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Writer/酉野たまご

LGBTの生き様を「食卓」にのせて描く―漫画『かしましめし』を読んで

おかざき真里氏により、2016年から連載されている漫画『かしましめし』。2023年にはテレビ東京系列にてドラマ化もされたこの作品では、ほのぼのとした食事風景の中に「LGBTの苦悩」が見え隠れする様子が描きだされている。

男女3人の独特なルームシェアを描く漫画『かしましめし』

再会のきっかけは「葬儀」―漫画『かしましめし』のあらすじとは

漫画『かしましめし』のストーリーを説明するには、第1話の終盤で描かれている葬儀のシーンが欠かせない。

同じ美術大学の出身である男女3人(千春、ナカムラ、英治)は、ある男性の葬儀で再会を果たす。

亡くなった男性は3人と同い年であり、ナカムラが大学時代にマネージャーを務めていたラグビー部の元部員であり、千春と英治それぞれの「元恋人」であった。

亡くなった彼がLGBT当事者だったとは知らなかったナカムラと千春は、英治が彼と交際していた事実に驚く。

「あ 安心し つき合うてた時期かぶってへんから」と、あっけらかんとした調子で語る英治の様子に拍子抜けしたからか、3人は一気に距離を縮め、打ち解ける。

この再会をきっかけに、3人は千春の家でたびたび食事会を開催するようになり、やがてルームシェアをすることとなる。

これが、漫画『かしましめし』のおおまかなストーリーだ。

男女3人のルームシェアと聞くと、一瞬「なぜ?」という組み合わせに思えてしまうけれど、唯一の男性である英治がゲイであることで、3人はフラットな気持ちで同居生活を送っている。

この3人の、互いをいたわりあう友情関係が漫画『かしましめし』の魅力のひとつなのだ。

漫画『かしましめし』でさりげなく描かれるLGBTの生き様

第1話で突然のカミングアウトを果たした「英治」をはじめ、漫画『かしましめし』にはLGBTの登場人物がたびたび描かれる。

ただ、その表現は決して「LGBTの知識」を堅苦しく披露するようなものではなく、にぎやかな食卓となにげない会話のすきまにそっと差し込むように、さらりと描かれるのだ。

おいしいものを食べながら、仕事の愚痴や人間関係の悩みを吐き出すついでに、あたりまえの日常会話のように「LGBTとしての苦悩」を登場人物が語る。

そんなふうに、肩の力を抜いて自分のセクシュアリティについて語ることができる場があって、友人がいる。

私が漫画『かしましめし』を読み続けている最大の理由は、この部分にある。

そこで、今回は漫画『かしましめし』に登場するLGBTの表象について紹介していきたい。

「笑ってやり過ごす」という処世術―漫画『かしましめし』に登場するLGBT像①

漫画『かしましめし』には、LGBTのキャラクターが複数人登場する。まずは、ルームシェアメンバーのひとりである「英治」だ。

LGBTならではの恋愛観と息苦しさを吐露する「英治」

関西弁でひょうきんな性格、いつも明るく楽しそうにふるまう英治。

しかしそれは、昔ゲイの先輩に「カミングアウトする時は(中略)『楽しい人生』を演じ続ける覚悟がなきゃダメよ」と言われたからだという。

だから英治は、つらい気持ちのときでもつい笑顔を見せてしまう。

信頼している仕事相手に、LGBTへの差別発言をされたとき。
学生時代、男同士で商店街のお祭りに行ったことをクラスメイトにからかわれたとき。
そして、好きになった男性に、自分のセクシュアリティを否定されるのではないかと恐れるとき。

いつも笑ってその場をやり過ごし、自分も相手もそれ以上傷つかないようにと逃げてしまう姿が描かれる。

LGBTへの差別発言を、笑顔でスルーした経験

処世術とも思える英治の行動には、私自身も覚えがあった。

学生時代、まだLGBTについての知識も広まりきっていなかった頃、とても好きで尊敬していた先輩に「酉野ちゃんがレズビアンなんてイヤだ!」と言われてしまったことがある。

先輩は私がレズビアンだと知って発言したわけではなく、「酉野さんって女子高出身っぽいよね」「レズビアンだったりして」といった会話を他の人たちがしていたところに、「そんなこと言わないで!」という文脈で言ったのだと思う。

前段階の会話もやや引っ掛かるところはあったけれど、「そうですか?」などと笑ってやり過ごそうとしていたところに、「レズビアンなんてイヤだ」というコメントはぐさりと刺さった。

そして私は、結局「イヤだって言われても・・・」と、困り笑いで返すことしかできなかった。

まだ自分の気持ちをうまく言葉にする術も、学校以外の居場所も持っていなかった学生時代に、私は「笑って流す」以外の道を見つけられなかったのだ。

漫画『かしましめし』で英治が語るエピソードは、そんな私の学生時代の記憶を呼び覚ますような、リアリティのあるものだった。

「知らない」ことの残酷さ―漫画『かしましめし』に登場するLGBT像②

漫画『かしましめし』には、重要なLGBTのキャラクターがほかにもいる。それは、ルームシェアメンバー3人の予備校時代の美術講師、「蓮井先生」だ。

自分がLGBT当事者であることをこっそり打ち明ける「蓮井先生」

「蓮井先生」は、ルームシェアメンバーのひとりである「千春」の想い人として登場する。

仕事のストレスで自暴自棄になっていた頃、千春は交通事故に遭いかけていたところを偶然、蓮井先生に救われる。

それ以来、蓮井先生を心のよりどころにするようになった千春は、タイミングさえあればいつでも蓮井先生のいるところに出向き、他愛もない話をするのだ。

千春がずっと想いを寄せている人だと知り、ルームシェア中のナカムラと英治は、蓮井先生を自宅での食事会に誘う。

蓮井先生は食事会に応じてその場を楽しむが、英治にだけこっそり、自分がLGBT当事者であるという事実を打ち明けるのだ。

「僕は 誰にも性欲を持てないんです」と語る蓮井先生は、自分の性欲が薄いこと、そして「自分はアセクシュアルだ」と断言できるほど全くないわけではないことを、英治に語る。

