INTERVIEW
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MTXというカテゴリーに捉われない、オールマイティな自分でいたい。【前編】

穏やかかつしなやかな雰囲気をまとう今泉憲人さんは、ひとたび話し始めると、華やかで賑やかな人。「悪いことばかり引きずってても、いいことないから」と、笑いながら話す。その胸の奥には、人知れず秘めた思いが。明確に将来を決めたわけではなく、まだ道の途中。それでも、過去の自分と同じように、画面の向こうでもがいている人に伝えたいことがある。

2019/06/06/Thu
Photo : Rina Kawabata Text : Ryosuke Aritake
今泉 憲人 / Norihito Imaizumi

1974年、宮城県生まれ。2歳半からピアノを始め、小学生の頃はスイミング、習字、英会話と、さまざまな習い事をこなす日々を送る。名古屋芸術大学を卒業後、音楽留学で2年間フランスに滞在。帰国後、さまざまな職業に就きながらピアノを続け、現在はピアノ販売業に従事。2007年に結婚し、2児の父でもある。2018年12月からホルモン治療を開始。

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INDEX
01 厳しい母親と習い事だらけの日々
02 不条理ないじめと「好き」の気持ち
03 男である自分と男の嫌な部分
04 人生初の彼女と内緒の交際
05 反対された進路と揺るがなかった意志
==================(後編)========================
06 念願の音大生活とバイセクシュアルかもしれない自分
07 輝かしい海外生活と失って気づいた愛情
08 思いがけない同棲と家族のいる生活
09 トランスジェンダーと父親の狭間
10 秘めたままの想いと抱いている夢

