わたしは、今のパートナーと付き合い始めて約1年になります。しかし、わたしたちの関係性は、特定の友だちしか知りません。「自分はクィアだ」と、すでにカミングアウトしている友だちが相手でも、パートナーとのことは言い出しづらいと感じることがあるからです。
クィアなわたしにとっての「友だち」と「パートナー」
わたしは「友だち(あなた)よりパートナー優先」と、なんとなく伝わってしまうことが心配です。
パートナーは「一番仲よしな友だち」?
異性愛者に向けてよく放たれる質問。
「男女の友情は成り立ちますか?」
この問いは、おそらく「恋愛対象の人と友だちになれるかどうか」を聞きたいのだと思います。
(この質問が、レズビアンやバイセクシュアル、パンセクシュアル、ゲイだけでなく、ノンバイナリーなどをまったく想定していないという問題は、一旦置いておきます。)
わたし自身は、恋愛対象の人とも友だちになれると考えています。
わたしは今のところ、ノンバイナリーや女性が恋愛対象ですが、わたしの友だちのほとんどはノンバイナリーや女性です。
そしてむしろ、恋愛的にもすきな自分のパートナーが「一番仲よしな友だち」みたいな感覚があります。
笑い合ったり、議論で盛り上がったり、一緒にご飯をつくって食べたり。
パートナーは「友だち」と過ごすのと同じような体験をする相手でもあるからです。
パートナーが「一番優先の友だち」でもある?
一緒に過ごす時間はどうか? パートナーと過ごす時間のほうが、ほかの友だちよりも圧倒的に長く、密です。
たとえば、パートナーとは毎日、会ったり連絡を取り合ったりしていますが、友だちとは多くても週に1回、連絡を取り合うくらい。
そうすると、少なくとも時間軸での「優先順位」は、パートナーのほうが高くなります。
パートナーとの予定が入っていない日程をねらって、ほかの友だちとの予定を入れたり。
予定の日時がかぶってしまったら、ほかの友だちに調整をお願いしたり。
そんなふうに、パートナーとほかの友だちの間の優先順位の差が、はっきりしてしまう感覚があります。
「パートナーがいる」というのは「あなたを優先できません」ということ?
「パートナーがいるんだ」と伝えることは「あなたよりも優先順位が高い人がいるんだ」と、人間関係の優先順位を見せつけるようになってしまう気がするのです。
もし「恋愛相手は男性だけ」「友だちは女性だけ」という人にパートナーの彼氏ができた場合は「彼氏はできたけど、それとは別枠で、あなたは変わらず仲よしな友だち」
というニュアンスで伝えられるかもしれません。
彼氏の存在を伝えられた側の女性の友だちも「友だちとしては、変わらず仲よしだもん!」
と思えるかもしれません。
でも、クィアであったり、わたしのように「恋愛相手」と「仲よしな友だち」の違いがはっきり分かれていないとき。
どうしても「パートナーがいる」と伝えることが「あなたはわたしの友人関係のなかで1番ではない」とわざわざ言っているような気がして、ためらってしまうのです。
もし「1番」でなくても、友だちが大事な存在であることは事実なので、気にしすぎな気もしますし、わたしの友だちが必ずしもわたしの「優先順位1番でいたい」と思っているわけではないですが・・・・・・。
共通の友人だらけのせまいクィア・コミュニティで
パートナーとの関係性を友だちに伝えづらい理由はほかにもあります。
友だちのほとんどが、クィアなパートナーとの共通の友人

1つ目が、わたしの友だちのほとんどが、パートナーの共通の友人であること。
わたしとパートナーは、同じ大学のせまいクィア・コミュニティに参加しているうえ、フェミニズムなどの近い問題関心をもっています。
パートナーの友だちとクィアやフェミニズム系のイベントで知り合ったり、わたしの友だちとパートナーが、実はもともと顔見知りだったり。
このように、わたしたちの場合、交遊関係が大幅にかぶっています。
もしかしたらこの状況は、そもそもせまくなりがちなクィア・コミュニティのなかで付き合っている、クィア・カップルあるあるなのかもしれません。
共通の友人であれば、パートナーの存在を伝えやすいのではないか? と思う人もいるでしょう。
しかし、わたしの感覚では、共通の友だちのほうが、関係性を話すのがたいへんです。
いまさら? クィアな関係性をはっきり伝える難しさ
たとえば、わたしの昔からの友だちに、初めてパートナーを引き合わせようと思ったとき。
そんなときは、もちろん「こちら、パートナーの○○だよ」と紹介します。
初対面で会うときは、引き合わせた相手との関係性を説明するきっかけになりやすいのです。
でも、パートナー以外の友だちも加えて複数人で会ったり、相手がパートナーと共通の友だちの場合。
どこかのタイミングで、あらたまって関係性を伝えなければいけなくなります。
「実はわたしたち付き合ってるんだ」
「去年の5月くらいから付き合っていて・・・・・・」
などと「わざわざ報告」することに、ためらいを感じることが多いです。
わざわざ言って何になるんだろう?
急に言ったらびっくりされないかな?
「なんでずっと黙ってたの?」って聞かれたらどうしよう・・・・・・
そんなことを考えて「報告」を先延ばしにしていたら、1年も経ってしまったことがあり、カミングアウトの内容以上に「いまさら?」という感じが増してしまいました。
気をつかわせたくないクィア・カップルの悩み
カミングアウトする相手が、パートナーと共通の友人だと、なんだかんだで気をつかわせてしまうかもしれないという不安もあります。
たとえば、パートナーと友だち、3人で遊びに行くとき。
パートナー同士のわたしたちが明らかに喧嘩していたり、互いにつっけんどんな態度を取っていたりしたら、友だちは居心地が悪くなる気もします。
あるいは逆に、わたしたちがイチャイチャしまくっていたら、友だちとしては気まずいかもしれません。それでも「付き合っているふたりだからしょうがないか」と、友だちに思わせてしまうこともあるでしょう。
3人のときは、3人の空気感をたいせつにして、パートナーとふたりの問題や感覚を持ち込まない。
そんな暗黙のルールみたいなものを感じるから、わたしはパートナーとの関係性をほかの友だちに伝えづらいのかな、という気もします。
「ディープ」なカミングアウトやアウティングを避けようとすると話しづらい
パートナーとの関係性を友人に説明しにくい2つ目の理由は、カミングアウトやアウティングの問題です。
パートナーのことを話そうとすると、自分のカミングアウトになる?

