2026年4月から放送されていた日本テレビ系の水曜ドラマ『月夜行路』が、6月に最終回を迎えました。最終話まで視聴したいま、地上波の民放ドラマがトランスジェンダー女性を登場人物として起用した「意義」を、あらためて考えます。(本記事は一部ネタバレになる記載があるのでご注意ください)
ドラマ『月夜行路』第1話で考えたトランスジェンダー女性の役どころ
主人公をシスジェンダー・ヘテロセクシュアル(出生時に割り当てられた性別と性自認が一致している異性愛者)にしなかった意味は、あったのか。
ドラマ『月夜行路』は、トランスジェンダー女性が主人公のミステリードラマ

まずはドラマ『月夜行路』の全体像をざっとおさらいしておきましょう。
物語は、夫の不倫を疑う専業主婦・涼子が、銀座でミックスバーを経営するトランスジェンダー女性のママ・ルナと出会うところから始まります。
2人はときどき事件に巻き込まれながら、大阪編では涼子の元彼探しを、東京編ではルナの父が残したパソコンのパスワード解読を、古今東西の文学作品の知識をヒントに解決していくミステリードラマです。
私はドラマ『月夜行路』の放送開始直後に「ドラマ『月夜行路』から考える、登場人物がトランスジェンダー女性である必然性は?」というNOISE記事を書きました。ドラマ『月夜行路』の主人公のルナはトランスジェンダー女性ですが、物語の主軸はあくまでミステリー。
ルナがトランスジェンダー女性であることや、ミックスバーを経営していることなどが、どこまでストーリーに関わってくるのか? そもそもその設定はストーリーに意味をもたらすのか? など、不思議に思って視聴し始めたのです。
必然性を超えた「制作陣の姿勢」
全話視聴し終えたいま、ルナがトランスジェンダー女性であるという「必然性」について、ミステリードラマを主軸とする本作においては、やはり必ずしも必要なかったように私は思います。
もし、ルナがシスジェンダー・ヘテロセクシュアルの女性で、単に文学オタクで優れた洞察力を持っていたとしても、ドラマの事件解決そのものは成立したはずです。
また、大阪編で重要となるルナの秘密も、やはりルナがシスヘテの女性であったとしても成り立つものでした。
しかしながら、ルナを「あえて」トランスジェンダー女性の登場人物としたこと。しかもトランスヘイトが蔓延る2026年に地上波ドラマとして放送され、TVerの視聴率ランキングで高い順位を獲得したことは、今後のフィクション作品でトランスジェンダーを含むLGBTQの役を登場しやすくする布石になったと思います。
個人的には、ルナのトランスジェンダー女性というジェンダーアイデンティティは、物語の仕掛けやどんでん返しに使われなかったことにも、好感が持てました。代わりに、ルナの背景としてきちんとジェンダーアイデンティティに触れられる場面が散りばめられていましたし、ルナが経営するバーの従業員役には、実際にトランスジェンダー女性であることを公表している俳優さんが起用されました。
ドラマ『月夜行路』は、日本の地上波ドラマにおける「LGBTQの描き方」を一歩前進させたのではないかと感じています。
トランスジェンダー女性が過去の人間関係と向き合う姿を描いたドラマ『月夜行路』
LGBTQのなかでも、昔と外見が様変わりしたトランスジェンダー当事者は、過去の人間関係や親族との向き合い方に悩まされることが少なくありません。
バブリーが直面した「過去の自分」

ドラマ『月夜行路』では、ミステリーという主軸とは外れたところで、トランスジェンダー女性の生き方に向き合う場面がいくつかありました。今回はそのなかでも、私が特に心に残っている第8話と第10話を紹介します。
第8話は、ルナのバーに勤めるトランスジェンダー女性のバブリーにフォーカスが当たりました。バブリーを演じたのは、トランスジェンダー女性であることを公表している俳優の真田怜臣さんです。
バブリーと同郷の幼馴染・マミが結婚式を開くので、バブリーは結婚式に招待されましたが、断っていました。
バブリー、もとい「りっちゃん」がマミと遊んでいた幼少期、マミにとってりっちゃんは「お兄ちゃん」でした。バブリーは、女性として生きるいまの自分をマミに見せたくないと思っている一方、一目でいいからマミの花嫁姿を祝福したい・・・・・・と葛藤します。
過去の自分を思い出したくないのか? 過去の人間関係を封印したいのか?
私自身、仕事でもプライベートでも、何人ものトランスジェンダーから話を聞いてきました。
「出生時に割り当てられた性別で生きることを強いられていた時代の人間関係に、トランスジェンダーがどう向き合うか」という問題は、多くのトランスジェンダー当事者が直面する極めてシビアな現実のひとつです。
実際、トランスジェンダーの友人のなかには、移行前の自分を知る親戚や同級生との関係をばっさり捨てて、新天地で生活している人もいます。
自分を抑圧していた、もしくは差別を受けていた嫌な記憶を思い出したくないという気持ちもあるでしょう。そういう人にとっては「過去の絆を大切に」などという言葉は刃になります。
一方、ドラマ『月夜行路』のバブリーにとって、マミと楽しく遊んだ子どものころの記憶は、大切な思い出。マミを大切に思うからこそ、新婦関係者の席にトランスジェンダー女性である自分がいることで、マミに変な目が向けられるのは心苦しい、と考えていた側面もあります。
バブリーはマミの晴れ姿を遠くからでも見たいと、ルナと涼子に付き添ってもらって結婚式の会場であるホテルに向かいます。バブリーが最終的にマミのウェディングドレス姿を見ることができたのかは・・・・・・ぜひ配信で確認してください。
LGTBQにとって最難関「親へのカミングアウト」をドラマ『月夜行路』はどう描いたか
トランスジェンダー女性を主人公としたドラマ『月夜行路』が「疎遠になった親へのカミングアウト」というもっとも難しい課題を最終話にすえたのは、よい構成だなと感じました。
拒絶された記憶とカミングアウトというハードル

