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性同一性障害の自分をもっと愛していい、って過去の自分に言ってあげたい。【後編】

性同一性障害の自分をもっと愛していい、って過去の自分に言ってあげたい。【前編】はこちら

2019/02/08/Fri
Photo : Ikuko Ishida Text : Ryosuke Aritake
山神 里己 / Satomi Yamakami

1993年、岡山県生まれ。双子の兄とともに生まれ、小学生になってから2人で空手を始める。中学から高校にかけてはソフトテニスに打ち込み、柔道整復師になるため専門学校に進学。幼い頃から性別に違和感を覚え、柔道整復師として就職してからホルモン治療を開始。来年、性別適合手術(SRS)を受ける予定。

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INDEX
01 2人きりの性別違いのきょうだい
02 大好きな両親の期待に応えること
03 “男の子” “女の子” という意識
04 膨れ上がる恋愛感情と自分への違和感
05 世にあふれている偏見を避ける術
==================(後編)========================
06 性同一性障害として生きていく道
07 波乱と平穏のカミングアウト
08 思っていたよりやさしかった世間
09 今すべきことと将来やりたいこと
10 ようやく得られた生きている実感

06性同一性障害として生きていく道

女性として生きる未来

“性同一性障害” という言葉を知っても、自分自身がそうだと受け入れられない。

「偏見を恐れる気持ちが強すぎて、自分を守ることに一生懸命でしたね」

「だから、性同一性障害かもしれないって気持ちを、見ないようにしてました」

周囲に色眼鏡で見られるよりは、目立たないように女性として生きる方がいいのではないか。

そんな思いが拭えず、自分自身を隠して生きていくのだと思っていた。

「女性として生きていく未来のことは、特に想像していなかったですね」

今の自分のことで手一杯で、将来を考える余裕もなかった。

FTMの同級生

諦めにも近い感情を抱きながら、柔道整復師の専門学校に進んだ。

そこで、1人の同級生と出会う。

「その子は女性でしたけど、性同一性障害であることをオープンにしていたんです」

「自分と同じような人だな、って感じてました」

その子は、治療に関してもさまざまな知識を持っていた。

同級生の女の子を見ながら、他愛もない会話として「あの子かわいいよね」と言っていた。

「その頃の僕は周囲の反応を気にしすぎて、女の子に『かわいい』とかも言えなかったんです」

「オープンなその子と自分には差がありすぎて、ただただすごいなって」

「素直に気持ちを表に出せていいな、ってうらやましさもありました」

性同一性障害であることを恥じない友だちの姿を見ていると、少しずつ気持ちが変化していった。

自分の中の違和感を、表に出してもいいのではないかと。

先を行く人たちの背中

インターネットを見ていると、当事者の経験談が引っかかることが増えた。

「トランスジェンダー活動家の杉山文野さんの記事を、読んだんです」

「ほかにもFTMの方のブログを読んで、オープンにして前進している人がいることを知りました」

性同一性障害であることを受け入れ、治療し、男性として生きていく道。

自分はそこには行けない、と遠ざけていた道を歩んでいる人たちが、かっこよく見えた。

自分もその道に進みたい、と少しずつ考えるようになっていく。

20歳を迎えた時、その気持ちは確固たるものへと変化していた。

07波乱と平穏のカミングアウト

「隠し通しなさい」

成人式を目前に控えた頃。

両親の希望で、兄と2人で記念写真を撮影することになった。

「振袖は着たくなかったけど、お母さんから『それだけはやらせてくれ』って言われたんです」

「だから、『自分がしたいからじゃなくて、お母さんのため』って着ました」

そう言い訳をした時、母からこう言われた。

「あんた、そんなこと言ったら、性同一性障害と思われるよ」

想像していなかったひと言に、母は気づいていたのではないか、と動揺した。

性同一性障害を知っている母は受け入れてくれるかもしれない、と期待もした。

「成人式を過ぎた頃に、『性同一性障害だと思う』とカミングアウトしたんです」

「お母さんには、『隠し通しなさい』って言われました」

予想していなかった返答に腹が立ち、「どうやって生きろって言うんや!」と言い合いになってしまった。

「でも、母に否定されたことで、もっと自分を見せていかないとダメだ、って思ったんです」

何度となく母に、自分が抱いている違和感について話した。

その度に、「あんたが後ろ指差されるのが嫌だ」と言われる。

「お母さんも以前の自分と同じように、世の中の偏見が気になっとったみたいです」

