2026年4月8日から放送がスタートした日本テレビの水曜ドラマ『月夜行路』。主演・波留さんが演じる野宮ルナという役柄がトランスジェンダー女性とのことで、ドラマを視聴してみました。
同名小説を原作とするミステリードラマ『月夜行路』
「2026年春クールで、水曜日にミステリードラマを放送するんだ」ということは知っていたのですが、登場人物のジェンダーアイデンティティはあとで知りました。
ドラマ『月夜行路』は、トランスジェンダー女性が主人公であることを「売り」にしていない?

ドラマ『月夜行路』は、同名小説を原作とする、(恐らく)1話完結型のミステリーです。
先月、日テレの春ドラマを紹介する特番をたまたま視聴した際に「麻生久美子さんと波留さんがW主演で、文学を題材にしたミステリードラマかぁ」と、ドラマ『月夜行路』自体はすでに知っていました。
その後、実は波留さんが演じる主人公がトランスジェンダー女性でもあるということを別のタイミングで知って「これは観なきゃいけない!」と慌てて視聴しました。
主人公がトランスジェンダー女性であるということは、注目度の高いトピックだと思います。
ですが、それをあえて大々的に宣伝していないのは・・・・・・
トランスジェンダー女性としての生活を主軸としたドラマではないから?
(恐らく)トランスジェンダー女性の当事者が演じるわけではないから?
昨今、トランスジェンダー女性へのバッシングがますます強くなっているから?
など、理由はさまざま考えられます。
ドラマ『月夜行路』あらすじ
専業主婦・沢辻涼子は、出版社に勤める夫、大学生の娘、高校生の息子の4人家族の母親。
母親を「外の世界を知らない」と、軽蔑しているような発言をする娘。思春期真っただ中の息子は、母親とあまり関わりたくない様子。
涼子が生活に不満を抱えているなか、いつも通り夜遅くに帰宅した夫の荷物から、銀座の高級クラブの名刺が落ちていました。そして「仕事で呼び出された」と言ってまた出かけていく夫。そんな父親に対して子どもたちも、女性関係を疑っている様子・・・・・・。
涼子は、夫の不倫相手と思われる高級クラブでママを務める女性に会うべく、意を決してお店へ向かいます。しかし、クラブの入口が開かずに立ち往生していると、向かいのお店から出てきた女性が「予約の方ですよね?」と勘違いして、涼子を中へ連れていってしまいました。
涼子が連れて行かれたお店は、実はミックスバーで、涼子に声をかけた女性はトランスジェンダー女性でした。そして、高級そうな着物を着こなすクラブのママ・野宮ルナもまた、トランスジェンダー女性。
ルナは、涼子を一目見て少し会話をしただけで、家族構成や夫の職業、最近気になっていることなどをズバズバと言い当てていきます。大の文学好きで、自分でも小説を書いているというルナは、数少ない情報からさまざまなことを推理することが得意なのです。
涼子の最近人気になっていること・・・・・・それは学生時代の恋人。人生で一番の大恋愛だったのですが、恋人の事情により別れて以降、一切会っていません。
家族を愚痴りながら、かつての恋人に思いをはせながら、ついついお酒が進んだ涼子・・・・・・。目を覚ますと、なぜかルナが運転している車の助手席にいました。
別れ話の際に聞いた、恋人が「大阪に行く」という話を手掛かりに、涼子はルナと大阪へ向かうことになったのでした。そして大阪の街を巡っている際に、男女の死体と遭遇してしまい・・・・・・。
ドラマ『月夜行路』から考える、トランスジェンダー女性を演じる俳優問題
トランスジェンダー女性を(恐らく)シスジェンダー女性が演じるのは珍しい気がします。
波留さんがトランスジェンダー女性を演じるのは、ドラマ『月夜行路』の「本筋」を妨げないため?

