先日、映画『ガール・ピクチャー』を鑑賞した。3人の少女が主人公として描かれ、そのなかにはレズビアンらしき人物もいる。あらすじには「レズビアン」の文字はないけれど、あたりまえのようにレズビアンの少女が登場するところに、数年前に観た映画『ブックスマート』を連想した。
映画『ガール・ピクチャー』と『ブックスマート』の共通点
セクシュアルマイノリティがさりげなく描かれる映画『ガール・ピクチャー』
映画『ガール・ピクチャー』は、フィンランド発の「Z世代」を描いた青春映画として、2023年に公開された作品。原題は『Tytöt tytöt tytöt』、日本語に訳すと「女の子たち、女の子たち、女の子たち」という意味になる。
3人の少女が主人公として描かれた作品、というくらいの知識しかなかったけれど、北欧映画が好きだということもあり、軽い気持ちで鑑賞し始めた。
しかし、鑑賞を進めるうちに、「これは私が観たかった映画だ」と確信した。
主人公のうち1人は「男性が好きだと思うんだけど、セックスをしたことがなくて不安」だと悩みを吐露し、あとの2人は出会ってから急速に仲を深め、カップルとして付き合い始める。
映画『ガール・ピクチャー』は、セクシュアルマイノリティの少女たちの物語なのだ。
作品内では、彼女たちがノンセクシュアル、あるいはレズビアンなのかどうか具体的に言及はされないので、一概にセクシュアルマイノリティと括ることはできないかもしれない。
ただ、ごくあたりまえのように自身のセクシュアリティに悩む10代が―あるいは、セクシュアリティなんてまったく気にしていないような、幸せそうなレズビアンカップルが―映画のなかに登場したことに、私は感激した。
その感情は、数年前に映画『ブックスマート』を鑑賞したときの気持ちと少し似ていた。
レズビアンの主人公があたりまえのように登場する映画『ブックスマート』
映画『ブックスマート』は、日本語でいう「ガリ勉」のようなキャラクターである2人の少女が、高校卒業前夜に羽目を外してみようとチャレンジするというストーリー。
10代の少女たちが主人公であること、恋愛や自分をとりまく環境について、悩みを抱えている彼女たちの様子がポップに描かれていることが、映画『ガール・ピクチャー』と共通している。
そして、なにより私を惹きつけたのが、映画『ブックスマート』の主人公のうち1人がレズビアンであったことだ。
彼女(モリー)は映画のなかでごく自然に自分がレズビアンであることを明かし、いつ頃周囲にカミングアウトをしたかについても、さらりと語ってくれる。
その存在のさりげなさ、映画全体にただよう軽やかさに、「こういう作品が生まれる時代が訪れたんだ」とうれしく感じたことをおぼえている。
そのときと似たよろこびを、映画『ガール・ピクチャー』にも感じることができた。
少女たちの悩みは、当人たちにとっては深刻で重いものだろう。
でも、その様子があくまで爽やかに、ポップな青春映画として描かれることで、レズビアン映画をふくむLGBT映画にありがちな「重苦しい印象」がなく、そのことが私にはうれしかったのだ。
映画『ガール・ピクチャー』から連想した、レズビアンの恋愛にありがちな課題
映画『ガール・ピクチャー』で描かれるレズビアンの恋愛
映画『ガール・ピクチャー』には前述したように、レズビアンカップルが登場する。
親友のロンコ以外に仲の良い子がいない、はみ出し者のような立ち位置の少女ミンミと、真面目でストイックなフィギュアスケーターのエマ。
一見対照的な性格に見える二人が、はじめはすれ違うものの、パーティーで再会したことをきっかけに交際を始めるのだ。
ミンミとエマには、共通項がほとんどない。エマの頭はフィギュアスケートでいっぱいで、ミンミはフィギュアには全く詳しくない。それでも、「あなたのことを知りたい」というミンミのまっすぐな思いが、エマの心をほぐしていく。
ラブストーリーとしては、このうえなくロマンチックな始まりではあるけれど、徐々に相手との付き合い方がぎこちなくなっていくミンミとエマを見ていて、あることを思った。
「レズビアンの恋愛ほど、自分と相手を同一視しないほうがいい」ということだ。
レズビアンカップルは「適切な距離感」が重要?
