02 不思議な子ども
03 ダンスの基本・クラシックバレエ
04 平和な小学生生活
05 体調を崩して
==================(後編)========================
06 こぢんまりとした女子高
07 第二次性徴で感じた身体への嫌悪感
08 両親へのカミングアウト後も
09 大好きなバレエとFTMという自認のはざまで
10 FTMでも自分がおもう表現を目指して
06こぢんまりとした女子高
少人数制の環境
中学校を卒業後、お寺のなかに建てられた女子高に進学する。一クラス20人程度、全校生徒も200名程度の小さな学校だ。
「中学校にあまり通ってなかったので、学力的にもあまり高くなくて、小規模な学校がいいなって探して、見つかったのがたまたま女子高だったんです」
中学校では入学早々具合が悪化した。
「その前科があったんで、高校入学当時も不安だったんですけど、問題なく過ごせました」
「何人か友だちもできて、先生もいい人たちで、自分に合った環境でしたね」
新しい趣味
女子高の学生は2つのグループにきっぱりと分かれていた。
「いわゆる一軍女子のギャルと、おとなしい子たちのグループがあって、私は後者のなかにいました」
おとなしい子たちのなかには、ゲームやマンガ、アニメなどが好きな人が多かった。
「共学だったら『オタク』って言われるから、趣味をあまり大っぴらにしないんじゃないかな、って思うんですけど、女子高って人目を気にせずにオープンに話せる雰囲気なんです」
高校の途中まで自分専用のスマートフォンを持っていなかったこともあり、「オタク」の世界にあまり詳しくなかった自分に、友人はさまざまなゲームやアニメなどのコンテンツを自分に「布教」した。
「教えてもらったものが自分の好みに合ってたみたいで、趣味の一つになりました」
「有名どころのマンガは友だちから借りて、一通り読みましたね。ハマったものも、そうでないものもありましたけど(笑)」
友人の一人とは、もともと自分の好きだったジブリやディズニーという趣味が合い、意気投合した。
「友だちから紹介されて、ディズニーヴィランの世界を舞台にしたスマートフォンゲーム『ツイステッドワンダーランド』や、刀剣乱舞にハマりました」
きれいな容姿を追求したい気持ちとオタク文化が融合し、現在はコスプレも趣味のひとつになっている。
留年か、卒業か
高校の環境は自分に合っていたが、それによって必ずしも登校状況が改善されたわけではなかった。
「体調はあまりよくならなくて、そんなに通えなかったんです・・・・・・」
高校3年生の夏、卒業まで残り10単位というところで、ある選択を迫られる。
「留年して翌年度に卒業するか、通信制の高校に転校して単位を取得してその年に高校を卒業するか、の2択でした」
友人たちと同じタイミングで高校を卒業したいと思い、通信制の高校に転校した。
07第二次性徴で感じた身体への嫌悪感
パンセクシュアルにたどり着く
高校生のときに、初めてセクシュアリティについて自覚し始めたのは、性自認ではなく性的指向のほうだった。
「小さいころから、自分って恋愛対象として見る相手の性別を考えたことってないな、って気づいたんです」
自分が人のことを「好きだ」と思うとき、それが親愛的なものか、恋愛的なものかは、いまでも判然としない。
でも、好意を向けた相手の性別は関係ないことは、自分のなかではっきりしていた。
「最初は、男女どちらも好きになるのかな? と思ったんですけど、男女どちらかであっても、そのなかに当てはまらなくても、その人が好きだよな、って」
「恋愛対象 性別関係ない なぜ」でインターネットで検索したところ、パンセクシュアルという概念を知る。
「自分の感覚を表す言葉があるって知れて、安心感がありました」
やせれば解決するものではなかった
性的指向だけでなく、性自認についても気づきがあった。
「生理がきたのが高校生になってからだったんです。小柄でやせ型だったから遅かったのかなと思います」
女性に生理があることは、頭では理解していたつもりだった。でも、実際に自分に生理が始まると違和感が込み上げてきた。
「ほかのシス女性も、生理が初めて来たときには違和感はあるのかもしれないですけど、自分は『何これ、自分の体じゃない』って感じました・・・・・・」
