02 今の自分と将来ありたい理想像
03 ひたすら没頭した「音楽」
04 FTMとして生きていくこれから
05 家族に打ち明けるタイミング
==================(後編)========================
06 知らない街に出ていく決意
07 男性として生きていく道
08 自ら選んだ美容師という仕事
09 FTMであることを公表した理由
10 未来に向けて自分ができること
06知らない街に出ていく決意
自分が進む道
高校卒業後は、音楽の道に進もうと考えていた。
憧れのバンド・SHAKALABBITSの出身校である東京の音楽専門学校に進むことも、決まっていた。
「ただ、自分のセクシュアリティのことを知って、改めて将来を考えた時に、自分の中でストップが出たんです」
本当にこのまま音楽の道に進んでいいのか、もっと確実な仕事の方がいいのではないか。
「もう少し安定感がある方がいいと思ったし、治療の費用も貯めたかったから、音楽を続けるのはやめました」
「僕には何ができるか考えた時に、子どもの頃に自分で自分の髪を切ってたことが浮かんだんです」
当時は、美容院に男性アイドルが載っている雑誌を持っていき、「同じ髪型にしてほしい」とお願いしていた。
それでも伝わり切らないところがあったため、少しだけ自分で切って調整し、理想の髪形に近づけた。
「自分は髪の毛をいじるのが好きなのかな、と思って、美容師を目指したんです」
モチベーションの高い街
1年間のフリーター生活を終え、東京の美容専門学校に進む。
「進路に関係なく、いずれは長野から東京に出るって決めてました。東京=イケてるみたいなところあるじゃないですか(笑)」
「東京って、何をするにしても一番レベルの高い街、というイメージもあったんです。僕は何事もトップレベルを目指したいほうなので、学ぶなら東京がいいだろうって」
上京してすぐは、東京の街に慣れなかった。
「一人暮らしも初めてだし、長野と比べると電車も多いし。山手線なんて、内回りと外回りのどっちに乗ったらいいかわからなかったです(笑)」
「でも、東京に集まる人の多くは、仕事でも遊びでもビジョンがあって突き進んでるな、って感じてワクワクしたんですよね」
専門学生の間も、社会人になってからも、周りについていけていない感覚はずっとあった。それでも、長野に帰ろうと思ったことはない。
「長野に帰るとしても、何かしら成果を残してからじゃないと、って思ったんです」
「あと、東京に来てからは完全に男性として生きるって決めてたし、それが周りに受け入れられたことも大きかったですね」
07男性として生きていく道
新生活のための準備
新天地の東京では、男性として生きるため、自分のセクシュアリティを隠さなかった。
「専門学校に入学した頃はホルモン注射を始めていなかったので、声も高いし筋肉質でもない。名札も女性名のままだったんですよね」
「それで周りの子を困らせたくないと思って、最初の自己紹介の時に『FTMだから、男性として接してください』って、同級生の子たちに話したんです」
「事前に専門学校の先生にも話したら、いじめられるんじゃないか、ってすごく心配されました」
しかし、同級生のみんなは拒否することも茶化すこともなく、男性として受け入れてくれた。
「東京の子たちは飲み込みが早くてすごいな、って思いました(笑)」
バイト先などで伝えても問題視されることはなく、男性としての生活を送ることができた。
変わりゆく自分
専門学校に進んでから、カウンセリングやホルモン注射をスタート。
徐々に声が低くなり、男性的な体つきになっていく。
「同級生はいつも一緒にいるから変化もわかりにくかったみたいで、接し方は何も変わらなかったので、僕も変なストレスはありませんでした」
「むしろ早く体に変わってほしいし、胸も早く取りたいしって、当時の自分は生き急いでたと思います」
専門学生のうちに、胸の切除術を受けるところまで進めた。
「そこまでやれば生きやすいかなって。海やプールも行けるし、生活するうえで問題ない、って思ったんです」
SRS(性別適合手術)や性別変更は、社会人になって落ち着いてから。
男性同士の会話
