02 サッカーとの出会い
03 モテモテの中学生
04 修学旅行先は自分たちで決める!
05 車と家のために就職
==================(後編)========================
06 新天地・東京でスタートのはずが・・・
07 親へのカミングアウト
08 LGBT当事者との交流
09 お金大好き!
10 オープンに生きてみようよ
06新天地・東京でスタートのはずが・・・
東京での生活スタートを襲った新型コロナ
23歳のときに秋田で興した会社を25歳で閉業し、上京を決意する。
「2020年に開催予定だった東京オリンピックに合わせて東京に行こうと思ってたんです。スポーツが好きだから、近い場所で観たいなって」
上京を決めたのにはもう一つ、母親の元を離れて自立しよう、という理由もあった。
「実家にいれば、何もしなくてもご飯が出てくる、お風呂も沸いてる、着た服も洗濯されてる・・・・・・。どうしても環境に甘えちゃうなと思って」
2020年1月から東京での生活が始まった。
でも、間もなく新型コロナウイルスが世界中を覆いつくし、本来の目的だった東京オリンピックも延期になってしまった。
「最初のうちはホストをやってたんですけど、3月にはお客さんが来なくなっちゃって。どうしようかなと思ってるときに、東京に住んでた地元の同級生から紹介された風俗の事務職を1年ほど勤めました」
子どものころから教室でじっとしていることが苦手で、社会人になってからも体を動かす仕事に長らく従事してきた。そんな自分にとって、事務職は退屈だった。
「1日10時間くらい部屋にこもってパソコンの前に座ってるのが耐えられなくなって(笑)、また建築の現場に戻りました」
1年ほど建設業の派遣会社に登録し、企業に自分のスキルを売り込んだあと、現在は “一人親方(ひとりおやかた)” として都内近郊の解体現場などで汗を流している。
建築現場での仕事の楽しみ
建築以外の職種を経て再び建設現場の仕事に戻って来たが、必ずしも仕事そのものが大好きというわけではない。
「仕事はぶっちゃけ疲れるから嫌なんですけど、一緒に働く仲間が好きだからこの仕事をしてます」
建築現場には新人の20代もいれば、人生の先輩であるベテランまで、さまざまな年代の人たちが集まっている。
「昼の仕事だったら10時や15時が休憩時間なんですけど、その時間に冗談を飛ばして笑い話をしてる時間が楽しいですね」
07母親へのカミングアウト
自分はおなべ? レズビアン?
中学生のころに、自分のセクシュアリティについて調べ始めた。
「セクシュアリティについて悩んではなかったんですけど、女の子が好きな自分は変なのかな? と思ってケータイで調べてみたんです」
性的指向が女性に向いている女性はレズビアンだが、自分のことを女性と思えないのでしっくりこない。
「振付師のKABA.ちゃんは、男性の身体で生まれたけど女性として生きてることは知ってました。その逆ってないのかな? って調べてみたら『おなべ』って出て来たんです」
それから1、2年ほどかけて、トランスジェンダーやLGBTなどのセクシュアリティに関する用語や、性別不合(性同一性障害/性別違和)の治療に関する知識を徐々に調べていった。
母親へのカミングアウトは置き手紙で
セクシュアリティについて少し知識を得た中学3年生のころ、母親にカミングアウトした。
「男になりたい、スカートははきたくない、男の子とは付き合えないとか、いろんなことをルーズリーフ3、4枚くらい書いて、テーブルの上に置いておきました」
「傷ついた母親の顔を見たくなくて、面と向かっては言えませんでしたね」
のちに聞いた話によれば、カミングアウトを受けた直後の母親はやはり相当傷ついていたらしい。
「おじいちゃんの葬式のときに、母親の妹に当たるおばさんが話してくれたんですけど・・・・・・。カミングアウトされた当時、母親がおばさんに電話をかけて、泣きながら相談したそうです。おばさんは『好きなようにやらせればいいんじゃない?』って返したらしいですけど」
「母親のお姉ちゃんのほうのおばさんにも、同じように電話したらしいんです。そっちのおばさんも同じように言ったそうです。まあ、自分の子どもじゃないからそう言えたんじゃないかな、って思いますけど・・・・・・」
それから10年以上の歳月が経った。
母親が今の自分のことをどのように受け止めているかは、正直のところ分からない。
でも、現在も一緒に秋田でバンドのライブを主催するほど、母親との関係は至って良好だ。
「最近、母親に会ったときによく言われるのは、もうタトゥーを入れるのはお休みしてもいいんじゃない? くらいですね(笑)」
性別適合手術はする予定
高校卒業前からホルモン療法を行っている。
「ドーピング扱いになるんで、高校の最後のほうのサッカー試合は出られませんでした」
「声が低くなり始めたときには、声が出しづらくて苦労しましたね」
性別適合手術はいずれ受ける予定だ。
「胸オペはまだしてないんです。自分ではさっさと取りたいと思ってるんですけど、歴代の彼女から『胸の形がきれいだから、取らないで!』って言われていて(笑)」
「胸が無駄に大きいから、母親に『こんな胸、要らないんだけど!』って、抗議したこともあります(笑)」
08 LGBT当事者との交流
東京での生活を満喫
気付けば、東京での生活も4年が経過した。
「もともと、東京は遊ぶ場所で住むところじゃない、って思ってたんですけど、やっぱり住めば都ですね」
