NOISE ライター投稿型 LGBT情報発信サイト
HOMEすべての記事 トランプ氏の大統領就任から約1カ月。日々まき散らされるトランスヘイト的政策

Writer/Jitian

トランプ氏の大統領就任から約1カ月。日々まき散らされるトランスヘイト的政策

2025年1月20日、ドナルド・トランプ氏がアメリカ合衆国大統領の座に返り咲きました。私はこれまでもアメリカ大統領とLGTBQ当事者、特にトランスジェンダーとの関係について注目してきました。トランスジェンダーに対するバックラッシュが現実のものとなり、日々暗澹たる思いです・・・・・・。

トランプ氏によるトランスジェンダーへのヘイト的政策

まだ就任して1カ月程度ですが、このわずかな間でトランプ氏は様々な大統領令に矢継ぎ早に署名しています。

就任初日から「性別」について言及

私は以前から、アメリカの政治とLGBTQ当事者との関係について記事にまとめてきました。(詳しくは、NOISE記事「もしトラ」とLGBTQ・・・トランプ氏の公約はトランスフォビアか? を参照ください。)つまるところ、トランプ氏が再び大統領に就任すれば、トランスヘイト的政策が進められるのではないか? と懸念していました。

そして2024年の大統領選挙を経て、昨月、ついにトランプ氏が大統領となる日を迎えました。

就任演説で、トランプ氏は「性別」について次のように言及し、まさに私のようなノンバイナリー当事者の存在を否定しました。

“As of today, it will henceforth be the official policy of the United States government that there are only two genders, male and female.”(「本日より、ジェンダーは男性と女性の2つだけであるというのが、今後合衆国政府の公式方針となる。」)

また、トランスジェンダーに関わる政策として、次のことを実行しました。

・性自認や性的指向に基づく差別を防ぐことを目的とした、バイデン前大統領の命令を撤回。
・「生物学的性別(sex)は、男(male)と女(female)の2つのみを認める」という大統領名に署名。
・上記の「生物学的性別」とは、疑う余地がない現実であり、変更不可である。かつ、「性自認(gender identity)とは別物である、と明記。

ノンバイナリーどころか、シスジェンダー以外は認めないというメッセージを、就任初日から打ち出したのです。

アメリカ国民でない私でさえ、ニュースを知ってネガティブな感情を少なからず抱きました。トランスジェンダー当事者のアメリカ国民の人々は、さぞつらい思いをしていることでしょう・・・・・・。

米軍やスポーツ界からトランスジェンダー当事者を排除

トランプ政権は、日常生活を送っているトランスジェンダー当事者を、排除する動きも見せています。

たとえば1月27日には、アメリカ軍内でのトランスジェンダーに関する方針を見直す大統領令に署名。生物学的な性と性自認の不一致は「兵士が公私にわたり高潔かつ誠実で規律ある生活を送るという誓約に反する」としています。

現在も、トランスジェンダー当事者のアメリカ兵士は多く存在するはず。その人たちの身が危険にさらされていないか心配です(アメリカ軍とトランスジェンダーとの関係についてはNOISE記事「米大統領選、日本のLGBTQ当事者も他人事じゃない!」も参照ください)。

さらに2月5日には、トランスジェンダー女性がスポーツの女子競技に参加することを禁止する大統領令にも署名しました。しかもアメリカ政府は、2028年に開催予定のロサンゼルスオリンピックでも、トランスジェンダー女性の出場を防ぐよう動くつもりだということ。

オリンピックでは、性別を含めたあらゆる差別を禁止しています。

ロサンゼルスオリンピックが開催される2028年は、トランプ氏の大統領任期が続いているはずなので、今後どのような議論がなされ、決着がつくのか、注視する必要があります。

なお、スポーツとトランスジェンダーの関係については
NOISE記事『パリオリンピックから考える、多様な性とスポーツ 〜性分化疾患とLGBTQ〜』
NOISE記事『パリオリンピックから考える、多様な性とスポーツ 〜パラリンピックのクラス分けを参考に〜』

