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Writer/Jitian

同性愛とハリウッド映画の歴史をまとめたドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』リマスター版が公開

1995年にアメリカで公開されたドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』。映画が誕生してから90年代半ばに至るまで、同性愛というテーマがハリウッド映画においてどのように扱われてきたのかを、映画のシーンを数多く引用してまとめた作品です。この度、本作のデジタル・リマスター版が2025年6月14日から渋谷ユーロスペースで公開されるとのことで、一足先に試写会に足を運びました。

映画『セルロイド・クローゼット』は、同性愛と映画史の研究者には必見

映画『セルロイド・クローゼット』は、原作者の熱意を受け止めつつ、多くの人が協力してできあがった映画です。

同性愛者の活動家ヴィト・ルッソの同名書籍を映画化

映画『セルロイド・クローゼット』には、原作に当たる同名の書籍があります。ゲイの活動家で映画研究家でもあった、ヴィト・ルッソという人物が1981年に出版しました(日本語訳は出版されていないようです)。

この原作本について、同志社大学教授の菅野優香さんは「今日にいたるまで多くの映画研究者や批評家が参照するレズビアン・ゲイ表象の歴史の必読書」と語っています。

残念ながら、この映画はヴィト・ルッソがエイズの合併症で亡くなったあとに公開されました。しかしながら、書籍の初版発行から15年ほど経っているからこそ、80~90年代前半までの映画界の変化が新たに追加されています。

また、書籍はあくまでヴィト・ルッソの視点に基づくものですが、映画『セルロイド・クローゼット』では俳優や映画監督、脚本家など、多くの映画関係者たちのインタビュー映像も記録されています。

書籍を読んだことがあり、内容を知っているという人や、書籍内で紹介されている映画を観たことがあるという人でも、映画『セルロイド・クローゼット』から新たな気づきを得られるでしょう。

映画『セルロイド・クローゼット』から感じる熱意

映画『セルロイド・クローゼット』の見どころの一つは、なんといっても引用している映画の数です。なんと、120本もの映画が登場するのです!

これだけ多くの映画作品を、しかも基本的に批判的なスタンスの作品のなかで紹介する許諾を得ることは、並大抵の労力では成し遂げられなかったはず・・・・・・。そこに思いを馳せるだけでも、制作陣がこの映画にかけた熱意の高さがうかがえます。

引用されている映画の年代は、映画草創期から90年代前半までと、かなり幅広いです。

「そこまで映画好きじゃないし、無声映画やモノクロ時代の映画なんて見たことないから、『セルロイド・クローゼット』を見てもよくわからないんじゃ・・・・・・」という人でも、『理由なき反抗』や、『ヘアスプレー』(2007年公開版のもととなった、1988年版のほうですが)、『羊たちの沈黙』といったタイトルは耳にしたことがあるはず。

映画好きや映画研究者だけでなく、LGBTQや同性愛に興味がある人ならだれでも、どこか引っかかるポイントを見つけられるでしょう。

なお、引用しているシーンのなかには、なかなか濃厚なラブシーンもたっぷりと含まれていますが、本作に年齢制限はないので、映画好きな10代でも鑑賞可能です。

ただ、結構ショッキングな殺人シーンも少々あるので、グロテスクな表現が苦手な人はご注意ください。

映画『セルロイド・クローゼット』でわかる、LGBTQの扱われ方

現在では完全にNGな表現が、つい数十年前まではびこっていたんだな、と改めて思い知らされます・・・・・・。

予備知識があると映画『セルロイド・クローゼット』をもっと楽しめる

試写会で映画『セルロイド・クローゼット』を観て、映画のなかで語られているメッセージをより深く理解するには、前提となる知識をある程度予習しておいたほうがいいな、と感じました。

たとえば、映画のなかでは「同性愛」という文脈で “gay” が用いられている場面がとても多いです。

日本では「ゲイ」は男性の同性愛者を指しますが、英語の “gay” は「同性愛者、特に男性を指す」言葉で、レズビアンを含む同性愛者全般を指すこともあるのです。

必ずしも「インタビューを受けている人たち、さっきから gay って言っているけれど、レズビアンのことは無視しているの?」というわけではないと知っておくと、映画により集中できるでしょう。

時代背景を知るのに役立つ、ドキュメンタリー映画『ハーヴェイ・ミルク』

映画『セルロイド・クローゼット』の監督のひとりは、ロブ・エプスタインという人物です。ゲイの当事者でサンフランシスコ市政執行委員となったハーヴェイ・ミルクの半生を記録したドキュメンタリー映画『ハーヴェイ・ミルク』で監督を務めたことで知られています。

そういうわけで、私は映画『セルロイド・クローゼット』試写会前に、大学の授業で初めて観てから約10年ぶりに『ハーヴェイ・ミルク』を改めて鑑賞しました。

新聞の見出しも、保守派の政治家の発言も、いまだったら絶対に「炎上」案件な表現のオンパレードで、もはや笑いをこらえきれないほどでした(苦笑)。

『ハーヴェイ・ミルク』を通して、1970年代後半から80年代前半辺りのカリフォルニアやアメリカ国内における、同性愛者をめぐる激動を感じられました。

「この時代、LGBTQ当事者を取り巻く環境はこんな感じだったんだ」と知ったうえで、映画『セルロイド・クローゼット』を鑑賞すると、より理解が深まるかもしれません。

(なお、映画『ハーヴェイ・ミルク』日本語字幕版は、現在Amazon PrimeやU-NEXTといったサブスクリプションサービスで鑑賞可能です)