それとともに、身体的にも女性らしく丸みを帯びるように変化していく。
「体のラインが気持ち悪くて、カッコよくなりたいからやせよう、って。摂食障害にもなりました」
最初のうちは、身体ラインの嫌悪感が性別違和によるものではなく、単に「やせたい」という願望からくるものだと思っていた。
でも、実際に体重が落ちても、身体への嫌悪感はしずまらなかった。
「やせても体のラインそのものが変わるわけじゃないから、自分の気持ち悪いって感覚もなくならなかったんです・・・・・・」
パンセクシュアルを知ったときに見つけた、インターネットの簡易的なセクシュアリティ診断を受けてみると、最初はノンバイナリーだと表示された。
「それから、外見だけじゃなくて男性として扱われたいんだ、とか自分の感覚がよりはっきりしていって、最終的には『FTM』に落ち着きました」
08両親へのカミングアウト後も
アイドルみたいな制服
高校の制服は、かなりキュートなデザインだった。
「ブラウンのブレザーに大きめのリボン、赤いチェックのスカートで、アイドルの衣装みたいなんです。それを目当てに入学する子もいるくらいなんですけど・・・・・・」
もちろん、入学前から制服のデザインは把握していた。でも、いざ自宅に制服が届くと、その「かわいらしさ」にあらためて圧倒された。
「おぉ・・・・・・。これを自分が着るんか! と(苦笑)」
登校時にはしぶしぶ着用していたが、高2の途中で、スラックスやネクタイスタイルの制服も選べることを知る。
性自認が男性だとはっきりしていたころだったので、制服を変えるにあたって両親にカミングアウトすることに決めた。
「自分のことを知っておいてほしい、って思ったんです」
どうしても涙が出る
高2のある日、まずは制服をスラックススタイルに変えたい、ということから両親に切り出した。
「スカートがいやだから、なぜなら自分は男だと思ってるから、っていうことを伝えました」
両親は驚きをもって受け止めると同時に、肯定も否定もしなかった。
「性同一性障害(性別不合)自体は知ってましたけど、それまで自分にそういう素振りがなかったので、ほんまにそうなん? って感じでしたね」
物心のつく前から、自分のことを男性だと認識する。
幼少期から短髪やズボンを好み、長髪やスカートを嫌がる。
男子とばかり遊ぶ・・・・・・。
たしかに、自分はFTMの経験談として頻繁に耳にする経過には当てはまらない。
高校生のときには、髪を腰の長さまで伸ばしていた時期もあった。メイクもよくしていた。
「そのときもなんですけど、いまでも性別について話すときには、悲しくなくてもなぜか涙が出てくるんです」
自分のなかにあるモヤモヤを、うまく言語化できないけれどなんとか伝えたい、と思うときに涙があふれてくるのかもしれない。
それでも、両親には定期的にセクシュアリティについて話すように努めている。
「いずれは結婚とかのライフステージ転換期が来るけど、自分は結婚するつもりはなくて。そういうことをそのときに話すんじゃなくて、今から少しずつ積み重ねていったほうが後々が楽というか、だんだんと理解してもらえるんじゃないかって思うんです」
09大好きなバレエとFTMという自認のはざまで
FTMであっても、踊れなくなってしまうくらいなら
バレエは趣味として楽しみたい、と思って続けている。
「プロのバレエダンサーになりたいとは考えてないですね。プロになるには才能が必要なんです」
バレエスタジオ側には、自分のセクシュアリティ・FTMと自認していることを明確には伝えていない。
「先生に昔、それっぽいことをほんのりと伝えたことはあるんですけど、それ以降は話してないですね。伝えたら先生が困ると思うので、今後も伝えるつもりはありません」
いままで女性バレエダンサーとして稽古を積んできた自分は、男性の振りつけを踊れない。
体格的にも、男性ダンサーの役割を演じるのは難しいだろう。たとえ今後性別移行の治療を受けたとしても、男性として生まれてきた人とはどうしても差が生じるからだ。
そんななかでスタジオ側にFTMだとカミングアウトしたところで「女性役は無理だけど、男性役も引き受けられないとなると、あなたはどうしたいの?」と、おそらく混乱を生み、自分がいままでどおりに踊りづらくなるだけだ。
