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Writer/仲谷暢之

トランスジェンダーの人生を描いた映画『エミリア・ペレス』は、記念碑となるはずだった

映画の祭典・アカデミー賞で、今年は映画『エミリア・ペレス』の主演女優が初のトランスジェンダー女性として主演女優賞にノミネートされた。残念ながら受賞は逃したが、その理由は彼女自身の過去の発言にあった!?

はたして僕らはトランスジェンダーを理解しているのだろうか

映画『エミリア・ペレス』を見て気づいたトランスジェンダーに対する意識

© 2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA

正直、僕も含めて周りのLGBTQである友人も、いまだに「トランスジェンダー」と言った方がいいのか、「MTF」「FTM」と表現した方がいいのか、“ちょっと一旦考えよか” となることが多い。

例えば友人であり、ニューハーフを職業としている当事者 (昭和世代) に聞けば「トランスジェンダーなんか最近やんかぁ、ニューハーフでも男女でも、女男でもええのよ~」と、言ったりしている。

だけど他人に対して口にするとなると、そこはやっぱり時代の風も読んで、ちゃんとせんとあかんよなぁという気持ちが働く。だって、僕らゲイもノンケから「オカマ」と言われると、やっぱり違和感やちょっとムカつく時もあるし。

とはいえ、そういったキーワードがアップデートされていく現在、おっさんゲイの僕ですらついていけてない状態だから、マジョリティの方々はもっと悩ましいだろう。

ドラァグクイーンが何かをわかっていない人も、いまだ山ほどおるんやから、当然ちゃあ当然だ。

『エミリア・ペレス』では逃した? トランスジェンダーへの理解が進むチャンス

© 2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA

トランスジェンダーに関する知識不足を感じたいたそんな中、今年開催された第97回アカデミー賞では、主演女優賞に初のトランスジェンダー女性俳優、カルラ・ソフィア・ガスコンがノミネートされた。

ゴールデン・グローブ賞など世界の名だたる賞レースにも、彼女はすでにノミネートされている。

だから映画『エミリア・ペレス』がきっかけとなって、社会的にもトランスジェンダーの存在をより知らしめたり、理解を広げる “チャンス” になったはずだった。

が、それは叶わなかった。

映画の主人公である彼女が、過去にSNSに投稿していたイスラム嫌悪など数々の差別や侮蔑発言が明るみに出たのだ。

結果、謝罪と釈明を行うこととなり(その内容も火に油を注ぐことに)、ノミネートされたアカデミー賞授賞式には参加したものの、お披露目の場となるレッドカーペットには登場せず、その “チャンス” は失った。

そんな彼女が主演した映画『エミリア・ペレス』(3月28日(金)公開)をひと足先に試写で見たが、作品的には非常に評価できる内容だったし、“とんでもない趣向” が凝らしてあった。

映画『エミリア・ペレス』にみるマッチョイズムの中で生きてきたトランスジェンダー女性の揺らぎ

映画『エミリア・ペレス』あらすじ

© 2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA

舞台はメキシコ。優秀な才能をボスに利用され、不遇の日々を送っていた弁護士のリタ(ゾーイ・ソルタナ)の元に、ある日、謎の男から驚くべき連絡が入る。

その男は、メキシコ全土を恐怖に陥れている麻薬カルテルのリーダー、マニタス(カルラ・ソフィア・ガスコン)。依頼内容は「女性としての、新たな人生を用意してほしい」というものだった。

リタは多額の報酬と引き換えにマニタスの新たなる人生のために、綿密に計画し、見事に遂行する。

出会いから4年後、ロンドンで仕事の場を見出したリタの前に、マニタスが「エミリア・ペレス」として現れた。

リタは自分が消されるのではないかとうろたえるも、彼女はマニタスの親戚として、スイスに避難させた妻・ジェシー(セレーナ・ゴメス) とふたりの子どもをメキシコに呼び戻したいので、その手はずを整えてほしいという再びの依頼だった。

再会を果たすも、素晴らしい運命はそう簡単には手に入らない

麻薬カルテルのリーダー・マニタスと再会したリタは、ジェシーらをメキシコに帰国させ、それまでだれも聞いたことのなかった “いとこ” のエミリアと同居を始める。

最初は戸惑うジェシーたちだが、彼女には別の目的があり、子どもたちはエミリアに父の姿をおぼろげにダブらせ、一応はメキシコで平穏な日々を過ごすようになる。

そんなある日、リタと食事中に行方不明の息子を探す女性と出会った。

マニタス時代に犯した罪に心を咎めたエミリアは、再びリタの協力を得て、行方不明者を探している人々を救うために壮大な活動を始める。

が、エミリアと妻・ジェシーの、ある行動によってそれぞれの運命は思わぬ方向へと導びかれていく・・・・・・。

トランジェンダーと誘拐、人身売買との融合がとんでもない趣向で描かれる

あらすじを読んでいただくとわかるように、麻薬カルテルのボスが抱えるジェンダーの問題を軸に、男社会で生きるトランスジェンダー女性の姿、そしてメキシコが抱えている闇を取り上げた、なかなかに骨太な作品である。

だけど、少し前に書いていた “とんでもない趣向” とは、実はこの映画『エミリア・ペレス』はミュージカルとして描かれているのだ!

