KAITO氏による漫画『青のフラッグ』は、2017年から2020年まで少年ジャンプ+にて連載されていた作品である。今から8年近く前に連載がスタートしたにもかかわらず、作中で描かれるLGBTの葛藤、そして周囲の人間の感情表現の繊細さに、読んだ当初は驚きを隠せなかった。
漫画『青のフラッグ』を多くの人におすすめしたい理由
学生時代に出会いたかった作品、漫画『青のフラッグ』について
私は学生時代、LGBTを描いた作品を躍起になって探していたことがある。
自分がLGBT当事者であると気づいてからというもの、自分の人生の指針や人間関係についてのヒントがほしいという思い、そして「周囲の人にLGBTのことをわかりやすく伝えたい」という思いに駆られていたのだ。
堅苦しい本や難しい文章ではなくて、ごく軽く、できればポップに、「LGBTは特別な存在というわけではない」「あなたのすぐ近くにもLGBTはいるんだよ」ということを伝えられる作品が必要だった。
漫画『青のフラッグ』は、今思えば、学生時代の私が求めていた作品そのものだ。
やや遠回しな表現で、じっくりとLGBTの恋愛と葛藤について描きながらも、メインとなっているのは高校生の友情や青春、くすりと笑える日常の一コマで、非常にとっつきやすく読みやすい。
私は連載が完結してから、単行本で漫画『青のフラッグ』と出会ったけれど、できることならばもっと早く出会いたかった、と思わずにはいられなかった。
漫画『青のフラッグ』に描かれるLGBT像とは
漫画『青のフラッグ』の中で描写されるLGBTの人物像は、実に多岐に渡っている。
同性の友達に恋愛感情を抱きながらもその気持ちを隠しているゲイ、レズビアン、周囲から誤解を受けても自分らしさを貫こうとするその他の人々・・・。
LGBTの当事者である私ですら、読みながら「えっ!?」と何度も驚いてしまうくらい、多面的な人間性が緻密に、繊細に描き出されている。
フィクションの中の人物が、同性のことを「好きだ」と発言しても自分は驚かないけれど、それ以外にも世の中には多様な人々がたくさんいて、人間関係の悩みや恋愛模様もそれぞれに異なるのだということを実感した。
今回は、そんな漫画『青のフラッグ』を、私がより多くの人におすすめしたいと思う理由を紹介していく。
LGBTに対する周囲の反応、その複雑さをあえて描くこと
漫画『青のフラッグ』は、LGBTの人物だけではなく、LGBTの人物に関わる人たちの視点も丁寧に描いている。
LGBTであることを知った周囲の反応をじっくりと描きだす
同級生がゲイであることを知って激昂する人、それを「差別だ」と糾弾する人、今まで通り友達でいられるか悩む人、友達だからこそどう声を掛けたらいいのかと迷う人・・・・・・と、一人のカミングアウトを通してあらゆる人の反応や価値観の違いが表現されているのだ。
そして、ただ「LGBTへの差別は良くない」という意見だけがピックアップされるのではなく、「女性が男性に対して警戒心を抱くのと、男の自分がゲイに対して警戒心を抱くのとは何が違うんだよ」という考え方や、「ゲイに苦手意識があると言う人に対して、攻撃的な発言をするのは本当に正しいことなのか」という問題提起も描かれている。
自身がLGBTであることについて悩んでいる人物が、ただ悲劇の主人公になるのではなく、周囲と意見をぶつけ合い、新たな視点に出会って互いに価値観を変化させていく様子は、他の作品ではなかなか見たことがない展開だ。
漫画『青のフラッグ』がとった挑戦的な手法とは
漫画『青のフラッグ』第7巻では、「LGBTへの差別感情」について、30ページにもわたって登場人物たちが議論を交わすエピソードがある。
登場人物たちの顔がほとんど隠れるほどのセリフが書き込まれ、全員が狭い部屋に座ったまま30ページ分ずっと会話を続けるのは、一般的な漫画と比較するとかなり挑戦的に思える表現手法だ。
ともすれば、読者が説教臭く感じたり、退屈に思ってしまったりする可能性すらある。
しかし私は、漫画『青のフラッグ』にはこのエピソードが不可欠だと思っている。
長々と議論を交わしたあげく、はっきりとした結論も提示されていないけれど、実際に人間同士が異なる価値観をぶつけ合うと、ドラマチックな意識の転換や華麗な論破よりも、全員がうっすらと困惑したまま終わるような「停滞」が発生しやすいのではないだろうか。
そういう意味で、このエピソードは非常にリアリティがあり、現実のままならなさをしっかりと描きだしているように思う。
ゲイは苦手だと公言していた登場人物は、長々とした議論を経ても大幅に考えを改めることはない。ただ、「やっぱりキモいか?」と尋ねてきたゲイの友人に対して、「ハタから見りゃ恋してる奴なんて誰だってキメェだろ」とぶっきらぼうに放つセリフは、ちょっと衝撃的だった。
そこには、LGBTへの差別感情うんぬんを超えて、人と人が少しずつ歩み寄っていくことへの希望が込められている。
「LGBT以外にも悩んでいる人がいる」という新鮮な視点
