他者に性的に惹かれない人々を指す「アセクシュアル」という言葉。ようやく社会に広まってきたけれども、まだまだ誤解もいっぱい。アセクシュアル当事者のぼくが、よく見かける疑問に答えてみようと思う。
アセクシュアルにつきものの「誤解」
今、アセクシュアルが誤解されまくりだ。2026年。「アセクシュアル」という言葉は、史上最も世に広まっていると言っても過言ではない、とぼくは思う。
「アセクシュアルって〇〇でしょ?」に困っている
アセクシュアルを題材にした物語も増え、登場人物に共感しながら作品を楽しみたいタイプとしてはかなりうれしい。当事者のコミュニティもできつつあり、仲間を見つけることも昔よりは簡単だ。
こんな風に世界が動いているのは、行動してくれた数多くの先人たちのおかげだろう。
ひとりのアセクシュアル当事者として、非常にありがたいことだな、と思っている。
しかし、言葉の認知度が上がるとともに、誤解も増え続けている。
「アセクシュアルって◯◯なんでしょ?」をSNSで見るたび「そんなことないけど・・・・・・」とモヤモヤすることも、しょっちゅうだ。
でも、嘆いていてもはじまらない。せっかく言葉が社会に広まってきている時代だ。
より正確な理解だって、きちんと発信すれば定着するかもしれない。
というわけで、今日はアセクシュアルについての疑問を、当事者であるぼくの目線から徹底的に解説していこうと思う。
そもそも、アセクシュアルとは
前提として「アセクシュアル」とは何なのかについて、あらためて示しておこう。ご存じの方もいらっしゃると思うけど、少しお付き合いいただけるとありがたい。
アセクシュアルとは、一般的には「他者に性的に惹かれない」というセクシュアリティを指す。アセクシュアルの人々は他者に性的な魅力を感じなかったり、他者に対して性的な欲求が向かなかったりする。
もちろん、当事者のなかでも言葉の使い方には揺れがあるけど、この記事で使われる「アセクシュアル」はそういう意味だ。
ここでひとつ、大切なことがある。アセクシュアルは「他者に性的に惹かれない」セクシュアリティであり、必ずしも「恋愛感情を持たない」わけではない。
他者に恋愛感情を抱かないセクシュアリティは、恋愛的指向といわれる「アロマンティック」。
ややこしいかもしれないし、両方を自認する人はもちろんいるけど、この2つは違うものだ。
アセクシュアルのぼくについて
NOISEでは何度かお話させてもらっているけど、ぼくはパンロマンティック・アセクシュアルだ。
つまり
・恋愛的指向:相手の性別にかかわらず恋愛的な感情を持つことがある「パンロマンティック」
・性的指向:誰にも性的に惹かれない「アセクシュアル」
ということである。
パートナーがいることもあり、友人たちと恋バナもするぼくは、何も言わなければアセクシュアルだとは思われない。
でも、自分はアセクシュアルだ、と気づいてから10年近く経つし、恋愛や交際を経てもその感覚は変わっていない。
今のところ、明日急にアセクシュアルじゃなくなる、ということはなさそうだ。
アセクシュアルQ&A ①心理編
それではここから、実際によくみかけるアセクシュアルに関する質問をもとに、アセクシュアルに向けられがちな誤解を解いていこうと思う。
「性欲がないのがアセクシュアルなんじゃないの?」

まずはこれ。アセクシュアル当事者がとてもよく聞かれる質問だ(ぼく調べ)。
「性欲がある」という状態が何を指すのかわからないけど、答えは「人による」と言わせてほしい。
というのも、身体的な性衝動や性的興奮は、他者に惹かれていなくても発生することがあるからだ。それは生理現象として体験したことのある人も、多いだろう。
性的な快感だって、得ようと思えばひとりでも得られる。
だから「誰かに惹かれることはないけど身体は性的に反応するし、自分には性欲がある」というアセクシュアル当事者は存在する。
もちろん、自身に性欲がないと感じている当事者もまた、いる。
結局どっちなんだ、と思うかもしれないけど、アセクシュアルは全員「性欲がない」なんて乱暴なことは言えないってことだ。
「アセクシュアルって、性的なことが嫌いなんでしょ?」
これも、人による。
まず「性的に惹かれない」と「性的なことが嫌い」は、別の状態だ。
あくまで個人の意見だけど「性的に惹かれない」は、ニュアンスとしては「興味がない」に近いと思う。そして「興味がない」は「嫌い」とイコールではない。
興味がないだけで別に好きでも嫌いでもないもの、あなたにもきっとありますよね?
そして、アセクシュアル当事者の中でも、性的なことへのスタンスにはグラデーションがある。
たとえば、ぼく自身は、周囲の性的な話を聞くことには特に抵抗がない。
でも、自分が当事者として話をするのは嫌だし、性的接触そのものも苦手だ。
しかし、同じアセクシュアル当事者でも
• 性的接触も性的な話もとても苦手で、嫌悪感がある
• 性的接触自体は苦手だけど、性的な話自体は大丈夫
• 性的に惹かれないだけで、特に性への嫌悪感はない
という人がそれぞれいる。
アセクシュアルだからこう! という、1つでは語れないわけだ。
「性的に惹かれること」と「性欲」と「性嫌悪」
ところで、アセクシュアルに関してこうした疑問が出てくるのは、ひとつ理由があると思っている。
「性的に惹かれること」と「(自分のなかの)性欲」と「性嫌悪(性的なことに嫌悪感を抱くこと)」の3つが、とても混同されやすいのだ。
この3つのポイントを分かりやすくするために、架空の2人のアセクシュアル当事者(Aさん、Bさんとしよう)について考えてみたい。
AさんとBさんはどちらも、他者に対して性的に惹かれないため、自分をアセクシュアルだと認識している。
Aさんは性欲を感じることがほとんどない。性嫌悪が強く、自分が性的なことをするなんて考えられない、と感じている。
一方、Bさんは自身に性欲があると感じている。性嫌悪はなく、他者との性的な行為には無関心だが、抵抗感も持っていない。だから、将来のパートナーが望むなら、性的な接触を持つかもしれない、と思っている。
・・・・・・というような2人は、どちらもアセクシュアルに当てはまる。
これを読んでくれた皆様の中には、性欲を感じず、性嫌悪があるAさんの方が ”アセクシュアルっぽい” と感じた人もいるかもしれない。
しかし、自分自身の性欲の感じ方や他者との関わりでの性嫌悪の強さを理由に「本物/偽物のアセクシュアルだ」「アセクシュアルらしい/らしくない」と判断することなんてできない。
というかアセクシュアルに限らず、セクシュアリティに関して「本物か」を疑うのはそもそもナンセンスだ。鑑定士じゃないんだから。
AさんもBさんも、等しくアセクシュアルである。
アセクシュアルQ&A ②行動編
「恋人がいたり、結婚していたりしていても、アセクシュアルなの?」

