02 感情優位な母と
03 平面のシルバニアファミリー
04 生物部の “カモ”
05 仲良しグループ継続が最優先
==================(後編)========================
06 話がかみ合わない
07 アセクシュアルを知って
08 アロマンティック? クワロマンティック?
09 恋愛指向のロールモデル
10 万人に資する働き方
06話がかみ合わない

友情より恋愛が優先?
仲良しグループの男子と付き合い始めたものの、相手と一緒に過ごしていると「なんかちがう」という感覚がいつも付きまとった。
「話が終始かみ合わないというか、方向性がちがうというか・・・・・・」
「私が相手に父親像を求めてるんじゃないか? って考えたこともありました」
たとえば、相手は女子を含めた複数人で遊びに行くというときに、私に確認を取ることがあった。それに対して私は「なんで私に聞くのだろう?」「いつから許可制になったのか?」と疑問に思った。
「私は相手のものじゃないし、相手も私のものじゃないのに、なんで私の許可が必要ってことになってるんだろう? って」
友人関係より恋愛関係のほうが優先とされている道理が理解できない。
「人間関係の優先順位として、どちらのほうが関係性が長いか? どちらとの約束のほうが先だったか? ってことなら理由としてわかるんですけど」
「付き合っている相手がいたら、恋愛が最優先ってなる理由がわからなくて・・・・・・」
相手に求めているものや、「付き合っている」という関係性に対する意識が、ほかの人とは異なるのだろうな、とはなんとなくわかっていた。
でも、恋愛指向という概念を知らなかったので「なぜだか相手とかみ合わない」と漠然と考えていた。
年1の別れ話
相手とは大学2年生まで計5年間付き合っていたが、実はその期間中に別れ話が何度も議題に上がっていた。
「最初の何回かは、相手から別れ話を切り出されてましたね。恋愛と全然関係ない劣等感とか、部活にかかわることでした」
自分が切り出した理由は、感情のすれちがいによるものだった。
「私としては『人として好き』が最上級なんです。だから、相手から『彼女として好き』って言われても、『じゃあ彼女じゃなくなったら好きじゃなくなるのか?』って考えちゃうから、あまりうれしくないんですよね」
相手は、彼女として、恋愛対象として、自分のことを好いてくれている。そのなかには嫉妬や束縛といった感情も含まれるだろう。
「相手を求めてるものを自分が提供できていない、っていう自覚があるのに、『好き』の種類をなんとか擦り合わせて関係性を続けても、あまり意味がないんじゃないかな、って」
相手が求めている恋愛関係を提供できる女性は、世の中にごまんといるはず。
長い話し合いの末、お別れした。
07アセクシュアルを知って
「原因」の一旦はアセクシュアルという恋愛指向?
アセクシュアルやアロマンティックという恋愛指向を知ったのは、大学生のとき。
「友人から『私アセクシュアルなんだ』って言われて、恋愛指向っていうものがあるんだって初めて知りました」
「女子大に通ってたので、ジェンダーに関する授業が多かったことも関係してると思います」
恋愛指向を知って、当時まだ付き合っていた男子とすれちがうことが多い「原因」に一歩近づいた。
「それまでは “好き” に関してほかの人の感覚と違うのは、私の性格的な問題なのか? 両親を見てきて、結婚や恋愛に対していいイメージを持てていないんじゃないか? とか、いろいろと考えていたんです」
しかしそれは、問題をきちんと切り分けられていなかったと知る。
相手と息が合わない要因の一つに、私の恋愛指向が関係している、と確信をもつようになった。
結婚に対する意識
以前は、結婚は「しなければらないもの」だと思い込んでいた。
「中学校の家庭科でライフプランを考えよう、っていう授業があったんですけど、そこには『結婚』『出産』っていうシールがあったので、『大人は結婚するものなんだ』って考えてましたね」
一方で、両親が早くから別居している姿を見続けてきたからか、結婚生活に対してあまりよい印象をもっていなかった。
「結婚・出産が既定路線なら、万が一離婚しても子どもを育て上げられるくらいに貯金してから結婚しなきゃな、って考えてましたね」
