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Writer/Jitian

マンガ『放浪息子』は、トランスジェンダー当事者にとって “残酷” な大人への成長を正面から描いた傑作

前回のNOISE記事「アニメ『放浪息子』を見ると、中学生の苦い記憶が思い起こされる・・・」では、トランスジェンダー当事者を描いたアニメ『放浪息子』について書きました。アニメでは中1~2の時期がピックアップされていますが、同名の原作マンガでは小学校高学年から高校生まで描いているということで、読まない選択肢はない! と一気読みしました。

マンガ『放浪息子』小学生編から感じる、子どもゆえの残酷さ

小学生は、その純粋さと無知ゆえに、中学生よりさらに残酷なことをする場合もありますよね・・・・・・。

マンガ『放浪息子』小学生編あらすじ

女の子になりたい男の子・二鳥修一(シュウ)は、小学校5年生のときに転校しました。

新しい学校では、高槻よしののほかにも、千葉さおり(千葉さん)や、シュウと同じように女の子になりたい男の子・有賀誠(マコちゃん)など、新たな友人に恵まれました。

シュウはよしのと交流するなかで、よしのが男の子になりたい女の子であることを知ります。2人は、それぞれ「男装」「女装」をして電車に乗り、知り合いのいない遠くの街へ出かけます。

小6のある日、だれにも打ち明けられない互いの思いをつづった交換日記が、いじめっ子の男子の手に渡り、大勢の前で読み上げられてしまいました・・・・・・。

よしのとシュウは、このトラブルをどのように乗り越えるのでしょうか。

性別違和に目をむけ始める小学校高学年時代

身体が大人の女性に成長していくことに嫌悪感を覚え、中学生になったら兄のお下がりである学ランを着て登校したい、という淡いおもいを抱くよしの。

一方、前の記事(NOISE「アニメ『放浪息子』を見ると、中学生の苦い記憶が思い起こされる・・・」)でも書きましたが、よしのは身体的な成長がかなり早いほうで、小5のときに初潮を迎えます。

ある日、よしのが生理用ナプキンを入れているポーチを教室で落とすと、男子が「お前 マジで生理?」とからかってきました。しかも挙句の果てには、男子がポーチを奪ってナプキンを手に取ったのです! 最初は軽くあしらっていたよしのも、これにはさすがにショックを隠し切れず、放課後を待たずに下校してしまいました。

小学校高学年になると、性的なことに興味を持つ子どもが少なくありません。その一方で、必ずしも精神面が成長しているとはいえず、やっていいことと悪いことの分別がまだついていない子どもが大半だと思います。

よしのと同じく女性の身体を持って生まれた私としても、よしのの心の傷がいかほどだったか! と憤りを覚えるシーンでした。「小学生のいたずら」では済まされない、むしろ小学校時代に受けた体験だからこそ、よしのにとってトラウマになる出来事だったと思います。

トランスジェンダーのカミングアウトに、肝の据わったマコちゃんママ

家庭環境に恵まれたマコちゃんが、うらやましく感じました。

トランスジェンダー女性が男子校へ

マンガ『放浪息子』は、小学校高学年から高校卒業まで描かれており、どの場面でもトランスジェンダーに対する解像度がとても高いと感じました。でも、唯一と言っていいほど腑に落ちなかった展開が、シュウたちの高校生活です。

もう制服を着たくないと思ったシュウとよしのは、高校受験で、私服で通える高校を選びます。見事よしのは合格したのですが、残念ながらシュウは落ちてしまいました(その展開もまた残酷だなと思いました)。

第一志望に落ちたシュウは、マコちゃんたちと同じ高校に進学することになるのですが、なんとそこは男子校!!

マコちゃんは、別の友人と一緒にその高校に進学することを決めたのですが、それにしても、何でトランスジェンダー女性のマコちゃんが男子校を選んだのか?

