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Writer/酉野たまご

漫画『きのう何食べた?』23巻が教えてくれた、ゲイカップルの幸せのサンプル

よしながふみ『きのう何食べた?』は、2007年から連載が続いているゲイカップルを描いた漫画作品。今年の9月に発売された最新刊である23巻を読んで、私は主人公たちと同じ同性愛者として非常に感銘を受け、自分の人生について思いを馳せてしまった。

漫画『きのう何食べた?』が他のゲイ漫画と異なる理由

ゲイを描いた作品がずっと苦手だった

正直なところ、私はゲイ(の恋愛を描いた)漫画が少し苦手だ。

よしながふみ作品にも、そういったいわゆるBL漫画はたくさんある。
知人に借りていくつか読んでみたことはあるのだけど、そのときもやはり抵抗を感じた。

たぶん、男性の裸体や性行為を見ることがもともと苦手なのだと思う。

私はレズビアンで女性としかお付き合いをしたことがなく、ヘテロセクシュアルのカップルでもゲイカップルでも、フィクションできわどい描写に出会う度にちょっと怯んでしまうところがあった。

「自分は同性愛者だから、BL作品なども楽しく読めるだろう」と思っていた当初の私は、しかたないこととはいえ落胆した。

ゲイの人を描いた映画や小説、漫画作品にぜひふれたいと考える一方で、自分が苦手な描写に出会うかもしれないと思うと、毎回ためらいをおぼえてしまう。

しかし、よしながふみ氏の漫画『きのう何食べた?』は、そんな私にとって大きな例外となる作品だった。

漫画『きのう何食べた?』がゲイ漫画として異色な点とは

漫画『きのう何食べた?』に出会ったきっかけは、おそらく、作家さんのエッセイやSNSでその評判をよく目にする機会があったことだと思う。

「性行為や恋愛らしい描写がない、異例のゲイ漫画」という説明を見て、これなら私にも読めるかもしれない、と感じた。

結果、その予想は大当たりで、既刊の単行本をすべて購入し、日々最新刊を心待ちにしながら過去のエピソードを読み返すようになった。

漫画『きのう何食べた?』は、ゲイカップルであるシロさん(筧史朗)とケンジ(矢吹賢二)の日常を描いた作品だ。

内容は主にふたりが囲む食卓、シロさんが料理をする様子、そして周囲との人びととの他愛のない交流。

いわゆる “ゲイカップルらしい描写”はきわめて少なく、たまに旅行や喫茶店デートに出掛けたり、一方の元カレに遭遇してひと悶着あったり、パートナーシップ宣誓について思うところを話し合ったりするくらい。

ともすればこれがゲイ漫画であるということを忘れてしまいそうなほど、さりげない日常の喜びやすれ違い、家で食べるごはんのおいしさに特化したエピソードが多い。

だからこそ、漫画『きのう何食べた?』はBL作品を苦手だと思った私でも抵抗なく、グルメ漫画かつ日常漫画として気軽に楽しむことができたのだ。

『きのう何食べた?』最新刊で衝撃を受けたエピソード

2024年9月に刊行された漫画『きのう何食べた?』23巻では、還暦を迎えたシロさんの誕生日祝いをよそおって、ケンジがサプライズで結婚披露パーティーを開催するエピソードが描かれた。

ゲイカップルの結婚式を描いた、漫画『きのう何食べた?』23巻の話

シロさんとケンジは、連載開始当初は40代前半のゲイカップルとして描かれていた。
そして15年以上続いた連載のなかでふたりは年齢を重ねていき、ついにシロさんは還暦を迎えた。

私も同じ同性愛者として、先輩カップルが長い年月を経て「ふうふ」のような関係性になっていくところを見せてもらっているようで、その変化は非常に感慨深く、嬉しいものだった。

しかし、最新刊での結婚式の描写は、それまでの穏やかかつゆるやかなエピソードたちとはうってかわって衝撃的だった。

あまりの驚きに、「このエピソードが最終回になってしまうのではないか!?」と読みながら本気で心配したほどだった。(なお、結婚式のエピソードの後も連載は続いている)

