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LでもBでもQでもなく、人間性を見つめたい【後編】

LでもBでもQでもなく、人間性を見つめたい【前編】はこちら

2019/01/25/Fri
Photo : Mayumi Suzuki Text : Ray Suzuki
丹波 紗恵 / Sae Tanba

1997年、神奈川県生まれ。高校まで両親と熊本市内で過ごす。新体操を得意とし、歌やダンス好きが長じて海外ドラマの大ファンに。高校2年でオーストラリアに、大学2年でアメリカに、1年ずつ留学。現在は就活中。時間があるとパスポートを手に、東京ディズニーリゾートに頻繁に足を運ぶディズニーファンでもある。

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INDEX
01 東京ディズニシーの同性結婚式に見惚れて
02 気づいたら、やっていた新体操
03 そんな、スペシャルじゃないです
04 夢中になった海外ドラマ
05 恋愛は他人事に思えた中学時代
==================(後編)========================
06 好きになった人が好きなんです
07 同性愛がフィットする
08 レズビアンには区切りがない
09 彼よりも、彼女を選んだのに
10 なぜ同性愛が嫌いだと言い切れるの?

06好きになった人が好きなんです

基本的に、一目惚れはしない

そういえば、高1の最初のころ、少しだけ男子とつきあった。
クラスメートに、告白されたのだ。

1、2回はデートをした。でも、それきりになった。

「今考えたら、なんで付き合ったんだろうって思います(笑)」

部活動が盛んな高校だったが、1年生から大学進学を目指す特進クラスに進んでいた。

特進クラスは女子が多く、男子は少ない。

「そのせいか、視野が狭くなっていたのかもしれません」

今になって振り返ると、うっかり、好きでもない人と、つい付き合ってしまったという、後味の悪さがある。

そもそも自分は、そんな簡単に、人を好きにはならないのだった。

「なんだろう。私、基本的に、一目惚れとかしないんです」

相手のことを知るにつれ、だんだんと好きになっていくから。
それが、自分にとっての恋なんだと思っている。

「好きになった人が、好きなんです」

「それは本当に、男女、関係ないって思ってるし」

あえて好きになる理由を言葉にするなら、その人がその人であるからだ。

ただ、それだけ。

彼女とは、グリーファンとして意気投合

中学生も終わりの頃、合格した高校の新一年生のLINEグループができた。

そこで、海外ドラマ『glee/グリー』の話題で意気投合する女の子と出会う。

「彼女も『glee/グリー』のファンで、さらに新体操で仲が良かった友人と同じ中学出身で、話が盛り上がったんです」

「ただ『glee/グリー』が好きというだけじゃなくて、彼女もすっごいオタクで、『あのシーンの、主人公の後ろに写っていたあの彼が好き』とか、そんなニッチな話が通じちゃう(笑)」

大好きな海外ドラマの話が、こんなに通じるなんて。
そんな人はなかなかいないから、うれしかった。

「同じクラスになれるといいね」と、メッセージを送りあった。

クラスメートとして彼女と再会

彼女とは1年生の時から、同じクラスになれた。

「まさかの再会です。クラスが一緒になったから、さらに仲良くなりました」

ふたりは一緒に、迷うことなく合唱部に入る。

『glee』のシーズン2からは、ゲイの高校生カップルの関係も描かれ、カミングアウトすることによるいじめの問題も、ドラマの主要なモチーフとなっていた。

「私の推しキャラはカートとブレインのゲイカップルで、彼女の推しキャラはサンタナとブリトニーというレズビアンのカップルでした」

「いいよね、可愛いよねってお互いに言っていて、同性愛に対する偏見なんてありませんでしたね」

「同性愛がフィットするっていうか」

ふたりの絆を深めたのは『glee』だけじゃなかった。

スクールアイドルグループの成長を描いた漫画・テレビアニメ『ラブライブ!』も、ふたりのお気に入りだった。

好きなものが同じだから、当然、話が合う。
彼女と話をしていると、飽きるということがまったくなかった。

きっと、価値観も同じ。一緒にいて、嫌な時間がない。

これって親友みたいな感じ?

