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Writer/あさか

スキンシップしてくる女友だちが苦手なノンバイナリーの話

さまざまな場所で発生する、友だち同士のスキンシップ。とくに女性の友だち同士のスキンシップはよく見かける気がします。女性でも男性でもないノンバイナリーであり、女性も恋愛・性愛対象に入るわたしの視点から、女友だちとのスキンシップが苦手な理由を考えてみます。

ノンバイナリーへのミスジェンダリング

普段、女友だちにスキンシップをされると、わたしはノンバイナリーなのに「同性=女性」として見られているようで違和感をおぼえます。ミスジェンダリングされている感覚になるのです。

ミスジェンダリングとは?

ミスジェンダリングとは、本人の自認している性別とは異なる性別で、相手を扱うこと。

たとえば
・トランスジェンダー男性を「彼女」と呼ぶ
・ノンバイナリーを「女子はこっちね」と連れていく
・通称名ではなく、戸籍上/登録上の名前で呼び続ける
・相手の性自認がわからないなか「◯◯ちゃん」「◯◯くん」と呼び分ける

などは、ミスジェンダリングにあたります。

わたし自身はノンバイナリーですが「女性だと○○ですよね」と言われたり、親しくない人に勝手に「ちゃん」づけされたりすると、ミスジェンダリングされていると感じ、不快になることがあります。

「スキンシップ=わたしたち同性だよね」。消されるノンバイナリー

わたしがミスジェンダリングされたと感じる経験は、ほかにもあります。

それが「女ともだち」に気軽にスキンシップされるとき。

日本で生活していると「異性の友だち同士」でスキンシップしているのを、あまり見かけないように思います。

いくら仲がよくても、異性の友だちに対しては身体的にはあんまり触れなかったり。触れたとしてもずっと手をつないだり、腕を組んだりはしないような印象があるのです。

そのため、女友だちに長めのスキンシップをとられると「この人はわたしのこと、同性として見ているのかな」と感じます。

以前、女ともだちと「友人関係である相手とどのくらい身体的に触れたいか」という話になったとき。

その友だちは「女ともだちには突発的に触れたいと思うことがあるけど、男友だちとはない。好きな男性には突発的じゃなく、長い時間触れたくなるけど」と言っていました。

友人は、まず性別によって「女性は突発的に触れたいときがある、男性はない」と言い切り、さらに例外として「好きな男性」には長めにスキンシップを取りたいようでした。

彼女の話では、ノンバイナリーがまったく想定されていません。

わたしに対して、その友だちは急に腕を組んでくることがあったので、おそらくわたしのことは「女ともだち」として振り分けているのだと思います。以前、わたしが女性ではなくノンバイナリーだと伝えていたはずなのですが・・・・・・。

その友だちが、わたしに友人として親しさを感じてスキンシップをとっていることはわかっても、ノンバイナリーとしてのわたしが消されたようで、悲しくなりました。

わたしに対するスキンシップを、男性にもするのか

一方で、性別にかかわらずスキンシップをする人に、身体的に触れられても、ミスジェンダリングされたとは感じません。

たとえば友人の1人は、相手の性別がどうであれ、あいさつのハグをしたり、ふざけて押したり、ときには手をつないだりします。インターナショナルな環境で育ったことも影響しているのかもしれません。

その友だちなどは、わたしを「女性/同性だから」スキンシップをとれる相手として見ているのではありません。

一緒に過ごしていくなかで、仲がよければどんな性別に対してもスキンシップをとりたい、パーソナルスペースの小さな人だということがすでにわかっているので、わたしも安心して触れ合いを楽しめます。

「女性同士」のノリに困るノンバイナリー

腕を組みながら授業を受けたり、手をつないで街を歩いたり、肩に頭をもたせかけながら電車に揺られたり。日常生活で、女性同士のスキンシップを見かけることは多いですが、わたしはそんな「女性同士のノリ」に、入れないと感じることがよくあります。

女性同士のホモソーシャル

最近SNSでよく見かける言葉「ホモソーシャル」。この意味は諸説ありますが、男性同士の絆を示すことが多いです。

男性優位社会を基盤とした、男性同士の関係をあらわすことが多く、女性や男性同性愛者を排除することで、その結束が強まるという特徴があります。

・泣き虫な男性を「お前女かよ」「女々しいな」とからかったり、いじめたりする
・「どの女が落とせそうか」で盛り上がる
・好きな人がいない男性や、男性のみでつるんでいる男性に「ゲイなんじゃないの?」とネタにする

これらはすべて、女性や男性同性愛者を「自分たちとは違う」と見下すなかで、女性的でもないし同性愛者でもない、男性間の「俺たち」のつながりを強める言動です。

このような関係性が男性のホモソーシャルであるなら、女性同士はどのように絆を強めるのでしょうか。

わたしは経験上、女性同士のスキンシップが、女性版のホモソーシャルの1つであるような気がします。

スキンシップをとりつつ、自分たちが同性愛者ではなく「友だち同士」であることを確かめ合いながら、女性たちが絆を強化しているように感じるのです。

女性同士のスキンシップは異性愛規範的になりうる?