01厳しい母親と習い事だらけの日々

お姉ちゃん子な弟

生まれは宮城だが、生後3カ月で千葉に引っ越した。

「父が転勤族だったんです。だから、千葉にいたのも小学生2年生まで」

「小学校3年生に上がる時に、両親の実家がある新潟に移りました」

幼い頃の記憶は、2歳上の姉と遊んだことばかり。

「姉の後ろをついて回る子でした。『ついてくるな』って言われても『僕、行く』って(笑)」

「きょうだい仲は良かったと思います。ケンカもよくしましたけどね」

姉は男勝りで気が強く、芯の通った人だった。

「姉が短大進学のために実家を出てからは、あんまり連絡を取らなくなりました。今も、3~4年ぐらいは会ってないです」

強制されていた習い事

家には電子オルガンがあり、物心ついた時にはピアノを始めていた。

「2歳半から、習い始めてるんです」

「僕が小さい頃は、ピアノをやらないと頭が良くならない、って言われたみたいで(笑)」

「当時は姉も一緒に習ってて、後ろからついていってました」

毎日1時間、練習の時間が設けられていた。

「母が顔を真っ赤にして『練習しなさい!』って言うので、練習してた感じですね」

「姉はしっかり1時間やってたけど、僕は40分くらいやって『1時間やったよ』って誤魔化してました(笑)」

近所の友だちと遊びたい盛りだった。

しかし、母から「練習があるから、友だちの誘いは断りなさい」と、言われる。

「母は『一つのことに集中して、持続させなさい』って、考えでした」

音楽を極めさせるためではなく、投げ出さない精神を作るための習い事だった。

「幼稚園では、毎週土曜に全員でスイミングスクールに通ってたんです」

「その流れで小学生でもスイミングを続けて、2年生までは習字と英語も習ってました」

教育熱心で怖い母

「父は無関心でしたけど、母はとにかく教育熱心でしたね」

「だから、叱られることも多かったかな」

しっかり者の姉は、練習も宿題もしっかりこなし、母の信頼を勝ち取っていた。

一方で自分は、練習も宿題もせずに遊びに出かけ、そのたびに叱られていた。

「ちょっと悪いことをすると、食事中でも手が飛んできましたね」

「母がイライラしている日は、朝からガツンと怒られて、泣きながら登校したこともあります」

「習い事も、怒られるのが怖かったので、サボらずに通ってた感じですね」

「でも、家にお客さんが来ると、母はニコニコしてるんです」

一歩家を出ると、社交的で明るく、おしゃべり好きな女性だった。

「外が好きな人で、旅行やドライブに行くとご機嫌になるんですよ」

「今の僕は、口うるさくて細かくて執念深いところが、すごく母に似てますね(苦笑)」

02不条理ないじめと「好き」の気持ち

転校先でのいじめ

小学3年生で新潟の学校に通い始めると、いじめられるようになった。

「都会から来た変わった人、ってイメージだったのかな」

「自分では全然気づいてなかったけど、オネエ言葉っぽいところがあったみたいです」

「だから、『ニューハーフ』『オカマ』みたいなことを言われて、からかわれて・・・・・・」

時には、暴力を振るわれることも。

「反抗はできなかったですね」

「でも、仲良くしてくれる子が2、3人いたので、なんとかやっていけてました」

当時楽しかったことは、ピアノの発表会。
練習は嫌いだったが、自分の個性を発揮できる発表会は好きだった。

「小さい頃から、人と同じことはやりたくない、って考えを持ってるんです」

「自分は自分、人は人なのに、なんで合わせないといけないのって」

「そういうところも、いじめられる理由だったのかもしれませんね」

成就しなかった初恋

母から「集団行動ができるクラブに入りなさい」と、言われていた。

「だから、小学3、4年生の時はサッカー、5、6年生でミニバスケットボールをやりました」

ミニバスケットボールの女子チームに、気になる女の子がいた。

「優秀なAチームに入っているキレイな子で、ほとんど一目惚れでしたね」

その時に抱いた「好き」という気持ちは、今でもはっきり覚えている。

「でも、『今泉はあの子が好きなんだって』って、ウワサが立っちゃったんです」

「その子と仲良く話してる姿を見て、誰かが勘づいたんでしょうね」

自分から好意を伝えることはできず、関係は進展しなかった。

中学時代に気づいた好きなこと

中学校に上がっても、いじめは収まらなかった。

「小学校の同級生が、そのまま同じ中学校に行くので、環境は変わらなかったです」

「ただ、『ニューハーフ』って言われて傷つくけど、だんだん慣れてきちゃうんですよ」

「中学生になって仲のいい友だちも増えたから、切り替えられるようになりました」

ずっと続けてきたピアノは、中学1年の2月で辞めた。

「その頃の習い事は、ピアノとスイミングだけになっていたんですけど、スイミングの練習で忙しくなったんです」

準選手コースに入り、1日2時間、毎日5000~6000m泳ぐ日々。

「ピアノを練習する時間が取れなくなって、スイミングに絞ったんです」

「中学1年の時にソウルオリンピックを見て、水泳選手になりたい、って思いも強かったんですよね」

しかし、中学3年で、再びピアノを弾き始める。

「その時は、完全に趣味でした。練習は嫌だったけど、ピアノ自体が嫌だったわけじゃないんです」

「好きな曲を好きなだけ弾けることが、楽しかったですね」

ドビュッシーの『月の光』、ムソルグスキーの『展覧会の絵』など、自由に弾き続けた。

03男である自分と男の嫌な部分

とにかく美しい体

「中学生の頃はスイミングが忙しくて、好きな人は現れなかったですね」

しかし、女性の体には興味があった。

「興味を持ち始めたのは早くて、小学3年生の頃にはエロ本とか読んでました(笑)」

道端に落ちているエロ本を拾い、自分だけが知っている秘密の場所に隠す。

「1人で、こっそりと見てましたね」

「中学生になってからは、本屋さんとかで立ち読みしました」

「周りを見渡して、エロ本を取って、わざわざ違うコーナーに行って読むんです。すんごい冷や汗をかきながら見てたのを、覚えてますね(笑)」

性的な興奮と同時に、別の感情も湧き上がってきた。

「女性の体はとにかくキレイでしたね。なんでこういう体なんだろう、って思ってました」

嫌だったものはヒゲだけ

中学生になると、徐々にヒゲが生えてくる。

「男性ホルモンが多かったのか、ヒゲが生える部分の色が変わるのが嫌でした」

「朝剃っても、夕方にはちょっと生えてるみたいな(苦笑)」

「当時はT字カミソリで剃ってたから、肌が切れたりして、本当に嫌でしたね」