専門学生時代は、男性として生活するといっても、以前とほとんど変わらなかったように思う。
「美容専門学校ってほとんどが女の子で、男の子はクラスに6人くらいだし、みんなやわらかいタイプだったんですよね。いわゆる “体育会系” ではなかったんです」
「みんな仲良かったし、セクシュアルの相談ができる友だちもいて、すごくいい環境でした」
友だちを介して専門学校以外の人と知り合っていくと、男女の違いを感じ始める。
「話す時の間合いとか相槌の打ち方、会話を広げる部分が、男性と女性で違うことに気づきました」
「女友だちと話す時に話題が広がりやすいエピソードも、男性相手だとスルーされたりするんですよね。そうなると、自分は相手の話を拾いすぎなのかなって思ったりして」
上京して10年以上が経った今、ひとつの結論に行きついた。
「話をスルーされても一喜一憂しない精神を持ってないとダメだな、って思います(笑)」
08自ら選んだ美容師という仕事
働くということ
専門学校を卒業し、美容師として働き始めると、仕事の楽しさも難しさも知ることになる。
「すべてがすべて理想通りとはいきませんよね。でも、ステキな仕事だと思うし、自分が生きやすい環境だと実感してます」
「トランスジェンダーって、自分が自分であることを表現した方がいいと感じていて、美容師はそれがしやすい仕事かなって。ファッションも髪型も思想も自由なので」
流行は年々移り変わり、美容師の技術や扱う道具も進化していく。
その波に乗り遅れないように、新しい技術やスタイルを学び、練習する日々。
「美容師を10年やってきて、改めて、やらないと結果は出ないんだ、ということを学びました」
「やることが多いな、とは思うけど、やった分自分も気持ち良く仕事ができると実感してます」
特別な瞬間に寄り添う仕事
美容師になってから、母の「尊敬や感謝の気持ちを忘れずに」という言葉の意味を、深く感じている。
「最近、8~9年くらい髪を切らせてもらっている女友だちの結婚式に参列して、お色直しの髪形をセットさせてもらったんです」
「その時に『お願いしてよかった』って言ってもらえたこともうれしかったし、何より結婚式に美容師として立ち会えたことがうれしくて」
新郎も友だちで、結婚式に向けて2人の髪の長さを調整するところから携わってきた。
美容師でなければできなかったことであり、特別な日を委ねてくれた友だちには感謝の念を抱いている。
「一生に一度の大切な日を任せるって、すごいことじゃないですか。ありがたいことだし、美容師になってよかった、って心から思います」
「こういう瞬間があるから、お客さんを大事にしよう、って強く思えるし、頑張んなきゃ、って気合いが入りますよね」
「思いや信念を持って仕事をするって大事だな、って思い直した1日でした」
09 FTMであることを公表した理由
美容室に行く安心感
現在は、インターネットを通じてFTMであることを公表している。
より多くの人に、安心して美容室を訪れてほしいから。
「FTMやXジェンダーの方だと、美容室で要望を伝えるのが難しい時があると思うんです」
「例えば、男性的な色気のあるロン毛にしたくて『ロングにしたい』と伝えると、女性的なフェミニンなカットになってしまうって、お客さんから伺ったことがあります」
セクシュアリティの説明からしなければならないとなると、美容室に行く足が重くなってしまうだろう。
「FTMの美容師であれば、セクシュアリティとしたい髪型を伝えるだけである程度はわかってもらえるかも、と感じてもらえるんじゃないかって」
FTM・MTF(トランスジェンダー女性)でも治療をしていない人、Xジェンダーの人は、美容室に行くだけでも緊張してしまうはず。
「セクシュアルは敏感な部分だから、相手に伝えるのも勇気がいりますよね。そういった部分で気軽さや安心感につながったらと思って、自分のセクシュアリティを公表しました」
「勤めている美容室がLGBTQフレンドリーのお店ということもあって、公表してからは、LGBTQ当事者の方も増えてきてます」
「新宿二丁目のバーとかだと、お酒が飲めない人や未成年は行けないけど、美容室なら誰でも来てもらえますしね」
LGBTQ当事者がすぐ近くで働いている事実
