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何ものにもとらわれない 私らしい生き方【後編】

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2015/12/07/Mon
Photo : Mayumi Suzuki Text : Yuko Suzuki
原口 色 / Shiki Haraguchi

1986年、東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、大手転職支援会社、教育系NPO法人、ITベンチャー企業勤務を経て、2015年よりパートナーと起業準備開始。思春期より、とくにジェンダー・アイデンティティに悩み、カウンセリングに通い始める。大学時代は「女性として男性を好きな状態」が続いたが、現在は自分の性別に特にこだわりのないパンセクシュアル。「しきたんの自由なブログ」で思うこと、感じることを書いている。

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INDEX
01 自分は女性なのか、男性なのか
02 やっぱり、女性のほうが好きかもしれない
03 もう、親の理解は求めない
04 女なのか男なのか、どうでもいい
05 変わらなくちゃいけないのは、自分
==================(後編)========================
06 親の呪縛から解き放たれて
07 東京から、二宮へ
08 みんなが自由に生きられるように
09 親自身が「ご機嫌であること」が大事
10 新しいこと、おもしろいことが始まる予感

06親の呪縛から解き放たれて

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「あなたは無力、ひとりでは何もできない」

原口さんは、言葉をひとつひとつていねいに選ぶ。それでいて肩にはよけいな力が入っておらず、どこか突き抜けている感がある。だから、話を聞いているこちらもリラックスして、とても穏やかな気持ちになる。

「親の呪縛から解かれてきているからでしょうか。完全に、ではないですけど。でも、二人で育児をする準備としてカウンセリングを受け、自分について振り返ったことがきっかけで、少なくても以前よりはずっと自己否定感がなくなって、すごく楽になりました」

子どもの頃、そして大人になってからも実家で暮らしている間は、なんか違う、おかしいと思いながらも親の価値観に縛られていた。

「両親は、世間体や一般的な常識を大事にする人たちなので、私がちょっと人と違ったことや思い切った行動をしようとすると、とにかく反対する。『厳しい世間の中にあってあなたは無力。ひとりでは何もできっこない。親の私達がそう思うのだから、間違いない』って。小さい頃からそう言われ続けていると、そうなのか、私は本当に何もできない人間なのかと思ってしまうんです。だから、親に言いたいことがあっても言えない、やりたいことがあっても、やる勇気が出ない」

家、親という「檻」から外へ

しかし、大人になるにつれ、それはおかしいと気づきはじめる。心理学の本を読んだり、カウンセリングを受けたりしながら、親との距離のとり方を探った。

「うちの親は子離れができない。でも、私もなかなか親離れができないでいたんですね。そんな私の背中を押してくれたのが、パートナーでした。2社目の勤め先をやめた後、転職活動がうまくいかずに悩んでいたとき、『自分が本当にやりたいことをやったほうがいい。そのためにも、家を出たほうがいい』と言ってくれて。その一言で踏ん切りがついたんです。実家を出て、パートナーと一緒に暮らし始めました」

親から、物理的に離れたことで、彼らのコントロールもなかなか及ばなくなった。決定打となったのは、神奈川・二宮への移住だ。

「3ヶ月ほど前から、パートナーが『東京を離れたい』『できれば海の近くで暮らしたい』と言い始めて。もともと海の近くで生まれ育った彼女にとって、人が多く空の狭い東京での暮らしは相当息苦しかったようです。彼女はもう少し西の方でもと思っていたようですけど、私はずっと都会暮らしだったので、いきなり地方に移り住むのにはちょっと抵抗があって。ならば、お互いに妥協できるところをと彼女が調べてくれて、たまたまいい物件が見つかったのが二宮だったのです」

07東京から、二宮へ

パートナーのために、東京を脱出

もっとも、自分自身は、東京での生活にとくに不自由を感じることはなかった。パートナーと出会っていなければ、引っ越すことはなかっただろう。

「正直なところ、東京を離れるのが嫌だったんです。怖かった、というのかな。私は起業するべく会社を辞め、今はフリーランスの身なので定収入がなく、貯金を切り崩している状態です。引っ越しとなれば敷金礼金が必要だし、郊外暮らしに車は必須。そんなことをしていたら、起業のための資金がなくなってしまいますよね。だから、実際に二宮の物件を見て『いいね、ここに引っ越そう』と思いながらも、でもやっぱり……と決心できないでいました。それはどうしてなのか、理由をさぐるためにパートナーと一緒に自分を振り返っていくと、自分が『都会じゃないと、起業してもうまくいかない』と思い込んでいたことに気づいたんです」

