10年ほど前、著名な音楽番組がいくつか終了して「もうだれもが知るヒット曲は生まれないのかな」と思っていました。でも、最近は歌番組が新たに誕生していますし、SNSでも次々に新たな流行曲が生まれています。人間たる以上、音楽や歌に無関心ではいられないのだなと感じています。では、LGBTQと音楽の「現在地」はどのようになっているのでしょうか?
LGBTQの歌=同性愛?
恋愛がテーマの曲であれば、その気持ちが向けられている相手が異性・同性に限らず、マジョリティでも共感しやすいものになりやすいのかも。
ポップミュージック=多くの人(マジョリティ)が共感できる
J-POPのヒット要因には、歌手が有名だとか、流行りのアレンジだとか、いろいろあると思います。そんなさまざまな要因の中でも「多くの人が共感できる歌詞」という要素はとても大きいですよね。
多くの人、つまりマジョリティが共感できる歌詞、となるとシスジェンダー・ヘテロセクシュアルの恋愛がテーマになりやすいことは分かります。それでは、マイノリティであるLGBTQ当事者が共感できる歌は存在しないのか? というと、少なからず存在します。
同性愛をつづった歌?『ともだち/宇多田ヒカル』
同性に向けられた恋愛ソングと思われる曲で有名なものと言えば、2016年に発売された宇多田ヒカルさんのアルバム『Fantome』の中の1曲『ともだち』が挙げられるでしょう(以前のNOISE記事「宇多田ヒカルさんがノンバイナリーをカミングアウト! 認知度向上に期待」でも触れていますので、そちらも参考にしてください)。
タイトルだけを見たら,友情を歌った曲なのかな? と思いきや、友人関係にある人を恋愛対象として好きになっていることを、率直に表現した歌詞のオンパレード。
報われない想いばかりが募る夜更けは
どうしたらいい?
気付かないフリとか
中途半端な優しさに 泣きたい
歌詞からは「友人関係を続けなければいけない」という主人公の葛藤が読み取れます。異性愛が正で、同性愛は否とされる世界観における「許されない想い」が、マイノリティだけでなくマジョリティも共感できるポイントなのかもしれません。
なお、この曲について、ある海外ファンが宇多田さん本人に対して、X(旧Twitter)で次のように質問したことがありました。
Don’t you think singing about a gay person falling for their straight friend is a bit of a stereotype of gay people?
(同性愛者によるストレートの同性への恋愛感情を歌うことは、(ストレートの人たちによる)同性愛者へのステレオタイプだと思いませんか?)
すると、なんと宇多田さん本人から ” What makes you think I’m “straight” ?(なんで私がストレートだと思ったのですか?)” と返信があったのです。
このファンは「宇多田さんはストレートである」という自分の思い込みに謝罪するとともに、宇多田さんの返答に目から鱗が落ちた様子が、リプライから感じ取れました。宇多田さんも「質問してくれてありがとう」と返信していて、とても建設的なやり取りでした。
言わずと知れた超有名アーティストですが、もしも聞いたことがないのであれば、ぜひ一度チェックしてほしいですね。
同性相手を想っている?『THE END OF THE WORLD/槇原敬之』
ご自身が歌うヒット曲の数々だけでなく、提供した楽曲でも大記録を残している、シンガーソングライターの槇原敬之さん。
現在、テレビなどの表舞台にはあまり登場していませんが、現在もアーティスト活動を続けられています(実は数か月後にコンサートを観賞予定です)。
槇原さんが同性愛について歌っていると言われている曲はいくつかあるのですが、今回は1996年発売のアルバム『UNDERWEAR』収録の「THE END OF THE WORLD」を紹介します。
曲タイトルからすでに不穏な空気を醸し出しているように、ハッピーな曲ではありません。
足りない物持ち寄っただけの
できそこないの恋は
あまりにも見栄えが悪くて
きっと誰にも見守られない
この曲は、歌詞を「普通」に読めば、主人公が浮気をしているようにも考えられます。しかし、自分の意思で浮気しているにしてはずいぶん悲観的です。
