INTERVIEW
等身大の「私」を、まだ出会っていない人たちへ届けませんか?
サイト登場者(エルジービーター)募集

心と容姿が一致すると、一気に魅力が増すんです。【前編】

夏の太陽が照りつける日、真っ白のオールインワンに身を包み、華やかな空気をまとって登場した石引玲帆さん。20歳らしい軽快さと勢いがありながらも、その中心に揺るがない芯を感じさせ、「意見をはっきりと言葉にするタイプ」と自己分析してくれた。今の石引さんがあるのは、頼もしい母親と理不尽な大人、両方の背中を見てきた経験があるから。

2018/11/17/Sat
Photo : Tomoki Suzuki Text : Ryosuke Aritake
石引 玲帆 / Reiho Ishibiki

1998年、茨城県生まれ。キリスト教系幼稚園に通い、身近に外国人がいる環境で育つ。中学生の頃に海外ドラマ『glee』で同性愛を知るも、違和感を抱かず、自身も男女問わずに交際。中学時代に芸能活動を経験し、高校卒業後、上京して美容専門学校に進学。現在は女性のパートナーとともに、LGBT恋愛結婚相談所「Qualia」を経営している。

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INDEX
01 当たり前のように海外を感じた幼少期
02 生命力の塊のような母の存在
03 意図せず目立ってしまう子ども
04 人に認めさせるための術
05 もっとも当てはまる性がパンセクシュアル
==================(後編)========================
06 “経営者” という新たな夢
07 自分の中の芯と目指すべき姿
08 身を委ねられるパートナーとの出会い
09 カミングアウトで切り開いた道
10 人の心を動かす仕事をするために

