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性指向が揺らいでいる状態を、クエスチョニングと呼んでもいいと思う。【後編】

性指向が揺らいでいる状態を、クエスチョニングと呼んでもいいと思う。【前編】はこちら

2018/09/29/Sat
Photo : Taku Katayama Text : Ryosuke Aritake
加藤 里佳 / Rika Kato

1991年、群馬県生まれ。ひとりっ子で、両親の愛情を一身に受けて育った。高校1年の時、同級生の女子に恋心を抱く。同じ頃、父が大動脈解離で他界。母と2人きりの生活の中で、進学、就職を経て、社会人1年目に男性と交際。2017年末に、母がくも膜下出血で他界。現在、相続に関する各種手続きを進めつつ、奮闘しながら保育士の資格を取得した。

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INDEX
01 愛情に包まれて育ったひとりっ子
02 毎日楽しかった中学校生活
03 隠してしまった本質と初めての感情
04 突然、親が亡くなるということ
05 “充実” を取り戻した大学生活
==================(後編)========================
06 1人でも生きていける人間になる準備
07 男性との交際で見え始めた自分
08 ゆらぎの性指向「クエスチョニング」
09 母の死が私に残してくれたもの
10 定まっていない自分が目指す世界

06 1人でも生きていける人間になる準備

母親と距離を置く必要性

大学卒業後は、公益財団法人に就職した。

後見人がつけられない高齢者の身元保証を行う事業を、展開しているところだった。

「大学でお墓を研究していた時に、お年寄りと交流することがあったんです」

「だから、お年寄りと関わる仕事もいいかなと思って、選んだ覚えがあります」

実家から職場まで通うには、距離が離れすぎていた。

しかし、母の「家からチャレンジしてみて」という言葉に入職当初は従った。

「でも、通勤時間が長くて、やっぱり途中から一人暮らしを始めたんです」

「いつまでも母と2人きりでいたくなくて、距離を取る必要性も感じていました」

物理的に母親と距離を置いたことで、気持ちが落ち着いた気がした。

「母は、何でも先回りしてやってくれる人なんです」

「一緒にいると、私も頼れるだけ頼っちゃう部分があったんですよね」

「でも、自分でできることは、自分でやれるようにならなきゃって」

母から離れ、自立することが、一つのゴールだった。

大学もマイカー通学が多い中で、私は親に送ってもらわないと身動きが取れなかった。

「お母さんが動かないから私も外に出られない、って人のせいにしている自分も嫌でしたね」

「自分はできることがなさすぎるって、危機感がありました」

2人に合っていた月1回のペース

一人暮らしを始めてから時間が経っても、実家に戻ろうとは思わなかった。

「実は、母は昔から片づけられない人なんです」

母親は物を捨てられず、掃除も苦手だった。

「私が小さい頃は、『家が汚いから友だちを呼ばないで』って言われてました」

「最初は『わかった』って言ってたんですけど、だんだんおかしいって思い始めて」

しかし、母親ともめたくなかったため、とがめることはなかった。

「実家を出てから、自分の中で片づけられない母への反発も出てしまったのかもしれないです」

「ただ、母も家が散らかっていることは自覚していたので、『家に帰ってきなさい』とは言わなかったです」

一人暮らしを始めてから、月1回のペースで母と会っていた。

「完全に関係を断つことはできなかったです」

「仕事の話を聞いてもらったりして、ちょうどいい距離感になれた気がしました」

07男性との交際で見え始めた自分

やさしすぎた彼氏

職場の上司から「年頃だし、彼いるんでしょ?」と聞かれることがあった。

「上司からすると、恋人がいない状態で趣味に没頭する私みたいな子が、よくわからなかったんだと思います」

「それでも部下とコミュニ―ション取らなきゃと思うから、そういう話を振ったんでしょうね」

恋人を求めていたわけではないが、会話を続けるためのネタが欲しかった。

男性とつき合うため、婚活パーティーに参加した。

「初めて参加したパーティーで、やさしそうな男性と知り合ったんです」

自然と交際に発展した。

「初めてのおつき合いは、楽しかったです」

「ただ、男性におごってもらうことに、自分が甘んじているようで嫌でした」

彼は洋服一式をプレゼントしてくれたり、知らない間に食事の会計を済ませてくれたりする人だった。

「その人は2歳上で、あまり年が離れていなかったから、対等じゃないのが嫌だったのかもしれないです」

男性への関心と女性への興味

彼との間に “結婚” の2文字が見え始め、最初は乗り気だった。