同性愛にまつわるハリウッド映画の変遷

映画『セルロイド・クローゼット』を観ていて印象的だったことの一つが、映画黎明期から必ずしも同性愛が描かれていなかったわけではない、ということです。実は、社交パーティーで男性同士がダンスをしたり、女性同士でキスをするなど、明らかに同性愛に関係しているシーンがあったのです。

ですが、1920年代、そして1930年代に入ると、同性愛的な表現が規制の対象とされるようになります。

世界史に関連する仕事をしている身としては、1920年代までに映画を含む大衆文化がアメリカで急速に広まったあと、1929年の世界恐慌を経て30年代には失業率が上昇するなど、社会が閉塞感に覆われたことも関係しているのでは? と思います。

なぜ同性愛が規制の対象となったのか? だれが同性愛をタブー視していたのか? 映画界はどのように不遇の時代を乗り越えたのか? これらは、ぜひ映画館で確認してください。

同性愛を取り巻く映画史30年

最初にアメリカで映画『セルロイド・クローゼット』が公開されてからちょうど30年、世界にはどんな変化があったでしょうか。

映画『セルロイド・クローゼット』に関係しているのは同性愛だけではない?

本作は、ハリウッド映画と同性愛というテーマの歴史を扱っていますが、古い映画ほど「性的指向と、性自認、性表現が混同されているな」と感じました。たとえば、男性の身体で生まれて男性が好きな人は、女性的な性表現を好んで、女装をする「倒錯者」である、として描かれていることが少なくなかったのです。

日本でも、つい少し前まで性自認と性的指向が同一視されていました。現在でも「LGBT」として一緒くたにされることにより、それぞれの特性が抱える生きづらさや、生活のなかでの問題が見えづらくなっている側面があります。

人権意識が進んでいるハリウッドやアメリカ西海岸地域においても、同様の現象があったのですね。

日本もやっと追いついた? 同性愛の表象

1990年に国際疾病分類第10版(ICD10)が公表され、同性愛は「病気」ではなくなりました。この動きと前後して、「変態」でもなければ悲劇的なキャラクターでもない同性愛者のキャラクターが、ようやく描かれるようになってきた、と映画『セルロイド・クローゼット』で語られています。

一方、日本での映画をはじめとするメディアで「同性愛者の一般市民」が描かれるようになったのは、ここ5~10年ほどではないでしょうか。ハリウッドからは20年ほど遅れを取っていると言えます。

また、ハリウッドでは、同性愛者が「必ず悲劇的な結末を迎えるキャラクターから、殺人や性暴力の加害者として描かれるようになった」と説明されています。

あくまで私の感覚ですが、日本では、ハリウッドの映画に比べれば、同性愛者が加害性を持った猟奇的なキャラクターとして描かれることは、それほど多くなかったように思います。

ですが、同性愛が世間的に許されないものであり、結果的には同性愛者やそのパートナーが病気や事故で亡くなるなど、より悲劇的な結末を迎えるという点は、むしろ日本のほうが強調されていたように感じます。

10年前であれば、邦画におけるLGBTQのキャラクターの描かれ方をまとめようとしても、なかなか有名な作品が少なくて難しかったかもしれませんが、いまなら題材が豊富なのではないでしょうか。

論文でまとめている学生や研究者はいると思いますが、映画『セルロイド・クローゼット』のように映像作品としてまとまったものを観てみたい気持ちになりました。

同性愛は不適切なもの

映画『セルロイド・クローゼット』では、ハリウッド映画業界が同性愛の描写を不適切なコンテンツだとして、同性愛を匂わせるシーンをカットする「自主規制」や「検閲」が行われていた、と紹介されています。

現在は、アメリカで上映されるコンテンツから同性愛に関する描写が「同性愛だから」という理由だけで、カットされるようなことは考えにくいでしょう。

ですが、コンプライアンス意識は、20世紀後半より令和の現在のほうが、確実に高まっているはず。もしかしたら、いまの価値観では「カットすべき」とされているシーンが、何十年後には「カットすべきではなかった」シーンになっているのかもしれない・・・・・・。映画『セルロイド・クローゼット』を見ていて私はそう感じ、ぞっとしました。

映画『セルロイド・クローゼット』のように、映画やメディア業界でマイノリティがどのように描かれているのか、実際のシーンを引用しながらまとめる作業が、少なくとも半世紀に一度くらいは必要なのかもしれません。

2025年6月14日から渋谷ユーロスペースで公開。さて、みなさんはどのようなシーンが印象に残るでしょうか。

 

■参考情報
『セルロイド・クローゼット』 公式サイト:http://www.pan-dora.co.jp/celluloid/
1995年/アメリカ/カラー/102分/ドキュメンタリー
©️Telling Pictures Production

原作:ヴィト・ルッソ
監督:ロブ・エプスタイン、ジェフリー・フリードマン
出演:トム・ハンクス、ウービー・ゴールドバーグ、ハーヴェイ・ファイアスタイン、ゴア・ヴィダル、シャーリー・マクレーン、スーザン・サランドン
配給:パンドラ

 

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