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Writer/あさか

猫から学ぶ、クィアがバウンダリーを見つける方法

先月、わたしは保護猫を引き取りました。人間以外と一緒に暮らすのは初めての経験。この1ヶ月、よく食べ、よく寝て、よく噛みつく(!)猫と過ごすうちに、クィアとしていくどとなく思いをめぐらせてきたバウンダリー(境界線)や欲望の表現のしかたについて、あらためて考えさせられました。

猫から学ぶ。クィアにも必要なスキンシップのバウンダリー

バウンダリーとは?

NOISE記事『セックスはしたくないけど触れ合いたい ~アセクシュアルや性別違和のある人にとっても必要なバウンダリートーク~』でもふれたように、バウンダリーとは境界線のこと。

身体的、精神的、空間的、時間的に「ここまではしたい/したくない」といった境界線を決めることを「バウンダリーを引く」と言います。

・今日は1人で過ごしたい
・ハグはしたいけど、キスはしたくない
・この部屋はわたしの許可なしに入らないでほしい
・小さいころの話は話したくない

など、自分自身の心地よさや体調、状態を考えながらバウンダリーを引き、相手にそれを伝えることは、自分の身を守りながら互いを尊重できる関係性を築くことにもつながります。

クィアにとって、見つけるのが難しいバウンダリー

わたし自身は、とくに自分の身体的なバウンダリーを知ること自体に、だいぶ時間がかかりました。

それには、自分がクィアであることも関係していると思います。

以前、NOISE記事『スキンシップしてくる女友だちが苦手なノンバイナリーの話』のなかで、ようやく言葉にしましたが、わたしは自分がクィアであること想定されないまま、女ともだちにスキンシップされることがとても苦手です。

しかし、そのような感覚は、あまりほかの人に共有できたことはありません。その感覚が「ふつう」と違うのではないか、共感されないのではないか、と思っていたからです。

居心地の悪さをおぼえているのは自分だけのような気がして、長らく、その居心地の悪さを無視してやり過ごそうとしてしまっていました。

自分がクィアであることからくる身体的なバウンダリーを、言語化さえできていなかったのです。

猫から教わるクィアなバウンダリー

なんとなく(ここを)触ったり触られたりするのが嫌だけど、言葉にしづらいし、相手にはもっと伝えづらい。
みんなは「当たり前」に触れる/触れられるができていそうだし・・・・・・。

そう感じているクィアは、わたし以外にもいるのではないかと思います。

そんなわたしに、バウンダリーの引き方をあらためて教えてくれたのは、猫でした。

猫・なつを迎えた先月。最初はお風呂のなかに逃げて隠れていたなつも、思ったより早くわたしと暮らすのに慣れて「なでて」と足元に寝転がってくることもしばしば。

しかし、1秒前まではなでられて気持ちよさそうにゴロゴロしていたなつが、急に立ち去ったり「もうやめて!」とばかりにうなったり歯をむいたり。そんなことも増えてきました。

そんななつに振り回されて「えー、さっきまでゴロゴロしてたじゃん」と思いつつも、頭の片隅では「これがなつのバウンダリーなんだな」と納得している自分もいました。

心地よかったスキンシップが、何らかの理由で、1秒後に嫌なスキンシップに変わってもいい
嫌なときは逃げていい
あるスキンシップが嫌だからといって、相手が嫌いなわけじゃない

そんな流動的でクィアなバウンダリーの引き方を、なつは毎日のように、わたしに教えてくれているように思います。

クィア的にも実感できてよかった。猫と暮らすなかで探りあてた「わたしたち」のバウンダリー

身体的なバウンダリー以外にも、わたしが猫のなつとの暮らしから学んだのは、関係性の数だけバウンダリーがあること。

だんだん見つかる猫とわたし「2人特有のバウンダリー」

引き取ってから最初の1週間。わたしは寝室のドアを全開にし、いつでもなつが来られるようにしていました。

なつは保護猫だったので、ほかの猫もいるシェルターでの生活が長く、1匹で引き取られてさみしかったのかもしれません。ほとんど毎日、わたしの布団の上にやってきて一緒に眠っていました。

しかしある夜、わたしがうとうとと眠りについたころ。腕のところで寝ていたなつがはたと起き上がり、わたしの首をガブリ。わたしはびっくり仰天して飛び起きました。

傷はたいしたことがなかったものの、わたしは落ち着いて眠れなくなってしまったので、その夜から1週間ほどは、寝室のドアをぴっちり閉め、別々に眠ることに。

しかしそうなると、なつが「開けて~!」という感じでドアの前で鳴くことが増えてしまいました。

それもそれで気になってしまったので、結局今は、少しドアを開けて、なつが入りたいときに入って、出たいときに出られるようにしています。

最近は、一緒に寝ることはないけれど、朝はわたしの寝室までなつがドアの隙間から起こしにきてくれて、2人にとっての「いい感じのバウンダリー」がようやく見つかったように感じています。