現在は「将来的に結婚・出産しなければならない」と考えることはなくなった。
「いまの法律だと、子育てするなら結婚しておいたほうが得なんだろうなとは思います」
いつかパートナーだと思える人と出会えたと仮定して、苗字を無理に変えることには否定的なので、事実婚も選択肢の一つだと考えている。
「でも、人間の意志って、思ってるほど強くないんじゃないかと」
法律婚をするということは、「この関係性を将来的にも継続するつもりである」という前提を共有している状態だ。
他方、事実婚は法的な根拠がなく、関係性を解消しようと思えばいつでも可能なため、自分たちの力で関係性を維持することが求められる。
「常に決断し続けなきゃいけないっていうのは、精神的な負荷が高いと思うんです」
現在は、パートナーを積極的に探すつもりはない。
「『いまは具体的に結婚したいと思える相手がいないけれど、いつかだれかと結婚したい』っていう考えは、どういう動機によるものなんだろう? って興味がありますね」
パートナーと呼べる相手を見つけて、終生をともにしたいのだろう、と頭では理解できるが・・・・・・。
「私の場合は、具体的な個人を想定できない限り、結婚したいかどうかを考える意味がないかな」
私と母はちがう人間
母には自分の恋愛指向をカミングアウトしたことはないが、「将来、結婚したい、子どもをほしいとは思っていない」と伝えたことがある。
母は以前、「子育てっていいものだよ」と言っていたこともあったが、現在は私の考えに一定の理解を示しているようだ。
「私が大学に入ったころから、母も『自分と娘はちがう人間だ』ってだんだんと理解するようになってきたと思います。私が一人暮らしを始めて物理的に距離が離れて、あきらめがついたのかなって」
仮に私が結婚・妊娠・出産・離婚してシングルマザーになったとしても、母と同じような生活を送れる可能性が低いから、という現実的な問題も関係しているように思う。
「母は、美大進学のために上京してから私を育てている間もずっと、実家から仕送りしてもらっていて。学生時代にアルバイトをしたこともなかったそうです」
母は、もし私との生活が行き詰まっていたら、最終手段として地元に帰るという選択肢もあった。
でも、母自身は正社員として働いておらず、経済的に「太い」とは言えない。そんな母と同じようなセーフティーネットを、私はもっていないのだ。
また、絶対に子育てしたい! とは、いまのところ考えていない。
「絶対にその子を幸せにできる! って言い切れないのに、子どもがほしいっていう親の意思だけで、1人の人生を作り出すことがどうしても是と思えないんですよね・・・・・・」
「そんなことを言い出したら、子どもなんて作れないってわかってるんですけどね(苦笑)」
08アロマンティック? クワロマンティック?

自分の気持ちも因数分解
私には、自分の感情をそのまま受け止めずに、いろいろと深堀りしようとする癖がある。
「なにか『いやだなぁ』と思うことがあったとしても、本当に自分はいやだと思っているのだろうか? なにがいやなのだろうか? って因数分解して考えるんです」
たとえば、だれかとお店でご飯を食べるという約束をしているとき。
「予定が近づいてくるにつれて、なんか気が進まないなあ、という気持ちになるとするじゃないですか」
「その曖昧な不快感情だけだと “その予定全体がなんかいや” っていうことになって、その気持ちをなくすにはキャンセルするしかない、って結論になっちゃうと思うんです」
でも
1時間だけだったらどうか?
お店じゃなくて家だったらどうか??
その関係性が仮に違う立場の相手だったらどうか???
「いろいろな条件を頭のなかで設定したら、どんな気持ちになるか。シミュレーションしてみるんです」
どの部分が特にいやなのかがわかったら、対処のしやすさが変わると思う。
「まあ、私が苦手な不快感情を抱えつつも楽しく過ごしていく、みたいな高等テクニックを会得できていない、っていうのもありますが(笑)」
感情に任せて行動する母を反面教師としている部分もあるだろう。
「体調不良のときも、本当に具合が悪いのか? 気のせいじゃないか? って考えちゃいます(苦笑)」
本当にアロマンティック・アセクシュアルなのだろうか?