これもよくある疑問だ。答えはYES。
繰り返しになるけど、アセクシュアルは他者に対して性的な惹かれないセクシュアリティだ。
だから、性愛感情とは別に、恋愛感情を持ち、恋人がいることはあり得る。
そして恋愛の結果として結婚することだって当然ある(加えて、恋愛感情がなくても、様々な理由で結婚を選ぶこともある)。
ぼく自身も、アセクシュアルであることを認識してから、いろいろな人とお付き合いしてきた。
「相手に性的欲求が向かなくても恋愛ってできるの?」と言われたこともあるけど、そもそも性的関係のない恋愛だってあるし、逆に性的なことをするからって、恋愛感情があるとも限らない。
そして、自身のセクシュアリティとパートナーシップにどのように折り合いをつけるかは、ぼくたちそれぞれが決めることだ。
ついでに言うと、アセクシュアル当事者の中には「パートナーが望むなら、性的な関係をもつ」という人も一定数存在する。
これは何も不思議なことではない。
たとえば恋愛的指向に限らず、アセクシュアルじゃなくても「自分はショッピングやスポーツ観戦に興味がないけど、恋人がよろこぶんなら付き合うよ」という人はいるだろう。
それが、性愛感情、つまり「セックス」「性的な行為」でも起こる、というだけのことだ。
「アセクシュアルだって言っていたのに、恋人がいるなんて」という非難は、ふつうに的外れなのでやめてほしい。
「性的な描写のあるコンテンツを楽しむ人は、アセクシュアルじゃないのでは?」
いいえ。
そもそも前提として、小説でもマンガでも映像作品でも、我々がコンテンツを好きになる理由は千差万別である。
最初に少し書いたけど、ぼくは登場人物に共感して物語を楽しみたいタイプだ。だから基本的に性的な描写がある作品は、共感できなくてあまり好きではない。
でも、たとえば性的なストーリーに対して「違う世界を見ているようで面白い」「自分に性的感情が向かないから安心して読める」と感じているアセクシュアルは、性描写の含まれるコンテンツを楽しむかもしれない。
要するに「性的な創作を楽しむ」ことと「自分自身が性的に惹かれている」とか「誰かと性的なことをしたい」とかはイコールではないのだ。
みんながみんな「海賊王になりたい」とか「小学生名探偵になりたい」とか思ってマンガを読んでいるわけではないのと同じである。
「アセクシュアルって〇〇なんでしょ?」に対して、ひとりの当事者が思うこと

ぼくはアセクシュアルであることを公表している。
この記事で書いてきた(誤解に基づく)質問の多くは、ぼくや周囲の当事者が受けたものだ。
もちろん、アセクシュアルをしらなかった人が知ってくれようとする気持ちはうれしいし、聞かれたらていねいに答えたいとは思っている。でも、何度も聞かれてうんざり、という気持ちになることだって正直ある。
そんなときに1つ、サクッと見せられる記事があったらいいのにな、と思って、今日ぼくはこれを書いている。
聞くことが悪いわけじゃない。知らないことが罪だというわけでもない。
キツいことも書いてしまったと思うけど、ぼく自身にだって詳しくない分野はあるし、誤解していることもたくさんあるだろう。
でも、説明を求められるのはいつだってマイノリティの側、今回であればアセクシュアルの側だ。
マイノリティであることには体力が要る。ぼくたちだって同じ人間であり、体力は有限なのだ。
「アセクシュアルって〇〇なんでしょ?」と、誤った情報のままの人へ。
現代では書籍もインターネットもあります。調べ方は色々です。
悪意がないのはわかっています。
でも、当事者に聞く前にできること、あったりしませんか?


