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Writer/日向レマ

ノンバイナリーがあらためて語る。ファッションでジェンダーを決めつけないで

ノンバイナリーのぼくは、かわいい服もかっこいい服も好き。今は中性的なスタイルだけど、別にただそれが気に入っているだけだ。ジェンダーアイデンティティとファッションの関係について「男性でも女性でもない」と認識するぼくの視点から考える話。

ノンバイナリーのぼくとファッション

「かわいい」も「かっこいい」も好きな自分

服を選ぶのが好きだ。「おしゃれだな~」と思う服はこの世に沢山あって、全部買いたくなる(そして、口座残高とクローゼットの容量が足りなくなる)。

ズボンもスカートも、フォーマルもカジュアルも、素敵だと思う服の系統はバラバラだ。メンズもレディースも関係なく、好きな服が好き。

自己表現の一部として、「かわいい」にも「かっこいい」にも憧れているし、どっちにもなれたらいいのにな、と思っている。

ノンバイナリーっぽい? 今の見た目

ところで、ぼくは自分のことを「男女どちらでもない」と感じているノンバイナリーだ。
生まれた時の性別は女性で、自分のことは男女どちらとも認識していない。

そして現在のぼくは、基本的にメンズ服を選ぶことが多い。好きな服をいろいろ試した結果、似合う服はメンズファッションだとわかってきたからだ。

ポケットが大きくて、仕事をする上で機能的なのもよい(レディースの服にポケットが足りていないのは、それはそれで大きな問題だと思うんだけども)。

ショートカットにパンツスタイルのぼくは、そこそこ身長が高いのもあって中性的に見えるらしい。そしてこういう見た目は、いわゆるノンバイナリーのイメージに合致するものかもしれない。

メディアや物語の中で、ノンバイナリー当事者は「中性的で、男女どちらかよくわからない見た目の人」とされることが多い。

そしてノンバイナリーのぼくは今、ちょうどそういったイメージに近い恰好をしている。

「ノンバイナリーらしいファッション」に寄せてはいないけど

別に、意識してノンバイナリー的、とされる見た目を選んでいるわけじゃない。なんとなく「好きだな」「いい感じに着られるな」と思う服が、メンズファッションに分類されるだけで。

ただ、このコーディネートにメリットがあるのは事実。男性にも女性にも見られたくないと感じるぼくとしては、今の見た目でいると、勝手に女性だと判断されることが減って楽なのだ。あと、「かっこいいね!」とほめられるのはうれしい。

でも、ノンバイナリーであることと自分のファッションや見た目を、ダイレクトに結び付けられるとそれはそれで困ってしまう。

「ノンバイナリーなのに」と言われ、好きなファッションを選びにくくなった

これかお話したいのは、ぼくが今のようなスタイルに落ち着く前、大学時代の体験談だ。

「ノンバイナリーなのに、ワンピースなの?」

大学生のぼくは、言うなれば「ファッション迷子」だった。高校時代は制服があったし、休日も適当な服で過ごしていた。でも、大学に入ったら毎日服を選ばないといけない。

さあ、どうしよう・・・・・・。

自分に何が似合うかもわからない。じゃあ、とりあえず買って着てみるしかない! ぼくはメンズもレディースも区別せず、いろいろな服を試していた。

特に気に入った服のなかに、1枚のワンピースがあった。落ち着いたモノトーンで、当時気にしていた肩幅もあまり目立たないデザイン。何より、これを着るだけでコーディネートが決まるのも、ズボラなぼくにぴったりだった。

ある日、カミングアウトしていたSNS上の友人と、直接会うことがあった。ワンピースを着ているぼくを見て、相手は「ノンバイナリーなのに、ワンピースなの?」「シスジェンダーみたいな服を着るんだね」と声をかけてきた。

予想外の反応にとまどってしまい、ぼくは何も言えなかった。

現在もワンピースを着たいな、という気持ちは自分の中にまだありそうだけど、それ以来どうしても友達の言葉がちらついてしまい、本当に着たいだろうか? と自問自答してしまう。

「ノンバイナリー=中性的なファッション」という誤解

ワンピースの一件、相手に悪気はなかったんだと思う。

「ノンバイナリーって、性別がわからない見た目の人たちだよね」「基本的にワンピースなんて着ないよね」と、素朴に認識していただけだろう。

でも、そんなことはないと言わせてほしい。

よくイメージされる「中性的なノンバイナリー」以外にも、色々な見た目やファッションの人がいるのは当然のことだ。

ぼくの周りにはノンバイナリー当事者が何人もいるけど、好みの服装も髪型もみんな違う。

もちろん、ジェンダーアイデンティティと着たい服装が結びついていて、たとえば「自分は無性だと認識しているから、ジェンダーレスなファッションが心地よい」というノンバイナリーは存在する。

でも、ノンバイナリー全員が中性や無性なわけではなく、自分を「女性寄り」「男性寄り」と感じている人もいる。それに、同じノンバイナリーでも、好みや表現したいもの、置かれている状況は人それぞれ。

だから、いわゆる「中性的な服装」以外を選択する(または、そうせざるを得ない)ノンバイナリー当事者も沢山いる。

女性的/男性的なファッションだからといって、その人が「ノンバイナリーではない」という理由にはならないのだ。

どんなファッションでも、ノンバイナリー

今は2026年。ジェンダーレスなコーディネートや、ファッションブランドを日常で見かけることが増えてきている。

「ファッションはもっと自由でいい」そんな声が聞けるようになったのは、現代のいいところだ。

でも、ふと立ち止まって思う。ぼくたちノンバイナリーは、その自由を享受できているだろうか、と。

男性的/女性的な服装を選ぶと「ノンバイナリーではないんじゃないか」と言われてしまうことは、まだまだある。

せっかく「男性/女性らしさ」の押し付けが減少しつつある時代で「ノンバイナリーらしさ」のなかに、ぼくたちが閉じ込められていくなんて。そんな話はないだろう。

ワンピースを着ていたぼくも、メンズファッションを選ぶ今のぼくも、ずっとノンバイナリーだ。

誰かが見た目で外からジャッジして「あなたはノンバイナリーじゃない」なんて決めていいわけはない。

だって、自分のアイデンティティは、自分以外の誰のものでもないんだから。

 

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