でも、知り合ってから、だんだん好きになっていった。
ずっと、もっと一緒にいたいな。

そんな気持ちが芽生えていた。

07同性愛がフィットする

なんとなく口説いたのは私から

好きだと思ったのは、彼女が初めてだった。これは、たぶん、初恋。

「こんなに仲がいいんだから、きっと付き合えるはず」と思った。

でも、彼女には彼氏がいたことも知っていた。

ただ、その彼氏とは、最近、別れたという。

「彼女のそんな話を聞いてあげているときに、『じゃあ、私と付き合う?』みたいな感じで、言いました」

「軽いノリでしたね」

彼女は「いいよ」と言ってくれたわけではなかったが、かと言って、「ダメ」だと否定もしなかった。

どんな言葉が交わされたかは、もう、はっきりとは覚えていない。

でも、留学を目前にした春まだ浅いころ、彼女と付き合うことになったのだ。

そして同じころ、東京ディズニーシーでの美しいレズビアンカップルの結婚式を知る。

このとき「女性同士が着るウェディングドレス、素敵だな」と思ったのだ。

鮮烈な印象が、今も心に刻まれている。

悩んだのは、1日か2日くらい

彼女に告白してから、数週間。
周りの親しい友人にも、彼女と付き合っているのだと、そっと言ってみた。

「へー、そうなんだ」
「まじ?」

そんな反応がかえってきたが、大げさに、スキャンダラスにもならずに済んでいた。

女の子なのに、女の子を好きになる自分って、おかしいんじゃないか。
海外ドラマが好きだから、それに影響されちゃっただけなんじゃないか。
この恋心は、ドラマの世界への憧れと、ごっちゃになってやしないか。