ミンミは母親に対して感じていた孤独感を今でも抱え、エマはフィギュアスケートの実力の伸び悩みにいらだっている。そしてお互いに、自分自身のマイナスの感情を恋愛によって解消しようとしてしまい、失敗する。
異性間の恋愛においても、そのほかの場合においても当てはまるのかもしれないけれど、レズビアンの場合は「女性同士」という安心感と親近感が作用して、より自分と相手を同一視してしまいがちなのではないか、と思うのだ。
私自身もかつてそうだったし、今でもその課題が解決できたという実感はない。
だからこそ、「自分は自分、パートナーはパートナー」としっかり区別して、自分の悩みを相手にぶつけたり、恋愛に逃避したりしようとせず、適切な距離感を保つことが重要になってくるように思う。
以前読んだ、綿矢りさ氏の小説『生のみ生のままで』に、レズビアンカップルが「貴様が俺か、俺が貴様かみたいに生きていこうよ」と語り合うシーンがある。(関連記事:NOISE「レズビアンの甘く苦い ”人生” を描き出した小説『生のみ生のままで』」)
読んだ当時は「大恋愛」という印象が強い、その関係性に憧れたけれど、今になってみると「もう少し離れて、お互いを個人として大切にし合える距離感のほうがいいな」と思えてくる。
実際、ミンミとエマは一度離れ、お互いに自分の悩みを自分自身の手で解決したあとに、またあらためて親密な関係性を取り戻す。
映画『ガール・ピクチャー』は、そんなふうにレズビアンの恋愛について、つい思いを馳せてしまう作品だった。
映画『ブックスマート』が示してくれた、レズビアンという存在の「あたりまえ」さ
映画『ブックスマート』は、友人から「あなたは絶対に観たほうがいい」と勧められて観た作品だった。主人公の1人、モリーがレズビアンであることを作品内で明かした瞬間、友人が熱心に勧めてくれた理由がわかった。
レズビアンであることは問題ではない、という設定の軽やかさ
以前、映画『怪物』を観たときは「この映画の宣伝文句には「LGBT」についての言及があるべきだ」と思ったけれど、映画『ブックスマート』のあらすじに「レズビアン」の文言がないことは、それとは全然違う意味をもっていると感じた。(関連記事:NOISE「映画『怪物』と『CLOSE』の違いとは―LGBT当事者の視点で紐解く」)
モリーがレズビアンであることは、映画『ブックスマート』にとって伏線でも、どんでん返しの結末でもない。悩めるティーンエイジャーの属性のひとつとして、あくまでナチュラルに「レズビアン」という単語が登場するのだ。
そして、モリーは自分がレズビアンであること自体について悩んでいるわけではない。
自分のセクシュアリティは問題ではなく、ただシンプルに、片想いの感情を相手に伝えるかどうかについて悩んでいる。
その設定の軽やかさは、レズビアンをはじめ、LGBTにあまり馴染みのない人が観ても、違和感や疎外感を抱きにくいだろうと思えた。
レズビアンも、あたりまえのようにポップな青春映画のメインを張れる存在なんだ、と感じられたことは、私にとってエポックメイキングな出来事だった。
レズビアンを描くことで生まれる、「恋愛」と「友情」の関係の対比
映画『ブックスマート』は、レズビアンの主人公が登場することで、少女たちの「恋愛」と「友情」という異なる関係性が対比されている。
その点は映画『ガール・ピクチャー』も共通していて、「恋愛」と「友情」のどちらが関係性として上かということは取り沙汰されず、思春期を力強く乗り越えていく少女たちの絆が丁寧に描かれる。
「恋愛」は、両想いにならなければ関係性は発展することがないけれど、「友情」はぶつかったり、すれ違ったりしても何度だってやり直せる。
ただ、「恋愛」は時に、「友情」だけでは成し得なかった内面の変化や思いがけない出会いをもたらしてくれる。
レズビアンの登場人物がいることで、その対比がよりくっきりと、あざやかに浮かび上がるのだ。
その点に気がつけたことも、レズビアン映画を好んで鑑賞する私にとっては、嬉しい収穫だった。
レズビアン以外にもおすすめしたい、映画『ガール・ピクチャー』と『ブックスマート』
個人的な好みでいえば、私は映画『ガール・ピクチャー』のほうが、映画『ブックスマート』よりもさらに好きだと思えた。
理由は、派手な演出が少ない点、ストーリーの起伏よりも繊細な感情の動きに重きをおいた作品である点なので、よりキャッチーでドラマティックな作品が好きな人には映画『ブックスマート』のほうをおすすめしたい。
私は自分がレズビアンなので、レズビアンの人にぜひ観てほしいと思うけれど、そうでない人にもとっつきやすく、「少女たちを描いた青春映画」として楽しめるのが映画『ガール・ピクチャー』と『ブックスマート』の魅力だと感じている。
また、「少女たちが主人公」という設定から、可愛らしく甘やかなイメージを連想するかもしれないけれど、この2作はそのイメージをある意味で力強く裏切ってくれる。
フェミニズムの課題や若者を縛る社会通念に真っ正面から向き合い、なおかつ、堅苦しさを感じさせずに、パッションでそれらを乗り越えていく少女たちの姿は、多くの人の心を励ましてくれるように思う。もちろん、私もその1人だ。
どちらか気になるほうだけを観るのもいいけれど、できれば両者を見比べて、どちらがより好きだったか、どの描写に共通点があるかなど、マニアックな楽しみ方をするのもおすすめだ。
誰かと感想を語り合いたくなるような、カジュアルで楽しい味わいの「レズビアンが登場する映画」。
これからも映画『ガール・ピクチャー』や『ブックスマート』のように、気軽におすすめしやすい作品が、たくさん作られたらいいな、と個人的に願っている。
■作品情報
『ガール・ピクチャー』
・監督:アッリ・ハーパサロ
・脚本:イロナ・アハティ、ダニエラ・ハクリネン
・出演:アーム・ミロノフ、エレオノーラ・カウハネン、リンネア・レイノほか
・配給:アンプラグド
『ブックスマート』
・監督:オリヴィア・ワイルドオリヴィア・ワイルド
・脚本:エミリー・ハルパーン、サラ・ハスキンス、スザンナ・フォーゲル、ケイティ・シルバーマン
・出演:ケイトリン・デヴァー、ビーニー・フェルドスタインほか
・配給:ユナイテッド・アーティスツ・リリーシング、ロングライド