私が衝撃を受けたのは、作中のシロさんと同様に、「きっとこのふたりは結婚式をやることはない(できない)だろう」と思い込んでおり、完全に予想外の出来事だったからだ。

ゲイカップルとしての描写が非常に少なかった既刊からの変化

シロさんの両親は、シロさんとケンジがゲイカップルとして付き合っていることをあまり快く受け止めていない。またシロさんは、職場で自分のセクシュアリティを公言していないこともあって、ふたりの関係性をオフィシャルにする場は漫画のなかでもかなり少ない。

ふたりがゲイカップルであると知っているのは、家族以外では数少ないゲイ友達と近所に住む知人、そしてケンジの職場の同僚だけ。

それらの人々が、結婚式のエピソードでは一堂に会して、シロさんとケンジというゲイカップルを祝福してくれたのだ。

これまで22巻におよぶエピソードのなかで、手をつなぐことすらほとんどなかったふたりがみんなの前で誓いのキスをする場面は、コミカルなひとコマとして描かれてはいるものの、他人の前で幸せであることを堂々と示せる喜びを感じさせた。

1巻から続く初期のエピソードでは、ケンジが職場で自分の話をするだけで不機嫌になり、周囲にゲイであることがばれはしないかと常にピリピリしていた印象のシロさんが、サプライズの結婚式という場で穏やかな表情を見せ、心の底から嬉しそうに笑っている様子にはつい目頭が熱くなった。

時間と共に、シロさんとケンジというふたりのキャラクターも変化を重ね、社会の風向きも少しずつ変わって、こんなエピソードが描かれるまでになったのだということが私自身、とても嬉しかったのだ。

漫画『きのう何食べた?』が示してくれたゲイカップルの未来の形

「ゲイカップルの結婚式」という、非日常のイベントの価値

漫画『きのう何食べた?』を読むといつも、自分の人生が「日常の積み重ね」でできていることを実感する。

大きな出来事というものはそうそう起きなくて、スーパーで買い物をしたり、住み慣れた家のキッチンで料理をしたり、パートナーとたまに言い合いをしたり、ふと思い出話をし合ってみたり・・・・・・。

そういうなにげない日常のシーンを今まさに重ねて、シロさんやケンジのように何十年もの月日を共に過ごしていく過程のなかにいるのだな、と。

でも、漫画『きのう何食べた?』23巻を読んで、「ゲイカップルとして結婚式をすること」の尊さをひしひしと感じてしまった。

それは、ゲイカップルとして大勢の人に祝福してもらう機会というだけでなく、自分たちの関係性を祝ってくれる人が、こんなにたくさんいるのだと実感する機会、そして周囲の人たちにあらためて感謝を伝える機会でもあるのだ。

そして、今まで接点のなかった知人同士での交流や、自分の両親に幸せな姿を見せて安心してもらえるという喜びもある。

年齢を重ね、家族以外の人との交流が減っていたシロさんの両親が、他の人たちと和やかに話し、笑顔を見せる様子を嬉しそうに見守るシロさんの表情に、自分にも同じことができたら・・・・・・と考えずにはいられなかった。

漫画『きのう何食べた?』の話が他人事だと思えない理由

私の親は、私とパートナーの関係性を認めてはくれているけれど、「家族で会おう」と言ってくれたことはない。

パートナーのご両親も、夫婦間で受け取り方が一致しているわけではなく、私と積極的に会おうという話は出ないようだ。

自分の娘が同性愛者であることを受け入れる、受け入れないにもそれぞれの事情があり、タイミングというものもあるから、無理を押してお互いの家族に挨拶に行こうという考えは、私にもパートナーにもなかった。

そして、「結婚」という公的な手続きを踏めないのであれば、何もしなくてもあまり変わりはないという意識も共通していた。

だから結婚式を挙げようという話もあまりしたことがなく、パートナーシップ宣誓の手続きも途中で挫折したきり。ただ一緒に暮らす日常を過ごしていくだけで十分だと、私もパートナーも思っていたところがある。

しかし、これから何十年と続いていく人生で、何が起こるかはわからない。

もしお互いの両親に何かあったら、私たち自身に予想外のことが起きたら、事故や病気、災害などに直面したとき、何の契約も保障もなく、お互いの両親と会ってすらいない私たちは、そのことを後悔しないと言えるのだろうか?