「それでも『自分が楽しく生きていった方が幸せだから』って、何回も説得しました」

徐々に母の態度は軟化し、「治療のことは、就職したら考える」と言ってくれた。

普通に接してくれた家族

母に打ち明けた後、すぐに父にもカミングアウトした。

「お父さんは『そうなん』って、あっさりしてました(笑)」

「否定するどころか、『お前を娘と思ったことないな。もう1人息子ができた感じでうれしいわ』って言ってくれたんです」

兄には、2017年に治療を開始してから伝えた。

「治療を始めたら、さすがにバレるなと思って(笑)」

「LINEで伝えたんですけど、『そうだったんだ。頑張れよ』って返ってきました」

「その後、家で会っても、何事もなかったように普通にしてくれてましたね」

漢字だけ変えた名前

社会人になってから、母は「遅かれ早かれあんたはやるんじゃけ」と、治療を了承してくれた。

「治療を始めて、体が男性化しても、家族との接し方はそこまで変わってないですね」

「お母さんも何も言わずに、普通に接してくれてます」

父は、前よりよく遊びに誘ってくれるようになった。

一緒に車を見に行ったり、カラオケに行ったり。

「娘相手だと、車の展示場には誘いづらいじゃないですか。遊べる相手が増えて、うれしいみたいです(笑)」

名前を変える時は、両親に相談した。

「『ゆうだい』にしようかと思ってたんですけど、親と一緒に考えたわけじゃないから、しっくりこなくて」

「両親から『音は残してほしい』って言われたんです」

もともとの名前は「里美」。

「里己」であれば性別は関係ないからと、漢字だけを変えた。

「名前も変わってないから、家庭内での変化は本当にないですね」

08思っていたよりやさしかった世間

すべてを受け入れてくれた職場

家族以外にカミングアウトし始めたのは、就職活動の時。

面接は、パンツスーツにネクタイを結んで臨んだ。

「性同一性障害であることを明かして、入りたいと思ったんです」

「FTMであることを隠すのは面倒だったし、職場で元女性ってバレてもいいかなって」

面接を受けた企業では、すでにFTMの人が働いていることを教えてもらった。

「すべてわかった上で受け入れてくれて、所長もスタッフも僕のことを知ってます」

入社してすぐに、新入社員向けのプレゼンテーション研修があった。

「何かの魅力についてプレゼンする」という課題が出された時に、ひらめく。

「これは自分のことを話すしかない、と思ったんです」

同期が “ネコの魅力” や “魚の魅力” を話す中、自分は “個性の魅力” をテーマにした。

「みんなとはニュアンスが違ったけど、そこで自分が性同一性障害であることを打ち明けました」

「同期全員が呆然としていて、めっちゃ気持ち良かったです(笑)」

「その頃から、カミングアウトにワクワクできるようになりましたね」

自分はどこまで受け入れてもらえるのか、相手の反応を楽しめるようになった。

納得してから実行に移す意味

「カミングアウトして良かった」と、今は心から言える。

「打ち明けたことで、受け入れてくれる人がいることを知れました」

高校生の頃は、偏見を恐れて自分自身を表に出せなかった。

しかし、いざ自分のことを偽らずに伝えても、心無い言葉をかけられることはなかった。

「中学や高校の友だちも僕のことを理解してくれて、今でも仲良くしています」

「当時の自分にとっては、驚きの事実です」

「自分が偏見ばかりだって思い込んでただけで、意外と少ないものなんですね」

しかし、もっと早く打ち明けておけば良かった、とは思わない。

「自分を受け入れられていなかった高校生の頃は、伝え方も違ったと思います」

自分自身で納得できていたからこそ、母にも伝わったのだろう。

治療や手術に関しても、社会に出てからスタートさせて良かった。

「自立していなくて、資格も取れていない学生の自分が、好きなことだけやるのは嫌だったんです」

治療を受けるにも、ある程度のお金が必要になる。

自分で稼いでいないうちから、願望だけを優先するのは違うと思った。

「カミングアウトも治療も、自分で納得した上でできたことは、本当に良かったです」

09今すべきことと将来やりたいこと

目標と現実のギャップ

柔道整復師という仕事を目指したのは、高校時代の部活のトレーナーに憧れたから。

「パフォーマンス向上やケガ予防のために、来てくれてました」

「そのトレーナーが先生をしていた専門学校に、進んだんです」

同じようにスポーツトレーナーとして、選手を支えてみたいと思った。

「専門学校を卒業する頃には、目標が変わっていましたね」

性同一性障害の自分は、周りの人の理解や支えがあったから、前を向けるようになった。

同じように “障がい” のある人たちを支えたい、という思いが強くなったのだ。

「今は高齢者のデイサービスセンターに勤めているんですけど、目標と仕事内容がちょっと違うんですよね」

高齢者のリハビリは、身体機能の維持や疾病の予防が主な目的。

