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Writer/shu

31歳でクワロマンティック。やっと考え始めた「関係を築く」ということ

わたしはこれまで、人と深く対話してきました。価値観や人生観について語り合い、お互いの悩みや葛藤についても大切に話してきたつもりでした・・・・・・。(関連記事はこちらNOISE:異性の友達との親しさが理解されない世界で、クワロマンティックの私が感じている違和感

クワロマンティックのわたしにとって「好き」になるということ

深い対話をすれば親密になれて、好きな気持ちになったり、パートナーができたりするのではないか、と。でも最近気づいんたんです。それだけではダメなのかもしれない、ということを・・・・・・。

クワロマンティックのわたしは、深い対話ができる相手に惹かれていた

クワロマンティックのわたしは、価値観や人生観について話せる人が好きです。

相手がどんなことを大切にしているのか。どんな経験をしてきたのか。何に悩み、何を願っているのか。そういう話を聞いたり、話したりするのが好きでした。

だから、誰かを好きになるときも、その人の考え方や生き方に強く惹かれてきました。

ただ、その気持ちが「恋人になりたい」なのか「友達としてさらに親密になりたい」なのか、自分でもよくわかりませんでした。

そう、だからわたしはクワロマンティックなんだと思います。

好きではある。
でも、どうしたいのかはわからない。

そんな経験を重ねてきました。

でも、関係は変わらなかった

この人とは深い対話ができる。相手に惹かれる。好きになる。
親密になれた! そして気持ちを伝える。

でも、相手からしたら、唐突だという反応が多かったんです。

本来なら、相手とこれからどう関わっていきたいのかを考え、言葉や行動を通して関係を少しずつ築いていくものであるはずなのに、わたしはそこをあまり考えてこなかったように思います。

相手からすれば、わたしは対話ができる友達であり、信頼できる仲間であるけれど、それ以上の関係ではないということ。

自分のなかだけで好きな気持ちが大きくなっていただけでした。

クワロマンティックであることが起因しているのかは? ですが、つまり相手と関係を築きあげていくことよりも、自分の気持ちを育てることしか考えていなかったのかもしれません。

わたしは「親密さ」を勘違いしていたのかもしれない

「深い対話ができる関係」と「親密になれる関係」は違うのかもしれない

先述の通り、わたしは人と深い対話をすることが好きです。
人生について。悩みについて。夢について。

そうしたテーマを語り合う時間、語り合える関係を大切にしてきました。

でも最近になって気づいたことがあります。
それは、「対話に甘えていたのかもしれない」ということです。

たとえば、相手の夢や叶えていきたい世界は知っている。
でも好きな食べ物は知らない。
潜在意識については知っている。

でも休日をどう過ごしているのかは知らない。

対話をしていると、親密になれた気持ちになります。

ただ、もっと何気ないこと、たわいもないこと? を話すということも、親密になるための大事な要素だということを、わたしは忘れていたんです。

「関係を築く」とは、何気ない日常を共有することかもしれない

先ほど書いたように、わたしはいつしか、誰かと何気ない日常を共有することをしなくなっていました。

これまでの人生で選択してきた道のりや、どんな価値観のもと進んできたのか、今抱えている悩みなど、深い話はしていても、今何にハマっているのか、推しはいるのか、どんな恋愛が理想なのかなど・・・・・・。

日常に転がっている、小さいけどそこにその人らしさが出るような会話をすることを、いつしか忘れていたのです。

思えば、誰かと会うときも、お酒を飲みながら対話をすることはあっても、イベントやテーマパークに行くなどということがほとんどありませんでした。

関係を深めるというのは、たくさんの場面を共有し、何気ない日常を共有することなのかもしれない。
何気ないやり取りの積み重ねなのかもしれない。

クワロマンティックのわたしは、31歳にしてようやく気づいたんです。

「関係を築く」ことに本気で向き合っている私はクワロマンティック

31歳にして、人との関係の築き方をどこか勘違いしていたわたし。

人と深くつながることを、あきらめたくない


いろいろな心の痛みが出てきました。

頑張って進んできたこの道はなんだったのか、自分が信じてきたこのおもいはなんだったんだろうって、ふと思ってしまう。

こんなこと、みんなもっと前に気づいている。
そう思うと恥ずかしい。

うまく関係を築けている人を見るとつらくなったり、クソーってムカついたり、人のしあわせを素直に祝福できないときもあります。

それでも、誰かと深くつながりたくて、幸せになることを考えていきたいから、人よりは遅いかもしれないけど、今、本気で向き合っています。

クワロマンティックであること&自然体のわたし、のままで人と深くつながりたい

わたしは、今、誰かと深くつながることに以前より希望が持てています。

なぜか。
それは、わたしが以前より自然体でいられるようになってきたからです。

他者に抱く好意的な感情が、恋愛感情か否かを区別できない(区別したくない)」という、クワロマンティックなわたし。

最近は、自分のなかにあるネガティブな感情とも向き合うようになったことが非常に大きかったんです。悔しさ、悲しさ、嫉妬、怒り、寂しさなど、これまでは見ないようにしていた感情をノートに書き出しました。

それを見て、そんな自分でもいい、と。
そんな気持ちを持ったままの自分で生きていけばいい、と。

感情を味わうことができました。
すると、不思議なくらい気持ちが楽になったんです。

それからというもの、どんな場でもただありのまま、自然体でいられるようになり「自然体でいるって、こんなに楽なんだ!」と実感しました。

そしてその変化は、周りにも伝わっていました。

そんなふうに、自然体の自分で誰かと深くつながれることを、これからも望んでいきたいと思います。

 

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