02 3年間のいじめ
03 リストカット。SOSに気づいてほしかった
04 父との突然の別れ
05 心は限界に
==================(後編)========================
06 Xジェンダーを知らなかった頃
07 空白の1年
08 共鳴した理由
09 色づく世界
10 カテゴライズを手放す
01息苦しい子ども時代
本能
2020年8月に、初めての出産を経験した。
十月十日は想像以上に長い。体調のコントロールがきかず、まるで宇宙人になった気分だった。
セクシュアリティへの葛藤も強く感じた。
「つわりで吐くたびに、女性として生きていかなきゃいけないのかな、って思ってました」
しかし、産まれた子どもの顔を見た瞬間、難しく考えていたことがすべて砕け散る。
母性という言葉では括れない、人間の本能のようなもの。
「親としてとか、母としてとか、そんなこと関係なしに、この子を一生守っていこうって覚悟しました」
祖父母の願い
「厳格」を絵に描いたような家庭で育った。
母方、父方とも、祖父は弁護士。
子どもの頃から、「孫は優秀に育つべき」という抑圧を感じていた。
祖父母の意に添わない行動を取ると、「おばあちゃんがこう言ってたから、ちゃんとしなさい」と、母に注意される。
「私は動くのが好きで、じっとアニメを観ているような子どもではなかったんです」
「ワンピースより、Tシャツとズボンみたいな動きやすい服装が好きだったし、泥んこ遊びや木登りも大好きでした」
「祖父母が望んでいた、おしとやかなお嬢様像とは、かなりかけ離れていたでしょうね」
父の印象
父は、広告代理店の営業職だった。生き残るのが厳しい業界で、ストレスも大きかったのだろう。
「お酒を飲んで帰ってきて、大声で騒いだり、物に当たったりするのが日常でした」
土日も仕事で忙しく、遊んでもらった記憶はない。
「家族旅行はしましたけど、あまり楽しくなかったですね」
「いつも、ちょっと不安があるんですよ。父が豹変したらどうしよう、みたいな」
家族の中で一番好きなのは、4歳上の姉だ。
「優しくて、思いやりのある姉です」
母に叱られているとき、「咲穂子がかわいそうだからやめてあげて」と、守ってくれることもあった。
02 3年間のいじめ
いじめの始まり
小学校に入学し、低学年のうちは何事もなく過ごせたが、小3からいじめが始まった。
「クラス替えで、番長的な女の子に目を付けられちゃったんです」
「グループに属さず、1人でいることが多かったので、それが変だって言われて・・・・・・」
「番長が、『あの子、無視しよう』って声を掛けたみたいで、クラス全員から急に無視されるようになりました」
ほぼ毎日、運動靴がどこかに捨てられていた。
「死ねばいい」と言われたこともあった。
「先生にいじめられていることを話したんですけど、私が責められたんです」
「『協調性がないからいけないんだ』って言われて、何もしてもらえませんでした」
エスカレートし続けるいじめに耐えられなくなり、母に「学校を辞めたい」と相談したことがある。
しかし、「我慢しなさい」と言われてしまった。
「当時は、フリースクールが一般的ではなかったんです」
「『おじいちゃんやおばあちゃんに、何て説明するの?』って言われました・・・・・・」
親友との時間
幼稚園から一緒で、今も仲のいい親友がいる。
「近所に住んでいて、その子の両親もすごく厳しいんです」
「家父長制で、お父さんの言うことが絶対。育ってきた環境が似てたんですよね」
小学校で、親友と同じクラスになることはなかった。
いじめはクラス内で完結し、巧妙に隠されていたため、親友はその事実を知らなかったようだ。
「放課後は、彼女と一緒に遊ぶことが多かったです。私が木登りするのを見ていてくれたり、近所に生えていたビワを取って食べたりしてました」
「いじめはつらかったけど、一時でもそれを忘れられるくらい楽しい時間で、大きな救いでしたね」
03リストカット。SOSに気づいてほしかった
一匹狼
両親の意向で中学受験し、中高一貫の女子校に合格。
小学校を卒業したときは、悪夢のような生活からやっと解放されると期待した。
しかし、中学校でもまたいじめが始まる。
「お昼休みになると、バルコニーに椅子を出して、お弁当を食べながらそこで本を読んでたんですよ」
「ちょっと、格好つけてましたね(笑)。一匹狼って、格好いいと思ってたんです」
中2のとき、それを見たクラスメイトが「あいつ、お高く止まってるよね」と言い始めた。
クラス全員に無視されることはなかったが、一部のグループからいじめを受けるようになる。
「学校がつらかったので、それを紛らわすように、サッカーを始めました。学校の部活に入るのは怖かったので、地域のクラブチームに入ったんです」
「スポーツは好きで得意だったので、サッカーは楽しかったですね」