シュウもなぜ併願校として男子校を選んだのか? と大きな疑問を覚えました。シュウたちの暮らす環境はおそらく都内と思われるので、ほかに選択肢がなかったわけでもないはずなのに・・・・・・。

私自身も高校ではありませんが、受験勉強を真面目にしなかったために、高校卒業後は滑り止めの女子大へ進学しました。決め手は、家から一番近かったから(笑)。

女子だけの環境には一度も慣れませんでしたが(笑)、大学生ともなれば精神的にかなり成熟していることや、一人行動が当たり前の校風だったこともあり、女子大に通うことそのものがストレスにはなりませんでした。

その一方で、これは私の偏見によるものが多分に含まれるかもしれませんが、男子校は女子校よりもちょっと乱雑なイメージがあります。「男子ノリ」に巻き込まれて、シュウやマコちゃんが傷つくようなことがないか、読者として心配になりました。

ですが私の予想を裏切って、なぜか2人は男子校に案外自然に馴染みます。

残りの話数で作者の志村貴子先生が描きたいことを考えると、2人が男子校で生活する葛藤を描けなかったのかもしれません。

もしくは、セクシュアリティの悩みが不必要に増大せずに、むしろポジティブな経験ができたのかもしれませんが・・・・・・。

トランスジェンダー女性が、こんなに簡単にストレスなく男子校に馴染めるものでしょうか?

精神的に限界を迎えて・・・トランスジェンダーのリアルなカミングアウト

小中高と長らく一緒にシュウと過ごしている親友・マコちゃん。シュウは小学生のときに、女の子に間違われることもあるほど可愛らしい容姿をしている一方、マコちゃんは幼いころから、ついついシュウと自分を比べては、コンプレックスを抱いています。

高校生になったマコちゃんは、性別違和から生じるさまざまなストレスで精神的に限界を迎えたある日、悩みを吐露するように「この際だからぼく言うけど 女の子になりたいんだ」と母親にカミングアウトしました。

私自身、プライベートでも仕事でも、トランスジェンダー当事者を含めて色々なLGBTQ当事者と交流してきました。そのなかには、マコちゃんのように「カミングアウトするつもりはなかったけれど、精神的に限界に達して、結果として親にカミングアウトすることになった」当事者が少なくありません。

そして、自分自身や親がカミングアウトに対する準備ができていなかったために、残念ながら「失敗」に終わった例もありました・・・・・・。

だから、マコちゃんは大丈夫だろうか? とハラハラしながら読み進めたのですが、マコちゃんママは「にとりん(シュウ)がなんだってんだよ マコの方が断トツかわいいに決まってんだろうが」と大声を張り上げます。

とりあえず、マコちゃんがママに頭から否定されなかったことには安堵しました。でもマコちゃんママは、マコちゃんの言わんとしていること――マコちゃんが「本当に」女の子になりたいと思っているということを、理解しているのだろうか? と心配しましたが・・・・・・。

さらにママは、マコちゃんにこんな言葉をかけたのです。

あんた かわいくなりたんだったら化粧おぼえな
それでも自分の顔が気に入らなけりゃ 整形でもなんでもしたらいいし

しかもそのあと、MTFバーに赴いて、マコちゃんをそこで置いてもらえるように「お願いします」と頭を下げたのです!

未成年をバーで働かせることはNGですが、それはいったん脇に置いて、かわいい女の子になりたいと切に願うマコちゃんと、そのおもいをしっかり受け止めて、ぶっきらぼうな口調ながらも親としてできることを精一杯しようとするママに、胸がいっぱいになりました。