トランスジェンダー女性の役をキャスティングする際に、どのジェンダーアイデンティティの俳優が務めるべきか? という問題は、度々議論を呼んでいます。
私が知っている限りだと、トランスジェンダー女性を主人公とする日本の映画やドラマでは、基本的に男性が演じてきています。
2017年公開の映画『彼らが本気で編むときは、』では、生田斗真さんがトランスジェンダー女性のリンコを演じました。
2020年に公開されて大きな話題となった『ミッドナイトスワン』では、草彅剛さんが凪沙役を務めました。
2018年にNHKで放送された『女子的生活』で主人公のみき役を演じたのは、志尊淳さんでした。
それだけに、ドラマ『月夜行路』で波留さんがルナを演じることには驚きました。
なぜ、ドラマ『月夜行路』では男性の俳優ではなく波留さんが起用されたのか・・・・・・。私はドラマのテーマが大きく関係していると考えています。
先ほど挙げた作品は、どれもトランスジェンダー女性の生活や葛藤がテーマでした。一方、ドラマ『月夜行路』は「文学好きの才女・ルナが、その優れた洞察力で事件を解決するミステリー」です。
1話を観た限りでは、ルナのジェンダーアイデンティティには触れられているものの、特に事件が発生する番組後半になるにつれて「ルナがトランスジェンダー女性である」ことは関係なくなっていきました。
番組制作サイドとしては、視聴者には事件の考察に没頭してほしい。しかしルナを演じるのが男性俳優だと、視聴者はどうしてもそちらが気になってしまい、集中できなくなってしまうかもしれない。
だから波留さんにルナを演じてもらおうと考えたのか・・・・・・。個人的には、そのように感じました。
私は「トランスジェンダー女性の役を、シスジェンダー女性が演じるべきではない」とは思いません。「男性が演じるべきだった」というのも違うと思います。
地上波放送での主演俳優は、知名度が高いことが前提となるでしょう。トランスジェンダー女性の当事者を主演に抜擢するのは、現実問題としてなかなか難しいのかもしれません。
もちろん、トランスジェンダー女性役を演じるにあたって、トランスジェンダー女性の当事者などから指導が行われているそうです。
ドラマ『月夜行路』のミックスバーでは、トランスジェンダー女性当事者を起用
実は、涼子をお店に引き入れた女性役をはじめとするミックスバーの従業員は、トランスジェンダー女性であることを公表している方々が演じています。
私がドラマ『月夜行路』を観てもいいかな、と思った理由は、まさにこれ。トランスジェンダー女性を登場人物として扱うドラマとして、できる範囲で実在するトランスジェンダー女性にも向き合っていると感じたからです。
個人的に注目しているのは、メグル役を務める星元裕月さん。俳優活動中にトランスジェンダー女性であることを公表された方です。
すでにキャリアを築きつつあるなかで、自分らしく生きるための選択をして、職業柄も相まって世間にカミングアウトしたその決断は、想像してもしきれないほどに勇気のいる行動だっただろうと思います。
第1・2話ではまだ大きく登場しませんでしたが、今後活躍する場面があるといいな! と期待しています。
ドラマ『月夜行路』にはない? トランスジェンダー女性の登場人物を用いる必然性
「トランスジェンダー女性の役柄を選ぶ必然性なんて、別にいらないな」と気づかされました。
ドラマ『月夜行路』を観ていると、小説を読みたくなる

ここまでずっとドラマ『月夜行路』の主人公・ルナがトランスジェンダー女性であることにフォーカスを当て続けてきましたが、ルナのもう一つの大きな特徴に「文学オタク」という側面があります。
ルナの守備範囲は、江戸時代の浄瑠璃から始まり、近代日本の純文学、はたまた海外作家まで、かなりの広さ。1話だけでも、さまざまな小説家や小説のタイトルが出てきましたが、小説をそれほど読まない人でも聞いたことのあるものばかりだと思います(文学についての説明もちゃんとあるので、知らなくても大丈夫)。
ショート動画にすっかり慣れて集中力が続かず読書から離れてしまっている私でも、ルナの流れるような説明を聞いて「何か読みたいな~」と思わされました。
実際、たとえば1話で出てきた谷崎潤一郎の『卍』は、青空文庫で今すぐにでも読めます。
「本を読んでみたいけれど、沢山ありすぎて何がいいかわからない」人にも、ドラマ『月夜行路』はおすすめです。
すべてのトランスジェンダー当事者が、常日頃SOGIに悩んでいるわけではない
前出の通り、ドラマ『月夜行路』は、文学好きの才女・ルナが、その優れた洞察力で事件を解決するミステリーです。ドラマの視聴前は「ルナがトランスジェンダー女性である必然性は、特にないのでは?」と思っていました。
もしかしたら、話数が進んでいくにつれて「主人公がトランスジェンダー女性である意味」が出てくるかもしれません。
ですが、最後まで観て、ルナが結局トランスジェンダー女性でなくてもストーリーが成立する構成だったとしても「それでもいいじゃん」と、今は思えるようになりました。
それは、ドラマ『月夜行路』の視聴から数日後、友人のトランスジェンダー女性たちと会ったときのこと。彼女たちとは年に何回かボードゲームをする仲で、その日もストイックに9時間近く遊びました(笑)。
彼女たちとは、トランスジェンダーを含むLGBTQを取り巻く環境について話すことも度々あります。実際、現在進行形で差別に遭って苦しんでいる人もいます。
私はノンバイナリーを自認していますが、苦しいことが私たちの生活のすべてではありません。当たり前ですが、トランスジェンダーであることは私たちの「一部」なのです。
トランスジェンダー女性の登場人物が、自分らしく生きて、好きなことに没頭して、自分の才能をいかんなく発揮する・・・・・・。ドラマのルナがそうだったとしても、おかしいことなどありません。
「ここ数年で、今が一番トランスジェンダー女性への風当たりが強い」と、トランスジェンダー女性でなくとも感じる今日この頃。
そんななかで「あえて」トランスジェンダー女性が主人公のドラマを地上波で放送するという日テレの決断を、トランスジェンダー当事者の一人として、そしてミステリー好きの一人として、見届けようと思います。
■作品情報
ドラマ『月夜行路』
日本テレビ 毎週水曜日夜10時から放送

