02 養護教諭になりたい
03 固定観念に翻弄されて
04 真面目であることの長所と短所
05 先生って、いい仕事だな
==================(後編)========================
06 私って、レズビアンなのかも?
07 ようやく知った「好き」という感情
08 保健室を飛び出して
09 家庭や子どもがほしい
10 子どもたちの自尊感情を高めたい
06私って、レズビアンなのかも?
保健室での仕事
大学を卒業後、中高一貫の私立校に養護教諭として就職した。
「中高でも、やっぱり何人か、クラスに入れない保健室登校の子はいましたね。そういう子や、半不登校のような生徒の対応もしていました」
怪我をして保健室にやってくる生徒はもちろん、メンタルの問題で訪れる生徒も少なくはなかった。
「怪我の手当だと10分くらいしかかからないんですけど、メンタルの相談は1時間や2時間は確実にかかるので、時間的に見れば半々ぐらいの割合だったかと思います」
とはいえ、そうやってメンタルに問題を抱える生徒がいても、保健室ですべてが解決するわけではない。
生徒をカウンセラーにつなげるまでが、保健室の役割だ。
「基本的に、保健室は応急処置の場所なので、継続的にではなく、誰かに託すまでの間をつなぐことが役割なんです」
「病院やカウンセラーや担任の先生までつなげるのが役目で、それまでの間の部分でケアをするんです」
ゲイの男子生徒との出会い
勤めていた保健室では、思わぬ出会いと発見もあった。
「私がレズビアンだと気付いたのは、高校の保健室で働いてた時に、『実は男の人が好きなんだ』っていう男子生徒さんに出会ったことがきっかけだったんです」
生徒に相談されたはいいが、自分も同性愛についてそれほど詳しいわけではない。
「性同一性障害については、大学のガイドラインでちょこっと習うことはあったんです。でも、そこから発展もせず、それ以上のことは全然勉強していなかったんですよね」
「それで、その子のことをもっと知ろうと思っていろいろと調べたら、LGBTという存在を知って、『ちょっと待って? これってもしかして私のことじゃない?』ってなって、初めて自分がレズビアンだという実感が湧いてきたんです」
恋愛面で、今まで感じていた周囲とのズレが、ようやくカチっとはまったような感覚だった。
07ようやく知った「好き」という感情
女性のパートナー
「ようやく違和感がなくなったのはいいものの、そこから先どうしたらいいのか全然わからなかったので、まずは情報を知ろうと思って、思い切ってレズビアンバーの初心者オフ会に参加したんです」
大阪では、堂山と心斎橋あたりが、東京でいう新宿2丁目にあたる街だ。
「そこらへんは、ピンク街って言われているような、危ない場所とも近いんです。新宿2丁目とは違って、2、3軒くらいずつちょこちょことお店があるような感じですね」
レズビアンとしてどうやって生きていけばいいか教えてもらいたいという気持ちの裏に、もしかしたら、ここでなら本当に好きな人を見つけられるかもしれない。
淡い期待感も抱いていた。
そうして、参加した初心者オフ会。
隣に座った女性に、初めて恋をした。
5歳年上の女性だった。
「相手の女性とは、その後何回かデートを重ねて告白されました」
彼女には、「年齢よりもしっかりしているところが好き」と言われた。
「初めて会ったオフ会の時に、私が過去の話を色々としていたら、すごくしっかりしていると思われたみたいで、相手が『私はこの歳で自分は何をしているんだろう』と泣きはじめちゃったんですよ」
「その姿に、キュンとしました(笑)」
そうして、女性のパートナーと交際をスタートさせることとなった。
これまで男性と付き合ってきた時は、手を繋ぐことすら嫌だったのに、彼女とのスキンシップは、初めて拒否せずに受け入れることができた。
「彼女と一線を越えてからも、やっぱり自分の恋愛は対男性ではなかったんだなっていうのを、強く感じました」
カミングアウトと別れ
「カミングアウトしたのは、結構最近です。1年以内のことですね」
自分がレズビアンであること、女性のパートナーと交際していることを、Facebookでカミングアウトした。
「周囲からは、『感動した』っていう反応が多かったですね。あとは、カミングアウトをしていない当事者から、『自分は公にはできないから、すごいね』って言われることもありました」
当時付き合っていたパートナーを紹介する流れで、両親にもカミングアウトを果たすこととなる。
「パートナーと事前にカンペを作って、両親の前に二人で正座して、プレゼンみたいに話をしました」
「母は『なんとなく気づいてたよ』って言ってくれて、父は『まだ理解が追いついてないところもあるけど、これからちょっとずつ勉強していきたいって思ってる』って言ってくれました」
「それを聞いて、パートナーは隣で号泣しちゃうっていう・・・・・・(笑)」
パートナーは、父親に頬を打たれる覚悟でこの場に臨んだのだという。
だから、ホッとして思わず涙腺が緩んでしまったのだろう。
「彼女の方が外見はボーイッシュだったけど、中身は乙女でしたね(笑)」
しかし、初恋の相手でもある彼女との交際は、2年ほどで幕を下ろすことになった。
「5歳年上の彼女には、赤ちゃんを産めるリミットが迫っていたんです。彼女は、レズビアン寄りのバイセクシュアルだったんです」
「だから、まだ男性と結婚して、子供を産むことができる年齢だということで、『ごめんね』って泣いて別れを切り出されました」
彼女の思いには、薄々気づいていた。
「それから1週間くらいは、かなり落ち込みましたよ。でも、さすがに自分と一緒にいても子どもは産めないから、納得して別れを受け入れました」
彼女と別れてから、新しい交際相手はまだいない。
08保健室を飛び出して
フリーランスとしてスタート
現在は、保健室での仕事を辞めて、フリーランスのLGBT当事者として、教育現場に携わっている。
