「(子どもたちに)変なLGBTは教えなくていい」という政治家の発言が話題を呼んでいる。果たして本当にそうなのか? LGBTQ+当事者の視点から、子ども時代を振り返りつつ考えていきたい。
「LGBT」の広まりとともに、子どもだったぼくは大人になった
ぼくは2002年生まれ。「LGBT」という言葉が社会に浸透する流れと、自分自身の成長がちょうど重なる世代だ(と、思っている)。
「LGBT」以前を生きていたころ
ぼくが子ども時代を過ごしたのは、2000年代後半〜2010年代半ば。LGBTの認知度が高まるちょっと前の時期だ。
今でこそ「LGBT」という言葉をメディアで見ない日はないくらいだけど、自分が初めてこの単語を知ったのは、高校に入ってスマホを持ったとき。地方に住んでいたのもあって、子どものぼくにとっては、まったく耳馴染みのない単語だった。
中学生の頃に同性パートナーシップ制度の導入が報じられて「渋谷と世田谷に行けば同性でも結婚できるようになったらしい」という(微妙に間違った)情報が流れてきたくらい。LGBTQ+当事者に出会うことも、学校で性の多様性について習うこともなかった。
別に毎日が地獄だったわけじゃない。でも、自分が何者なのかあまりよくわからない、という感覚は常にあった。
物語が好きだった、けど
ぼくはどちらかというと内向的で、いつも本ばかり読んでいる子どもだった。家や学校で上手くいかなくても、物語の中にはいつも豊かな世界が広がっていた。
読む本が「大人向け」と言われるようなものに近づいていくと、性愛の描写が当然のように現れる。
恋への憧れはあったけど、性的なことは望んでいなかったし「女の子」になるのは、明確に嫌だった。
「恋人から女の子として扱われてうれしい」「愛しているから性的なことをしたい」という登場人物。
当時のぼくは自分がノンバイナリーだとも、アセクシュアルだとも知らなかったけど、1ミリも共感できない作品が次第に増えていった。
成長するってこういうことなのか。
馴染めない自分はどう生きていくのだろうか。
ぼくはうっすらと不安に思いながら大人になった。
「自分向け」の物語はあまりないのかもしれない、ということに、気づいたのはいつだっただろう。
差別はそこら中にあった
「思春期に人は異性を好きになります。同性が好きな人は・・・・・・ちょっとおかしい(笑)」
中学の保健の先生は、授業のなかでこう言った。喉がきゅっとなる感じがした。反論はできなかった。
高校では、LGBTQ+を揶揄するようなスラングが流行っている時期もあった。
髪を切り、セクシュアリティをオープンにして生きていたぼくはかなり異質な存在で「男なんじゃないの?(笑)」とか「イタい」とか陰で言われていたらしい。戸籍上同性の恋人と付き合っていたぼくの目の前で「同性愛とか気持ち悪いよな」と言い放った同級生もいた。
別にものすごくひどい体験だったとは思っていない。怒ったり騒いだりもしなかった。世界なんてそんなもんで、期待する方が間違いだということはいい加減学んでいたから。
LGBTQ+に限らず、マイノリティであるというのは、諦めるのが上手くなるということなのかもしれない。
LGBTQ+当事者として、助けられたこと
たくさんの支えがあったから、無事に生きていられた。
LGBTQ+当事者のつながり

高校に入ってスマホを持ったことで、ぼくはほかのLGBTQ+当事者とつながれるようになった。
差別的な発言への怒りも、どうにもならないモヤモヤも、みんなと分かち合うことができた。住んでいる場所は違っても、似たようなことを感じている人がいて、すごく、すごくうれしかった。
ほかの当事者との交流のなかで、LGBTQ+のリアルな居場所があることも知った。
遠かったのもあって行くことはできなかったけど、居場所があるという事実そのものがぼくの力になった。
ある性教育講演会とアンケートの話
少し話は変わるが、LGBTQ+当事者として忘れられないエピソードがある。
高校生のとき、性教育講演会があった。全校生徒が体育館に集められ、外部から来た講師が性に関する講話をする、というやつだ。
講演会のため、生徒には事前アンケートが配られていた。いつも「男・女」しかない性別欄に、このときだけは「その他」があった。ぼくはちょっとびっくりしながら「その他」を選択した。
さらにびっくりしたのは、講演会のなかでアンケートの結果発表があったことだ。「その他」を選択した生徒が、各学年それぞれ30人くらいいたのである。だいたい1学年300人くらいの高校だったから、およそ1割。結構な数字に、周りの生徒たちもざわついていた。
講演会の内容はほとんど忘れてしまったけれども、あの衝撃は今でも覚えている。
もちろん、あのとき「その他」と回答した人の理由は様々だったと思う。それをすべてセクシュアリティと結びつけることが、適切だというわけじゃない。それでも、ぼくにとってはすごくインパクトの大きい出来事だった。
「男」「女」以外に丸をつけたいと思う人が、同じ学校の中にこんなにたくさんいる。もしかしたら、そのなかには自分と同じように性別違和を持つ人だっているのかもしれない。
ぼくは勝手に、連帯の気持ちを感じていた。
味方となってくれた人々
ぼくを助けてくれたのは、当事者の存在だけではない。
高校の倫理教員は、授業で教科書の「ジョグジャカルタ原則(性的指向・性同一性にかかわらず、すべての人々に人権を保障するための国際的な原則)」のページを取り上げ、性の多様性について解説した。
すべての生徒を「さん」で呼んでくれた先生もいた。まるでそれが、当たり前であるかのように。
LGBTQ+当事者ではない友人たちも、ぼくの感覚を信じてくれた。
「男でも女でもない」と感じるノンバイナリーのぼくに対して「男子と、女子と、レマってことなんでしょ?」と自分なりに理解しようとしてくれたり。当時の彼女との恋バナに、ごくふつうに付き合ってくれたり。
何年たっても忘れられないし、感謝してもしきれないと思っている。
大人として、子どもたちにできること
では、LGBTQ+の子どもたちが健やかに生活を送るために、大人には何ができるだろうか。子ども時代の体験もふまえて考えてみた。
存在を否定しないこと

