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Writer/Jitian

映画『ナチュラルウーマン』に見る、トランスジェンダー女性の生き様

今回は、トランスジェンダー女性当事者の俳優が主演し、第90回アカデミー賞外国語映画賞を受賞するなど世界的に高い評価を得た映画『ナチュラルウーマン』(原題:Una mujer fantástica)を紹介します。

トランスジェンダー女性の当事者が演じた映画『ナチュラルウーマン』

トランスジェンダーの役が主人公のフィクション作品は、まだ数少ないように思います。

トランスジェンダー女性当事者のダニエラ・ベガが体当たりで演技した映画『ナチュラルウーマン』

私は、各種動画サブスクリプションサービスで、LGBTQに関する作品をよく探したり視聴したりするからか、最近はサービス側から数々のBL(ボーイズ・ラブ)作品がレコメンドに表示されるようになりました。

この10年ほどで、BLの映像作品は、東・東南アジアを中心に、国内外問わず急速に増えていると感じています。それにともなって、GL(ガールズ・ラブ)の作品も、少ないながらも少しずつ出てきています(シスターフッドまで含めればかなり多くなりました)。

一方、それらに比べると、トランスジェンダーの役が主人公の作品は、まだまだ数えるほどしかないと思っています。

そんななか、私は
・前回のNOISE「ドラマ『月夜行路』が示した、フィクションがトランスジェンダー女性と向き合う姿」
・前々回のNOISE記事「ドラマ『月夜行路』から考える、登場人物がトランスジェンダー女性である必然性は?」

で、ドラマ『月夜行路』を紹介しました。

『月夜行路』の主人公・ルナはトランスジェンダー女性の役でしたが、演じたのはシスジェンダー女性(と思われる)波瑠さんでした。

私は「トランスジェンダーの役を演じる役者は、必ずトランスジェンダー当事者であるべきだ」と思っているわけではありません。

トランスジェンダー当事者の全人口比率が決して高いとは言えないなかで、トランスジェンダー当事者しか演じられないとなると配役が困難になり、結果としてトランスジェンダーの役が出てくる作品そのものがますます少なくなってしまうからです。

ですが、ただでさえトランスジェンダー役の主人公の作品が少ないのに、トランスジェンダー当事者がトランスジェンダーの役を演じた作品ともなると、本当にごくわずか。

探してやっと見つけたのが、今回紹介する映画『ナチュラルウーマン』でした。

チリなどの合同で制作され、2017年に公開された映画『ナチュラルウーマン』の主人公・マリーナを演じたのは、チリで俳優・メゾソプラノ歌手として活動するダニエラ・ベガさん。

本作ではあとに書く理由により、時折マリーナが上半身を露わにする場面がいくつかあります。まさに “体当たり” で演じていると感じました。

そういった面などが評価されて、本作はアカデミー賞外国語映画賞をはじめとするさまざまなタイトルを受賞。期待以上の価値を経験できるでしょう。

映画『ナチュラルウーマン』あらすじ

トランスジェンダー女性の若者・マリーナには、親子ほど歳の離れた中年男性の恋人・オルランドがいました。

マリーナとオルランドが仲良く過ごしていたある日の夜中に「頭が痛い」とオルランドの具合が急変。マリーナが慌てて病院に連れて行きますが、オルランドはそのまま帰らぬ人となってしまいました。

パートナーが突然この世から去ってしまい、悲しみに暮れるマリーナ・・・・・・。しかし、悲劇が始まるのはむしろここからでした。

その場での医師の診断によれば、死因は動脈瘤と見られるとのこと。

警察にいろいろ問われるなか、マリーナが「トランスジェンダー女性だから」という理由で「マリーナがオルランドを殺した」と周囲から疑われます。

医者、警察、オルランドの遺族・・・・・・あらゆる人から差別を受け続けた先で、マリーナはどのような選択をするのでしょうか。

映画『ナチュラルウーマン』で描かれる壮絶な差別と、映画が変えた現実社会

マリーナが差別にただ耐え忍ぶ姿は見ていてつらいですが、リアルだなと感じました。

トランスジェンダー女性に対する、警察の無慈悲な「捜査」

映画『ナチュラルウーマン』では、マリーナに対してさまざまな偏見・差別・暴力が投げかけられます。言葉の暴力としては、遺族らによる暴言が目立ちますが、個人的に一番許せなかったのは警察の対応でした。

最初に対応した男性警察官は、マリーナがトランスジェンダー女性だとわかると、マリーナを男性として扱い、明らかに軽蔑・差別している態度を見せます。

本来市民を守るはずの警官が、市民を傷つけている・・・・・・。もうこれだけでも怒り心頭なのですが、そのあとにマリーナのもとに現れた性犯罪を扱う女性刑事の態度もひどいものでした。

女性警官は、トランスジェンダー女性がかかわる事件をこれまで多く扱ってきた経験がある、と言い、最初は丁寧で理解ある態度を装っています。

しかしいざ尋問が始まると、オルランドとの関係について「お金の関係?」と、オブラートに包むこともなく直接的に問うなど、偏見に満ちたセクハラだらけの尋問を繰り返します。

「トランスジェンダー女性がかかわる事件をこれまで多く扱ってきた経験がある」という発言を聞いて、それが悪い方向にはたらくのではと思っていたら、案の定・・・・・・でした。

挙げ句の果てには、なかば脅しで女性警官から警察に呼び出されたマリーナは「身体検査」を受けることに。女性警官と男性捜査員の前で全裸になるよう命令じ・・・・・・。

しかし、こうした警察の態度に対して、マリーナは声を荒げるなどせず、怒りや悲しみを飲み込んで、努めて淡々と対応し続けるのでした。

トランスジェンダー女性は、差別には耐えるしかないのか? 戦うべきなのか?