何より、ネガティブな気持ちで限界だったマコちゃんがママにカミングアウトしたのは、根底に親への信頼があったからだと思います。

私は、自分の思い通りにならないとすぐに怒鳴る父親に対して、特に強い不信感を抱いてるので、親にカミングアウトしたいと思ったことすらありません。

たしかに容姿の悩みはあるかもしれないけれど、ママみたいな親はそうそういないんだからね!! とマコちゃんに一声かけたいくらいです。

マンガ『放浪息子』が見つめる、変わっていく人と、変わらない人

どちらがよい・悪いという問題ではありません。

マンガ『放浪息子』が描き出す、否応なく成長する身体

アニメ版『放浪息子』では、あまり身体的な変化が見られなかったシュウ。でも、マンガではアニメで描かれた期間のあと、シュウが徐々に第二次性徴を迎えていきます。

高校生になってからはすっかり声変わりして、首も太くなり、身長も姉の彼氏より高くなっていきました。

実際、絵柄に注視していると、シュウがだんだんと「大人の男性」に成長していることがわかります。急激な変化ではないものの、たしかに少しずつ感じられる絵柄の変化に「成長って残酷だな・・・・・・」と、読んでいるこちらもショックを感じるほどです。

そうは言っても、相変わらず顔は「かわいい系」のシュウ。実は、高校生になっても「女装」を続けていました。

ある日、自分の意思とは関係なく、知人によって、ネットに女装姿の写真を晒されてしまったシュウ。

ネットのコメント欄には「でもやっぱり骨格が男」と容赦ない評価が書き込まれていました。どうにもできない骨格について言及されることが、一番傷つくだろうなと思います・・・・・・。

そんなネットのコメントを見たからか、シュウは髭を剃りながら、こんなやり取りを空想します。

「二鳥くんの方が(ワンピースが)似合うんじゃない?」
うん
ホントは ホントはそう思ってた
ぼくが着たら似合うと思うって
ぼくは思ってた
ぼくは自分に自信があった・・・

自分が男性として成長していることを受け入れざるを得ないシュウの心境を考えると、胸が痛みます。

とっくに成長しきって、あとは老化していくだけの私でさえ読んでいてダメージを受けたので、現在進行形で身体違和に悩んでいる高校生のトランスジェンダー当事者が読んだら、さらに思い詰めてしまうかもしれません。心配です。

変わっていくマンガ『放浪息子』のキャラクターたち

マンガ『放浪息子』の高校生編では、シュウ以外のキャラクターについても、精神面での変化が見られます。

たとえば「男の子になりたい」と思っていたよしのですが、高校生になって、女性らしく振る舞うことへの抵抗感が少し薄れたようです。

最近さ (スカートが)イヤじゃないんだよね 前はオエーッって感じだったのに
わざわざはいてみようとは思わないけど ぜったいイヤだとも思ってなくて
胸は今も大きくならないでほしいって思うけど・・・・・・

私は、よしのの変化について「単純に慣れただけでは?」と思いました。

よしのは中学生時代、制服のスカートを毎日着用せざるを得ませんでした。スカートをはくたびに毎日吐き気がするほど嫌悪感を覚えていたら、あまりにも生きづらいでしょう。あまり好きではないなりにも、慣れるしかなかったのです。

私の場合、中高生のころ、女性下着売り場に足を踏み入れることに、ひどく緊張していました。今考えれば、女子中高生が女性下着を物色していたところで、怪しまれる要素はないのに「自分がいてはいけないところ」という意識がとても強かったのです。

でも当たり前ですが、大人になれば下着を自分で買い求める必要があります。何度も行くうちに、今では何も感じなくなりました。

最終的によしのはどのような心境の変化を迎え、どのような選択をするのでしょうか。そして、それに対してシュウはどのような反応を見せるのでしょうか。ぜひ、マンガを読んで見届けてください。

マンガ『放浪息子』は、シュウが高校卒業後、実家を出て一人暮らしを始めるところで終わります。

その後、シュウやよしの、マコちゃんは今、どのような生活を送っているのか・・・・・・。

マンガ『放浪息子』を読んで、キャラクターの未来に、読者の皆さんにも思いを馳せてほしいです。

 

■作品情報
・志村貴子 マンガ『放浪息子』①~⑮ KADOKAWA https://www.kadokawa.co.jp/product/200700002446/
・アニメ『放浪息子』公式ウェブサイト
https://www.houroumusuko.jp/index.html

 

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