漫画『きのう何食べた?』16巻で、シロさんがケンジの家族と初めて対面するエピソードがある。

そこでケンジの母親は、「もし息子が亡くなるようなことがあっても、パートナーである筧さんは友人としてお葬式に参列することになってしまうかもしれない」と考え、そのような事態にならないよう、自分たち家族とシロさんがきちんと顔合わせする機会を設けたかったのだと語っている。

息子がゲイだと知ったときには激昂したというケンジの母親も、年月が経つにつれ、こんなふうに考えてくれるようになったのだということが、胸に沁みるエピソードだ。

この回を読み返す度に、これは私にとって決して他人事ではない話だと痛感する。

悲しい将来の可能性を考えるのはつらいけれど、もしそういう未来があるとしたら、私はやはりパートナーのご両親に一度も会ったことがない、という事態は避けたい。

パートナーも同じように考えているはずだ。

漫画『きのう何食べた?』23巻が考えさせてくれた、将来の可能性

もしかして、もしかすると、折を見てお互いの家族に挨拶をするという機会を作ってもいいのかもしれない。

今すぐには無理でも、あと何年かのうちに。

漫画『きのう何食べた?』23巻を読んだことで、そのような気持ちが私のなかに芽生えてきた。

シロさんとケンジがゲイカップルとして結婚式を挙げたのが、ふたりが付き合って20年経ってからだという事実も胸に迫る。

「何の将来を約束した訳でもないただ一緒に住んでただけの僕に 史朗さんは20年もごはんを作り続けてくれたんです」

結婚式でのケンジのセリフは、幸せそうでありながらせつない。

もちろん、法的な結婚手続きをとる/とらない、お互いの両親に会う/会わないという選択の自由はあるから、必ずしも「結婚する」「式を挙げる」「お互いの両親に挨拶をする」ことが、カップルの幸せに直結する訳ではない。

ただ、シロさんとケンジのふたりは、ゲイへの偏見が一切ない社会であれば、もっと早い段階で結婚や式について考えていただろうし、お互いの両親に対する屈託も生まれなかったはずだ。

私とパートナーも、社会的には「何の将来を約束した訳でもない」関係でしかない。

その心許なさとお互いの両親へのうっすらとした引け目を、別の感情に塗り替えられる日が来るかもしれないと思えたことは、私にとって救いだった。

還暦を迎えてから結婚式を挙げて、両親に晴れ姿を見せることができたゲイカップルがいる。
たとえフィクションの世界の出来事であっても、そのことはいつか私の背中を押してくれる布石となってくれる気がするのだ。

ゲイカップルのロールモデルとして、漫画『きのう何食べた?』を読む喜び

漫画『きのう何食べた?』は、15年以上連載が続いているという事実の重みと、なにげない日常をひたすら描き続けたという積み重ねによって、多くのゲイ、レズビアン当事者に勇気を与えてくれる作品だと思う。もちろん、私自身を含めて。

ドラマや劇場版だけで同作品にふれていた人たちも、漫画版を読んだら驚くかもしれない。

映像作品と比べて、漫画『きのう何食べた?』はドラマチックな要素がずっと少なく、ひとつひとつの出来事への感情の描き込みがうすく、非常に淡い印象を受けるからだ。

それだけ、漫画『きのう何食べた?』が「日常」に特化した作品であるということの証だと私は思う。

そして、ゲイカップルの「日常」をただ描き続けてくれる人がいることに、自分がどれだけ支えられているか、あらためて実感する。

「こんなカップルになりたい」という、あらゆるゲイカップルのロールモデルを担ってくれている漫画『きのう何食べた?』の連載が、これからも長く続くことを心から願っている。

 

■作品情報
漫画『きのう何食べた?』
著:よしなが ふみ
出版社:講談社

 

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