とくにクィアは発明する必要がある「わたしたちのためのバウンダリー」

シスジェンダーヘテロセクシュアルとは異なるセクシュアリティを生きる、わたしたちクィア。

築く関係性のあり方も、シスジェンダーヘテロセクシュアルの「あるある」とは違うことも多いように思います。

たとえば
・ノンバイナリーなので「男女の友情は成り立つか?」という問いが無関係だったり
・ポリアモリーだから、パートナーが2人いたり
・カミングアウトしていないから、話せないトピックのある友だちがいる

クィアであることで、対人関係はより複雑になりえます。

そのため、クィアはとくに1つ1つの関係性やバウンダリーを手探りで「発明」していく必要が多いように思います。

もしシスジェンダーヘテロセクシュアルだったら、パートナーと「異性の友だちとは2人だけで遊びに行かないこと」などを互いのバウンダリーとして取り決めることができるかもしれません。

でも、世の中にあふれているマジョリティが前提の考えや方法ではなく、発明が必要となるクィアだとなかなかそうはいきません。

・同性の友だちだって恋愛対象にはなりうるし
・そもそもノンバイナリーだからみんな「異性」なんだよな

など考えると、よくちまたで聞くような単純なバウンダリーが引けないのです。

猫みたいにクィアでニュアンスのあるバウンダリーを探して

関係性もバウンダリーも自分たちで考え、作り出す必要のあるクィア。

「まわりでよく聞くこと」を自分や自分たちのバウンダリーに設定するのではなく、たとえどれだけ複雑で難しくても、手探りで自分たちのバウンダリーを見つけていくこと。

その大切さを、わたしは猫からあらためて教わったように思います。

たとえば、なつは、頭をなでられるのが基本的にすきですが、前からだと嫌がることが多く、後ろからのほうがリラックスして見えます。でも、後ろから急になでるとびっくりしてしまうようなので、前から少しなでると、受け入れてくれることが多いです。

なつのこのようなバウンダリーに気づくまでに、わたしは何度も「シャーッ」となつに威嚇されましたし、なつも嫌な思いをしたと思います。

それでも、非言語的なコミュニケーションを繰り返しながら、だんだんと互いの細かなニュアンスを読み取れるようになり、ようやく「しっくりくる」バウンダリーを見つけることができました。

クィアだからこそ、より複雑でうつろいやすいと感じていたバウンダリーを、難しいながらも見つけることが可能だと実感した一件でした。

クィアにとって困難でも。猫にならって、バウンダリーだけでなく欲望をそのままに表現する大切さ

猫に教わったことはバウンダリーのほかにもあります。それは、自分の欲望を正直に表現すること。

クィアにとっての欲望との距離感

わたしは、バウンダリーだけでなく、自分自身の欲望に気づくのにだいぶ時間がかかったタイプのクィアです。

人によっては、自身がクィアであることを幼稚園生などから気づいている場合もあると思いますが、わたしの場合は気づいたのが高校生のとき。

そして、自身がクィアだとわかっても、実際にどんな行為や関係性を自分が欲望しているのか、あいまいな時期が続きました。

差別を向けられるのを避けるため、同性愛的な欲望が自分自身にあっても否定しようとしたり、遠ざけようとしたり。同性愛嫌悪を内面化してしまっていたから、自分の欲望を自分で受け入れるのに時間がかかったのだと思います。

同性愛的な欲望をわたし自身が抱いていることや、女性やノンバイナリーとパートナーになりたいことを自分の言葉で誰かに表現できるようになったのは、ここ数年のことです。

クィアの葛藤を軽々と乗り越えていく猫

クィアとして、欲望を表現することに難しさを感じてきたわたしと対照的に、家に迎えた猫のなつは、自分のやりたいことや人間にやってほしいことを、うるさいくらいに表明してきます。

なでてほしいときや、ご飯がほしいとき、さみしいとき、トイレを掃除してほしいとき・・・・・・わたしのところにやってきて、遠慮なく大きな声で鳴いたり、体の上に乗ってきたり、やっている最中のことを邪魔してきたり。

猫からしたら言葉が通じない人間に、必死にアピールしないと伝わらないと思っているのかもしれませんが、とにかく欲望を積極的に表してきます。

そんななつを見ていると、自分の欲望を押し殺そうとしたり、隠そうとしたりせず、正直に表現することで手に入れられるものが多いと実感します。

差別を向けられるのはいまだに怖いですが、なつのように、少しずつ自分の欲望に忠実になりたいと思うことが増えました。

猫と一緒に住んでいるクィアとして

猫を引き取る前は、なんとなく人間関係よりも猫との関係性のほうが簡単にうまくいくだろうと思っていました。

でも、実際に引き取ってみると、人間と同じくらい(あるいはそれ以上?)猫と関係性を築き続けるのには、時間をいとわないコミュニケーションが必要だと感じています。

同時に、その体験は困難なだけではなく、クィアであることでわたしが苦手意識をもっていた、バウンダリーの見つけ方や欲望の表現方法を学ぶ機会にもなりました。

わたし自身、猫との生活にまだまだ慣れないことも多いですが、だからこそ猫からの学びを新鮮なものとして自分の生活に生かしていきたいと思うこのごろです。

 

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