これまで、自分の勝手な思い込みで自らをがんじがらめにしてきて、苦しんできた。そんな人生はもう嫌、と思っているのに何を躊躇しているのか。都会を離れるのが怖いと思うなら、なおさらのこと都会から出ていかなければ自分は変われない……。

今度こそ、新たな一歩を

「家を出たことで親から距離を置くことができたと思っていたのに、実はまだ、心は親に縛られたままだったんですね。お金のことが気になってなかなか移住を決心できなかったのは、結局、親の価値観に縛られていたから。彼らは、物事は経済的基盤があってこそ、お金がなくなったらすべて終わり、と考える人たちですから」

引っ越しなんて、事業を軌道にのせてからするべき。二宮じゃ商売が成り立たつはずがない、もっと現実を見なさい。お金がなくなったら、人はどうなるかわからない……と、ありとあらゆる言い方で娘を引き止めようとした。もちろん、それはわが子に苦労させたくないという一心でのことだろう。ただ悲しいかな、そうやって引き止めようとすることこそ娘を苦しませていることに、親は気づかない。

「物理的に、より親から距離を置くことができて、今度こそ新たな一歩を踏み出せたような気がします」

08みんなが自由に生きられるように

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厚い鎧を脱ぎ捨てる

親のことは嫌いではないけれど、親よりも自分のことが大事。今では、そう思えるようになった。

「そうしたら、一般的な価値観とか人の目もあまり気にならなくなって。それでますます性自認に違和感がなくなり、自分がマイノリティなのかどうかということも気にしなくなった、というわけです」

自分と同じように、親の呪縛、世間の目、自分自身の思い込みなどに縛られて、身動きできないでいる人は少なくないはずだ。

「自分の心にうそをついて、言いたいことも言えずやりたいこともやれない。その不満を解消するために、自分で自分を攻撃する。私自身、そうやって自傷行為に走ったこともあります。でも、それでは何の解決にもならず、苦しみからは逃れられません。だから、親とか世間体とか、自分を覆っている厚い鎧みたいなものを、少しずつでいいから自分で脱いでいこう……というようなことを、苦しんでいる人たちに伝えていけたらいいなあと思っているんです」

それぞれの、心の風通しをよくできたら

それが、原口さんがパートナーと一緒に立ち上げようと準備している「刷り込みを外して自分を自由にする」コミュニケーション事業(リベレーティング)。

「マンツーマンで話をしながら、その人の刷り込みを外すお手伝いをするだけでなく、心の問題についてみんなで語り合えるようなイベントも企画したい。さまざまな分野の人、超自由系の人も講師に迎えたりして(笑)。人の話を聞くことで、こんな考え方があるんだ、こんな人もいるんだ、あ、あれは単に自分の思い込みだったんだ……って気づくことがたくさんあると思うから」

ひとりひとりが心の風通しをよくして、楽になるためのサポートをしていきたい。そう考えている。

09親自身が「ご機嫌であること」が大事

育て方を間違えたわけじゃない

LGBTの認知度が高まるにつれ、本人だけでなく「もしかしたら、自分の子は性的マイノリティかも」と気づきはじめる親も増えている。わが子を思いながらも、それこそ固定観念に縛られて、どうしていいかわからずに悩んでいる人も少なくないかもしれない。

「もし、そうした親御さんから相談を受けたとしたら……。セクシャルな問題って、私のように親との関係だけでなく、さまざまな葛藤があってその状態に至っていると思うんです。だから本当にケースバイケース、一発必中のアドバイスというのはないと思うけど、しいて言うなら『親御さん自身、自分を大切にして、いつもご機嫌でいてください』ということかな」

わが子が性的マイノリティだと知った時、「自分の育て方が間違っていたんだろうか」と考えてしまうかもしれない。あるいは「私はちゃんと育てたのに、なぜあなたは」と子どもを責めてしまうかもしれない。

「でも、育て方うんぬんではないような気がするんです。これもまた、自分で自分を認めるという話になってしまうんですけど、親御さん自身の自己肯定感の問題ではないかと」

自分で自分のご機嫌をとりましょう

「私の育て方が悪かったと自分を責めている親を見るのは、子どもにとっていちばんつらい。なぜあなたはと言われても、子ども自身、どうして自分が性的マイノリティになったのかわからず混乱しているから答えに困り、さらに深く傷ついてしまうんです」

