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母でも父でもなく、1人の親。カテゴライズせず個として生きる【前編】

個性的な服をさらりと着こなす島咲穂子さん。原宿の街並に、水色に染めた髪が映える。パートナーとの馴れ初めを聞くと「他の子より断然個性的だったから、私のことを選んでくれたそうです」と、納得の答えが返ってきた。学生時代は、いじめや鬱病に悩まされてきた。妊娠中は、セクシュアリティに葛藤を覚えることも多かったという。苦難の連続でも「誰か1人欠けていたら、今の私はない」と話す、島さんの凛々しさがまぶしい。

2020/09/24/Thu
Photo : Taku Katayama Text : Sui Toya
島 咲穂子 / Sahoko Shima

1987年、東京都生まれ。子どもの頃から性別違和を感じていたが、男性になりたいという強い欲求は感じてこなかった。大学生の頃、自分はレズビアンなのかもしれないと思い、女性とも付き合ったものの、男性的な役割を求められることに苦しさを感じた。セクシュアリティのゆらぎを感じたまま社会人になり、28歳のときに参加した婚活パーティーでパートナーと出会う。2019年に出産し、1児の親として子育てに奮闘中。

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INDEX
01 息苦しい子ども時代
02 3年間のいじめ
03 リストカット。SOSに気づいてほしかった
04 父との突然の別れ
05 心は限界に
==================(後編)========================
06 Xジェンダーを知らなかった頃
07 空白の1年
08 共鳴した理由
09 色づく世界
10 カテゴライズを手放す