にて考察しているので、そちらもご覧ください。

若年者の性別移行治療を制限

1月29日、19歳未満が性別適合のための治療や手術を行うことを制限する大統領令に、トランプ氏が署名しました。

たしかに、成長途中の若者がホルモン療法などの性別移行治療を受けることは、成長の終わった大人と比べて身体的な影響が大きいと考えられ、慎重な判断が求められます。

一方で、私自身もそうでしたが、トランスジェンダー当事者の方々から「第二次性徴を迎えて、身体的な嫌悪感を覚えた/嫌悪感が増した」という話を今まで何度も耳にしてきました。

思春期に身体がどれくらい変化するか、それに対してどのような思いを抱くかは人それぞれですが、トランスジェンダー当事者にとっては、多かれ少なかれマイナスに働くことがほとんどだと思います。

特に、あまりにも嫌悪感が強すぎるあまり「死にたい」と思う10代のトランスジェンダー当事者もいるかもしれません。そういう子にとっては、10代のうちから性別移行治療を受けることによって精神的な安定を得られ、結果的には心身ともに健康になれる可能性があります。

今回のトランプ政権の動きは、こうした悩みの淵にいる10代のトランスジェンダー当事者に「あなたを認めない」というメッセージを発信しています。

日本ではこのほど、2024年における小中高生の自殺者数が過去最多になったという報道もありました。トランプ政権の発信がさらにトランスジェンダー当事者の子どもをどん底に追いやらないか、心配でなりません。

トランプ氏のトランスヘイト的政策に、世間は意外と冷静?

必ずしもシスジェンダー全員が、諸手を挙げてトランスヘイト的政策に共感しているわけではなさそうです。

トランプ氏の政策は「まとも」か、極端か?

トランプ氏の就任演説や初日の大統領令についてSNSのコメントを見ると、日本では必ずしも「賞賛の嵐」というほどではないのかな? と感じました。

たとえば、トランプ氏に賛成する意見では「アメリカは “まとも” な方向に向かっている」というものがありました。「生物学的性別は2つしかない」という意見に賛同する意見は、全体的にかなり多かったように思います。

一方で、性分化疾患(DSD)の存在や、個々人の性差に言及しつつ「『生物学的性別は2つしかない』という取り決めは、現実と合っていないのでは?」と懐疑的な意見も見られました。

たしかに少数派かもしれませんが「例外」を存在しないことにすると、日常生活で齟齬が生じる場合もあるでしょう。「基本のルール」を保ちながらも少数派も尊重するバランスが、トランプ政権には欠けているように私は思います。

今までが「逆差別」?

トランプ氏の政策を「まとも」だとする人の中には「これまでが、マイノリティのためにマジョリティが我慢を強いられる “逆差別” の状態だった」という主張もありました。

一方で「LGBTQ当事者への差別を是正するために試行錯誤している過渡期に、正反対の方向に急に舵を切るべきではない」「なぜアメリカ大統領は、所属政党が変わるだけでこうも両極端な政策を採るのか?」と、トランプ政権の動きを批判的に捉える人もいました。

一番影響を受けるのは市民なので、市民を考えた政策を打ち出してほしいものですよね。

日本の総理大臣は、アメリカ大統領ほど大きな権限を握っていませんし、政権交代も起こりづらいので、国家が急な方針転換することそのものをネガティブに感じる人が一定数存在しているかもしれません。

トランスヘイトではなく区分?

「生物学的性別は2つしかない」という意見に肯定的な人の中には「トランスジェンダーの存在を否定するというより、スポーツや公共施設において男女の区分けをはっきりさせたいだけでは?」という意見もありました。

トランスヘイトに一気に偏らず、冷静に考えている人がいることには安心しました。しかし、前にも書いた通り、トランプ氏のメッセージには明らかにトランスジェンダーやジェンダーアイデンティティを否定するものが含まれています。

「アメリカ大統領が発信するのは、一般市民とは重みが違う」と指摘するコメントもありました。トランプ氏は自分の発するメッセージで、傷ついている人が世界中にいることを想像しているとは、正直考えにくいです。

それとも、全人口の1%程度と言われているトランスジェンダー当事者のことはどうでもよいのでしょうか・・・・・・。

トランプ政権はシス女性を守ろうとしているのか?