それゆえ、蓮井先生は自分を慕ってくる千春に対して後ろめたい気持ちがあるようなのだ。

お互いがセクシュアルマイノリティあることを知った英治と蓮井先生は、恋愛や他人とのコミュニケーションの難しさについて語りあう。

LGBTの人間に対して、周囲が向ける「無意識な残酷さ」

漫画『かしましめし』において、英治と蓮井先生の姿から共通して感じられるのは、周囲の人間から向けられる「無意識な残酷さ」だ。

たとえば、英治が片想いする元同級生の「榮太郎」は、「英治と(ナカムラか千春の)どっちかが付き合ってるんだろ?」と当たり前のように聞いてきたり、「俺の考え方が古いっつーか “ 男たるもの ” とか “ こうあるべき ” とか思っちゃってさー」と自身の恋愛観を語ったりする。

榮太郎にはそのつもりがなくても、ゲイである英治にとっては小さなトゲのように存在感を放つセリフだ。

そのたびに英治は表情をこわばらせたり、あわてて適当に話を合わせたり、笑ってごまかしたりする。

榮太郎はきっとLGBTに偏見のない人だと思う、とナカムラや千春が励ましても、英治は「嫌われたないねん・・・・・・」と呟き、榮太郎には自分がゲイであることを打ち明けようとしない。

また、蓮井先生がLGBT当事者であることを知らない千春は、蓮井先生に触れたり、抱きついたり、自分の好意を隠さずに距離を縮めようとしたりする。

もしかしたら千春自身は、それ以上のことを望んでいないのかもしれない。
かつて命を救ってくれた人だから、ただそばにいると安心するから、定期的に会って、顔を見て、隣り合っておいしいものを食べたいだけなのかもしれない。

それでもきっと、蓮井先生は少なからずプレッシャーを感じているだろう。

LGBTの人物もそうでない人物も、同じ重さで描いてくれる

少し前に妻と離婚したという蓮井先生は、「愛とか信頼なんて目に見えないからね それを補強するための性行為でもあるんだな それが できない」と語る。

私自身、性行為への欲が薄いほうだという自覚があるため、他の人との会話で「カップルや夫婦間で定期的に性行為がないとイヤだ」という話題が出ると戸惑うことがある。

私は性行為ではなく、他の行為―会話や日常的なスキンシップなど―で「愛や信頼」を確かめることができれば心が満たされるのだけど、一般的には「性行為がないと不安になる」という声が多数派らしい。

蓮井先生の妻だった女性もきっと、最初は「夫がLGBTだとしても関係ない、そばに居られればそれでいい」と言ったのだろう。

そして結果的に、そばに居るだけでは愛や信頼を確かめることができなかった。

「こんなつもりじゃなかった」という言葉を残して離れていった妻に対して、蓮井先生はどんな気持ちを抱いたか・・・想像するだけで苦しくなってしまう。

千春がどんな想いで蓮井先生に近づいているのだとしても、お互いに自分の胸の内を話さないかぎり、蓮井先生はずっとうっすらとしたプレッシャーや不安を感じてしまうのではないだろうか。

読者としては、主人公のひとりである千春の想いを応援したい気持ちと、蓮井先生に穏やかな気持ちで過ごしてもらいたいという気持ちの間で、板挟みになってしまう部分もある。

私が漫画『かしましめし』を好きなのは、それぞれの人物の異なる視点や感情が、同じ重さで表現されているところだ。

無意識に残酷なふるまいをしてしまう人も、その行為に傷ついたりプレッシャーを感じたりしてしまう人も、それぞれに悩みを抱えているし、それぞれに相手を思いやる気持ちを持っている。

だから、LGBTの人物と周囲の関係性にやきもきしながらも、登場キャラクター全員に共感してしまうのだ。

千春と蓮井先生の関係がどうなっていくかは気になるけれど、きっとこの2人ならお互いを必要以上に傷つけることはしないだろう、という希望も持つことができる。

今後も読み続けたい漫画『かしましめし』の魅力

漫画『かしましめし』は、千春・英治・ナカムラの3人が中心となって食事を作り、自分たちで食べたり、来客にふるまったりしながら日常の波を乗りこなしていくストーリーだ。

そのため、読者である私たちは仕事の悩みに共感したり、片想いの行方にどきどきしたり、LGBTの苦悩に思いを馳せたりしながらも、おいしいごはんの描写にほっこりすることができる。

今後も人生の荒波に疲れた時は、漫画『かしましめし』のページを定期的にめくって、たくましく生きる登場人物たちの姿や食事風景に癒されたい。

 

■作品情報
漫画『かしましめし』
作:おかざき真里
出版社:祥伝社

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