メキシコの抱える問題をミュージカルで描く、映画『エミリア・ペレス』

この『エミリア・ペレス』は、前回紹介した『ウィキッド ふたりの魔女』(NOISE
記事「映画『ウィキッド ふたりの魔女』は、LGBTQ+にとって重要なミュージカル映画となっていた!」)のようなキンキラキンミュージカルではなく、反則級のミュージカル!

長らく素顔を見せていなかったゾーイ・サルダナの久々の素顔演技

© 2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA

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マニタス=エミリアに自身の持つ境遇に、チャンスを与えようと協力する女性弁護士・リタを演じているのは『アバター』シリーズなどでもおなじみのゾーイ・サルダナだ。

ここ最近のCGキャラや、特殊メイクキャラではなく、久しぶりに “素顔” で複雑な役柄を熱演しており、見事、今年のアカデミー賞助演女優賞を受賞した。

映画の冒頭、メキシコ市内の猥雑さと雑踏が入り混じったなか、日々、上司からいいように使われている弁護士のリタ。

フツフツと込み上がる怒りを、大勢のダンサーと歌い踊るミュージカルシーンは、作品のつかみと方向性としては秀逸で、ダンスもコンテンポラリーをアップデートしたかのようで見応えありあり。

それにゾーイ・サルダナ自身、小さい頃からバレエやダンスを習っていただけあって、その動きの美しさは必見!

硬軟が融合した『エミリア・ペレス』のミュージカルシーンは必見!

印象的なリタのダンスシーン以後、様々な俳優たちによって物語は展開する。

繰り広げられるミュージカルシーンは、バラエティに富んだメロディとシリアスな歌詞の混沌、そして歌のうまさよりも、登場人物が “語り部” としての役割が与えられているように感じた。

『エミリア・ペレス』には攻めたナンバーが盛りだくさん。個人的オススメは、性別適合手術を施す病院でのシーン。

振付師で映画監督のバスビー・バークレーが生み出した幾何学模様をモチーフにした1930年代のクラシックミュージカルをオマージュしているのだ。

歌っている内容はなかなかハードなのに、絵面で思わずニヤニヤしてしまう。

トランスジェンダーをより知ってもらうチャンスは逃したかもしれないけれど・・・

© 2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA

マニタスというマッチョと粗野、残酷さを絵に描いたような男性から、見た目はまだありし日のマッチョさを残しながらも、ソフィスケートされた女性に生まれ変わったエミリア。

主人公を演じたカルラ・ソフィア・ガスコン自身も、スペインや、メキシコでの人気俳優だったそれまでのキャリアを捨て、2016年にトランスジェンダー女性であることを公表し、2018年に性別適合手術を受けている。

そんな映画のキャラクターと同じような境遇を経て今回の主役抜擢となり、ゾーイ・サルダナやセレーナ・ゴメスらと負けず劣らずの存在感とカリスマ性を発揮していた。

ガスコンがトランスジェンダー女性俳優として、アカデミー賞でついに初のノミネートとなったことは、称賛される出来事だった。

彼女がこの『エミリア・ペレス』という映画をきっかけに、トランスジェンダーの存在を知らしめ、ほかのトランスジェンダー俳優たちの活動の場を広げる可能性も期待できたのに・・・・・・。それだけに、過去のSNSでの発言が残念でならない。

この映画の話しをしていたら、ニューハーフの友人は言った。

「手術して性別変えても無敵になるわけやないし。でも、それで変な反動と気持ちが働いてしもて、SNSに書いたんちゃう!? 」

「なんやかんやとみんな生きていくって、あっしら、しぶといし(笑)。まぁ、どんな演技してるかチェックしに、映画は観に行くと思うけど」

トランスジェンダーの人もそうでない人も、ぜひ観てほしい。
『エミリア・ペレス』は、3月28日(金)公開だ。

 

■参考情報
『エミリア・ペレス』 公式サイト https://gaga.ne.jp/emiliaperez/
・監督:ジャック・オーディナール
・出演:ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、エドガー・ラミレス、アドリアーナ・バスほか
・配給:ギャガ GAGA★

 

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