01当たり前のように海外を感じた幼少期

身近に外国人がいる生活

茨城県水戸出身、3歳離れた兄との2人兄妹。

幼少期は、キリスト教系の幼稚園に通っていた。

「イギリス人やオーストラリア人の子も通っていて、物心がつく前から外国人と交流がありました」

「私のママは英語を話せるので、自然と輪が広がっていましたね」

「外国人がいるのが普通な環境で育ったので、今でも外国人に対して特別感は抱かないです」

2歳頃から、英会話教室に通っていた。

「仲の良かったイギリス人家族のお父さんが英語教師で、教えてもらっていたんです」

海外に行っても困らない程度には、英語を話せるようになった。

「言語そのものより、海外の方と積極的にコミュニケーションを取れる姿勢を養えたことが、ありがたいです」

「私は海外の方にも、自分の意見を言えるタイプですね」

金髪碧眼の男の子

英語を教えてもらっていたイギリス人一家とは、家族ぐるみで仲が良かった。

「私のお兄ちゃんと同い年の女の子と、私と同い年の男の子がいたから、関係も深かったんです」

「同い年の男の子は、早くに日本に来ていたので、日本語も多少しゃべれました」

「だから、英語と日本語を両方使いながら、話していた気がします」

イギリス人の男の子とは、ままごとや人形遊びをすることが多かった。

イースターには一緒に色つきのゆで卵を食べ、ハロウィンには仮装パーティーをした。

「当時、その子のことが好きだったんですよ」

男の子の母親が運転する車の後部座席に、並んで座った日のこと。

彼の横顔を見つめながら、この人と結婚したいな、と感じた記憶がある。

「今でも強く思い出す感情で、初恋だったんだと思います」

なんとなく互いの思いを感じることができた。

両想いだと知った。

「子どもだったから、つき合うとかはなかったんですけどね」

「その子は親の仕事の都合で、小学2年生ぐらいでイギリスに帰っちゃったんです」

ナイジェリア人の父

小学2年生の時に、母親が離婚した。

小学4年生の時、新たな父親として紹介された人は、ナイジェリア人だった。

「授業参観日や運動会に来てくれるんですけど、黒人だからめちゃめちゃ目立つんですよ(笑)」

「パパは身長が190cm近いし、ヒップホップ系の服を着てくるし(笑)」

「だから、最初は恥ずかしくて、受け入れられないところもありましたね」

しかし、一緒に過ごす中で、娘と父親の関係が自然と築かれていった。

「いつの間にか、2人で出かけて周りの人にじろじろ見られても、気にならなくなりました」

「“日本人じゃないから” って理由で特別視するのは違うんじゃないかな、って今は思います」

02生命力の塊のような母の存在

味方でいてくれる母

「ママは、ファンキーな人ですね」

幼稚園の参観日に、パープルやグリーンのカラーコンタクトをつけてくるような母親。

「ギャルではなくて、アメリカンな考えで、ノリがいいんですよ(笑)」

「今年50歳なんですけど、母というより友だちみたいな感覚です」

上京した今でも、実家に帰った時には、一緒に遊びに行くほど仲がいい。

「何か新しいことをする時、ママには『ダメ』って言われたことがなくて、基本的に私がやりたいことを応援してくれました」

「芸能関係の仕事がしたい」と言った時は応援してくれた上に、ダイエットにも協力してくれた。

上京する時も、「寂しい」と言いつつ、送り出してくれた。

美容学校を出たにも関わらず、美容師にならない選択をした時も「頑張りなさい」と言ってくれた。

「いつも『あなたの人生だから、あなたが幸せならそれでいい』って言ってくれます」

「でも、基本的なマナーとか勉強に関しては、すごく厳しくて、よく怒られてました(苦笑)」

アクティブで行動派な背中

小学2年生の時、母親と兄と3人で、夜中に家を出た。

「その日のことは、なんとなく覚えています」

「家を出てから、2~3日ホテルに泊まって、その間にママが新居を見つけてきたんです」

「当時は知らなかったけど、夫婦関係は良くなかったんだと思いますね」

母親は夫婦生活に限界を感じ、家を出て離婚するという最終手段を選択したのだろう。

「父親の実家は由緒正しい家系だったので、『長男だけほしい』と言ってきたこともあったみたいです」

シングルマザーになった母親は、さまざまな職に就き、バリバリと働いていた。

「不動産関係の仕事やインテリアデザイナー、コールセンターで働いたり、パティシエをしていた時期もあります」

「ヒップホップ系の服屋さんで今のパパと出会って、結婚してからママがそこの経営者になったんです」

今は、将来を見据えて、介護関係の仕事を行っている。

子どもに寂しい思いをさせない親

「お兄ちゃんの大学や私の専門学校の学費は、ママがすべて出してくれました」

父親の育ったナイジェリアでは “子どもは高校生になったら自立しなさい” という考えが根強い。

父親自身も「自分で稼いだお金で、大学に行きなさい」と考えていた。

「だから、ママが1人で稼いで、進学させてくれたんです」

「ママは、生命力の塊みたいな人ですね」

仕事で忙しかったであろう母親は、それでも学校行事に参加してくれた。

「母親と行く遠足や、一緒にサンドイッチを作る授業にも来てくれたんです」

「そういう日は、私の友だちにも母親みたいに接してくれて、愛情深いなって感じましたね」

03意図せず目立ってしまう子ども

人とは違った感性

幼い頃の自分は、天真爛漫な子だった。

「友だちからも先生からも『変わってる』って言われてました」

「粘土で動物を作る」という授業で、クラスメートは動物そのものを造形していた。

しかし、自分は2本の棒を作って耳に見立て、頭につけて、自分自身をウサギにしてみせた。

「同級生からは、よく『ぶっとんでるよな』って言われてました」

「多分、褒めてはいないでしょうね(笑)」

「それでも、ありがたいことに、友だちはちゃんといてくれました(笑)」

ノリが良く、空気が読める子どもだったため、意図せず目立っていたと思う。

目立つ子とも目立たない子とも、仲良くなれた。

20歳上の親友

親友と呼べる存在は数人いるが、その中の2人は高校時代に出会った。

「当時、結婚式場で3年間アルバイトしていたんです」

「そこで2人と出会ったんですけど、1人は同い年の子で、もう1人は20歳以上年上のおじさんなんです」

職場でその男性は「パパ」と呼ばれ、慕われていた。

「私と同い年くらいのお子さんがいるんですけど、年齢とか性別を超えて、何でも相談できる存在ですね」

「年上ながらの意見を言ってくれるし、親友としてすごく頼れるんです」

周りに親友の話をすると、その年齢差に驚かれるが、自分の中では特別なことではない。

教師に対する反抗心

小さい頃から、友だち関係は良好だったが、大人とは反りが合わなかった。

「先生が間違っていることを言っていると、指摘して反抗しちゃうタイプでしたね」