肌を傷つけないため、ヒゲをハサミで切ったこともある。

しかし、思春期の第二次性徴に、拒否感を抱いたわけではない。

「声変わりは、特に気にならなかったです。というのも、ガラッと変わったわけじゃなかったから」

声は2~3年かけて徐々に低くなっていったため、気づいた時には変わっている感覚だった。

自分なりのファッション

男であることに多少の違和感を覚え始めたのは、高校生になってから。

「男の人の服って、色も形もバリエーションが少ないじゃないですか」

「だから、なんでカラフルじゃないの? って思ったんです」

地味で無難な服装に、嫌気がさした。

「当時はハードロックが大好きだったから、革ジャンに革のパンツをはいてました」

「モノトーンは好きだったから、白黒で統一してましたね」

周囲と違う格好をすることに、ほんの少しの勇気は必要だった。

「周りと違う恥ずかしさも、人に何か言われるかもしれない怖さもありましたよ」

「でも、それ以上に、自分は自分でありたかったんです」

幼い頃と変わらず、人と同じことはしたくなかった。

04人生初の彼女と内緒の交際

ようやく解放された日々

高校に上がると、周りの環境がガラリと変わり、いじめがなくなる。

「高校生活は、すごく楽しかったですね」

「2年生の時に、楽譜が読めるからって理由で、吹奏楽部に誘われたんです」

顧問に引き入れられた吹奏楽部は、男子部員が自分を含めて3人しかいなかった。

「あとは全員女子だったけど、もともと女友だちが多かったから、違和感なく入れました」

「むしろ、男子と話す方が、何を話したらいいかわからなくて大変で(苦笑)」

だからといって、男友だちがいなかったわけではない。

男女問わず、一緒に遊ぶ友だちはいてくれた。

強引な後輩との恋

3年生になる頃、教師から「生徒会選挙に立候補してみないか?」と、打診された。

「『わかりました』って立候補しちゃって、そのまま会長になっちゃったんです」

「1年生を迎える会とか、何回かステージで話す機会があったんですよね」

1学期が始まって少し経った頃、突然1年生の女の子が教室に入ってきた。

「知らない子でしたけど、話しかけられて、仲良くなっていきました」

平気な顔で3年生の教室に入り浸り、チャイムが鳴ったら帰っていく不思議な女の子。

「ある日、急に告白されたんです」

生徒会長としてステージに立っている姿を見て、興味を持ってくれたようだった。

「つき合うことに興味があったし、目がクリクリしたお人形みたいな子だったから、OKしました」

「ファーストキスは生徒会室で(笑)」

友だちからは、冗談半分で「生徒会室を私物化するな!」と、怒られた。

知られてはいけない関係

彼女は家で「男性との交際は禁止」と、言われていたらしい。

「だから、つき合ってることは、どっちの家でも内緒にしてたんです」

「彼女の家に電話をかける時は公衆電話まで行って、ファルセットで『○○ちゃんいますか?』って、女友だち風にしてましたね」

「向こうのおばあちゃんが出て、『友だちから電話だよ』って、無事につないでもらってました(笑)」

彼女は、毎朝母親に学校まで送ってもらっていた。

「一緒に学校に行けないから、お互いにみんなより早めに登校してましたね」

7時半に学校に着き、30分ほど、生徒会室で2人の時間を過ごした。

「初めての交際は楽しかったけど、今思い返すと、友だちの延長線上みたいな感じでしたね」

「友だちの状態から、自然な流れでつき合うことになったから」

2人の関係は、1年ほどでぷつりと途絶えてしまった。

「僕が大学受験に失敗して、浪人になったのが良くなかったみたいです」

05反対された進路と揺るがなかった意志

切り替えた進路

高校時代に思い描いていた進路は、教育学部。

「スポーツが好きだったから、体育系に進みたかったんです」

「学校の先生にも憧れていたから、体育教師になろうと思って、新潟大学の教育学部を目指しました」

「福祉の分野にも興味があったから、盛岡大学の福祉系の学科も受けました」

しかし、結果はすべて不合格。

「そのタイミングで、高校に音楽の教育実習生で来ていた方が、新潟大学の卒業演奏会に出たんです」

「その演奏を見に行った時に、ステージマナーがすごくかっこよくて、僕もあんな風になりたい、って思いましたね」

浪人生活が決まった時点で、再びピアノに向き合おう、と決意を改めた。

三度目の正直

「母は『ピアノなんかダメだ』って、毎日怒ってました」

母はピアノの先生に電話をして、「辞めるように説得してくれ」と頼むほどだった。

もっと堅実な道に、進んでほしかったのだろうと思う。

「それでも諦められなくて、母がパートに出ている間にピアノの練習をして、帰ってきたら部屋にこもってました」

しかし、二度目の受験もうまくいかなかった。

父は「あと1回だけだったらいい。それでダメなら働け」と、言ってくれた。

母には「予備校はもう通っちゃダメ」と言われたが、二浪することは反対されなかった。

「自力で勉強して、ピアノも練習して、母に内緒で名古屋芸術大学を受けました」

「2次選考で受けたから、入学式まであと10日ぐらいのタイミングで、合格が決まったんです」

両親と共に新潟から名古屋に向かい、住む部屋を決めて、家具や家電を買った。

2泊3日で両親は新潟に帰り、初めての1人暮らしが始まる。

「うるさい親から離れられたのはうれしかったけど、ありがたさも感じましたね」

静かに見守ってくれた父

浪人生時代、進路のことで悩んでいた時のこと。

「父に『悩みがある』って、打ち明けたんです」

すると、父は「お母さんに内緒で有休を使うから」と、2人で話す機会を作ってくれた。

父がいつも通り、朝7時10分に車で家を出る。

そのすぐ後に自分も家を出て、少し離れた場所で合流。

「ドライブをしながら、いろいろと話を聞いてくれました」

「父は寡黙で、家庭内では存在感が薄かったけど、本当にいい人でしたね」

その時間があったおかげで、目標を達成することができたのかもしれない。

 

<<<後編 2019/06/08/Sat>>>
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06 念願の音大生活とバイセクシュアルかもしれない自分
07 輝かしい海外生活と失って気づいた愛情
08 思いがけない同棲と家族のいる生活
09 トランスジェンダーと父親の狭間
10 秘めたままの想いと抱いている夢

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