自分が初めて当事者の集まりに行ったときに感じたことを、かつての自分のように殻に閉じこもっている他の当事者に感じてほしい。

「当事者だって、こんなにキラキラして生きているんだって」

「もっとたくさんの当事者に、仕事も楽しいし、生きるのも楽しいってことを感じてほしいんです」

謙虚な気持ちを忘れずに

カミングアウトするにしても、他の当事者に会ってみるにしても、自分で行動を起こさないと、何も起こらない。

待っていても、自信を培う機会はやってこない。

「そう思えるようになったのは、自分からアクションを起こしたからってこともあるけど、やっぱり家族や友だちのおかげ」

「周りから与えてもらったものを、次は僕が惜しみなく周りに与えて、次へつないでいかないといけないと思っています」

「やってみなきゃ自信はつかない」

「失敗してもいい。成功するまでやればいいだけですもんね(笑)」

しかし、自信に満ちたなかにも大切にしていることがある。

「謙虚でいること」

「母に、そう言われたんです」

自信満々すぎる人には、どこか近寄りがたさを感じることもある。

しかし、自分にはたくさんの仲間がいる。
それがまた自分の自信になる。

「信念を曲げず、謙虚な気持ちを忘れずに、自信をもって生きようと思ってます」

あとがき
生まれも育ちも井浦家横丁☆登場人物に愛が宿る。[友空さんの素]はどんな場面もあたたかく仕上げてくれるから不思議。男前ってこういう人なんだ・・・・・・■「僕のところで働く自信を身につけて、別のところで働くときに活かしてもらえばいいんです」。野心的であること、利他を大切に考える友空さん。目の前の損得では決して動かない。行動の根拠は? とたずねたら「自分が決めたことだから」と優しくシンプルに答えてくれるのかな。(編集部)

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