わたし自身は、自分が友だちと思っている人には全員、自分がクィアであるとカミングアウトしています。
しかし、ひとくちにクィアといっても、セクシュアリティのあり方はさまざま。
わたし自身、友だちに「クィアなんだよね」と伝えても、ノンバイナリーであることや自分の性的欲求や性的な関係性などの「ディープなこと」を、詳しく話すことはほとんどありません。
話の流れで、それらのことについて知った友だちもいますが、わたしにとって、自分のセクシュアリティについて詳しく説明することは、やはりとてもハードルの高いカミングアウトなのです。
しかし、パートナーとの関係性を話し始めると、どうしても「ディープなこと」に触れざるをえなくなるときがあります。
たとえば「いつ、パートナーのことすきだって気づいたの?」というよくある質問。
わたしにとっては「この人といると、無理せずノンバイナリーでいられる」と思えたことが、パートナーとの親密さを自覚したきっかけの1つでした。
そのため、パートナーとの話が「ディープな話」のカミングアウトにつながってしまうのです。
それを避けようとして、パートナーとの話を、友だちにそもそもあまりしないようになることが多々あります。
パートナーのカミングアウトやアウティングになってしまう?
パートナーのセクシュアリティについて、どのくらいわたしが話していいのか、というためらいもあります。
パートナーはわたしに「あさかの友だちには、わたしたちの関係性やセクシュアリティについて伝えていいよ」と言ってくれています。
そのため、もしわたしがパートナーとの関係性を説明し、その流れでパートナーのセクシュアリティについて言葉にしても、厳密には、アウティング(本人の同意なく誰かのセクシュアリティを暴露こと)ではありません。
しかしどうしても「パートナーがしっくりくるような説明をわたしはできないのでは?」「間違ったことを伝えてしまうのでは?」という感覚が消えません。
そのため、とくにパートナーのいないところでパートナー自身の話をすることを避けがちです。
パートナーとの関係性を話しづらいけど、話してみると・・・
大切なパートナーと、誰かの前でも「パートナーとして」一緒にいられる安心感

先日、パートナーと東京プライドフェスティバルに行きました。
2人で手をつないで、NPOのブースの前を歩いていたときのこと。
パートナーにフライヤーを手渡したスタッフの方が、そのあとすぐ、わたしにも「パートナーの方もどうぞ」と言って、フライヤーを差し出してくれました。
わたしはあまり聞こえていなかったのですが、パートナーはそれを聞いて
「なんかよかった」
とあとから教えてくれました。
普段、2人で手をつなぎながら街を歩いていて、妙な視線を感じたり、友だちだと思われたり、そんな経験が日常的であるなかで、すんなりと「パートナー同士」として呼びかけられること。
そのことのうれしさや、安心感があったようです。
友だちの前でも「パートナー同士」でいられること
ここまで、友だちにパートナーとの関係性を話しづらい理由を書いてきました。
パートナーとの話を友だちや家族にすることで、法的な保障はなくても、親密な輪のなかでは「パートナー同士」として考えてもらえたり、接してもらえたり。
それによって、わたしたち自身がむしろ、安心感をおぼえることがあるかもしれません。
実際に以前、友人カップルと4人でダブルデートしたとき。
4人の間にもそれぞれ親密性がありつつ、カップル同士の仲の良さも表現できて楽しかったこともありました。
「友だちにパートナーのことを話しづらい」という感覚は今でもありますが、少しずつ話していくことで、安心して「パートナー同士でいられる」未来にもひらかれていたいと思うこのごろです。


