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Writer/酉野たまご

レズビアンでも、アロマンティックでも。漫画『違国日記』がLGBTの心に響く理由

2024年に実写映画が公開され、2026年にはTVアニメ化が決まっている人気漫画『違国日記』。ヤマシタトモコ氏によるこの作品が、これほどまでに多くの人の心をつかむのはなぜか、LGBT当事者である自分自身の視点から考えてみた。

漫画『違国日記』との出会いは「違和感」で始まった

私が漫画『違国日記』と出会ったのは、連載が終わって少し経った頃だったように思う。当時から大人気だと聞いていたその作品の第一印象は「違和感」で始まった。

私が漫画『違国日記』を「何かが違う」と感じた理由

友人・知人からも「大好きな漫画」として紹介されることの多かった漫画『違国日記』。

そんなに人気なら一度読んでみよう、と、当時試し読みできた1巻、2巻を続けて読んだ。

しかし、なぜかそのときの私にはハマらなかった。
「うーん?」と違和感をおぼえつつも、理由がはっきりしないまま、続きを読まずに約1年が経った。

1年後、再び漫画『違国日記』を手に取ったのは、作中に「レズビアンの登場人物が出てくる」という情報を知ったから。

自分と同じレズビアンの人物が描かれているなら読んでみようと思い、全11巻を購入して一気読みした。

今度は、何度も泣いてしまうほど心に響いた。

じんわりと広がるあたたかい感動を胸に、あのときハマらなかったからといって読むことを諦めなくてよかった・・・・・・と強く思った。

そして、なぜ1年前の自分には漫画『違国日記』がしっくりこなかったのか、改めて考えてみた。

心当たりはひとつ、主人公・朝のキャラクターに理由があるような気がした。

主人公としてはちょっと珍しい? 漫画『違国日記』における「朝」のキャラクター

漫画『違国日記』は、高校生(最初は中学3年生)の主人公「朝」が、交通事故で両親を亡くし、叔母であり小説家でもある「槙生」の家に引き取られるところから始まる。

両親を亡くした衝撃を受け止めきれず、ぼんやりと過ごしながら新しい生活に馴染んでいく朝を、槙生は少し離れた距離から見守る。

自分の感情や今の環境をうまく飲み込めなくて、時に感情を爆発させる朝に、槙生はいつも率直に言葉をかける。

「わたしは大体不機嫌だし あなたを愛せるかどうかはわからない」
「朝 わるいけどこの家に一人になれる場所はない」
「『子供だから』『悪気がないから』何を訊いてもいいとは思わない」

槙生の冷静な言葉の数々に、最初は気づまりな感覚をおぼえた。

まだ幼くて自分の心を言語化できないでいる朝が、自分の中の未熟な部分と重なって、居心地悪く感じたのだ。

槙生はどうしてあたりまえのように自分(朝)を甘やかしてくれないんだろう。
なぜ家族らしい親密な距離感で接してくれないんだろう。

朝の気持ちになって、ついそう思ってしまう自分がひどくかっこ悪く思えて、なんとなく漫画の続きに手が伸びなくなってしまった。

そのくらい、自分の怒りや戸惑いの感情に素直で、わがままで幼い朝のキャラクターがリアルだったのだ。

高校生の主人公として描かれるにはちょっと珍しいくらい、朝は不用意な発言をするし、明確に他人を傷つけようとすることもあるし、八つ当たりもする。

多くの人が昔の自分を振り返って心当たりを探してしまうような、リアリティのある10代の姿を体現しているのが「朝」の特徴であり、漫画『違国日記』の独特な読み味にもつながっている。

漫画『違国日記』に登場するレズビアンの登場人物・えみり

私が漫画『違国日記』を再び手に取るきっかけになった「レズビアンの登場人物」についての話は、第8巻がメインとなる。

レズビアンであることを親友にカミングアウトする難しさ

主人公・朝の親友である「えみり」は、女の子と付き合っている。
そして、それを両親にも、親友の朝にも話せないでいる。

朝はものごとを深く考えずに話すくせがあり、友達や同じ学校の子に対して不用意な発言をしてしまう。

「地雷だって知らなくて傷つけたらあたしのせいなの?」

そう語る朝の姿を見て、えみりはとっさにカミングアウトをしてしまう。

「あたしさ つ つき合ってる子がいる 女の子」

私はレズビアンとして、この場面がまっすぐ胸に刺さった。

親しい人に隠しごとをしているという罪悪感。
理解してほしい、受け止めてほしいと思う反面、いやなリアクションを見たくないとも思ってしまうことの矛盾。
それでも、自分の恋人の存在は大切で、だからこそ彼女と自分の未来のために、カミングアウトをしようと一歩踏み出す瞬間の決意。

