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Writer/遥

「異性愛の恋愛相談」にのるとき、レズビアンの私が意識していること

先日、レズビアンの私が異性愛者の友人から恋愛相談を受けた際、男女間の恋愛は同性同士とは違う難しさがあると感じました。自分とは違うセクシュアリティの相手を前に、どう耳を傾け、どんなふうに寄り添えるのか。そんな私の試行錯誤を綴ります。

レズビアンと異性愛者の「恋愛文化」の違い

これまで同性と恋愛をしてきた私にとって、男女の恋愛事情はなんとなく把握しているものの、実際に体験したことがないため、まだつかみきれない部分が多くあります。まず具体的にどんな部分が違うのか、あらためて見つめてみたいと思います。

レズビアンと異性愛者。恋愛の「出会いの場の数」が違う

同性愛者と異性愛者とでは、まず「出会いの場」の数が大きく違います。異性愛者の場合、学校や職場、友達の集まりなど、日常のなかに出会いがあります。

もちろん、マッチングアプリや婚活イベントで出会う人もいますが、身近に「異性が好きな異性」がいる環境で生活しています。

一方でレズビアン同士は、SNSやマッチングアプリ、レズビアン向けのオフ会で出会うことが多く、偶然に出会うことはレアなケースといえるでしょう。

異性愛は社会的な側面が強い

男女の恋愛を見ていると、個人同士の関係にとどまらず、社会的なつながりまで期待される場面が多いと感じます。

つき合い始めると周囲から「親に会わせた?」「結婚は考えてるの?」と早い段階で結婚を意識するような話を振られ、冠婚葬祭にも恋人として参加することが自然と受け入れられています。

さらに、異性同士のカップルは結婚すれば法的な保障が得られ、社会的にも「正式な関係」として認められやすい環境があります。

こうした前提のなかで、恋愛は個人の気持ちだけでなく、家族や社会とつながりながら進むことが多く、恋愛そのものがより「公的なもの」として扱われているように感じます。

一方、レズビアンの場合は結婚制度を利用できないため関係のゴールが描きにくく、パートナーシップ制度を利用するかどうかもカップルごとに異なります。

そのため、同性同士の恋愛は社会的な枠組みよりも個人同士の思いに寄った、よりパーソナルなものにおさまりがちだと感じます。(関連記事はこちらNOISE:冠婚葬祭と同性カップル。パートナーと同伴する? しない?

「ジェンダー規範」に縛られやすい異性愛者

男女の間には、ジェンダー平等が進みつつある今でも、性別による役割意識がいまだに残っている印象があります。

デートの支払い、告白の役割、家事や将来の生活設計など、表立って語られなくても「男はこう」「女はこう」という暗黙の了解があるように感じます。とくに結婚を意識した場合、家事分担やキャリアの優先順位などで、古い規範にならって話が進むこともあります。

一方、レズビアン同士の関係には「男女の役割」という前提がそもそも存在しないため、
デートの進め方や家事の分担、将来の計画などをひとつひとつ自分たちで決めていくことになります。

そのぶん、性別による期待に縛られず、関係のあり方をより自由に組み立てられるのだと感じます。(関連記事はこちらNOISE:カミングアウトの「どこまで話すか」問題。LGBT当事者の友達とノンケの友達に伝えたこと

レズビアンの私が異性愛者の恋愛相談に乗るときのスタンス

私には異性愛者の友人がいます。彼女は私がレズビアンであることを知ったうえで、フランクに自身の恋愛事情について話してくれます。男女の恋愛についての相談を受けるときに、私が意識している点は「自分が当事者でないことを自覚する」です。

正しさよりも「その人の現実」にフォーカスしたアドバイスを

友人から恋愛相談を受けていると「正しさ」と「その人の現実」が、食い違う瞬間に遭遇することがあります。

たとえば、友人の彼氏が転勤を理由に「一緒についてきてほしい」といったとき、本来なら、彼が彼女の今の状況や将来のビジョンをきちんと理解しようとする姿勢が必要だと感じます。

しかし、当事者ではない私が「ついていく必要なんてないよ」「彼が配慮すべきだよ」と強くいえば、綺麗事にも理想論にも聞こえてしまいます。また、私にはまだ話していない、ふたりにしかわからない事情もあるでしょう。

だからこそ、外側から見える「正しさ」だけで判断するのは危ういと感じます。

彼女がその関係のなかで何に対して、どんな不安を抱えているのか、どこまでなら現実的に動けるのか。そこを丁寧に聞かない限り、アドバイスはただの空論になってしまうでしょう。

私は、正しさを押しつけるのではなく「その人が現実的に、今できるよりよい選択」を一緒に探すようにしています。

当事者ではないからこそ、外側の視点はそっと差し出しつつ、最終的な選択は彼女自身の手に残るように意識しています。

同性間では起こりにくいすれ違いを「構造」として説明する

恋愛相談を聞くなかで「これは同性カップルでは構造的に起こりにくいだろうな」と感じる内容もあります。

とくに多いのが、友人の彼氏が「家事は自然と女性が多めにやるもの」という前提を無意識に持っていて、彼女が仕事で疲れていても当然のように家事を任せてしまうケース。

「男性は外で働き、女性は家を守る」という古い役割意識が無意識にあるのか、本人たちが話し合って決めたのかはわかりません。ただ、こういったジェンダーバイアスを抱えている人は少なくないように感じます。