アセクシュアルについて知ったときには、最初はすんなり受け入れることができた。
「子ども好きじゃないし、子どもがほしいって思ったこともないので、自分1人で生きていくってことだけを考えたら、アセクシュアルでも特に不都合はないなって」
一方で「自分はアロマンティックだ」と言い切れないと思い、現在はクワロマンティックを自認している。
「いまは恋愛感情がわからないけど、本当に『私には恋愛感情がない』とは確信がもてないんですよね」
母と長らく二人暮らしをしている間、折り合うのに苦労したこともあったために、だれかと近しい距離で一緒に過ごしたいと思えていないだけかもしれないのでは?
「アロマンティックです、恋愛感情がありません、って言い切ると、相手から『他人と親密な関係を築きたくない人なんだ』『冷たい人なんだな』って受け取られるかもしれない、って思うんですよね」
09恋愛指向のロールモデル
自分の半生も、恋愛指向のN=1に
今回LGBTERへ応募した理由の一つに、クワロマンティック・アセクシュアルの一例、N=1としてだれかの役に立てたら、というおもいがある。
「まだ恋愛指向の性的少数者のロールモデルって、そんなにいないんですよね」
恋愛指向の具体例がまだ足りないから、最近は恋愛指向の用語でネット検索しても、以前に読んだことのある記事ばかりがヒットするようになってしまった。
「私の記事を読んだだれかがまたロールモデルとなって、情報が増えていけばいいなって思ってます」
情報を増やしてニュートラルに
恋愛指向といっても、アロマンティック・アセクシュアル当事者の知識だけでなく、さまざまな情報を自分にインプットすることで、思考を偏りのない「ニュートラル」な状態に保ちたい。
「両親の姿を見てきたら、いまはパートナーシップを築くことに懐疑的なほうに寄っちゃってるな、っていう自覚がありますね」
「だからいまは結婚をプラスに捉えてる情報を、意識的に集めてるようにしてます」
世の中には結婚や事実婚といった恋愛を軸としたパートナーシップだけでない、もっといろんな関係性が存在するはずだ。
10 万人に資する働き方

特定の層ではなく幅広く貢献できる
大学を卒業後、公務員として勤務するため一人暮らしを始めた。
「志望理由は、国家公務員になりたい! って、思ったわけじゃありません」
「就活のとき、こういう人の役に立ちたい! みたいな考えはなくて」
国家公務員なら、国のために必要な仕事だから、特定層だけではなくいろんな人の役に立てる。
「『最大公約数』的に働けるかな、と」
公務員といってもさまざまな職種がある。
「しばらくはいろいろな業務を通じて、広く経験を積むことになりそうですけど、そう遠くないうちに希望の仕事ができると思います!」
中学生のような会話
LGBTERへエントリーしたもう一つの理由が、職場環境。
「昔ながらの組織という感じで、同僚との雑談が中学生みたいなんです (苦笑)」
今度花火大会に行くんです、と言うと「彼氏と?」と、聞かれる。
性自認・性的指向・恋愛指向がマジョリティであることが前提とされるような言葉が返ってくるのだ。
「今後同僚としてかかわっていくことを考えると、自分がマジョリティのような恋愛をするつもりはないんだ、ってちゃんと言っておかないといけないな、って思ったんです」
職員の間で共有される職員紹介掲示板で、自己紹介欄に「Ace(アセクシュアル)」と、ちらりと書いてみたこともある。
でも、セクシュアルマイノリティのなかでも、恋愛指向が注目されるようになってからまだ日は浅い。
ほとんどの人は、言葉を見てもその意味がわからないだろう。
逆に、アロマンティックやアセクシュアルに対して「冷淡な人」というイメージが強いに人は、私が冷たい人だと誤解される恐れもある。
LGBTERで私の半生やおもいを載せてもらえれば、ただ『Aceです』というだけよりも、こういう人なんだ、って理解してもらいやすいと考えたのだ。
「当たり前に恋愛をするものだ、っていう『前提』を共有してない人なんだっていうことだけは、みんなに知ってほしいなって」
私の記事が、アセクシュアルやアロマンティック当事者だけでなく、いろんな人のN=1として広まっていってほしい。