望んでいた言葉
いじめが再び始まったとき、初めてリストカットをした。
最初の頃は、浅い傷をつけるだけだったが、次第にクセになっていく。
「ストレスが溜まると、どんどん切っていっちゃうんです」
「両親も気づいてて、父が母に『どうなってるんだ?』って問い詰めてたみたいです」
一度、リストカットをしている最中に、両親が部屋に入って来たことがあった。
父に「自分のことを傷つけていいと思ってるのか」と激怒されたが、それは、望んでいた言葉ではなかった。
「本当は、『どうしたの?』って聞いてほしかったですね」
「きちんと座って、『そうするしかないほど悲しいことがあったの?』って聞いてほしかった」
「その頃の私なりのSOSだったし、苦しさに気づいてほしかったんですよ」
母に寄り添ってほしいと思ったが、真剣に耳を傾けてはもらえなかった。
04父との突然の別れ
心理学への興味
高校進学と同時に、いじめはおさまった。
高1のクラスで仲のいい友だちができ、一緒にお弁当を食べたり、漫画を貸し借りしたり、好きな歴史の話をしたり。
その頃、様々な職業が載っている本を読み、心理系の仕事に興味を持つようになる。
「臨床心理士の資格を取って、カウンセラーを目指そうと思いました」
「悩んでいる人を助けたいというより、自分がなぜこんな気持ちで生きていかなきゃいけないのか、知りたいって思ったんです」
中2のときから続けてきたサッカーは、高2の春に辞めた。
「コーチの厳しさについていけなかったんです。試合に出たければ丸坊主にしろ、気合いを見せろって言われて・・・・・・」
「中学生の頃は、命令に従わなきゃいけないと思ってたんですけど、別に従わなくてもいいって思うようになりました」
父に言いたかったこと
高2の秋、父が脳卒中で突然亡くなる。
父とは、最後まで腹を割って話すことがなかった。
「人間って、本当にショックを受けると、見える景色がモノクロになるんです」
混乱し、誰にどんな感情をぶつければいいかわからない。
ますます深くリストカットするようになっていった。
「切り続けたのは、悲しかったのと、自分の訴えたかったことが最後まで父に届かなかったから」
「酔って帰って暴言を吐いたり、物を倒したりするのが許せなかったって、一度くらいは父に言ってやりたかったです」
そう思う一方で、これで少し自由になる、とも思った。
「親不孝だと思われるかもしれませんが、怒鳴る人がいなくなると思うと、ちょっと楽になるな、って0.1%くらい思ったんです」
あとは、悲しいとか、悔しいとか、そういった気持ちでぐちゃぐちゃだった。
05心は限界に
胸を潰す
父の死で慌ただしかった家の中も、高3になると少し落ち着いた。
受験勉強に専念し、共学の大学に合格。心理系の学部に進学する。
「中学・高校は制服だったから、私服で通学できることがうれしかったですね」
自分が女性じゃないことには薄々気づいていたが、男性になりたいわけでもなかった。
Xジェンダーというセクシュアリティをまだ知らず、常に座りの悪さを感じていた。
「とりあえず、胸はいらないって思ってました」
「腰に巻くサポーターのような物を使って、ナベシャツもどきを自分で作ったんです」
着る服に合わせて、胸を潰したり、潰さなかったり。
しかし、周りからは、それが異質に見えたらしい。
「特に、男の子が見たら、すごく違和感があったみたいで・・・・・・」
「『あいつ変だよな』って陰口を叩かれて、実習のとき同じグループになっても無視されたんです」
女の子たちは、日によって変わる見た目を面白がってくれた。
「胸を潰してメンズライクな服装をしていても、カッコいいって言ってくれました」
「そういうときがあってもいいよね、って」
パニック障害と鬱病
大学の女友だちは、みんな仲良くしてくれたが、心は既にギリギリの状態だった。
「父のこともちゃんと整理できていなかったし、セクシュアリティのゆらぎもありました」
「そこに、男の子からの嫌がらせが重なって、色々と限界が近かったんだと思います」
大学の授業中に急に過呼吸が始まり、心療内科にかかる。パニック障害および、鬱病と診断された。
「病院に行くとき、母が毎回ついてくるんですけど、別に寄り添ってくれるわけではないんですよ」
「『いつ治るんですか?』とか、『なんでこの薬を飲まなきゃいけないんですか?』とか、そういうことを先生に聞くだけでした」
カウンセラーを目指していたはずなのに、自らカウンセリングを受けようとは思わなかった。
「心理について学んでいるんだから、自分のことは自分で解決できるはず、って思ってましたね」
パニック障害も鬱病も、一向に回復しなかった。
<<<後編 2020/10/01/Thu>>>
INDEX
06 Xジェンダーを知らなかった頃
07 空白の1年
08 共鳴した理由
09 色づく世界
10 カテゴライズを手放す