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Writer/酉野たまご

ゲイとして、生きたいように生きたくて。映画『熱狂をこえて』から受け取った、90代の先輩におもうこと

日本初のプライドパレードを開催した、ひとりのゲイの活動家―現在94歳である彼は、どのような人生を送ってきて、今なにを思うのか。決しておだやかな道のりではなかった、その生きざまを描き出したドキュメンタリー映画『熱狂をこえて』の感想をいち早くお届けしたい。

映画『熱狂をこえて』から浮かび上がる「あるひとりのゲイ男性」の生きざま

映画『熱狂をこえて』は、かつて日本のプライド運動を大きく引っ張っていった活動家・南定四郎(みなみ ていしろう)氏に密着したドキュメンタリー作品だ。

「ひとりのゲイ男性」のドキュメンタリーにとどまらない重厚さ

松岡弘明監督が、世界各国の20以上の映画祭で受賞した初作品『沖縄カミングアウト物語』に続く2作目。映画『熱狂をこえて』は、ひとりのゲイ男性の半生を追うドキュメンタリーとして、4年の歳月をかけて製作された。

映画『熱狂をこえて』を鑑賞する前に、実は少し身構えてしまっていた部分があった。

日本ではじめてプライドパレードを実現させたゲイの活動家・・・・・・その功績の大きさと、現在90代である南定四郎さんに迫ったドキュメンタリーという内容に、自分のような人間は気後れしてしまうのではないかと思っていたのだ。

私自身は、プライドパレードをはじめ、プライド運動に積極的に関わった経験はほとんどない。日常生活のなかで、ほかのLGBTQ+当事者の人と話をすることすら、それほど多くはない。

だからこそ、私にも身近に感じられる内容だろうか? そもそも南定四郎さんの気持ちに共感できるところがあるだろうか? と、若干の不安を抱いていた。

そして、そんな私にも、映画『熱狂をこえて』の内容はスポーツドリンクのようにスルスルと入ってきて、体にも心にもしみとおるようだった。

今の自分だからこそ、観る必要があった。そう思える学びと感慨に満ちた、ぶ厚く、けれども堅苦しかったり説教臭かったりすることのない、濃厚なドキュメンタリー作品だったのだ。

ドキュメンタリー映画『熱狂をこえて』の魅力とは

『熱狂をこえて』は、ゲイ男性・南定四郎さんのこれまでの生きざまを、イラストと語り、南さんを含む関係者たちへのインタビューを織り交ぜて、わかりやすく描いている。

1931年に樺太で生まれ、日本へ渡り、ゲイとしての生き方を求めて上京。さまざまな出会いをとおして、日本でのプライド運動に携わっていくようになり・・・・・・。

当時の思い出を語る南さんの表情や声色は、想像以上にほがらかで、はきはきとしていた。

もっと厳格な雰囲気の人か、あるいはつらい思い出を絞り出すように静かに語る人かもしれない、と考えていた私の予想は大きく外れた。

自分がゲイかもしれないと気づいたきっかけ、東京に出てから出会ったゲイバーの人たちとのやりとりなどを楽しそうに振り返る南さんの様子を見ていると、まるで飲み会の席で、気安いゲイの先輩から話を聞いているような気分になってくる。

その先輩の口から語られる、東京で開催された「日本初のプライドパレード」の記憶は、愛や喜びだけではなく、さまざまな感情の色が複雑に入り混じっていて、ついつい前のめりで話を聞きたくなるような奥深さに満ちている。

