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僕の夢は「サラリーマン」。みんなと同じように生きたい、ただそれだけ。【後編】

僕の夢は「サラリーマン」。みんなと同じように生きたい、ただそれだけ。【前編】はこちら

2021/04/13/Tue
Photo : Tomoki Suzuki Text : Ryosuke Aritake
前田 利理 / Riku Maeda

1996年、愛知県生まれ。三つ子で産まれるも、生後1カ月で1人が他界してしまい、双子の姉として育つ。小学4年生で初めてズボンをはき、短髪にしてから、自分は男性になるものだと思いながら生きてきた。高校卒業後は就職し、19歳でホルモン治療を開始。22歳で性別適合手術を受けて、戸籍を変更。現在は男性として働き、日常生活を送っている。

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INDEX
01 ほど良い距離感の家族の存在
02 「やりたくない」という芽生え
03 初めて切った髪とズボン
04 「スカート」に対する抵抗感
05 子どものままの心と体
==================(後編)========================
06 徐々に気になり始めた自分の性
07 学校以外の場所で認められること
08 社会人になって知った現実
09 “FTM” ではなく “男” として生きる
10 知ってほしい “僕の生き方”

06徐々に気になり始めた自分の性

就職率100%の商業高校

小学3年生で「大学には行かない」と宣言したが、高校も行く気はなかった。

「ほかの人が学校で勉強してる間に働こうかな、って思ってたんです。でも、親に『高校だけは出ておきなさい』って言われたんで、進学を決めました」

内申点が足りず、行ける高校が限られてしまう。
その中で、母が探してきてくれたのが、商業高校だった。

その高校の卒業生の進路は、100%就職。卒業後は働きたい、という自分の希望とも合致した。

「ただ、制服を買いに行って、またスカートか・・・・・・ってなりましたね」

「残り3年というボーダーがあったから、仕方ない、って我慢しました(苦笑)」

自分と近い雰囲気の人

高校も、部活は必須だった。選んだのは、女子ソフトボール部。

「ソフトボール部には、自分と似た雰囲気の先輩がいたんです」

「しゃべり方や声のトーン、男性的な服装とかが似てるな、って感じたんですよね」

高校1年生の自分は、変声期が訪れることを期待していた。

「中学生の男の子が声変わりするように、自分はいつ低くなるんだろう、って思ってたんです」

「だから、高い声を出したくなくて、男性的な低いトーンでしゃべってました」

その先輩も、自分と同じようにしゃべっていた。

「そこで初めて、自分みたいな人種がほかにもいるんだ、って知ったんです」

中学1年生で、自分は異常なのかも、と感じたことがあった。
しかし、同じ雰囲気の人と出会い、自分は異常ではなかったのだと気づく。

人より遅かった成長

高校2年生になり、初潮を迎える。

「本当に成長が遅くて、高校2年で初めて生理を経験したんです」

「何が起きたんだ、ってビックリして、妹に『血が出た、何これ?』って報告しました」

不意に、小学生の頃の記憶がよみがえる。女子だけ集められ、第二次性徴の話を聞いた授業のこと。

「子どもの頃は知識がなかったから、話を聞いてもピンとこなかったんです」

「高校生になってから、あの授業はこういう意味だったのか、ってつながりました」

驚きはしたものの、ショックを受けたわけではなく、ただ現実を見た感覚だ。

そう感じたのは、きっと、日々の生活の中では “男の子” のように接してもらっていたから。