「カミングアウトすることでバレエを続けられなくなっちゃうくらいなら、バレエはセクシュアリティに無理に合わせなくてもいいかなって思ってます」
練習時のしんどさ
一度舞台に立ってしまえば、女性の役割を演じるとしても、自分ではない別人として振る舞えるので、問題ない。これまでも性自認に関係なく役になりきれた。
でも、日々の練習では身体に対する嫌悪感の苦痛から逃れられない。
「バレエの稽古着って身体のラインがもろに表れる、ぴたっとしたデザインや素材なんですよね。それを着て、全面鏡張りのスタジオで自分の姿を見ながら踊るのは、正直しんどいですね・・・・・・」
稽古のときには、先生に許可をもらってTシャツや短パンを着用し、身体のラインをできるだけ隠すことで、なんとかやり過ごしている。
「つらいと感じることもあるけど、それよりもやっぱりバレエを続けたいっていう気持ちのほうが強いです」
今後も、バレエを踊る楽しさと性別違和との間でジレンマを抱きながら、踊り続けるつもりだ。
10 FTMでも自分がおもう表現を目指して
自分らしくいられる、黒服の時間
高校卒業後に進学した大学を中退し、現在はアルバイトを2つ掛けもちしている。
「ひとつは飲食業で、店長と社員さんに、面接の時点でカミングアウトしてます」
ふたつめのアルバイト先はキャバクラ。キャバ嬢ではなく、黒服として働いている。
「キャバクラのほうにはカミングアウトしてないんです。でも、こっちで働いてるときのほうが、居心地がいいですね」
黒服の世界は、性別も学歴も関係ない、実力主義の世界。女性扱いや特別扱いを受けることなく、そのままの自分として接してもらえる。
「親は快く思ってないみたいですけど、自分としては落ち着ける場所の一つですね」
「典型的なFTM」でない自分
いまの自分はメイクを施し、髪も短髪とは言えない長さだ。
「自分のあこがれの姿は、ホルモン療法を受けているFTMの人によくあるような、たとえば髭が生えていてツーブロックに刈り上げている男性像じゃないんです」
「セクシュアルマイノリティだと公表している舞台俳優さんや声優さんのなかには、きれいな人が多いんです。自分もそういう人になりたいなって思ってます」
でも、性表現が「典型的」な男性像から離れているからか、以前SNSで発信していた際には、LGBTQ当事者でない人から「本当にFTMなのか?」と疑問を投げかけられたことがある。
LGBTQに詳しいはずの病院に行っても、「性表現」と「性自認」の違いをアップデートできていなかったのか、性別不合であると認められなかった。
「もともと通ってた心療内科に性別違和を伝えてもはぐらかされて、別の病院に行ったときも『その見た目では、性別不合の診断書は書けないですね』って断られたんです」
「性別不合で男性(FTM)だと認めらもらいたい」という気持ちを優先して、自分の理想像を捨てたこともあった。
「髪の毛を切ってメイクもやめたら、中学生のような、垢抜けない感じになって・・・・・・。しかも、よくあるFTMのイメージに寄せても結局、周りの反応は変わらなかったんです」
自分がなにをしても、自分のセクシュアリティを認めない人は必ず一定数存在する。
それならば、自分のおもうようにしよう。
「紆余曲折をへて、今の性表現に落ち着きました」
性別移行治療をしていなければ、真のFTMではない?
きれいな見た目を維持したいという気持ちがある一方で、医療的な性別移行に興味がないわけではない。
「治療は受けられるなら受けたいです。性別不合の診断を受けたうえで段階を踏んで受けたいと思ってますけど、親が難色を示してるので、自立して生活できるようになってからですね」
一方、短髪のヘアスタイルでないことや化粧自体に嫌悪感がないこと、バレエを続けたいと思っている自分は、いまも存在する。
「だから、今の性表現だと男性として認められないのかな。それなら、ホルモン療法で身体的に変化していれば、男性として認められるかもしれないですね」
そんな焦燥感に駆られてもいて・・・・・・。
まだ、世間からの視線に左右され、葛藤している自分がいる。
自分の在り方に確固たる信念を持てている、とも言えない。
だから、完全に吹っ切れることはこの先もないかもしれない。
「でも、FTMのなかにもさまざまな性表現をする人がいることを、自分の姿を通して伝えていきたいんです」