トランプ政権の動きに賛同しているシスジェンダー当事者も、ニュースを深堀すると考えが変わるかもしれません。

トランプ政権は女性の権利を阻害しようとしている?

トランプ政権がトランスジェンダー当事者を排除することで、女性用更衣室などの女性のための空間に「女だと自称する男」が堂々と立ち入ることがなくなるから、シス女性が守られるようになる! と考えているシスジェンダーの人は、かなり多いのではないでしょうか。

しかし、群馬大学准教授でノンバイナリー当事者であることを公表している高井ゆと里氏は、次のように述べています。

 ・・・・・・男女は「受精の時点で、身体で精子・卵子を作る性に属す人(パーソン)」として定義された。・・・・・・この表現は受精の時点に人格を想定する点で、「胎児の人格性(fetal personhood)」や「未生の人格(unborn person)」に道徳的な地位を与える中絶反対派に秋波を送るものであると考えられている。(中略)

 これから、この「ジェンダー」に様々なものが代入され、攻撃されるだろう。そこで失われるのは、トランスジェンダーの権利のみならず、LGBTQ+の権利であり、女性の健康と権利である。

考えてみれば、日本でもトランスヘイト派の人々と言えば、伝統的価値観の保護を掲げていて、同性婚や選択的夫婦別姓にも反対派だろうな、と想起されますよね。

今後、トランスジェンダー当事者だけでなく、せっかく見直しの機運が高まっている同性婚法制化の動きなども後退して、最悪の場合、女性が妊娠人工中絶にアクセスしづらくなる、なんてことがないよう祈るばかりです。

「逆差別」ではなく、差別的な状態を是正する一時的な措置

自身もゲイと公表していて、LGTBQの生きづらさに詳しいライターの松岡宗嗣氏は、マイノリティに下駄をはかせることでマジョリティが冷遇される一般的な「逆差別」について、実際にマイノリティは就職等で不利な状況に置かれていて、その格差を埋め合わせるための措置である、と主張しています。

たとえば、トランスジェンダー当事者が就職活動時にジェンダーアイデンティティを理由として雇用されづらい状況があります。一方で、障害者雇用のようにトランスジェンダー当事者採用枠を一定数確保するよう法的に決められているわけではありません。

私は、トランスジェンダー当事者の「逆差別」として具体的に何が想定されているのか、正直よく分かっていません。

トランスジェンダー当事者が「下駄」をはいていると感じるなら、シスジェンダーの人には、トランスジェンダー当事者が現在被っている格差に、少しだけでもいいので目を向けてくれたらな、と思います。

個人的な話になりますが、私は大学受験の世界史に関わる仕事もしていて「女性の権利運動が起こると、バックラッシュも激しくなる」ことは、歴史的な出来事として知っています。

そして、今まさにトランスジェンダーへのバックラッシュを、私たちは目撃しているのです。歴史の目撃者として後世に残したい! という気概で、これからもトランプ政権の動きを注視していきます。

 

■参考情報
Trump makes ‘two sexes’ official and scraps DEI policies(BBC)
トランスジェンダーの「思想を排除」 トランプ氏が大統領令で米軍に(朝日新聞)
トランプ氏、トランスジェンダー女性の女子競技参加を禁止する大統領令に署名(BBC NEWS JAPAN)
小中高生の自殺、過去最多527人 24年暫定値、全体では減少(朝日新聞)
ジェンダー・イデオロギーと闘う? 反トランスの大統領令を読み解く(朝日新聞)
トランプ再就任で、アメリカの「多様性」はどうなる?(GQ Japan)

 

RELATED

関連記事

ロゴ:LGBTER 関連記事

TOP