07学校以外の場所で認められること

仕事ぶりを認められる喜び

外見も声も少年のようだった自分は、当時から男の子と認識されることが多かった。

高校時代のアルバイト先でも、男性と変わらない業務を任される。

「知り合いのおじさんの伝手で、引っ越し作業のバイトをしてたんです」

「その現場では、『そこら辺の男より体力があるから、頑張れよ』って、言われてました」

「高校では基本的にバイト禁止だったんですが、こっそり掛け持ちしてましたね(笑)」

ファミリーレストランのキッチンや野球場の売店など、さまざまな仕事を経験。

「高校生だと接客業ばかりで、声のトーンを上げて話さないといけないのは、イヤでした」

「でも、それ以上に働く楽しさを感じたんです」

常連客ができる喜び、バイト仲間との何気ない会話、学校では味わえない面白みを知る。

「野球場の売店では、仕事終わりに売れ残ったフードを食べていい時間があったり、和気あいあいした雰囲気が居心地良かったです」

「それまで『勉強できない』って言われ続けてきたから、仕事で認めてもらえたことが、うれしかったですね」

アルバイトの理由

禁止されていたバイトを始めた理由は、働きたい、という気持ちだけではない。

当時、母と妹の仲がこじれてしまい、妹はお弁当を持たせてもらえていなかった。

「僕は学校をサボりがちだったので、それならバイトして食費を稼いで、僕が妹のお弁当を作ろうかなって」

朝5時からお弁当を作り始め、6時に家を出る妹に持たせた。

「自分のお弁当も作るけど、学校は行ったり行かなかったり(笑)。1年生の時の担任はやさしくて、無断欠席も見逃してくれたんです」

母も「卒業できればいいんじゃない」と、言ってくれていた。

本気で考えた「退学」

2年生に進級し、担任になった教師は厳しい人だった。

「無断欠席した時に、先生に呼び出されて、怒られたんです」

「特別指導の対象になりそうになって、もう辞めちゃおうかな、って思いました」

退学届の書類をもらうため、職員室に向かった。しかし、担任教諭から「俺が認めない」と、突っぱねられてしまう。

「その時点でいろんな検定を取ってたので、『勉強嫌いなお前がこれだけ頑張ってきたのに、無駄にするのか』って、言われたんです」

「あと、『支えてくれる仲間がいるのに、辞めるのか』って言われて、それもそうだなって」

テストで赤点を取らないようにと、高校の友だちがノートをまとめてくれていた。

そのおかげで、留年せずに高校生活を送れていることを実感し、退学を考え直す。

「過去を振り返ると、人間関係で悩んだことはまったくないんですよね」

そのときどきで、自分を支えてくれる友だちや教師が、必ずいてくれたように思う。

08社会人になって知った現実

新たな挑戦の場

高校卒業後の就職先は、工場を希望していた。

「黙々と作業できるところが良かったんです。でも、内申が足りなくて、希望が通らなくて(苦笑)」

成績順に枠が埋まっていき、残っていたのは接客業。

「バイトで接客してたので、もういいかなって思ったけど、そうは言えないですよね」

「ただ、1つだけ、『県外で働きたい』という希望は通ったんです」

18年間生活してきた愛知から出たかった。

「育った場所は友だちも知り合いも多いからこそ、真面目に働く姿を見られたくなかったんです」

就職先は、淡路島のホテル。高校卒業とともに、淡路島の社員寮に移り住む。

「やっと1人になれた、って気持ちがありました。スッキリしたわけじゃなくて、自分を試す挑戦の場に来た、って感覚でしたね」

家族や友だち、教師など、これまで支えてくれた人たちから離れ、ゼロの状態で新生活が始まる。

どれだけ頑張れるか、自分を試すチャンスだと捉えた。

しかし、就職先のホテルは、3週間で辞めてしまう。

求められた “女性らしさ”