映画『熱狂をこえて』の魅力は、まさにその「気安さ」と「奥深さ、重厚さ」のバランスにあるように思えた。

まちがいを受け入れることも人生。ゲイの活動家の波乱万丈な道のり

映画の冒頭で、南さんの口から「愚かなことをした」という言葉が飛び出す場面がある。それは、ゲイの活動家としてはかなり意外な言葉のように思えた。

レズビアンとゲイの「へだたり」―活動のなかでぶつかった現実

南定四郎さんが率いた日本でのプライド運動の軌跡は、決しておだやかな道のりではなかった。

個人的に、特に印象に残ったのは、活動のなかで浮き彫りになっていったレズビアンとゲイの間の「へだたり」。

まだ平成初期の当時、男女間の性の格差は色濃く残っていて、それが「レズビアン」と「ゲイ」の活動家たちのわだかまりにもつながったのだろうか。

私自身も大学生の頃、LGBTQ+関連のサークルに入会申し込みをしたところ、メンバーのほとんどがゲイ男性だと聞いて気後れしてしまい、なにひとつ活動せずに退会してしまった過去がある。

いざ、同じLGBTQ+当事者として連帯しよう! と集まっても、生きていくうえで抱えている感情や感覚の違い、考え方の違いが際立ってしまって、第3回のパレードでそれがトラブルにつながっていく・・・・・・という様子は、想像に難くない。

今から30年も前のことであれば、なおさらだ。

ただ、当時のトラブルについて「(自分が)愚かだった」と、自身の言動を冷静に振り返る南さんの姿を見ていると、トラブルのあったことも含めて、貴重な歩みそのものだったということが身にしみてくる。

映画『熱狂をこえて』を通してはじめて向き合った「プライドパレード」の存在

学生の頃、まだ私がレズビアンであることを周囲に隠していた時期に、ブログにはまっていたタイミングがあった。

個人ブログの全盛期から少し経ったくらいの頃で、自分と同じレズビアンの人が書いているブログ記事を片っ端から読んで、共感したり、知識を得たりするのが楽しかったのだ。

今よりもLGBTQ+についての情報源が少なかったので、知らない誰かが書いたブログ記事は、恋愛小説のようであり、勇気をもらえる人生の指南書でもあり、時にはコメントやメッセージでコミュニケーションもとることができる、いわば駆け込み寺のような存在だった。

そこではじめて知った「プライドパレード」というイベントの存在は、当時の私にはどこか遠く感じられた。

当時、ブログを書いていたレズビアンの人たちは、周囲に自分のセクシュアリティを隠していることが多く、プライドパレードに参加したという人はほとんど見つけられなかった。

「目立つし、知人に見つかるかもしれないし、参加するのは恥ずかしくて怖い」

あるブログ記事に書かれていたプライドパレードへのイメージは、うっすらと私の心のなかにも刻まれていたのだと思う。

映画『熱狂をこえて』を通して目の当たりにしたプライドパレードは、たしかに華やかで目立っていた。

でも、きっと「パレードは恥ずかしくて怖い」というイメージは、LGBTQ+として感じている窮屈さの裏返しなのだろう。

南さんは『熱狂をこえて』のなかで、プライドパレードの運営方法について自分がまちがっていたと思う部分を反省されているけれど、きっと南さんのある種の強引さや、やや強すぎる熱意と行動力によって、ゲイとして、LGBTQ+としての窮屈さから解放されたという人たちは大勢いたはずだ。

そのプライドパレードの歴史が、少しずつ変化しながらも現在まで紡がれていることを思うと、自然と背筋が伸びるような気持ちになる。

LGBTQ+として「声を上げること」の難しさ、尊さ

蒔いた種が育つための時間―映画『熱狂をこえて』が届ける南さんの「今」の想いとは

映画『熱狂をこえて』は、南定四郎さんの半生を振り返るとともに、日本のプライド運動の歴史と、携わった人たちの想いもたどっていく。

決して完璧なヒーローなどではない、ただ必死にプライド運動を率いていたゲイ活動家・南さんの生きざまのなかで、私は不思議と、パートナーの方とともに沖縄へ移住した2011年以降のほうが、より大切な時間だったのではないかと感じられた。