また「結婚後に妻が夫の名字へ変えるのが当たり前」「年末年始は夫側の実家に帰省するのが慣例で、妻側の実家にはほとんど行かない」という話もよく耳にします。

こうしたすれ違いは、性別で役割が決められがちな男女だからこそ起こりやすいことだと考えています。

一方、同性カップルは男女のようなジェンダーロールから外れているぶん、周囲からの期待がそもそも少ない印象です。

私は、こうした男女のすれ違いを「個人の問題」ではなく「構造の問題」として説明するように心がけています。

彼女たちが抱えているモヤモヤの多くは、本人の性格や努力不足ではなく、社会の慣習やジェンダーロールが背景にあります。家事負担の偏りも、名字の変更も、義実家との関係も、女性個人の選択というより「そうなるように仕組まれている」側面が強いのです。

そこを言語化することで、彼女自身も状況をより冷静に判断しやすくなるのではと思っています。

レズビアンの私が恋愛相談にのるとき。気軽に「こうすればいいのに」といわない

ジェンダーロールにとらわれていないレズビアンである私たちは、少なくともその点においては、異性愛カップルよりも恵まれているのかもしれません。

「女性なら〇〇するのが当然」「男性なら〇〇するのが当然」という空気も、私たちの関係には最初からありません。恋愛関係のなかで性別ゆえの負担を背負わされることが、レズビアンにはほとんどないのです。

だからこそ私は、同性カップルとしてその「構造的な負担」をクリアしている立場であることを自覚しながら、友人の恋愛相談を聞くようにしています。

自分にはない重さを抱えている相手に対して、無自覚に「こうすればいいのに」といわないように。その配慮は欠かせないと感じています。

レズビアンの私が異性愛者の女性と連帯するために。恋愛相談で意識していること

異性愛者の女性たちと話していると、恋愛をめぐる前提や置かれている環境が、自分とはまったく違うことに気づかされます。けれど、背景が違うからこそ見えることもあります。

相手を「異性愛者」としての属性だけでくくらない

異性愛者の女性から相談を受けるとき、私は相手を「異性愛者」という大きなカテゴリで見ないように意識しています。

家事負担の偏りや義実家との関係に悩んでいる友人がいたとしても「異性愛者の女性はみんなこういう苦労をしているんだよね」と、ひとまとめに扱うのは違うと感じています。

実際には、同じ異性愛者の女性でも、育ってきた環境や価値観、パートナーとの関係性は一人ひとり異なります。ある人は家事をきっちり分担しているし、別の人は名字の変更に強いこだわりを持っていないこともあるでしょう。

そのため、私は相談を受けるときに「異性愛者だからこうなんでしょ」と決めつけず、その人自身の事情や背景を丁寧に聞くようにしています。これは異性愛者に限らず、ほかのセクシュアリティでも同じポイントです。

属性で理解したつもりになると、大切なことを見落としかねません。個人として向き合うことで、相手が本当に抱えている痛みや迷いにたどり着けるのだと思っています。

レズビアンと異性愛者。恋愛相談では「想像力」が大切

異性愛者の女性の悩みを聞くとき、私は「自分も似た経験がある」と無理に共通点を探そうとはしません。

レズビアンである私には、男女特有の問題にぶつかる経験がないため、どうしても自分事として強く共感することが難しいからです。

ただ、経験がないからといって寄り添えない、恋愛相談にのれないわけではありません。大切なのは、相手の置かれている状況を自分の生活に引き寄せて想像してみることです。

もし自分が同じ立場だったら、どんな圧力を感じるだろう、どんなふうに傷つくだろう。そうやって想像力を働かせることで、相手の感情に近づくことができます。

共通点を探すよりも、相手の世界に一歩踏み込んで想像する。その姿勢こそが、立場の違いを越えて連帯するための土台になると思っています。

違うからこそ、互いの視点が補い合える

異性愛者の友人の話を聞いていると、男女それぞれが抱えるつらさが見えてきます。

男性は男性で社会からの期待に縛られ、女性は女性で理不尽な負担を背負わされる。そのたびに「どうしてこんな構造になってしまったのだろう」と、やるせない気持ちになることもあります。

それでも、彼女たちの経験や葛藤から学ぶことは多く、私自身も何度も支えられてきました。

もちろん、お互いにすべてを完全に理解し合うことはできません。私には経験していない痛みもあるし、逆にレズビアンの世界は彼女たちには想像しづらい部分もあります。

それでも、違うからこそ見える景色があり、違う立場だからこそ気づけることがあるのでしょう。

お互いの経験の差は壁ではなく、視点を補い合うための余白になる。

その余白を大切にしながら、これからも連帯していきたいと思います。(関連記事はこちらNOISE:恋人だけが特別じゃない。レズビアンの私が「友達についてののろけ」を聞きたい理由

 

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