夜でも明かりが煌々とした街並み、24時間営業の店、遅い時間まで稼働している公共交通機関。地元・秋田と比べると、やっぱり便利だなと感じる。
「千葉に行けばディズニーランドもすぐだし、東京って結構いいじゃん! って」
仕事量の多さも、東京に残りたい理由の一つだ。
「こっちに来てから、収入は秋田にいるころに比べて減るどころか、増えてます!」
母親からは「秋田に帰ってくれば?」と度々言われているが、まだ帰るつもりはない。
実際にLGBT当事者に会って分かること
東京で生活していると、LGBT当事者との出会いの場もやはり多いと感じる。
「自分と同じFTMの人たちと会うのは、やっぱり楽しいですよ!」
今や、インターネットで自分のセクシュアリティに関する情報を簡単に得られるようになった。SNSを使えばLGBT当事者とつながることも容易だ。
でも、ネットにあふれる情報は玉石混淆で、なかには怪しいものやフェイクも紛れている。
「治療を含め、いろんなことを経験してきてる人から生きた情報を得るには、直接人と顔を合わせることがやっぱり大事だと思います」
新宿で営業しているFTMバーにもよく顔を出している。
「この前、店長の秀人さんが結婚したんで、そのお祝いに行きました!」
09お金大好き(笑)
あり余る体力
フリーランスという立場もあり、現在は時間の大半を仕事に費やしている。
「ショートスリーパーなんで、1週間のうち横になって布団で寝る時間は7時間くらいですね(苦笑)。あとは仕事の休憩時間に昼寝したり、電車のなかで寝たりしてます」
驚異的な体力は、母親譲り。
「母親も秋田にいるときは昼夜働いてました。その背中を見て育ってるから、自分も昼夜働いてます」
働いた対価で得られる賃金は、人生において大事な糧になる。
「お金があれば好きなだけ飲みに行けるし、服も買える。余ったら貯金しておけば、なにかあったときのための資金にもなりますしね」
昼間に働いた賃金は日々の生活費や貯金に回し、夜勤で稼いだ分は、現在通っているバーで働く「推し」に費やしている。
「今年に入ってから半年で100万円近くのペースで使ってますけど(笑)、自分のご褒美として楽しい時間を過ごしてるんだし、まあいいか! って思ってます(笑)」
綾香から綾へ
20歳のときに名前を変更した。
「もともとは『綾香(あやか)』って名前でしたけど、『香』を取って『綾(りょう)』に変えました」
改名後の名前は、母親が提案してくれた。
「あんた、『綾香』の『香』を取ったら『りょう』って読めるよ。どう? って母親に言われて、アリだな! と」
母親がもう一度くれた大切な名前は、手のひらのタトゥーにも刻まれている。
仕事場ではカミングアウトしておらず、男性の作業員「土屋綾」として働いている。
FTMだと気付かれることはまずないが、その分、苦労することもある。
「一番大変なのはトイレですね。立ちションはできないけど、毎回個室のトイレに入ってたら不審がられるかもしれないので、立ちションのほうが埋まってるときに、仕方ないな~って感じで個室に行くようにしてます(苦笑)」
10オープンに生きてみようよ
ありのままの自分を知ってほしい
今まで出会った人全員に、自分のセクシュアリティをオープンにしているわけではない。
でも、今回LGBTERの記事になって、多くの人に知れ渡ることを怖いとはまったく感じていない。
「むしろ知ってくれたらいいなって思ってますね。友だちが地元の同級生ばかりで、東京の友だちがあまりいないんで、そのきっかけにもなったらって」
自分が公の場に出ることで、セクシュアリティをひた隠しにして日々の生活を送っている人たちに、なにか伝えられればとも考えている。
「不安な部分も含めて、信頼できる人には隠さずに打ち明けたらいいと思うんです。最初に強がると、ずっと強がった姿のままでいないといけなくなって、いずれ限界が来るから」
弱い自分を隠して虚勢を張るのではなく、自分に自信を持つことが大事。
そして、自分に自信を持つということは、ありのままの自分を表現することだ。
「職場とか、すべての場所でオープンにする必要はないと思います。自分が心から安心できるプライベートな場で、ありのままでいられることが大切なんです」
だれもが、ありのままの自分を100%受け入れてくれるとは限らないことも分かっている。
「生まれながらの男女の性別が絶対だ、っていう人もいるかもしれないけど、そういう人はほっとけばいいんですよ。ずっと関わり続けなきゃいけないわけじゃないんだから」
「隠す/隠さない」は、セクシュアリティに限った話ではない
首から脚まで所狭しとタトゥーが入っているが、地元の友人のなかにはもっとたくさんの刺青を彫っている者もいる。
でも、秋田で会うとき、友人たちはサポーターなどを付けて刺青を隠していることが多い。
「自分はタトゥーを隠す必要はないと思ってるから、地元でも半袖短パンで出歩いてます」
ファッションとして、お気に入りのキャラクターや愛犬など、好きなものを刻んでいるタトゥー。東京には、同じようにタトゥーを入れている人も少なくない。
「仕事とか限られた場面を除けば、タトゥーを隠す必要なんかないはず。せっかく入れたのに隠すなんて、じゃあ何のために入れたんだ? って」
世の中、ありのままに生きていない人、外では強がって内心では自信がない人が多いと感じる。
自分の存在を知ってもらうことで、その人を少しでも楽にすることができれば、これ以上の喜びはない。