というのも、実はこの曲は「表向きには女性とお付き合いしている男性の主人公が、他方で男性とも付き合っている(実は後者が本命)」と、見ることもできるのです。そう考えると、約30年前の世界を生きる主人公が「世界の終わり」と思い込んでいることも納得です。
槇原さんの曲を聴くようになったきっかけは、私が小さい頃から母がファンだったからです。母が家事をしているときや、習い事の送迎の車でよく聞いていました。
この曲も物心つく前から聞いていた記憶があるのですが、母は子どもの私にこの曲をよく聞かせようと思いましたね(苦笑)。
といっても当時の私は「やたらと悲観的な主人公が、雨の中で付き合っている相手とチューしてる歌」くらいにしか捉えられていませんでしたが。
物心がついてしばらく経ってから、母から槇原さんのセクシュアリティに関するうわさについて聞かされたうえで「好きになる相手は決められないんだから、仕方ないよね」と言われたことがあります。
その頃にはすでに、私はもうマジョリティではないという自覚があったのですが「母はアライというわけでもなさそうだけど、LGBTQについてある程度の理解はあるのかな?」と感じたことを覚えています。
曲そのものへの印象だけではなく、その曲と自分の記憶を重ねることができるのも、音楽のいいところですよね。
ポップミュージックとアロマンティックは親和性がない?
恋愛というテーマは歌にしやすいのでしょうけれど・・・・・・。
ポップミュージック ≒ 恋愛ソング?
ヒット曲を聴いていて、マジョリティ・マイノリティに限らず「恋愛の曲ばっかりじゃん!!」と思ったことのある人は多いのではないでしょうか。実際、先ほど紹介した楽曲も、マジョリティ向けではないかもしれませんが、恋愛をテーマにしていることは間違いありません。
もちろん友情や努力をテーマにした曲もありますが、そういう希望に満ちた曲でもなく、なおかつ恋愛至上主義から距離をおいた曲はないのか? と思い、探してみました。
アロマンティックなスタイルを表現している歌 『まるごと/CHAI』
2022年にNHKで放送された、アロマンティック・アセクシュアルをテーマにしたドラマ『恋せぬふたり』。その主題歌である、ニュー・エキサイト・オンナバンド CHAI の「まるごと」は、恋愛から離れて、自分と相手の関係性を見つめた楽曲と言えるかもしれません。
ただ寂しいときもあるの
恋とかじゃなく
だって自分らしくいたいよ
わがままなんかじゃない
アロマンティックは、他者に対して恋愛感情を抱かないセクシュアリティですが、「まるごと」の歌詞には、自分らしさや、自分にとっての幸せを探している様子が散りばめられています。
でも「自分らしさ」を押し付けるような恩着せがましさはなく、オシャレでありながら適度に肩の力が抜けたサウンドなので、片意地はらずに気軽に聞けることは、個人的に大事なポイント。
高校と大学で軽音楽に打ち込んでいた身として、またLGBTQ当事者として、CHAIは注目していたガールズバンドの一つでした。約1年前である2024年3月に解散してしまったことが今でも悔やまれますね・・・・・・。
■People Watching/Conan Gray
洋楽にまで目を広げると、シンガーソングライターのコナン・グレイによる、恋愛を俯瞰的に眺めている楽曲 People Watching を発見しました。タイトル通り、恋愛をしている周囲の人々を客観的に眺めている曲です。
But I wanna feel all that love and emotion
(でも自分も愛やエモさを感じたい)
Be that attached to the person I’m holding
(抱きしめている人に愛着を持てるようになりたい)
Someday, I’ll be falling without caution
(いつか予期せず恋に落ちるだろう)
But for now, I’m only people watching
(でも今は、人間観察しているだけ)
恋愛に没頭するわけでもなく、恋愛なんざクソくらえ! カップルは爆発しろ!! と怒り狂うでもなく、友人カップルを見て「恋愛っていいな~」とぼんやりと憧れを抱きつつ、恋愛していない自分自身を否定していないところが、令和の価値観に合っているなと思います。
私は普段聞く音楽は邦楽が中心で、洋楽はあまり聞いていなかったのですが、People watching の歌詞もサウンドも気に入ったので、今後はもっと洋楽にもアンテナを張りたいですね。
ジェンダーアイデンティティをテーマにした曲は難しい?