すべてに心当たりがあって、目を伏せたえみりの心の震えまで手に取るように感じられて、つい息をつめて成り行きを見守ってしまった。

そして、えみりからレズビアンだとカミングアウトを受けた朝の反応は、あまりにも生々しかった。

「えっ えっ!? あー」
「あ 応援するよ!!うん!!」
「べつにあたしはいいと思うよ そういうの友達にいるとかちょっと自慢ぽいかも」

うわあ、と思わず声を出したくなるようなリアクション。

「応援する」
「いいと思う」
「LGBTが友達だと自慢できそう」

どれも身近で聞いたことのある言葉で、そのたびにモヤモヤしていた感情まで一気に湧き上がってきた。

漫画『違国日記』は、LGBTに対する無理解も、悪意はないけどモヤモヤさせてしまう言動も、10代ならではの遠慮のない言葉選びも、容赦なく描き出すのだ。

10代のLGBT当事者を描く漫画『違国日記』の鋭い視点

えみりは朝の発言にカッとなるものの、対話を続けることで、やがてふたりはおたがいに歩み寄る。

朝が「親を亡くした人」である前に「朝」というひとりの人間であるのと同じ。
えみりも「レズビアン」である前に、「えみり」という人間なのだ。

ふたりがたどりついた結論は、高校生の友達同士としては十分すぎるほどで、私は読みながらつい涙腺がゆるんでしまった。

素直すぎる朝のキャラクターに最初は怯んだものの、そんな朝が、親友がレズビアンであることを受け入れていく過程には、ほかの物語ではなかなか出会えない種類の感慨をおぼえた。

そして、えみりが朝にカミングアウトできた大きな理由として、槙生の存在がある。

朝の叔母である槙生は、朝のこともえみりのことも、子ども扱いしない。
ひとりの人間として接し、対等な関係として言葉をかける。

だからこそ、えみりは自分のセクシュアリティを槙生に相談しようと思い、朝に隠しごとをしている罪悪感についても槙生に打ち明けることができたのだ。

10代のLGBT当事者にとって、槙生のような「ひとりの人間として対等に接してくれる大人」の存在がどれだけ貴重かということを、漫画『違国日記』はきちんと描き出してくれている。

LGBT当事者にこそ重要な「恋愛や結婚ではない」つながり

漫画『違国日記』に登場するLGBTの人物は、えみりだけではない。体の性と心の性が異なる人もいれば、恋愛感情をもたない(もつことが少ない)人物もいる。

アロマンティックかもしれない? 槙生とその友人を通して描かれるLGBT像

槙生が同い年の友人たちと話すなかで、恋愛感情についての話題が出るシーンがある。

社会人の友人同士らしい、家族関係や恋愛についてのあけすけな話が続くなかで、友人のうちのひとりが「恋愛をしない」ことを宣言するのだ。

「それは決定事項?」
「決定だよー 最近決定した ていうか わかった」

その会話を通して、槙生は「わたしもわかりたい」という言葉をこぼす。

槙生やその友人がアロマンティック(他人に恋愛感情をもたないセクシュアリティ)なのかどうかは、漫画の中では言及されていない。

それでも「自分は恋愛をしないことがわかった」と宣言する槙生の友人や、好意を抱く男性と交際したものの「恋愛感情として好きなわけではない」ことで悩む槙生の姿は、私の身近にいるアロマンティックの友人の姿に重なった。

漫画『違国日記』が描くLGBT像は、レズビアンだけにとどまらず「恋愛感情をもたない(あるいは、もつことが少ない)」という、なかなか認識されにくいセクシュアリティまで広くカバーしているのだ。

特定のパートナーをもたないLGBTであっても

漫画『違国日記』は、朝と槙生が、姪と叔母「親を亡くした子ども」と「保護者」という関係性をゆっくりと超えて、絆を深めていく物語だ。

一見、朝が槙生の影響を受けて成長していく物語のようにも見えるけれど、それだけではない。

槙生は、他人と深い関係性を築くことに抵抗がある。
ひとりの時間を確保しなければ仕事も生活もうまくできず、他人に深入りしすぎることも、他人から干渉されすぎることも嫌う。

槙生のような人が身近にいると、寂しくはないのか、何かあったときに頼れる人はいるのか、と心配してしまうこともある。
親や友人という立場なら、つい「恋人は作らないの?」「結婚はしないの?」と聞いてしまうこともあるだろう。

漫画『違国日記』は、そういった周囲の声に軽やかな「NO」を提示してくれる。

槙生自身、思いどおりにならない存在であり、幼く素直な朝と共に生活することで、恋愛や結婚ではない「他人とのつながり」を新たに見つけ出していくのだ。

同性の友人、異性の友人、どちらでもない友人、相談相手の弁護士、仕事仲間、保護者仲間・・・・・・そして「一緒に暮らす家族」。

特定のパートナーをもたないLGBTの人であっても、そして他人とのコミュニケーションが苦手な人であっても、これだけの種類の「つながり」をもつことができるのだと、漫画『違国日記』は槙生の姿を通して、私たちに語りかけてくれている。

おまけ―漫画『違国日記』を愛する友人のこと

私の友人に、漫画『違国日記』がいちばんの愛読書だと語る人がいる。

はじめて彼女に出会った日、私は何人かの前で自分がレズビアンであることをカミングアウトした。
彼女はとても軽やかに私の告白を受け止めてくれて、そのことが私はうれしかった。

のちに、彼女の愛読書である漫画『違国日記』を全巻読んで、私はその友人が「朝」にものすごく似ていることに気がつき、驚いた。

表情も、立ち居振る舞いも、素直なところも、嘘がつけない言動も、若々しさが魅力のひとつなのに大人っぽくなりたがっているところも、朝にそっくりだった。

ことあるごとに「槙生さんみたいな大人になりたい」と語るその友人が、朝の成長した姿にも思えて、とても微笑ましい気持ちになった。

来年放送が決まっているTVアニメ版『違国日記』で、LGBTがどんなふうに描かれているかをたしかめつつ、朝のようなその友人と感想を語り合うことを、今から楽しみにしている。

 

■作品情報
漫画『違国日記』
作:ヤマシタトモコ
出版社:祥伝社

 

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