自分は親になったことがないので、生意気なことを言ってはいけないと思う。ただ、
親も親である前にひとりの人間。自分を大切にして、自分が幸せになることにもっと積極的になってもいいのではないか。

「自分のことが肯定できていて気持ちに余裕があれば、子どもがどんな振る舞いをしようと、たとえば男の子が女の子のかっこうをしたがっていたとしても『ああ、そうなんだ』と思えるんじゃないでしょうか。もちろん、実際にはそう簡単に割り切ることはできなくても、少なくてとも『私の育て方が』と自分を責めることはないような気がします。逆に、子どもを責めたりもしないと思うんです」

だから、親がまず自分のやりたいこと、好きなことをやって、自分のご機嫌をとってみてほしい。自分が幸せを感じることができたら、きっと、ものの見方やとらえ方がこれまでと全然違ってくるはずだ。わが子のセクシュアリティの問題についても。

10新しいこと、おもしろいことが始まる予感

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海と山に、身も心も癒やされて

二宮は、歩いてすぐのところに海があり、ハイキング向きの山もすぐそこだ。そんな豊かな自然とゆったりした心地いい空気感に惹かれて、ほかの土地から移り住む人が増えはじめているという。

「私はたまたまここに来たわけですけど(笑)、いまは二宮をすっかり気に入っています。人口密度が低いせいか、人との距離がくっつきすぎないので気持ち的にとてもラク。高い建物が少ないから空が広くて、町の風通しもいい。自然にすぐ触れられる環境にいると心も体もリラックスして、すごく癒やされます」

原口さんは、子どもの頃から石が好きだった。だから、きれいな石がたくさん見つかる海岸に散歩に出かけるのが、何より楽しい。

「波に磨かれて丸くすべすべになった石とか、これが天然の色なの? と信じられないような美しい石が、けっこう見つかるんです。シーグラス(波にもまれて角がとれたガラス片)もたまに見つかるんですけど、これも色がきれいで、かわいい。私の石好きは、まだまだ個人的な趣味レベルだけど、将来的には、石を使った活動ができたらおもしろそうだなと思っているんです。どういう形でやるか、まだ考えていないですけど」

わかりあえる人が近くにいる、心強さ

以前は、自分は場所にはこだわらない、どこで暮らしても同じだと思っていた。でも、やはり場所は、少なからず人を変える。その原因は環境だけではない。自分を取り巻く人間関係も大きく変化するからだ。

「今住んでいる物件を仲介してくれた不動産屋さんがいい方で、他の土地から二宮に移住してきた3夫婦と私たちを引き合わせるために、ごはん会を開いてくれたんです。話をしてみると、社会への関わり方とか考え方、趣味趣向がけっこう似ていてびっくり。二宮に来た経緯も、『都会での生活に違和感を感じたから』って。お互いに、共通の友人知人が多いことにも驚きました。似たような思考、生き方をしている人が周りにいると心強いし、楽しいですね」

二宮はまだ、社会起業家集まれ、自然派集まれ、という場所としては認識されていないかもしれないが、今後そういう人が増えてきたらおもしろいことが起こりそうだ。何か新しい文化が生まれるかもしれない。

「快適なこの場所で、無理をせずに自分のペースで、やりたいことを自由にやっていきたい。その流れの中で、また子どもがほしいと思うかもしれません。以前は、誰かに精子提供をしてもらおうか、そのためにはアメリカに行かなくちゃいけない。それは経済的にむずかしいね、という話になっていたのですが、この先、同性カップルでも里子を迎えられるようになるかもしれない。そういう生き方、暮らし方もいいかもしれませんね」

原口さんの頬を、海からの風がさーっとなでる。その顔に、海の光が反射する。とらわれから解かれた表情が、いっそう輝いた。

あとがき
色さんはずっと穏やかだった。「親は、、、自分の理解できる範囲でいて欲しいと思っている」。親にとって子は永遠に「子供」。いつになっても心配で仕方がない。そして、誰もが『誰かの子として命を授かっている』 当たり前に気づく■精一杯に告白した思い、受け止める気持ちーー 想いの行き場は時に不安定■自分を解放した、自由な色さんのベクトルは今、未来を示している。白いしぶきを残す波と強い風を受け容れる、その立ち姿はまるで風の精。(編集部)

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