当たり前だけど、まずはこれだ。だって、現にそこにいるんだから。
ここまで書いてきたとおり、ぼくは突然「LGBTの大人」になったわけじゃない。
異性愛者の子ども、シスジェンダーの子どもがいるのと同じように、LGBTQ+の子どもたちは当然存在する。自分の感覚にどんな名前がつくのか知らなかったり、認めるのに時間がかかったりするとしても。
だから「うちのクラス/自分の周りにはいないと思うけど」と言ったり、笑いものにしたり、なんて最悪だ。そこにいるかもしれない子どもたちが、どんな気持ちになるか考えてほしい。
多様な子どもの存在を前提として、勝手に相手のセクシュアリティを決めつけないこと。当たり前に「いる」子どもたちを、想定しながら話すこと。
それだけで十分だと思う。
「LGBTQ+」にアクセスする機会を作ること
2点目、これもとても重要だと思う。
ぼく自身、LGBTQ+について知り、ほかの当事者とつながったことが大きなターニングポイントだった。
「自分以外にも当事者がたくさんいて、幸せに暮らしている」「自分はひとりではない」ということがわかって、とても安心したからだ。
「もっと早い段階で知っていれば、ひとりで悩まなくてすんだのに」。そんなふうに言うLGBTQ+の人々は少なくない。
たとえば、子どもたちが手に取れる場所に、セクシュアリティに関する本を置いておくとか。学校でSOGIに関する教育を適切な方法で実施するとか。そんな感じのことで、救われる子どもたちは結構いるんじゃないだろうか。
あとは、LGBTQ+の居場所を守ることも重要だ。
「LGBTQ 居場所(地域)」で検索すると、各地域の交流拠点・イベントがヒットする。こうした居場所の運営を継続させることは、LGBTQ+の子どもに「自分たちのための場所がある」というメッセージを届けることにつながる。
しかし、子ども・若者を対象にした多くの場所が、経済的に厳しい状況だ。ぼく自身も、生活が安定したら居場所への寄付をしよう、と決めている。もしよろしければ、あなたもぜひ。
「変なLGBT」と言われても

ぼくが中学校の教室で「同性を好きになる人はちょっとおかしい」と聞いてから10年。
「LGBT」という言葉も、性の多様性もあの頃よりは社会に広がりつつある。それでも、2026年を生きるLGBTQ+の子どもたちは、政治家が公に「変なLGBTとかどうでもいい」「あんなの教えなくていい」と発言するのを見なければならない。
ぼくたちが不当に傷つけられずに子ども時代を送れるようになるのは、いったいいつのことだろうか。
教えられなかったからって、LGBTQ+当事者が消えてなくなるわけじゃない。教えたからといって、子どもたちがとんでもない存在になるわけでもない。
LGBTQ+に限らず、世の中にはすでに様々な属性の人たちが暮らしている、ということを学ぶのは、大人になるために必要なカリキュラムだと思う。
教育とは本来、子どもひとりひとりがその人らしく、自信をもって社会に出ていくために行われるもの。それは、これまでもこれからもきっと変わらないはずだ。(もちろん、そうあってほしいという、ひとりの大人としての願いも含まれるけれども)
性の多様性に関する教育が行われることで、一人でも多くの子どもたちが「自分は変じゃないんだ」とか「別に『変』でもいいんだ」とか、そういうふうに思えるようになって巣立って行くのだとしたら。
周りにいる多様な人々に、フラットに接することができるのだとしたら。
「自分は自分でいいのだ」と思いながら大人になって、これからの社会をつくっていくのだとしたら。
それって、とても素晴らしいことじゃないだろうか?
「変なLGBT」当事者としては、そんな未来を心から願いたいと思う。
■参考情報
・プライドハウス東京「全国のLGBTQ+の10代~20代の居場所/サービス」