セクシュアリティを公表したのは、当事者に安心してほしい、という気持ちとは別の理由もある。
当事者もみんなと同じように働いているということを、多くの人に知ってほしかった。
「僕はありがたいことに家族に受け入れられているけど、LGBTQであることを親に否定されてしまうという話も聞きます」
「フタを開けてみると、親御さんはいろんな人の生き方を知らないから、心配になってしまうという場合もあると思うんです」
「もし、通ってる美容室の美容師がFTMだったら、普通に街の中で仕事してる人もいるんだ、って将来を想像しやすくなりますよね」
テレビに出る、バーを切り盛りするといった仕事だけが、LGBTQ当事者が生きる道ではない。
「表舞台に立つ仕事だけじゃないと知っていれば、考え方も変わると思うんです」
「自分の近くにもいるかもしれないと思ったら、家族との接し方だけでなく、職場などでの言葉の選び方も気をつけるかもしれません」
セクシュアルを公表し、身近にいると知ってもらうことが、誰かの環境を変えるきっかけになったら、と思っている。
10未来に向けて自分ができること
つながりの中で得た気づき
美容師の仕事は “つながり” 。
「いろんな方と知り合って、いろんな考え方を聞いて、その考えを言葉にするのが好きなんです」
「美容室はそういうことを聞ける場所でもあるし、純粋に友だちがつながっていく場所でもあります」
「LGBTQ当事者の安心できる場所になりたいとは言ったけど、僕自身も学ばせてもらうことばっかりなんですよね」
社会に出てからXジェンダーやMTF、ゲイ、レズビアンの人と知り合い、いままで気づいていなかったことに気づけた。
「『彼氏・彼女』じゃなくて『パートナー』って言葉のほうが心地いいかなとか、この言い方は違うんだとか、みんな同じじゃないことを改めて知りました」
「僕はずっと男女にこだわってきたけど、男女だけじゃないんですよね。どっちでもいい、って考え方もあるんだなって」
今は、お客さんと話す時に、カテゴライズしないことを意識している。
「髪型もその人の気持ちもどっち寄りとかはないから、その人自身と向き合える美容師を目指そう、と思ってます」
セクシュアルマイノリティと美容業界の変化
「いずれはお店を任される立場になりたいですね。独立というよりは、10年働いてきた美容室に貢献したいなって」
その中で、自身がセクシュアルマイノリティだからこそ、やっていけることがあると感じている。
「美容業界はセクシュアリティに寛容というイメージがあるものの、まだ浸透しきっていない部分もあると感じてます」
女性がショートカットを希望した時に、美容師から「女の子なのに、そんなに切って大丈夫?」と言われるケースは少なくない。
「美容師がセクシュアルマイノリティの存在を知って、当事者のお客さんが来るかもしれないと思えば、その方に合う接客ができると思うんです」
「ただ、まだ認知が行き届いていないから、不意にそういう言葉が出てしまうのかなって」
まずは自分が働いている場所で発信していくことで、少しずつ変えていけるかもしれない。
「美容業界でもLGBTQの存在が浸透して、海外みたいにオープンに受け入れられるようになってほしいですね」
新たな未来への一歩
プライベートでは、2023年にもSRSを受けたいと考えている。
「胸の切除術までは完璧なスケジュールで進めたけど、その後は就職してからと思って伸びちゃった感じです」
「気づけば31歳になったので、そろそろかなと病院に相談しに行って、2023年の夏くらいにはできたらいいなって」
現在、6年つき合っているパートナーがいて、双方の両親への挨拶もすんでいる。
「SRSを終えて性別が変わったら、その先もあるかもしれませんから。そう考えると楽しみだけど、手術自体はちょっと怖いです(苦笑)」
「でも、焦りとかは全然ありません。社会に出てからいろんな人がいることを知ったことで、今手術を考えているのが自分のタイミングだったんだな、って思えてます」
「SRSを受けるのは決定事項なので、無事に終わることを願うばかりですね」
自ら扉を開き、自分だけの道を歩んできた。
その道の先には、新たな扉が見えている。