「すごく仲がいいレズビアンのお友達と一緒にいる時に、『一回でいいから、小学校から高校までの教育の中で、性の多様性についてきちんと学ぶ場があったら、人生どれだけ変わっただろう』という話をされたんです」
「それだったら、私はせっかく教員免許を持っているんだから、これを使って子どもたちの人生を変えたい、それに一回チャレンジしてみようかなって思ったんです」
そうして、去年からフリーランス生活をスタートさせた。
まずは、一か八か、今住んでいる大阪大東市の教育委員会に、「養護教諭の免許を持っているLGBT当事者なのですが、是非お話をさせてください」という内容のアポイントメールを送ってみた。
「そうしたら、たまたま大東市が今年の教育課題としてLGBTを挙げてたようで、タイミングがぴったり合致したんです」
「そこから、いろいろと学校を回らせてもらえるようになりました」
各学校の校長先生と面会したり、実際にLGBTの授業が導入されている教育現場を見ることもあった。
「それで、当事者なりの意見をお伝えするということを中心にさせてもらっています」
「まあ、主に校長室でコーヒーを頂きながらですね(笑)」
教育現場での活動
「今までは対先生が中心だったんですけど、今月は小学校で授業をさせて頂きました。ようやく、大東市の近隣の市からも声がかかるようになってきたので、活動の幅を大阪全体に広げていけたらいいなと思います」
LGBTを扱うのは、道徳の授業。
今回受け持つケースでいうと、3時限を使って「LGBTの用語説明」、「当事者が実際にどんなことで困っているか」を説明し、最後に「当事者と対面する」という授業内容になっている。
「今、全国的に見ても徐々にLGBTの授業が増えてきています。ただ、教える側の先生たちも当事者の知り合いがいないものだから、どうしていいかわからない」
「当事者に会ったことがないのに授業するっていう、よくわからないことになっているんですよ」
「そこで、困っている先生の間に入っていけたらいいなって思って、今は活動しています」
09家庭や子どもがほしい
制度さえ変われば
「将来、家庭や子どもがほしいという夢はありますね。お母さんになりたいし、ウェディングドレスを着たいなとも思います」
同性の婚姻と養子縁組が制度として認められたら、以前付き合っていた彼女と別れなくてすんだのかもしれないと思うこともある。
「それこそ初恋じゃないですけど、彼女が本当に大好きだったので。タイムリミットが迫ってるって言われて別れなきゃいけないかったのは、正直辛かったです」
「だけど、将来のことを考えるにしても、制度さえ変わってたら・・・・・・。例えば、今のオランダのようであれば、全然違ってたんだろうなっていうようにも思いました」
養子縁組を選択したい
個人的には、将来は自分で子どもを産むよりも、養子縁組を選択したい。
「困っている家庭の状況を色々と見てきたので、それだったら、自分が養子縁組で子どもを迎えられたらいいなと思います」
「ほかにも選択肢としては色々あると思うんですけど、自分としては、養子縁組がしっくりくるかな」
幸い、両親も「血のことには別にこだわらなくてもいい」と言ってくれている。
「親戚には色々と言われることもあるんですけど、両親は『自分の人生なんだから好きにしていいよ』とも言ってくれました」
「困っている子がいるんだったら、養子縁組でその子のことをまず助けてあげた方が、自分の血筋を残すよりはいいんちゃうかな?」と、理解を示してくれる、懐の深い両親だ。
10子どもたちの自尊感情を高めたい
LGBTの自殺率の高さについて
現在、自分の中でもっとも大きなテーマとなっているのは、「LGBTの自殺率の高さ」だ。
「トランスジェンダーの場合、過去に自殺したいと感じたことのある人が、全体の7割近くだという調査があるんです。さらに、実際に自殺未遂をした方も、14パーセントという数字が出ています」
「そうした数字を見ていると、これはちょっと、教育現場でなんとか変えられないかなって思うんですよね」
“死” について深く考えるようになったのには、理由がある。
高校と大学で同級生だった女の子がいたのだが、彼女は社会人2年目となる年に、ガンで亡くなってしまったのだ。
お葬式で見たその子のやつれた顔は、今でも脳裏に焼き付いていて、離れない。
「その子のことがあって、命のあり方については色々と考えてきました。それで、LGBTの自殺率に関していえば、教育の力で少しでも抑制できるんだったら、私も手助けをしたいし変えていきたいって思ったんです」
保健の指導要綱には、必ず「男女は異性を好きになるものだ」という一文がある。
「その一文を、なんとか変えられないかなと思っています」
「私自身、27年間刷り込みでそれを信じ込んできてしまったし、きっとそれで悩んで命を失っている当事者もいるだろうから。その一文を変えることで、救われる命があると思います」
LGBTのマイナスイメージを払拭したい
教育現場で働いていると、LGBT以外にも発達障害児など、色々なマイノリティを抱えた生徒と向かい合う機会が多い。
「どんなマイノリティであれ、一人ひとりが、まず自分のことを大事にできることが第一歩だと思うんです。自分を大事にできなければ、自尊感情が低くなってしまいますよね」
「例えば、発達障害だったら、エジソンのような偉人も多いと思うんです。でも、LGBTはまだかなりマイナスイメージが先行していて、プラスのイメージがほとんど浸透していないんです」
自分自身、「レズビアンで保健の先生」という肩書きを示すと、ポルノ的にイメージされてしまうことがほとんどだ。
「だけど、私は逆にそのマイナスのイメージを利用して、『レズビアンだけど、一人の人間として幸せに生活することができるんだ』って、プラスのイメージに転換できるようにしたいんです」
「自分の身の上を語ることが社会的な活動になるんだったら、それが一番いいなって思ってます」