01息苦しい子ども時代

本能

2020年8月に、初めての出産を経験した。

十月十日は想像以上に長い。体調のコントロールがきかず、まるで宇宙人になった気分だった。

セクシュアリティへの葛藤も強く感じた。

「つわりで吐くたびに、女性として生きていかなきゃいけないのかな、って思ってました」

しかし、産まれた子どもの顔を見た瞬間、難しく考えていたことがすべて砕け散る。

母性という言葉では括れない、人間の本能のようなもの。

「親としてとか、母としてとか、そんなこと関係なしに、この子を一生守っていこうって覚悟しました」

祖父母の願い

「厳格」を絵に描いたような家庭で育った。

母方、父方とも、祖父は弁護士。
子どもの頃から、「孫は優秀に育つべき」という抑圧を感じていた。

祖父母の意に添わない行動を取ると、「おばあちゃんがこう言ってたから、ちゃんとしなさい」と、母に注意される。

「私は動くのが好きで、じっとアニメを観ているような子どもではなかったんです」

「ワンピースより、Tシャツとズボンみたいな動きやすい服装が好きだったし、泥んこ遊びや木登りも大好きでした」

「祖父母が望んでいた、おしとやかなお嬢様像とは、かなりかけ離れていたでしょうね」

父の印象

父は、広告代理店の営業職だった。生き残るのが厳しい業界で、ストレスも大きかったのだろう。

「お酒を飲んで帰ってきて、大声で騒いだり、物に当たったりするのが日常でした」

土日も仕事で忙しく、遊んでもらった記憶はない。

「家族旅行はしましたけど、あまり楽しくなかったですね」

「いつも、ちょっと不安があるんですよ。父が豹変したらどうしよう、みたいな」

家族の中で一番好きなのは、4歳上の姉だ。

「優しくて、思いやりのある姉です」

母に叱られているとき、「咲穂子がかわいそうだからやめてあげて」と、守ってくれることもあった。

02 3年間のいじめ

いじめの始まり

小学校に入学し、低学年のうちは何事もなく過ごせたが、小3からいじめが始まった。

「クラス替えで、番長的な女の子に目を付けられちゃったんです」

「グループに属さず、1人でいることが多かったので、それが変だって言われて・・・・・・」

「番長が、『あの子、無視しよう』って声を掛けたみたいで、クラス全員から急に無視されるようになりました」

ほぼ毎日、運動靴がどこかに捨てられていた。
「死ねばいい」と言われたこともあった。

「先生にいじめられていることを話したんですけど、私が責められたんです」

「『協調性がないからいけないんだ』って言われて、何もしてもらえませんでした」

エスカレートし続けるいじめに耐えられなくなり、母に「学校を辞めたい」と相談したことがある。

しかし、「我慢しなさい」と言われてしまった。

「当時は、フリースクールが一般的ではなかったんです」

「『おじいちゃんやおばあちゃんに、何て説明するの?』って言われました・・・・・・」

親友との時間

幼稚園から一緒で、今も仲のいい親友がいる。

「近所に住んでいて、その子の両親もすごく厳しいんです」

「家父長制で、お父さんの言うことが絶対。育ってきた環境が似てたんですよね」

小学校で、親友と同じクラスになることはなかった。

いじめはクラス内で完結し、巧妙に隠されていたため、親友はその事実を知らなかったようだ。

「放課後は、彼女と一緒に遊ぶことが多かったです。私が木登りするのを見ていてくれたり、近所に生えていたビワを取って食べたりしてました」

「いじめはつらかったけど、一時でもそれを忘れられるくらい楽しい時間で、大きな救いでしたね」

03リストカット。SOSに気づいてほしかった

一匹狼

両親の意向で中学受験し、中高一貫の女子校に合格。

小学校を卒業したときは、悪夢のような生活からやっと解放されると期待した。

しかし、中学校でもまたいじめが始まる。

「お昼休みになると、バルコニーに椅子を出して、お弁当を食べながらそこで本を読んでたんですよ」

「ちょっと、格好つけてましたね(笑)。一匹狼って、格好いいと思ってたんです」

中2のとき、それを見たクラスメイトが「あいつ、お高く止まってるよね」と言い始めた。

クラス全員に無視されることはなかったが、一部のグループからいじめを受けるようになる。

「学校がつらかったので、それを紛らわすように、サッカーを始めました。学校の部活に入るのは怖かったので、地域のクラブチームに入ったんです」

「スポーツは好きで得意だったので、サッカーは楽しかったですね」

望んでいた言葉

いじめが再び始まったとき、初めてリストカットをした。
最初の頃は、浅い傷をつけるだけだったが、次第にクセになっていく。

「ストレスが溜まると、どんどん切っていっちゃうんです」

「両親も気づいてて、父が母に『どうなってるんだ?』って問い詰めてたみたいです」

一度、リストカットをしている最中に、両親が部屋に入って来たことがあった。

父に「自分のことを傷つけていいと思ってるのか」と激怒されたが、それは、望んでいた言葉ではなかった。

「本当は、『どうしたの?』って聞いてほしかったですね」

「きちんと座って、『そうするしかないほど悲しいことがあったの?』って聞いてほしかった」

「その頃の私なりのSOSだったし、苦しさに気づいてほしかったんですよ」

母に寄り添ってほしいと思ったが、真剣に耳を傾けてはもらえなかった。

04父との突然の別れ

心理学への興味

高校進学と同時に、いじめはおさまった。

高1のクラスで仲のいい友だちができ、一緒にお弁当を食べたり、漫画を貸し借りしたり、好きな歴史の話をしたり。

その頃、様々な職業が載っている本を読み、心理系の仕事に興味を持つようになる。

「臨床心理士の資格を取って、カウンセラーを目指そうと思いました」

「悩んでいる人を助けたいというより、自分がなぜこんな気持ちで生きていかなきゃいけないのか、知りたいって思ったんです」

中2のときから続けてきたサッカーは、高2の春に辞めた。

「コーチの厳しさについていけなかったんです。試合に出たければ丸坊主にしろ、気合いを見せろって言われて・・・・・・」

「中学生の頃は、命令に従わなきゃいけないと思ってたんですけど、別に従わなくてもいいって思うようになりました」

父に言いたかったこと

高2の秋、父が脳卒中で突然亡くなる。

父とは、最後まで腹を割って話すことがなかった。

「人間って、本当にショックを受けると、見える景色がモノクロになるんです」

混乱し、誰にどんな感情をぶつければいいかわからない。

ますます深くリストカットするようになっていった。

「切り続けたのは、悲しかったのと、自分の訴えたかったことが最後まで父に届かなかったから」

「酔って帰って暴言を吐いたり、物を倒したりするのが許せなかったって、一度くらいは父に言ってやりたかったです」

そう思う一方で、これで少し自由になる、とも思った。

「親不孝だと思われるかもしれませんが、怒鳴る人がいなくなると思うと、ちょっと楽になるな、って0.1%くらい思ったんです」

あとは、悲しいとか、悔しいとか、そういった気持ちでぐちゃぐちゃだった。

05心は限界に

胸を潰す

父の死で慌ただしかった家の中も、高3になると少し落ち着いた。

受験勉強に専念し、共学の大学に合格。心理系の学部に進学する。

「中学・高校は制服だったから、私服で通学できることがうれしかったですね」

自分が女性じゃないことには薄々気づいていたが、男性になりたいわけでもなかった。

Xジェンダーというセクシュアリティをまだ知らず、常に座りの悪さを感じていた。

「とりあえず、胸はいらないって思ってました」

「腰に巻くサポーターのような物を使って、ナベシャツもどきを自分で作ったんです」

着る服に合わせて、胸を潰したり、潰さなかったり。
しかし、周りからは、それが異質に見えたらしい。

「特に、男の子が見たら、すごく違和感があったみたいで・・・・・・」

「『あいつ変だよな』って陰口を叩かれて、実習のとき同じグループになっても無視されたんです」

女の子たちは、日によって変わる見た目を面白がってくれた。

「胸を潰してメンズライクな服装をしていても、カッコいいって言ってくれました」

「そういうときがあってもいいよね、って」

パニック障害と鬱病

大学の女友だちは、みんな仲良くしてくれたが、心は既にギリギリの状態だった。

「父のこともちゃんと整理できていなかったし、セクシュアリティのゆらぎもありました」

「そこに、男の子からの嫌がらせが重なって、色々と限界が近かったんだと思います」

大学の授業中に急に過呼吸が始まり、心療内科にかかる。パニック障害および、鬱病と診断された。

「病院に行くとき、母が毎回ついてくるんですけど、別に寄り添ってくれるわけではないんですよ」

「『いつ治るんですか?』とか、『なんでこの薬を飲まなきゃいけないんですか?』とか、そういうことを先生に聞くだけでした」

カウンセラーを目指していたはずなのに、自らカウンセリングを受けようとは思わなかった。

「心理について学んでいるんだから、自分のことは自分で解決できるはず、って思ってましたね」

パニック障害も鬱病も、一向に回復しなかった。

 

<<<後編 2020/10/01/Thu>>>
INDEX

06 Xジェンダーを知らなかった頃
07 空白の1年
08 共鳴した理由
09 色づく世界
10 カテゴライズを手放す

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