差別や偏見に対するマリーナの対応について、映画『ナチュラルウーマン』のレビューを読むと「もっとやり返せばいいのに」といった意見も見られました。私も映画を見ているなかで、あまりにも理不尽な言葉を投げつけられたシーンでは「少しは言い返しても・・・・・・」と感じました。

しかし「やり返す」ことは、むしろ受け流すよりもさらに心身を疲弊させることもある、とも考えています。

私の友人に、名前と顔を世間に公表している著名なLGBTQ当事者がいます。その方は、別の著名人や政治家から誹謗中傷などを受けたため、現在、法的措置をとっています。

裁判で戦うために、その方は見たくもないであろう誹謗中傷を何度も目にし、長期間にわたってお金と時間を注ぎ込んでいます。その姿を見ると「みんながみんな戦えるわけではないよな」と私は思うのです。

マリーナは、それまで差別に何度も遭ってきた結果「ただ耐える」という処世術に到達したのでしょう。ですが、眉をゆがめて歯を食いしばっている姿を見ると、やるせなさでいっぱいになります。

映画『ナチュラルウーマン』の栄光が、チリの社会を変えた!

映画『ナチュラルウーマン』で、マリーナはオルランドの元妻や息子から「怪物」「タマは取ったのか」などといった心ない言葉を、何度も何度も向けられました。

一方、映画でのマリーナほどではないかもしれませんが、実際に映画が公開された2017年当時のチリでは、トランスジェンダー当事者が身分証明書(日本の戸籍に近しい制度)の性別を変更するのに長期間を要するなど、トランスジェンダー当事者の存在は必ずしも受け入れられていなかったようです。

しかし、チリのトランスジェンダー当事者であるダニエラが映画『ナチュラルウーマン』で主演を務めて、世界中から映画が評価されたことにより、チリの社会が動きました。

公開の翌年、チリで14歳以上の人が申請によって性別を変更できる「性自認法」が、可決・成立したのです。

エンターテインメントが実社会を変えた事例が本当に存在するのか!! と驚きました。

映画『ナチュラルウーマン』から私たちはなにを受け取るのか

トランスジェンダーの役が、ただつらい目に遭うだけの映画を観るのは耐えられませんよね。希望もあってほしいものです。

歌で自己を解放するマリーナの姿

前出のとおり、マリーナを演じたダニエラさんは、メゾソプラノ歌手でもあります。映画『ナチュラルウーマン』では、マリーナがオペラを歌う場面がたびたび出てきます。その歌唱力は、さすがプロ・・・・・・! と唸らずにはいられないほど。

マリーナの話し声は「女性」としては低めです(無理に甲高い声を出さないところも、トランスジェンダー女性として長く生活している「リアル」を感じました)。ダニエラさんが、声変わりをする中でも、きっとたゆまぬ努力で美声を手に入れたのだろうと思うと、頭が下がります。

マリーナが高らかに歌い上げる姿やその歌詞は『ナチュラルウーマン』の救いでもあり、どこか切ない部分でもあります。

映画『ナチュラルウーマン』に救いはあるのか

マリーナに降りかかった災難は、心ない差別的な言葉だけではありませんでした。

オルランドが亡くなって数日後のある日、マリーナがオルランドと同棲していた部屋に帰ると、だれかが部屋を使っていた痕跡を見つけました。合鍵をもつオルランドの息子が、部屋に侵入していたのです。

オルランドの息子は、マリーナにすぐに家から出ていくよう迫っていました。しかし、マリーナ自身の生活もありますし、そんなすぐに家を出られるわけがありません。しかも、オルランドとの思い出の詰まった家なら、なおさら。

マリーナは何も「やり返す」ことはしないのでしょうか? マリーナを支えてくれる人はだれもいないのでしょうか?

映画『ナチュラルウーマン』について、ダニエラさんは「メッセージを伝えるために映画を作ったんじゃない」と発言しました。ですが、映画を見たらきっとなにか心に刺さるものが、人それぞれにあるはずだと私は思っています。

気になる方はぜひ映画をチェックしてください。

*トランスジェンダー女性に対する差別的なシーンが多く占めるので、精神的に安定しているときの視聴をおすすめします。

 

■作品情報
映画『ナチュラルウーマン』(原題:Una mujer fantástica)
主演:ダニエラ・ベガ
Amazon Primeほか各種サービスで配信中

■参考情報
トランスジェンダーの新星ダニエラ・ヴェガ、主演作『ナチュラルウーマン』で観客に問う「あなたはどの立場から観ていますか」【来日インタビュー】(FILMAGA)
Cómo el Oscar a “Una Mujer Fantástica” logró acelerar la recién aprobada Ley de Identidad de Género(映画『ナチュラルウーマン』のオスカー受賞が、最近可決された性同一性法の成立を加速させた経緯)(CNN CHILE)

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