そんなふうに、自分に対し批判的になって、考えてみる。
自分を、疑ってみたりもした。

でも、そういう疑いの気持ちは、一瞬去来しただけだった。

やっぱり、彼女が好き。付き合いたい。

「悩んだのは、1日か2日くらい」

「ふつうに付き合ったりして楽しかったから、もう、これでいいんじゃね? って思いましたね(笑)」

くよくよと悩むのは、たぶん、性に合わない。
自分らしくないのだ。

08レズビアンには区切りがない

Since何月何日とならないレズビアン

結局、同性愛を実践している自分について、深刻に悩むには至らなかった。

「ほかの人から見たら、私は特殊なのかもしれません」

LGBTについて検索して調べようと思ったのも、彼女と付き合い始めてからだった。

女の子と付き合うとき、関係性には「区切りがない」という感覚がある。

「相手が男子だったら、『ハイ、今から付き合います!』みたいな、区切りがあるでしょう」

「since何月何日、みたいな(笑)」

でも、女子はそうじゃない。もっと、なめらかに移行する。

「今までの延長線上で付き合う。遊びにも、それまでのように一緒に行けるし」

女の子と付き合う楽しさ、喜び、心地よさ。
それは、そんなふんわりとしたところにも、あるのかもしれない。

そして、オーストラリアへ

高2の4月、アデレードに旅立った。彼女との遠距離恋愛が始まる。

孤独には強い。自立心もある。

留学生活は、順調だった。

「それこそ、留学先の学校の廊下に、ドラマと同じようにロッカーがあるだけで、テンションがあがっちゃって(笑)」

「海外ドラマで、いつの間にかヒアリング力が鍛えられていたので、事前にあまり英語を学習していなかった割には、聞き取りができていたと思います」

ホームシックになる暇もなかった。

「宿題をするにも、授業の内容がわからない。そのわからないことを解決するために、まず友だちを作る必要がありました。そこからのスタートだったんです」

1年間を通し、精神的に強く、タフに、成長したと思う。

「授業でもなんでもそうだけど、わからないことがあったら聞く。それがすごく大事だと思いました」

「授業を止めてでも、『ここわかんない』というくらいでないと」

オーストラリアは、日本と違ってゆったりとした時間が流れていた。

ホストファミリーの家でも、長期の休みをとって家族旅行をするなど、ワークライフバランスのいい暮らしを、目の当たりにした。

まだぜんぜん、帰りたくないな、という思いが心をよぎっていた。

09彼よりも、彼女を選んだのに

彼女との気まずい空気

留学中、LINEやスカイプで、彼女とは連絡を取り続けていた。
しかし、2人の間の距離は、だんだん遠くなってしまった。

面と向かって会えない日々だけが、積み重なっていくもどかしさ。
11月を過ぎるころには、自然消滅のようになってしまった。

1年間の留学を終え、日本で高校3年生としての暮らしに戻ってきた。

気まずいな。
そんな思いを抱えながらも、彼女のいる合唱部の活動に、再び参加した。

なんとなくよそよそしい空気が流れていたが、彼女とは、本来気が合う者同士。

また、友だちとして、仲良くなれそうな気配があった。

自分はAO入試で大学も首尾よく決まったし、秋口には、男性と付き合い始めた。

兄のように慕っていた男性だった。

もう、季節は変わったのだ。
これで、彼女への未練は、絶ち切れる。
そう思っていた。

でも突然、心が揺さぶられたのだ。

彼氏も彼女も失って

男性と付き合い始めたことが、周囲に知れ渡っていた。

すると、異様なハイテンションで「おめでとう」と言ってくる元彼女がいた。

「もし彼氏のこと知らなかったら、私まだ紗恵のこと、好きだったよ」

彼女は、そう告げてくれたのだ。

「そんなこと言われたら、彼とは別れるしか、ないじゃないですか(笑)」

すごく好きというより、むしろ兄のような頼れる存在だった彼。

彼女の本当の気持ちを聞いて、即座に判断ができた。
彼よりも、彼女を選んだ。

迷いはなかった。やっぱり彼女が好きだから。

それなのに。それなのに。それなのに。

目の前が、頭の中が、フリーズした。
彼女は、するりと逃げていったのだ。

「やっぱ無理」という言葉を残して。

「は?」

しばらくの間は、呆然とするしかなかった。

大学で、再び留学を経験

故郷を離れ、留学制度の整っている東京の大学に進学した。
英語を、もっと学びたかった。

2年生のときにアメリカ・オレゴン州の大学に留学する。
高校の留学のときにはできなかった、ボランティア活動にも参加。

英語力が格段に伸びたのも実感できた。
現地で、字幕なしの映画を楽しめるようになっていた。

カナダのプライドウォークのイベントに合わせて、カナダにいる高校時代の同級生を訪ねた。

カナダのパレードはフレンドリーな雰囲気で、参加して楽しかった。

「当事者でない人も、ふつうに楽しんでいるのが見て取れました。みんな、お祭り気分で参加しているのが、すごいと思ったんです」

日本で参加したことのあるパレードとは、雰囲気がずいぶん違っていた。

「日本ではまだ、知る人ぞ知るといった感じがありますよね」

「でもカナダでは、みんなパレードの意義をよく理解していて、その上で楽しんで参加しているところが、とても新鮮に感じられたんです」

10なぜ、同性愛が嫌いだと言い切れるの?

私のセクシュアリティって?

人を好きになるプロセスではいつも、性別より、人間性を見ている。
それは、ごくあたりまえのこととして。

「みんな、違う人間だと思うので」

だから、女の子も、男性も、好きになる。

そんな自分のセクシュアリティって、なんだろう。

一概に、これだ、とは言えないと、思っている。
それが正直な気持ちだ。

だって、これから先のことなんて、誰にもわからないから。

「逆に言えば、『同性愛者が嫌いだ』とか『苦手だ』とかって、よく言えるなって思うんです」

もちろんこれは、反語的な意味でだ。

なんで、同性愛が嫌だと、断言できるのですか? 
いえ、断言できないでしょう。

そういうことだ。

「好きなタイプって、変わりませんか? ショートヘアが好みだったのに、ロングヘアが好きになる。そんなふうに、変わるものでしょう?」

今、異性愛の人だって、いつ同性を好きになるかわからない。
人間って、そういうものではないだろうか。

一生、同性愛と縁がないと、果たして誰が、言い切れるのか?

先のことなんて、誰にもわからないものなのだから。

最近は、もう隠さない

現在、恋人はいない。

もし恋人がいれば、相手との関係性によって、「レズビアンです」とか「バイセクシュアルです」とか、断言できていたかもしれない。

「恋人がいないから、どこに転がるか、わからないんです(笑)」

自分のセクシュアリティについて、ひた隠しにするつもりはない。

「最近は、いけるなっていう人には、なるべく話してます」

「隠すのも、めんどくさいから」

社会生活においては、「彼氏いるの?」という質問は、どうしても避けて通れない。いちいち否定するのも、めんどうになった。

「恋愛ではなく、普通に人と関わっていくうえでは、その人のセクシュアリティやエスニシティは、関係ないですよね」

そう。
それはちっとも、本質的なことではない。

「たぶん、どこに住んでいるかということと同じくらい、関係ないんです」

言葉の一人歩きに気をつけたい

日本では、LGBTという言葉だけが、一人歩きしているように感じている。

実は、よく知らない、わかってない人が多いと思う。
言葉だけ知って終わりで、それ以上に深く考える人が、いるとも思えない。

「LGBTって、話の中でわかりやすいように4つに区切っているだけだと思うんですよ」

言葉が一人歩きして、フィルターになってしまっている。
4つに振るい分けようとする力が働く。そこに、違和感を覚えるのだ。

ここまでの人生を振り返る。

自分のセクシュアリティについて、必要以上にさいなまれずに済んだことは、幸いだった。

「セクシュアリティは、確かに人生ではとても大事なもの。ただ、そのことが、私の人生のすべてにはならなかった。それはきっと、環境のためだったと思うんです」

Lでもなく、Bでもなく、Q?
いや、そんなフィルターのかわりに、私は私の物差しを持っている。
性別よりも人間性を見つめることが、より本質的で、大切なことなのだ。

あとがき
美しい立ち姿勢でカメラの前に立つ。可愛らしい笑顔は、ディズニー映画のヒロイン? 目立ちたがり屋だった子ども時代を経て、自分を伝える表現は様々あると知っていった紗恵さん。メールにはいつも、気遣いの言葉がならぶ■ふり返る記憶も、今を語るときも明確な信念がみえた。それが芯の強さ、紗恵さんの物差しだ。でも、誰かに強制することはない。人との意見の違いに慌てることもない。物差しの形状も用途もいろいろだと知っている。(編集部)

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