最終回の第10話では、ルナと父親との確執が全面的に取り上げられました。医者であった父親はかつて、ルナの小説家になりたいという夢を全否定して「文学では人を救えない」と言い放ちました。
ルナは父の言葉にショックを受けて家を出て、父親とは長らく絶縁状態に・・・・・・。もちろんカミングアウトはしておらず、ルナは何も伝えないままSRS(性別適合手術)を受けて戸籍上の性別も変更しました。
もしかしたら、トランスジェンダーが身近にいない視聴者は「大手術や戸籍上の性別変更という大事なことも、親に言わないでやったの!?」と驚いた人もいるかもしれません。
しかし、私は「自分のやりたいことすら認めてくれなかった父親が、自分がトランスジェンダー女性であることなど受け入れてくれるはずがない」というルナの気持ちは、もっともだと思います。
私自身、家族に対してセクシュアリティをカミングアウトしていません。私の父親もかつて、テレビで取り上げられていたトランスジェンダー当事者を見て「お前、これじゃないよな」と冗談めかして聞いてきたりするような人でした。
そんな人にカミングアウトしようとは到底思えません。
母が語った「受け入れる」までのプロセス
実は、ルナは家族とまったく疎遠になっているわけではなく、母親とはときどき顔を合わせていました。ドラマ『月夜行路』で最もリアルだと思ったのは、石野真子さん演じるルナの母親のセリフでした。
現在の母親はルナを「ルナさん」と呼び、娘として親しげに接しています。しかし、実は最初からすんなり理解し、受け入れられたわけではない、と言います。
「最初は迷った」
「でも理解したくて勉強した」
「いつの間にか自然に可愛い娘と思えるようになった」
トランスジェンダーであると子どもからカミングアウトされた親が、最初から子どものセクシュアリティを全面的に拒絶するわけでもなく、でも心から受け入れられるようになるまでには時間を要したというプロセス。
私はこれまで、たくさんのトランスジェンダー当事者から話を聞いてきた身として、リアルだなと感じました。
私自身、父親には到底カミングアウトしたいと思えないからこそ、ノンバイナリーというトランスジェンダーの「傘」のなかにいる一人として、ルナの母親のように、身近な人がこうして受け入れてくれたらうれしいだろうなと思います。
ドラマ『月夜行路』がトランスジェンダー女性を主人公にした「意義」は
第8話も第10話も、最終的にはハッピーエンドとなりました。
地上波放送のエンターテインメントドラマであったことや、あくまでドラマ『月夜行路』の主軸はミステリーであったことを考えれば、この結末に異論はありません。
むしろ、LGBTQ当事者の物語が常に「悲劇」や「差別」で終わらなければならない理由もないはずです。実際に、人間関係に恵まれて、しあわせに暮らしているトランスジェンダーの当事者を私は何人も知っています。
トランスヘイトが日々深刻になっている昨今において、ドラマ『月夜行路』が人気のうちに無事に放送を終えられたことは、トランスジェンダー当事者にとって少しでもプラスに働いたのではないか、と私は信じています。
トランスジェンダーではない多くの視聴者は、日常に溶け込んで生活している、市井のトランスジェンダー当事者の存在について、少しでも考える機会が増えたはず。
トランスジェンダー当事者を子どもにもつ親は、子どもと接するうえで、何かしら得るものがあったのではないでしょうか。トランスジェンダー当事者の一人としては「あなたがどんな人であっても、私はあなたを愛している」と信じさせてくれる親の存在が、どれほど大切かが伝わったことを、切に願っています。
ドラマ『月夜行路』は、ルナと涼子が事件に巻き込まれがちなことを除けば(笑)、文学という新しい切り口のミステリードラマとしても楽しめます。現在はサブスクリプションのHuluで視聴可能なので、ぜひチェックしてみてください!
■作品情報
ドラマ『月夜行路』
Huluで配信中
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