「ただ、私がその人自身のことより、先々のことばかり考えるようになってしまったんです」

「この人と一緒にいて、今後ちゃんと貯金できるかなとか」

母親にも、将来のリスクヘッジのためにつき合っていることを見抜かれていた。

「『その関係ってどうなの?』って言われましたね」

同じ頃、たまたま女性向け風俗の体験レポ漫画を目にした。

「永田カビ先生の『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』に影響を受けました」

主人公である作者の母親との向き合い方や、こじれた感覚に共感した。

自分も経験してみるのもありかもしれない、と思った。

「男性とつき合っている状態で女性向け風俗に行くのは、浮気にならないって聞いたことがあるんです」

「でも、私はそれも浮気認定だと捉えてしまうかも、って思ったんです」

過去に、女性に好意を抱いた経験があったから。

「彼氏がいるのに、経験してみたいと思う自分はダメだなって」

2人の関係性や内なる葛藤、さまざまな要素が重なり、交際は2~3年で幕を閉じた。

漠然とした違和感

学生時代は女性に好意を抱いてきたが、彼との交際を経て、男性に恋愛感情が湧くことがわかった。

「男性とつき合うことがダメなんじゃなくて、2人の相性の問題でした」

「この時に、私はレズビアンとはちょっと違うんだな、って感じましたね」

彼と別れてから、LGBT関連のイベントに赴くようになった。

「私自身が当事者って意識はなくて、最初は友だちが主催するイベントに遊びに行ったんです」

「自分はそのイベントに行っていい人だろうなと思いつつ、何かを求めに行ったわけではなくて」

新たな出会いを求めていたわけでもなかった。

ただ、自分はストレートではないのだろうという、漠然とした居心地の悪さを感じていた。

08ゆらぎの性指向「クエスチョニング」

バイセクシュアルでもない自分

学生時代、女性に好意を抱いた時に考えたことがある。

私はレズビアンなのかな。

しかし、社会人になり、男性とつき合って思った。

狭い意味でのレズビアンではないのかな。

「でも、バイセクシュアルやパンセクシュアルだと広すぎる気がしたんです」

「シスジェンダー、ヘテロセクシュアル界隈への息苦しさみたいなものもありました」

「だからと言って、明確な当事者意識もなかったです」

自分が何者であるか、追い求めようと考えたことはなかった。

暫定1位「クエスチョニング」

LGBT関連のイベントに赴くようになってから、ある言葉を知った。

クエスチョニング。

「1年ぐらい前だったと思います」

「最初は、そういうカテゴリーがあるんだ、って知識の一つとして受け取りました」

「でも、自分自身のことを考えていく中で、ラベリングしたいなって思いが出てきたんです」

ヘテロセクシュアルでも、レズビアンでも、バイセクシュアルでもない自分。

「居心地が良さそうなカテゴリーの暫定1位が、クエスチョニングだったんです」

あまり多くの人に知られていないセクシュアリティで、語られることも少ないところに、居心地の良さを感じた。

「私はセクシュアリティが揺らいでいる状態だけど、これはこれでいいと思っています」

「クエスチョニングってこういう使われ方をして良くない? って思っている感じですね」

「当事者ぶってもいいのかな」

属する場所は見つけたが、気になることもある。

「自分が当事者ぶってもいいのかな、って気持ちはあります」

揺らいでいる状態で、まだ定まっていないから。

「ストレートへの違和感は強かったから、セクシュアルマイノリティに属することに抵抗はないんです」

「ただ、『当事者なんです』って言うのはためらわれるというか(苦笑)」

今はまだ、居心地のいい場所が見つかっただけ。

このまま漂っていたい。

いままで気づかなかった自分を見つける日が来るかもしれない。

09母の死が私に残してくれたもの

低い自己肯定感

自分は、自己肯定感が低い人間だった。

「母が、母自身のことをあまり大事にできない人だったんです」

母親は学生の頃、部長を務め、前に立つタイプだったと聞いた。

しかし、「私なんか」と自分を落とし、プラスに捉えられていないようだった。

「そんな母のジャッジの基準を、私が取り込んでしまったのはあるかな・・・・・・」

「大学の卒業式で卒業生代表に選ばれて、答辞を読むことになったんです」

「その時も、たまたま私の学科の順番が回ってきて、選ばれただけって考えてました」

答辞には、父親のお墓のことを組み込んだ。

その内容に難色を示した母は、卒業式に来てくれなかった。

近い感覚で対話できる相手

2017年末、母親がくも膜下出血で、突然この世を去った。

亡くなる日の2日前、母親と電話で話したばかりだった。

連絡がつかなくなった時に、自分が実家の鍵を持っていないことに気づいた。

家の中を整理できない母親が、すべての人の訪問を拒否していたから。

実家に駆けつけた警察が窓ガラスを割り、倒れている母親を発見する。