大事な仕事であることはわかっているが、自分の気持ちと合致しないことが気がかりだ。

「生まれてからずっと岡山で育って、今の職場も岡山なんですけど、そろそろ出たいって気持ちもあるんです」

新たに進む業種や職種は、まだ具体的には決めていない。

今はただ、いろんなことを経験してみたい。

「ダブルワークとかもしてみたいんですよね。1つのことじゃ、満足できなさそうで(笑)」

そう思えるようになったのは、隠し事がなくなったから。

「女性のまま生きていたら、制限がありすぎて、新しいことをしたいとは思えていなかったですね」

自分なりの意見で動ける仕事

柔道整復師以外の仕事を考えた時、頭に浮かんだのは専門学生時代のアルバイト。

「当時は、ユニクロでバイトをしてました」

「環境が良かったのかもしれないけど、商品を売るって仕事が自分にマッチしていたんですよね」

服が好きで、接客の仕事も楽しめていた。

“お客様のため” をベースにしながら、自分主体で動ける職場が心地良かった。

どんな形であれ、自分なりの提案をしながら人をサポートし、喜んでもらえる仕事がしたいのかもしれない。

「来年、性別適合手術(SRS)を受ける予定なので、今はまだお金を貯める目的があります」

「そこがひと段落ついたら、自分が本当にしていきたい仕事を、見つけたいですね」

男として生きるための手段

新たな仕事を模索すると同時に、男性として生きる道も切り開こうとしている。

性別適合手術を受ける決意ができたのは、専門学校の先輩の影響。

「専門学校を卒業してから1年間、国家試験に向けて浪人生活を送ったんです」

「その時に、一緒に勉強した先輩もFTMでした」

「性格が僕と似ていて、話していると鳥肌が立つくらい盛り上がるんですよ(笑)」

先輩とは就職してからも交流が続き、今は特に信頼している友だちだ。

「先輩は去年、胸と子宮卵巣を切除したんです」

「来年、男性器を形成すると言っていたので、同じタイミング僕もSRSを受けることを決めました」

10ようやく得られた生きている実感

肯定の言葉を口に出すこと

学生時代の自分は、1人で違和感を抱え込み、家族にさえ隠し通そうとしていた。

人の目を気にして感情を抑え込み、じっと耐えていた。

「今振り返ると、あの頃の気持ちがあって良かった、って思います」

悩んでいたからこそ、前に進む方法を見つけることができたのだろう。

「でも、もうちょっと自分を愛して、行動に移してもいいんだぞ、って言ってあげたいですね」

「当時の僕は、自分のことが全然好きじゃなかったから(苦笑)」

「もしあの頃、他者を受け入れられる器が大きい人が僕のそばにいたなら、もっと声を大にしてほしかったかな」

思い悩んでいた当時は、偏見まがいの言葉しか、耳に入ってこなかった。

その中で1人でも「みんなと違う人がいてもいい」と言ってくれる人がいたら、気持ちが軽くなったかもしれない。

「そういう人がいても、自分の気持ちは隠し通していたと思います。でも、いてくれたら、もう少し早く希望を抱けたのかなって」

「そこにその人の愛があれば、違うと思うんですよね」

経験=人の愛を伝えること

1人で悩んでいた自分を振り返った今、これからやっていきたいことが見えてきた。

自分の経験を、言葉にして伝えていくことだ。

「誰かに影響を与えられる人になりたいな、って思ってます」

今の子どもたちに少しでも、この世界は愛にあふれているということを知ってほしい。

そのため、LGBT当事者グループ「プラウド岡山」に加入した。

「今度の12月、子ども向けに自分のことやLGBTのことを話すんです」

「自分が本当にしたいことって、こういうことなんだと気づきました」

「いずれは日本だけじゃなくて、海外にも行きたいですね」

性同一性障害である自分を受け入れたことで、閉じていたフタが外れ、多くの可能性を秘めていることを思い知った。

「ここ数年で自分が変わってきたけど、まだこんなもんじゃない気がします(笑)」

「それに、まだまだ変わっていきたいんですよ」

新しい自分を手に入れたわけではなく、ようやく自分自身になれた感覚。

「居心地がいいというより、今が普通の状態です」

「だから、やっと生きてるって感じがするんですよね」

「ここまで来たら、あとは幸せになるしかない!」

「・・・・・・って、自分に言い聞かせてます(笑)」

あとがき
LGBTERの前編が公開されるとすぐにメッセージが届いた。「夢が叶いました!ありがとうございます」。取材のしめくくり、未来形で語られた里己さんのしあわせは、もっと前から手のうちにあったんだ・・・。カミングアウトがもたらすものの一つは、遠ざけていた[うれしい]や[楽しい]に気づくことでもあった■今こそが一番しあわせと感じる瞬間を、里己さんはこれからも体験し続ける。「なんてありがたい!」。その度にきこえるつぶやきが、また新しい夢へ導く。(編集部)

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