異性に抱く感情が「恋愛」なのか「憧れ」なのかわからない、異性であっても同性のように友達になりたい、恋愛が絡むと友達が離れていってしまうなど、友情や恋愛感情の中で揺れ動く高校生たちの悩みが繊細に、時に激しく、作品の中に浮かび上がってくる。
LGBT当事者にも新たな気づきを与えてくれる漫画『青のフラッグ』
漫画『青のフラッグ』が扱うテーマは、LGBTに限ったものだけではない。
そこには、「異性に急接近しようとする人は恋愛感情で動いている」「多くの人にとって恋愛感情は友情よりも重い」といった、私たちが知らず知らずのうちに抱いている思い込みを鋭く指摘するような視点が組み込まれている。
LGBTの当事者であっても、自分以外の人の悩みや複雑な感情をすべて理解しているわけではない。むしろ、自分の悩みでいっぱいいっぱいになってしまうあまり、他の人の思いを無視したり、無意識に先入観を押しつけてしまったりしているかもしれない。
漫画『青のフラッグ』は、そんな気づきを与えてくれる作品だ。
漫画だからこそ表現できる、LGBTとその他の人の価値観の違い
漫画『青のフラッグ』は、漫画というメディアの強みを最大限に生かして、LGBT当事者やその他の悩める人々の感情を描きだしている。
その強みとは、「言語化」と「表情」だ。
前述した通り、漫画『青のフラッグ』は時にセリフが絵を食ってしまうくらい、言葉での表現に力を入れている作品だ。
登場人物たちが、冷静に、あるいは精一杯の感情をのせて、自分の価値観や悩みについて吐露するセリフの数々は、とても現実には真似できないほど丁寧な言語化が行われている。
ストレートな言い回しにとどまらず、一度読んだだけでは理解できないような遠回しなセリフもたくさんあるけれど、「何年後かに読み返してみたら理解できるかもしれない」という期待を抱かせてくれる。
おそらくそれは、実際にその言葉を受け取っている登場人物たちの思いと重なっているのだろう。
そして、言葉で表現しきれないような葛藤、絶望、思いやりや共感といった感情を、登場人物の「表情」で見せてくれる。
時には、間の抜けたタッチやオーバーな表情で笑いを誘い、息抜きをさせてくれるところも個人的に好きなポイントだ。
小説や映像など、他の媒体には両立できないふたつの強みを生かしているところが、漫画『青のフラッグ』を私が全力でおすすめする根拠にもなっている。
漫画『青のフラッグ』のラスト、LGBTである自分はどう捉えるか?
私はLGBT当事者として、そして一読者として、この作品のラストを「LGBTへの賛歌であり、応援歌である」というふうに受け止めた。
賛否両論ある漫画『青のフラッグ』のラストについて
漫画『青のフラッグ』のラストの展開は、読んだ人によって賛否が分かれると言われている。
もちろん、人によってさまざまな意見があり、価値観の違いが浮き彫りになるところが漫画『青のフラッグ』の良さでもあると私は思う。
LGBTが自身の悩みと向き合う姿を描いたフィクションには、人の生死に関わる展開や悲劇的な結果を迎えるものが多い。
LGBTの悩みの深さを表現し、より多くの人にわかりやすく伝えるためなのかもしれないけれど、あまりにもつらい結末の作品が多いので「LGBTだって幸せになってもいいじゃないか」と抗議したい気持ちになることもある。
だからこそ、漫画『青のフラッグ』は、「人生にはこういう展開が待っているかもしれないよ」という希望に満ちたメッセージを、LGBT当事者の読者に贈ってくれたのではないだろうか。
少なくとも私は、漫画『青のフラッグ』のラストシーンに救われたし、「こういう未来を想像してもいいんだよね」と思えて、LGBTである自分を肯定してもらえたような気持ちになった。
LGBT当事者が、自分のセクシュアリティで悩まなくてもいい未来に
完結巻のあとがきにて、作者のKAITO氏が「LGBTの恋を特別視すること」への抵抗について語っている。
LGBTの登場人物が好きな相手を明かすエピソードが話題になったと聞いて、「ほんのちょびっと ふくざつな気持ちになりました」というKAITO氏には、きっとLGBTというテーマを前面に押し出す気はもともとなく、「人生で起こりうるたくさんの悩みのひとつに過ぎない」という考え方があったのではないかと想像する。
今後、LGBT当事者の悩みがゼロになることはなくても、せめて「当事者」という言葉がいらなくなるような、逆に存在があたりまえになることで「LGBTってなに? 同性を好きになることって特別なことじゃないよね?」と多くの人が首をかしげるような、そんな未来が訪れることをつい願ってしまう。
他人の目を恐れず、ただ自分と、自分の大切な人の関係だけに集中して、悩んだり葛藤したりすることができる未来。
漫画『青のフラッグ』のラストシーンには、そんな「LGBTだからといって特別視されることがない未来」への期待と希望が込められているのではないかと、私は思っている。
■作品情報
漫画『青のフラッグ』
作:KAITO
出版社:集英社