「辞めた理由は、女性らしさを求められることに、耐えられなかったからです」

女性として雇用されたため、業務では、女性的なやわらかな雰囲気や笑顔を求められる。

制服は着物。明確に男女を区別する服装で、女性らしい所作が必要となった。

「職場では化粧をしないといけないし、髪も伸ばさないといけないですよね」

「働き始めてからは、耳が隠れるくらいまで髪を伸ばしてたんですが、それでも上司に指摘されました」

仕事では認めてもらえたが、人としては認めてもらえていない気がした。

この職場にいるよりも、本当にやりたい仕事を追求した方がいい、と感じるようになる。

「退職することを伝えた時、上司から『名古屋から出てきて、もう帰るのか』って言われたんです」

「その言葉にカッとなってしまって、自力でやれるところまでやってやろう、って姫路で1人暮らしを始めました」

高校時代に築いた人脈を頼りに、姫路で働ける場所を探し、複数のアルバイトを掛け持ちする生活が始まった。

09 “FTM” ではなく “男” として生きる

“FTM” という言葉

男性と認識される外見であっても、雇用は女性。
今のままでは、どの会社に入っても変わらない、と思った。

「変化する術をインターネットで調べて、 “FTM” って言葉を知りました」

「調べれば調べるほど、LGBT当事者の活動家の方のブログなどが出てくるんですよね」

当事者の言葉を読み、得られたものは、安心感ではなかった。

「僕は当事者の方々のように、 “元女子” として生きたいとは思いませんでした」

「自分がトランスジェンダーだとしても、カミングアウトせず静かに生きたい、って感じたんです」

「偏見でしかないんですけど、LGBTの理解が広がることで、元女子だと気づかれてしまうのではないか、って思ってしまったんです」

性別適合手術(SRS)や戸籍変更の方法を知り、自分も治療を進めたいと思った。

そして、戸籍変更まで終えたら、すべての環境を変え、カミングアウトせずに生きていこう、と考えた。

「その頃の夢は “サラリーマン” でした。普通に暮らしたかったんです」

「死ななかったらいい」

18歳で “FTM” を知ってから半年間、治療やSRSについて調べた。

治療の方法、メリット、デメリットをリサーチし、本当に治療が必要か、自問自答する。

「ホルモン治療を始めるとニキビができやすくなる、精神的に不安定になる、ということを知りました」

「そのデメリットを覚悟してでも、なりたい自分に近づきたいと思ったんです」

知識を身につけ、自分が “FTM” であること、治療を始めることを、母に打ち明ける。

「なんでも説明できるように準備していったんですけど、お母さんからあっさり『死ななかったらいい』って、言われました(苦笑)」

さらに、「小学校の卒業式で気づいてたよ」と、言われる。

スカートを嫌がり、ズボンで出席した卒業式。あの時、母はあらかじめズボンを用意してくれていた。

姉と妹にも報告すると、2人とも「やっと治療始めるの?」というリアクションだった。

小学生の頃からずっとジャージで生活する自分を見て、気づいていたようだ。

「家族の中で、僕自身がもっとも気づくのが遅かったんです(笑)。お父さんは何も言ってこないし、昔と変わらずに接してくれてます」

下ろすことができた荷物

19歳からホルモン治療を始め、20歳のうちにSRSを終える計画だった。

「仕事の忙しさと金銭面の兼ね合いで、タイミングを見計らっていたら、21歳になってたんです」

「早くしなきゃ、って焦ってしまって、ひとまず親に相談しました」

子どもの話を聞き、焦りを感じ取った母は、手術代を出してくれた。

同じタイミングで、姉が誕生日プレゼントとして、ネクタイピンを贈ってくれた。

家族の後押しがあり、22歳になってすぐにSRSを受ける。

「手術を終えて、戸籍変更したことで、肩の荷が下りました」

それまでは、外見は男性だが戸籍は女性というどっちつかずの状態に、罪悪感を抱いていた。

「ウソはついてないけど、ウソをついてるような感覚があったんです」

「外見も戸籍も統一されて、心に余裕が出てきた気がします」

10知ってほしい “僕の生き方”

今の自分で働くこと

現在勤めている会社には、カミングアウトしていない。

「働き始めて2年くらいになりますが、 “FTM” であることは誰にも言っていません」

18歳で抱いた、カミングアウトせず静かに生きたい、という気持ちだけが理由ではない。

「前の職場では性別移行中だったこともあって、『前田は元女子だけど、きつくないか?』って、言われたんです」

上司や同僚は、気を使ってくれたのかもしれない。しかし、自分にとっては刺さる言葉だった。

「戸籍変更まで終えてから知らない土地に引っ越して、職場も変えて、男性として働いてます」

「職場で学生時代の話をすることもありますけど、部活の話とかは極力しませんね」

服装や持ち物も、より男性らしくするため、暗い色味のものを選ぶようになった。

「バレないように、って気持ちはありますけど、今の生活が苦しいとは感じません」

「20代半ばに入って、そろそろ落ち着いていい年代だし、ちょうどいい変化かなって」

一方で、地元の友だちには、すべてを打ち明けている。

「今の状態になってから同窓会にも出たし、みんな受け入れてくれてます」

「人間は変われるんだ、ってことを証明するためにも、地元ではいろんな人に会ってますね」

僕だから伝えられること

かつては活動家に対して、批判的な気持ちを抱いたこともある。

今の自分は職場にカミングアウトしていないからこそ、表に立つ意味があると思った。

「僕は有名になりたいわけではありません」

「サラリーマンになって、恋人と結婚して、普遍的な人生を歩みたいんです」

「同じように考えている人に、僕の今の生き方が届けばいいな、って思ってます」

治療や手術をしたからといって、産まれた時から “男性” の人たちと同じになれるわけではない。

それでも努力をすれば、 “男性” として認められ、何気ない日常を過ごすことができる。

その現実を、自分の姿を通して知ってほしい。

「いままでは外見を磨いてきたんで、これからは内面を磨く必要がある、って考えてます」

「いち社会人として、失礼のないメールを打つとか、基本的なことですね」

1つの目標を達成した。これからは、サラリーマンとしてきちんと仕事をしていきたい。

「僕、失敗は怖くないんですよ」

「いままで失敗してもなんとかなってきたし、後悔もしなかったから」

これからどんなことがあっても、きっと大丈夫。

僕は、ようやく “僕” の人生を歩み始めたのだから。

あとがき
人見知り? と感じさせる印象は、話し出したら一変する。足りないと感じたことも、悔しいシーンも・・・でも、利理さんが話す人物には、どこか温かみが帯びる■[埋没]希望なのにLGBTER登場か、 と人によっては? かもしれない。広いカミングアウトも、そうでない生き方も、そこに込める想いは様々だろう■利理さんのおもいは、とてもシンプル。イメージできれば達成できる! 想像できるものは、自分に近づいてくる。荷物を下ろした今、想像のつばさ、自由にひらけ。(編集部)

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