多くの人の共感を得ることを目標にすると、人口の1%しかいないとされるトランスジェンダーをテーマにした曲作りはやっぱり難しいかな・・・・・・。
トランスジェンダーの曲は共感を得られない?
同性愛をテーマにした曲はそこそこ存在し、アロマンティックな雰囲気の楽曲も若干存在することは分かりました。それではトランスジェンダーはどうなのか? と調べてみたのですが、ジェンダーアイデンティティを主軸にすえた曲は見つかりませんでした。
先ほど書いたように、楽曲がヒットする大きなポイントの一つは、多くの人から共感を得られること。
多くのトランスジェンダー当事者と会ってきて「トランスジェンダーあるある」として共有できるエピソードは少なからずあると確信していますが、人口の1%か、それ未満の人々だけが共感できる曲は、なかなか日の目を浴びないのが現実なのかも。
ただ、ジェンダーアイデンティティという小さなスポットではなく「自分を信じる」というテーマに広げると、実に多くの曲が存在します。今回は歌い手に着目した2曲を紹介しましょう。
秘密/ryuchell
今もなお多くのトランスジェンダー当事者が勇気をもらっている、タレントのryuchellさん。亡くなる数か月前にリリースしたアルバム『♡T愛me Ma心n♡』(タイムマシーン)に収録されている楽曲「秘密」は、自身の心の内を表現したものになっているのかもしれません。
羽を広げて
飛び立てたら
居場所は 守れない事を
涙の奥で 受け入れた
アルバムリリースでのインタビューで、ryuchellさんは「今作は皆様に寄り添ったり自分の弱さを曝け出している歌詞があったりします」と語っているように、この楽曲は歌詞を読むと必ずしも前向きとは言えません。
しかし、タレントとしてテレビに引っ張りだこだった頃にリリースした、性表現の多様性を歌った楽曲「Diversity Guys!」よりも、「秘密」のほうが本心に近いのかもしれないな、と私は感じました。
ryuchellさんが安らかに眠られていることを祈るばかりです。
■I don’t wanna lie/氷川きよし
従来の「演歌歌手」の枠にとらわれず、いろいろなジャンルの楽曲を歌うアーティストとして認知されている氷川さん。休業前の2021年にリリースされたアルバム『You are you』に収録されている「I don’t wanna lie」は、性別違和を含むさまざま葛藤がテーマになっているように思います。
愛のまま生きるただそれだけで
世界はどこまでも美しくなる
鏡に映った瞳に誓う
I don’t wanna lie
I don’t wanna lie to myself
私はひねくれた性格なので、J-POPの歌詞を読むとどうしても「クサさ」を感じてしまうことが多いのですが、サビの超高音を高らかに歌い上げる氷川さんの美声で “I don’t wanna lie to myself!” と言われると不思議と「うん、自分にウソつかないようにしよう」と思えてくるから不思議ですね(笑)。
第2次トランプ政権の影響でトランスジェンダーへの風向きが厳しい今だからこそ、いつかトランスジェンダーを直接的にテーマにすえた曲があらわれて、しかもヒットしたら最高だな! と願っています。
■参考情報
・ryuchell、心に愛を伝えるアルバム『♡T愛me Ma心n♡』に込めた想いと自分の“好き”に真っ直ぐでいる理由(TIGET for Artists)