たった1人、実家で亡くなっていた。

「母とは物理的な距離を取ってきたけど、私の対話の相手になってくれる貴重な存在でした」

流行の書籍の話をすると、母親は自分よりも深く読み込んでくれた。

書籍の中に出てきたワードを用いて、同じ温度感で話ができた。

「母も私もよく本を読むので、同じレベルで話せたことはありがたかったです」

「現状のままではいけない、って向上心が常にあった人でした」

そんな母親が、突然いなくなった。

過去にSNSで、こう書き記したことがある。

「私の真価が問われるのは、お母さんが亡くなった後」

その時が、こんなに早く訪れるとは思っていなかった。

「今は、過去の自分が書いた通りなのかも、って思ったりします」

「親も兄弟もいないので、良くも悪くも動けるのは私しかいないぞって」

乗り越えるべき試練

母がいなくなってすぐ、やらなければならないことに追われた。

葬儀のこと、納骨のこと、相続のこと。

「この状況でどう振る舞えるか、私は試されているな、っていう気持ちがあります」

「親戚の手を借りつつ、最大限のパフォーマンスを目指すような感覚ですね」

喪主を務めた通夜と告別式では、挨拶の内容を変えた。

仕事復帰しながら、法事も執り行った。

納骨の手配を終え、やり切った達成感があった。

悲しみにふける暇もなかった。

「よく頑張ったな、って自分で思ったし、ようやく自己肯定感が芽生えてきた気がします」

母が他界して、数年ぶりに帰った実家は、ゴミ屋敷になっていた。

母親もしんどかったのだろうと思う。

「母の死のタイミングは納得というか、今だったんだなって受け止めています」

消化し切れていない部分もあるから、読み物として言語化したいと考えている。

「私と母の話が、誰かが親との関わり方を見直すきっかけになればいいですね」

10定まっていない自分が目指す世界

定まらなくてもいい

セクシュアリティの面では、揺らいでいる。

それでもいいと思っている。

「そんな私がLGBTという多様性に入ることは、意味があるんじゃないかなって思ってます」

「『こんなやつでも堂々としてるんだ』って、プラスに捉えてくれる人がいたらいいな」

定まっていない状態でも、恥じることも臆することもないのだと伝えたい。

「あと、今は代表相続人として、役所とやりとりしているんです」

「将来的には、先代から受け継いだ土地や建物を利用して、いろんな人が集える場作りができたら、なんて考えてもいます」

26歳で親戚の代表として、戸籍謄本揃えたりしながら、さまざまな手続きしている。

「そんな人間がいることも、一つの知識として伝えられたらいいなって思いますね」

新たに掲げた目標

保育士の資格を取得するため、試験勉強を続けていた。

「筆記試験は受かって、実技試験も突破できました」

保育士は、最近できたばかりの目標だった。

「公益財団法人での仕事に燃え尽きて、お年寄りと関わることからも離れようって思ったんです」

仕事を辞めようと考えていた時、たまたま友だちが出産した。

自然と子どもに目が向くようになり、保育補助の仕事を始めた。

「働きながら、資格が取れたらいいな、って思って勉強を始めました」

「ただ、無資格の頃から任される仕事が多くて、容量をオーバーしてしまったんです」

2018年3月に仕事を辞め、資格取得に専念することを決めた。

「男だから」「女だから」がない世界

保育補助として働いた期間は、1年ちょっと。

その中で、見えてきたものがあった。

「保育の現場でも、『男の子だから泣くな』とか言っちゃいがちなんですよね」

「ベテラン保育士さんの経験に裏打ちされた、一つの接し方ではあると思うんです」

「ただ、本当にそれでいいのかな、って気になることはありました」

男の子と話が弾むため、スーパー戦隊シリーズや仮面ライダーの情報を収集した。

すると、女の子から「先生って戦隊ものを見てるの?」と不思議がられた。

無邪気に「先生はなんで女なのに、髪が短いの?」と疑問を投げられたこともある。

「子どもに他意はなくて、きっと周りの大人が作っちゃっている世界なんですよね」

「そういう疑問が出ないような世界に近づけばいいな、って思いがあります」

あらゆる可能性の中で揺らいでいる自分だから、見えるものがきっとある。

あとがき
「揺らぎを揺らぎのまま、丁寧にまとめて頂いたことをうれしく思います」。原稿を読んだ里佳さんからだ。里佳さんのメールはいつも、伝わるように伝えるお手本のよう■昨年末、お母様も見送った。とても落ち着いて話しを聞かせてくれたけど、一人で役割をこなしてきた心が決壊しないか心配だった■大切な人とさよならしたあなたへ。思い切り悲しむことは自分を癒やすことでもあるから、かげる気持ちも否定しないで、ゆっくりと歩いていけますように。(編集部)

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