ゲイ活動家として精力的に動いていた頃よりも、そのあと―まさに「熱狂をこえた」あとの時期―に、自身のことを振り返り、あらためて見つめ直した時間こそが、南さんの蒔いた種が栄養をたくわえ、根を張り、やがて大きく育っていくために必要だったのではないかと思う。

ゲイとして、自分らしく生きたいように生きたかった南さんの想いは、当時よりも今のほうが、きっとずっと成熟して、太くたくましく、味わい深く育っている。

『熱狂をこえて』は、そんな南さんの想いを、今の私たちが受け取るためのきっかけを作ってくれる映画なのだ。

ゲイとして、LGBTQ+として声を上げるということ

映画『熱狂をこえて』を通して、私がもっとも強く感じたのは「声を上げること」。それ自体の難しさと尊さだ。

普段、LGBTQ+に関する文章を書いている私でも、プライド運動に関わった経験はあまりない。

きっと心のどこかで、自分がLGBTQ+であることは非常に個人的なことだと思っていて、それが社会運動につながるテーマだという意識がうすいのだと思う。

だけど、近年、SNSで戦争反対の発信をする人たちや、デモに参加する人たちの投稿を見ていて、少しずつその意識が変化していることに気づいた。

声を上げることは、やっぱり恥ずかしいし怖い。そのために誰かに非難されたり、親しい人たちに敬遠されたりするくらいなら、なにも言わずに静かにしていたほうがいいのではないか・・・・・・と怯んでしまう部分はある。

さらに、リーダーとして集団をまとめること、声かけによって周知を広めること、ファーストペンギンとして新しいものごとを始めることは、声を上げることに加えて、さらに難しく、越えなければならない壁がいくつもある。

南さんをはじめ、日本初のプライドパレードを立ち上げ、運営に携わった人たちがぶつかった壁も、並大抵のものではなかったはずだ。

でも、だからといって、誰ひとり声を上げないままだったら、日本のプライド運動やLGBTQ+にまつわる現状は、今よりもさらに遅れたものになっていたかもしれない。

ゲイとして、LGBTQ+として、プライド運動を率いた南さんの功績を多くの人が認めているのは、きっとこの「声を上げること」の難しさと尊さを知っているからこそなのだろう。

愚かでも、まちがいがあっても、声を上げるという方法で最初に種を蒔くことは、未来に可能性をつなげることになるのだ。

何ごともまず心配が勝ってしり込みしてしまいがちな私に、映画『熱狂をこえて』が力強く背中を押してくれたように思う。

映画『熱狂をこえて』を今こそ観てほしい理由

LGBTQ+に関する発信をしていて、いまだに時々目につくのは「自分には関係のないことだと感じた」「そんな個人的なことを言われても困る」といった反応だ。

なんとなく、社会問題と自分を切り離して考えるような感覚、個人的なことで手いっぱいになってしまうような意識が、今の時代の日本には広まりつつあるような気がしている。

だからこそ、失敗もしつつ、今の私たちにとって大切な種を蒔いたひとりのゲイ男性の人生を、ぜひ多くの人に目撃してほしいとも思う。

偉大なことをしたとふんぞり返るのではなく、ただ自分らしく生きたかっただけだ、と語る南さんの(少し苦いような)笑顔に、これからの人生を歩んでいくためのヒントをもらえるような気がするから。

映画『熱狂をこえて』は2026年6月26日(金)より、アップリンク吉祥寺ほか全国で順次公開を予定している。

 

■作品情報
映画『熱狂をこえて』
監督・撮影・編集:松岡弘明
出演:南定四郎、大塚隆史、久里須、砂川秀樹、永野靖、小倉東、根岸昌功、大江千束、ブルボンヌ、小川チガ、大矢晃世、石野さちこ、鈴木賢、山縣真矢、山田なつみ、杉山文野、Bill Schiller
手話通訳:高島由美子
語り:塚本堅一
製作:カミハグプロダクション株式会社
配給・宣伝:アップリンク
©️カミハグプロダクション

 

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