「だから、先生には好かれていなかったと思います」

教師の教え方がわかりにくいと感じたら、自主的に勉強して先に進めた。

授業中、教科書の別のページを読んでいると、教師に「違うページを開くな」と怒られた。

「その時は『先生がわかりにくいんで、自分で勉強します』って言ってました(苦笑)」

「先生からしたら、イラっとしますよね(苦笑)」

「でも、テストでは100点を取っていたから、先生も強く言えなかったみたいです」

小学校から専門学校まで、苦手なことがほとんどなかった。

「割と器用みたいで、何事も平均以上はできる子だったんですよね」

04人に認めさせるための術

理不尽な大人たち

大人への反発心は、高校生になってさらに強くなった。

アルバイト先だった結婚式場で、理不尽なことを言われる機会が多かったから。

「バイトに精を出してて、週7ぐらい働いていました」

「週末は1日13時間以上、勤務していたんですよ」

その姿勢が認められ、高校1年でリーダーを任された。

当時15歳だった自分の話を、子どもを持つ主婦のパートタイマーたちは聞いてくれなかった。

「私は仕事を教えたのに、年上の部下の人から『教わってない』って言われたりしましたね」

「それなら言うんじゃなくて見せつけようって思って、さらに仕事に励むようになりました」

高校を卒業し、進学した美容専門学校では、教師によるひいきが横行していた。

「頭が良くない子、ルールを破る子は相手にしない先生もいて、平等ではなかったです」

「周りに都合がいい大人が多くて、ますます反発するようになっていきました」

教える側の意識

理不尽で都合のいい大人を目の当たりにしたからこそ、わかったことがある。

接する相手が自分と同じようにできるとは、思わないこと。

「バイトで教える立場になった時、教えてるのにできない人にイライラしたんです」

「でも、始めから相手ができないものと思えば、イライラしないんですよね」

「むしろ、相手ができるようになるにはどうしたらいいか、策を練ることができます」

できない子を放置する専門学校の教師を見ても、同じことを感じた。

教える側の教師は、誰でもできて当たり前だと思っているのではないか。

「教えてもできない生徒も、おだてればうまく進むかもしれないじゃないですか」

「褒めて伸びる人と、叱って伸びる人を見極めて対応しない限り、うまく回らないって知りました」

萎えなかった向上心

今振り返ると、アルバイトのリーダーを任される状況は、15歳の少女には酷だったと思う。

「上の人から詰められて、下の人からは文句を言われて、さらにクレーム対応もしてたんです」

「でも、15歳に感情をコントロールしろって言っても、難しいじゃないですか」

上司に怒られた時は、職場でこっそり泣いてしまうこともあった。

しかし、泣いている姿は見られたくなかったから、バックヤードで顔を整え表に出ていった。

「泣きながら、上司に言われたことをメモして、改善点を書き出していましたね」

「よく人から言ってもらうんですけど、向上心があって、ハングリー精神が強いみたいです」

「どれだけ詰められても、辞めるって選択肢はなくて、食らいついてやり続けるんですよね」

「でも、職場で認められるために励むところは、人に見せたくないです」

試験前に「全然勉強してないよ」と言いながら、実際は1週間前から毎日8時間勉強しているタイプ。

「メンタルが折れそうなくらい頑張っても、それは明かしたくないんですよね」

「だから、私をよく知らない人の目には、あまりいい印象に映らないみたいです」

「仲いい人たちからは『努力家で真面目』って、評価してもらえるんですけどね」

05もっとも当てはまる性がパンセクシュアル

女の子とつき合う自分

初めて好きな人とつき合ったのは、小学生の時。

相手は男の子だった。

「中学でも好きな男の子がいて、3年間片思いしてました」

中学1年生の時、海外ドラマ『glee』を見た。

劇中には、レズビアンとゲイの人物が登場する。

「自分がもし女の子とつき合うとしたらって考えたら、全然違和感がなかったです」

男の子とも女の子とも、カップルになる自分を想像することは簡単だった。

隣の席に座っていた女友だちと『glee』の話で盛り上がった。

「出てくるレズビアンカップルが好き」と話すと、友だちから思いがけない言葉を聞く。

「私、バイかもしれない」

女の子ともつき合えると思っているのは、自分だけではないことを知った。

「私もバイセクシュアルなのかも、って認識し始めるきっかけになりました」

「その頃、テニス部の女性の先輩がかわいくて、気になっていたんです」

先輩とキスをする夢を見てから、気になり始めた。

しかし、関係を進展させることはなかった。

羞恥心に負けてしまった関係

初めて女性とつき合ったのは、専門学校進学のために上京してから。

チャットアプリを通じて知り合った女性と、つき合うことになった。

しかし、自分のセクシュアリティが確定していなかったため、悩んでしまった。

女性とつき合っても、将来結婚できないならば、女性と関係を築くべきではないのではないか。

女性との交際に興味があったため、葛藤した。

「初めての女性とのおつき合いは、恥ずかしかったんです」

彼女はショッピングモールなどで手をつないでくれたが、周囲にじろじろ見られることが気になった。

その気持ちも伝わってしまったのか、関係は2カ月で終わった。

今のところはパンセクシュアル

現在、自分のことはパンセクシュアルだと考えている。

「初めて女性とつき合ってからは、男性とも女性ともつき合ってきました」

「フリーの時は男性とも女性とも連絡を取るし、どちらも愛せるし、性的関係も持てるんですよね」

「たまたま好きになった人が男性だったり、女性だったりしただけだと思うんです」

レズビアンやストレートは、自分の可能性をつぶすようで、違うと思った。

バイセクシュアルのように、2つの性にこだわるつもりもなかった。

男性とも女性とも、ロシア人ともアメリカ人とも、年上とも年下ともつき合ったことがある。

川を流れるように、たまたまつき合った人がその性だった。

「LGBTのカテゴリの中では、パンセクシュアルが一番近いかもしれません」

「でも、今の私が一番当てはまるのは、セクシュアル・フルイディティだと思います」

「今後女性しか選ばないかもしれないし、おじさんだけかもしれないから」

 

<<<後編 2018/11/19/Mon>>>
INDEX

06 “経営者” という新たな夢
07 自分の中の芯と目指すべき姿
08 身を委ねられるパートナーとの出会い
09 カミングアウトで切り開いた道
10 人の心を動かす仕事をするために

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