NOISE記事「女子校はほんとうにレズビアンにとって天国なのか?」にも書いたように、わたしは女子校などで、女性同士のコミュニケーションとして、スキンシップが日常的になっている状況をよく体験してきました。

そこでは、ノンバイナリーだけでなく、非異性愛者を想定しないことで、女性たちが「仲を深め」ているように感じます。

以前、体育の授業中、体育館に急に虫が出てきて大混乱になったことがありました。大学の授業だったため、ほとんどの人が初対面。それなのに、虫に驚いた女性の学生が、近くにいたわたしにしがみついてきました。

急にしがみつかれて、わたしはほんとうに驚きましたし、いやな気持ちにもなりました。

理由の1つは、先ほども書いたようにミスジェンダリングと感じたからです。その女性のクラスメイトに、わたしが「同性(=女性)」だと思われて、こんなふうにためらいなく触れられたと思いました。

いやな気持ちになった別の理由は、その行為が異性愛規範的だと感じたからです。

もし、男性に見える人が隣にいたら、その女性はしがみつくこと自体、したでしょうか。

もし、しがみついてしまったとしても、そのあとで謝ったり「動転してつかんじゃった」などと説明したりするのではないでしょうか。

それはおそらく、しがみつくという身体接触が「男女間」で行われた場合、恋愛的・性愛的な読み取りがされやすくなるからだと思います。だからこそ「ただびっくりしちゃっただけで、さっきのは恋愛・性愛的な触れ合いではないよ」という言い訳が、必要になる気がするのです。

しかし、そのクラスメイトはわたしに謝ることも言い訳することもなく、騒ぎが落ち着いたら当たり前のように授業に戻っていました。

わたしのことを「急にスキンシップをしても大丈夫な相手」と考えていたのでしょう。それは、わたしを「同性=女性」として見ていただけでなく「恋愛・性愛が発生しえない相手」と扱っていたように思えました。

スキンシップが多発するけど「恋愛的・性愛的でない」女性同士のコミュニケーション

大学のクラスメイトにしがみつかれたとき、わたしたち以外でも、虫に驚いた女性同士でスキンシップが発生していて「怖かったね~」「びっくりした!」という声が聞こえてきました。

同性愛の可能性は排除したまま、女性間のスキンシップを「説明のいらない」「恋愛・性愛関係に発展しようがない」ものとして考え、触れ合うことに安心感や楽しさを得る。

そんな女性間のスキンシップを通して、周りの女性たちが仲を深めているように感じました。

このように、なんとなく異性愛規範を感じる「ためらいのない女性同士のスキンシップ」には、ノンバイナリーとしても、クィアとしても「なじめないなあ」と思うことばかりです。

女友だちにスキンシップするのが怖いノンバイナリー

ここまで、女友だちにスキンシップをされて違和感をおぼえる話をしてきましたが、女友だちに対して自分がスキンシップをすることには、怖さを感じます。

ホモフォビアが噴出しうるスキンシップの場

怖さを感じてしまう理由の1つは、スキンシップの場がホモフォビック(同性愛嫌悪的)になりやすいということ。

ホモソーシャルの場では、男性同士がスキンシップをしているときに「ゲイかよー!」とからかうことがあるように、ホモフォビアはとくにスキンシップにおいて表面化することが多いように思います。

わたし自身、女性同士がスキンシップをしているときに「できてんじゃないの(恋愛的な親密さがあるんじゃないの?)」と、周りがからかっている場にいあわせたことがあります。

わたし自身は、ノンバイナリーであるだけでなく、女性も恋愛・性愛対象に入るので、ホモフォビックなことを言われると、自分自身が攻撃されているように感じることが多いです。

そのため、わたしが女友だちにスキンシップをすることで、そのようなからかいの対象になるのが怖くて、そもそもスキンシップをとりたくないと感じるのかもしれません。

ノンバイナリーでクィアなわたしからスキンシップをすると「本気」みたい?

自分から女ともだちにスキンシップをしづらいもう1つの理由。

それは、わたしがスキンシップをすると、恋愛・性愛的なアプローチだと思われてしまうかもしれないと、不安になるからです。

わたしは自分の友だち全員に、自身がノンバイナリーであること。そして、女性も恋愛・性愛対象のクィアであることをカミングアウトしています。

そのため、もしわたしが女ともだちに身体的に接触した場合、わたしに対して恋愛・性愛感情がなかったとしても「あさか、わたしに気があるのかな」と思われるかもしれないと、考えてしまうのです。

クィアであることが理由で、友だちとの仲が気まずくなることもあるかもしれない
勘違いされて、距離を取られるかもしれない
「恋愛的・性的に見られていやだな」と思われるかもしれない

そんなことをぐちゃぐちゃ考えてしまい、スキンシップをしないことで、好ましくない事態を避けようとしているのかもしれません。

ノンバイナリーのクィアとして、スキンシップを考え直すこと

わたしは、自分がノンバイナリーでありクィアであることを受け入れ始めてから、女友だちとのスキンシップに対する違和感に気づけるようになった気がします。

スキンシップには、男性同士は禁止されがち、女性同士は普遍化されがち、カップル間は奨励されがち、など日常的にさまざまな “ふつう” や規範が働いていると感じます。

でも、居心地のいいスキンシップは、関係性や個人の性格によって違うはず。

それに、接する相手を「同性」だと思っていても、実は相手はトランスジェンダーやノンバイナリーで「同性」ではないこともあるでしょう。

それぞれの経験や感じ方から、スキンシップのあり方が見直されていったらいいなと思います。

 

■参考情報
東大新聞オンライン「【記者の声】時には特権、時には生きづらさを生む「男性同士の絆」 ~東大入学を通して見えてきたホモソーシャルな関係~」

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NOISE記事「女子校はほんとうにレズビアンにとって天国なのか?」

 

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